ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て 作:nocomimi
部屋の中央に据えられていた神像は金属の音を軋ませながら六本の腕を広げると、首を回転させ狙いを定めたようにフロウたちを見据えた。
「マジかよ...生きてんのか?」
リゴールは呟くと、持っていた壺を放り出し、矢筒から矢を取り出すと弓につがえた。
「フロウ、後ろへ。ギルモ、私の横に来い!」
アルギレウスは叫んだ。アルギレウスは剣を抜くと相手から距離を取って構えた。
「警備装置だ。おそらく単純な攻撃しかしてこない」
木こりが斧を持って剣士の傍らに駆け寄った。だが、神像はやおら腕を一本振り上げると、叩きつけるように振り下ろしてきた。
剣士がギルモの腕を掴み引き寄せた。木こりはすんでのところで攻撃を避け、床に転がった。
アルギレウスは唸り声を上げると、床に喰い込んだ神像の腕の関節部分に剣を振り下ろした。だが歯が立たず、弾き返された。
ギルモが立ち上がる。だが神像はもう一本の腕を振り上げてきた。
「下がれ!下がれ!」
剣士と木こりは慌てて飛び退った。さっきまでいた床に神像の腕が叩きつけられる。まるで大木が倒れたかのような地響きがした。
リゴールが矢を放った。だが神像の目に命中したにも関わらず矢が跳ね返された。狩人は罵った。
「畜生!頑丈に出来てやがる」
フロウは訳も分からず短剣を抜いた。だが壁際に立っていることしかできない。両足が震えた。
その時だった。神像が刃のついた神具を振り上げた。
「伏せろ!伏せろ!」
アルギレウスの声が響く。
神像が神具を投げた。それは高速で回転しながら空気を裂いて飛んできた。床に伏せたアルギレウスとギルモの上を掠め、フロウのほうに向かってくる。
「バカ野郎!伏せろ!」
リゴールが飛び込むようにフロウに殺到すると襟首をつかんで床に引きずり倒した。フロウの視界が床に叩きつけられるように揺れた。
次の瞬間、彼の頭上を回転する神具が風を裂きながら通過した。それが壁に当たった瞬間、火花が散り、金属が石を削る甲高い音が部屋に響き渡る。
フロウは顔を上げた。リゴールが早くも立ち上がり矢を弓につがえて構えている。神像の近くにいたアルギレウスも立ち上がると、まるで囮になるかのように不用意を装って前進した。だが、剣を持っていないほうの手でギルモに合図を送っている。「待て」の合図だ。
木こりも斧を構えると立ち上がり頷いた。
神像が近寄ってきたアルギレウスに向かって腕を振り上げる。剣士は、振り下ろされてきた神像の腕を身を躱して避けると叫んだ。
「今だ!ギルモ!」
木こりは雄たけびを上げながら突進すると、神像の腕の関節部分に斧を振り下ろした。バキッと音がして、神像の腕が付け根からもぎ取られた。
身体のバランスが崩れたのか、神像がややふらついた。
フロウは気づいた。神像は二本の手で神具を持ち、二本の腕を振り上げ攻撃してくる。だが残り二本の腕は胸の前で交差したままだ。まるで自分の急所を守っているかのようだ。
「リゴールさん、もしかして....」
フロウが呟くと狩人は怒鳴った。
「んなこたぁ知ってる!ガキは黙ってろ!」
アルギレウスは神像の近くから離れず、攻撃を誘っている。狙いどおり、相手はまた腕を振り上げ、振り下ろしてきた。アルギレウスは横に転がって逃げる。ギルモが走り寄り、床に叩きつけられた腕に斧を振り下ろす。またも破壊音がして、神像の腕がもぎ取られた。
だが、アルギレウスが立ち上がったところを狙って、神像は自らの胸を守っていた二本の腕を振り上げた。
「危ねえ、旦那!」
ギルモが叫ぶ。アルギレウスは咄嗟に前に飛び込んだ。二本の巨大な腕が空気を唸らせながら剣士の背後を通り過ぎる。二本の腕が同時に床を打ち、地響きとともに床に亀裂が走った。
しかし剣士もまた神像の弱点は胸にあると推理していたらしい。剣を引くと、気合いの声を上げながら敵の胸の中央部に突き入れた。
神像の胸の中央に空いた穴に剣先が突き刺さる。さらに剣士がもう一撃を加えた。
神像の胸に剣が突き立った瞬間、部屋全体が震えた。金属とも生物ともつかない悲鳴が、神像から響き渡る。
フロウの目に、神像の胸の中央にある赤い核がちらっと見えた。それが脈打つように明滅すると、神像は腕を振り払った。アルギレウスは吹き飛ばされ、数メートル後ろの床に転がった。
「旦那!しっかり!」
ギルモが駆け寄って助け起こす。剣士は頷くと木こりの肩を借りて立ち上がった。
だがその時、一同は神像を見て驚きに目を見張った。
もぎ取られたはずの二本の腕がいつの間にか元の場所に納まっている。神像は、手に持っていた神具を投げ捨てると、六本の腕を床に突いて身体を持ち上げ始めた。
腕を震わせながらも神像が床に固定された自分の上半身を引き抜くと、その下には腰と脚がついていた。神像は両脚で立ち上がると六本の腕を背中に回し、それぞれの手に刀を持って引き抜いた。
変形した神像は足音を響かせながらアルギレウスとギルモに迫っていった。二人は武器を構えながらも後退していった。
フロウは息を呑んだ。神像の胸の辺りを見ると、さっきアルギレウスが攻撃した急所がいつの間にか格子状の防具で守られている。
戦えば戦うほど強くなる敵。背筋が凍りつくような恐怖。喉が締め付けられ、怯えが胸の奥からせり上がってくる。
神像はゴオオオッという音を立てながら右側の三本の腕を一斉に振り上げた。アルギレウスとギルモは全力で後ろに逃げる。床の上に三本の刀が叩きつけられる。刀といっても人の身長くらいある代物だ。振動で天井から石の破片が落ちてきた。
「おい木こり!てめえの出番だろ!しっかりしろ!」
リゴールは叫ぶと、腰のポーチから球体状の何かを取り出して矢の先端に据え付け、それえを弓につがえた。
ギルモは狩人のほうを振り向くと、口を一文字に結んだまま頷いた。アルギレウスはまだ先ほどの打撃が残っているのか、ふらついている。
再び神像がゴオオオッという音を立てた。剣が振り上げられる。剣士は後退したが、木こりはその場に留まった。
「おじさん!」
フロウは思わず叫んだ。ギルモの上に剣が振り下ろされた。だがギルモは斧の柄を両手で握りしめ、振り下ろされる刀を受け止めた。凄まじい重さに耐えながらも、木こりは唸り声を上げて神像の刀を跳ね上げた。
神像が体勢を立て直すと再び刀を振り上げてくる。だが木こりは躊躇せず敵に接近すると、雄たけびを上げながら斧を横に振り抜いた。
派手な破壊音がした。膝関節を破壊された神像がバランスを崩し、攻撃をし損ねた。木こりは再び雄たけびを上げて斧を振った。神像のもう片方の脚が壊れ、腰から上だけとなった神像が床に落ちた。凄まじい地響きがした。
だが木こりは攻撃を止めなかった。叫び続けながら斧を振り回し、神像の急所の前にある防具に何度も叩きつける。
防具が完全に壊れた。だがギルモは攻め疲れで息を切らし、立ち尽くした。神像はバランスを立て直すと、刀を振り上げた。
「ぶちかますぞ!伏せろ!」
リゴールが叫んだ。矢をつがえた弓を引き絞っている。矢の先端に据え付けた球状の物体から火花と煙が上がっていた。
狩人は木こりが動く前に矢を放った。真っ直ぐに飛んでいった矢が神像の胸の急所に飛び込んでいく。
爆発音がした。木こりは両腕で顔を庇ったまま後ろに倒れた。爆発音の反響が部屋の中に響き、フロウの耳を聾した。
数秒間沈黙が覆った。アルギレウスが頭を振りながらも辛うじて剣を構え、ギルモがゆっくりと身体を起こす。
その刹那、神像が激しく振動し始めた。そして頭や両腕を出鱈目に震わせ始めると、途端にその身体がバラバラに崩壊した。
頭、胸、腹、上腕、下腕、手---全ての部位が繋がりを解除されたように床に転がった。わずかに紫色の煙が立ち上っていったように見えたが、それもすぐに消え去った。
* * * * * * * * * * *
「確かに動きが単純っちゃあ単純だったが、その割にてこずったな」
リゴールが弓を担ぎながら言った。
「済まない。私の見込み違いだったな」
アルギレウスは苦笑すると剣を納めた。ギルモが気遣うのを、剣士は手ぶりで問題ないと伝えた。
「木こり、たまには役に立ったな」
「たまに?失敬な」
リゴールが皮肉な口調で言うのを聞いてギルモが憤懣を露わにした。
「爆弾はあといくつある?」
アルギレウスは尋ねた。リゴールが答える。
「あと三つほどだ。無駄遣いは禁物だが今回は仕方ねえさ....でだ。この奥の院って奴の仕組み、大体読めたぜ」
全員が狩人を見た。リゴールは肩をすくめると続けた。
「そんな大層なもんじゃねえさ。ヤクだよ、ヤク」
「ヤクって...なんですか?」
フロウが呟くと狩人は噴き出した。
「ま、ガキには説明しねえと分かんねえだろうな」
リゴールは部屋の隅に歩み寄ると置いてあった壺を取り上げた。中に手を入れ、入っていた粉末をつまみ上げた。
「俺は元中毒者だから分かるんだ。これは上物だぜ」
リゴールが粉を掌に載せてフロウに差し出した。少年は目を丸くして覗き込んだ。だがギルモが大声で言った。
「やめんか!もし口にでも入ったら...」
「年数が経ってるんだ。もう効き目は無えさ」
狩人が答えた。だがフロウには分からなかった。
「アルギレウスさん。ヤクって何ですか?」
だが、剣士は悄然とした表情になっていた。フロウの問いにすぐには答えなかった。
「アルギレウスさん...?」
少年が再び呼びかけると、剣士は我に返った。
「あ..ああ」
アルギレウスはしばらく黙っていたが口を開いた。
「意識変容状態を喚起する物質だ。快楽を刺激し、感覚が研ぎ澄まされ、幸福感が増大する」
「おい、んな言葉でガキに分かるかよ?あのな、要するに気持ち良ぉくなるクスリってことさ」
リゴールが口を挟んだ。ギルモは険しい顔で言った。
「バチ当たりなことを。神さんはこんなものを使う人間を受け入れることはねえだ」
「神がどうとかそんなことは俺にはわからん。だが、元中毒者として言えることはだ。これをやり続けると.....」
リゴールは勿体をつけるように間を置いた。フロウは注目して聞き入った。
「現実と幻の区別がつかなくなる。飛べると思って高いところから飛び降りる奴もいる。そして普通の暮らしが出来なくなる。働くとか家事をするとか、あまりにも退屈だからな」
「行く末は廃人だ」
アルギレウスが静かに言うと、リゴールはおどけた調子で引き継いだ。
「ヘイヘイ....その節はお世話になりましたよ、アルギレウスさん」
「ど...どういうことですか?」
フロウが尋ねる。リゴールは答えた。
「俺はまさにこいつにハマって抜けられなくなったのさ。で、可哀そうに思ったのか、アルギレウスは俺を拾ってくれた。何か月もかかったぜ。まともな暮らしに戻るのにはな」
「そうだったんですね....」
フロウは呟いた。アルギレウスは顔を上げると、入ってきた入口と反対の方向にある戸口を見つめていた。
フロウがふとその視線を辿ると、剣士は戸口の上にある紋章を見つめていた。それは三角形を三つ重ねた幾何学模様だった。だがアルギレウスはやがて気を取り直したように言った。
「まだ先があるな。行こう」
一行はその戸口の落とし戸を引き上げると先の部屋に進んだ。同じくらいの大きさの空間で、突き当たりには祭壇らしきものがある。
その左右には、先ほど戸口の上にあったものと同じ紋章の刻まれた衝立があった。
「これで終わりか?あっさりしたもんだな」
リゴールが言う。部屋は静まり返っていて、空気は冷たく、どこか湿り気を帯びている。だがしばらくするとアルギレウスは呟いた。
「おかしい。これだけで魔瘴気が発生するとは思えないな」
「人を集め、『礼拝』の名目でヤクづけにし、気力を失わせ、何でも言うことを聞く操り人形にする。それでもか?」
リゴールは尋ねた。だが剣士は考え込むように言った。
「だいいちこれだけでは行方不明者の説明がつかない」
「まあ、確かにそれもそうだな」
リゴールはそう言うと、部屋の中を物色し始めた。
「おいガキ、これなんか良いんじゃねえのか?」
狩人に言われ、フロウは近くに歩み寄った。狩人の手には、近くの棚から取ったらしき香炉があった。上質な黄金と象牙の細工物だ。
「えっ...でもこんなに高そうなもの.....」
フロウは思わず全員の顔を見まわした。
「アルギレウスさん、これ...」
「私はいらない。君が取っておけ。水龍が受け入れるかは保証できんがな」
剣士が答える。狩人も言った。
「俺も興味ねえな。こんなもんいくら集めたところで、世界がこうなっちまえば役には立たねえ」
フロウは木こりを見た。ギルモも微笑んで答えた。
「坊や、おめがとっておけ。ワシだってあの子を救い出してやりたいのはおめと同じ気持ちだっぺのお」
フロウが皆に礼を言おうとして口を開くと、アルギレウスがやおら言った。
「やはり、ここは本丸ではないな。発生源は別にある」
剣士は言うと、踵を返した。
「一旦降りよう。そして施設に地下階があるかを探してみるんだ」
「地下?」
リゴールが尋ねる。
「ああ。何かを隠すには地下が一番だからな」
一行は剣士に従って部屋を出ると、神像の身体の部位が散らばった部屋を通り過ぎ、その先の部屋から階段を降りて石像の内部に戻った。そこからロープを垂らして最下層に降りると、落とし戸を上げて外に出た。
一行は蓮の葉を渡って施設の入り口に繋がったフロアに戻った。アルギレウスは円形の巨大空間の内壁を見回していたが、やがて左側の壁を指さした。
「見ろ。スイッチらしきものがある」
フロウが目を凝らすと、石造りの壁にバルコニー状の張り出しが二つ設えられていて、その間に大きなレバーのようなものがついている。
「リゴール、あそこまで行って操作してきてくれないか」
「ッたく人使いの荒い王子さまだな」
言われた狩人は弓を置くと、蓮の葉の上を身軽に渡って目的の場所の下に近づいていった。そして壁に取り付くとそれを器用に登っていき、バルコニーに辿り着いた。
リゴールはロープの先に鉤を取り付け、それをレバースイッチに投げつけて引っ掛けると引っ張って操作した。
途端に轟音が発生し始めた。見ると、大石像の左右に設えられていた大きな歯車が回転している。それと同時に、石像の首が縮み、頭部がゆっくりとその胴体部分に沈み込み始めた。
「やはりな。石像の中心部が上下に移動する構造になっていたんだ」
アルギレウスは言った。フロウも、頭の中で石像の内部構造を思い浮かべると得心がいった。最初に入ったときあった階が、今は下方に沈んでいっているのだ。
リゴールが戻ってくると、一行は再び蓮の葉の上を渡って石像の足元に行き、扉を開けて中に入った。
そこは床の中央に穴の開いた中途のフロアだ。ロープを垂らすと、そこから二階層を下った。最下層のフロアに全員が降り立つと、アルギレウスは出口の扉に手をかけた。
「ここが本丸だ。全員用心してくれ」
ギルモとリゴールが頷く。アルギレウスは落とし戸を引き上げた。狩人と木こりが潜り抜ける。フロウもそれに続いた。最後にアルギレウスが戸口を抜けた。
だが、一行は目の前の光景を見ると、しばらくの間言葉を失っていた。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
薄暗い中に、巨大な洞窟のような空間が広がっている。床は、先ほどまでの精巧なタイル敷きとは打って変わって荒々しくゴツゴツした岩と砂利だ。二十メートルほど先には、鬼神の頭部のような像が岩に彫りこまれており、その足元には毒々しい色をした池があった。
一行は用心深い足取りで池まで進むと、中を覗き込んだ。赤紫色の水を通して、無数の骨が底に沈んでいるのが見えた。
「一体全体こいつは何なんだ?」
リゴールが茫然とした顔で呟いた。
「広い空間だ。奥の方まで続いている」
アルギレウスが顔を上げ、剣を抜きながら指さす。だがその時だった。背後の床で物音がする。
一同が振り向くと、地面が盛り上がり、中から何者かが出てくる。アルギレウスが手で合図しながら剣を構えた。リゴールが弓に矢をつがえ、ギルモが斧を持ち上げる。
床の各所で地面の中から這い出てくる者があった。ボコブリンに似ているが、紫色の肌をしている。
最初の一体が立ち上がると、狩人が矢を放ってその頭を撃ち抜いた。だが急所を撃たれたはずの鬼は平然と歩き始め、こちらに向かってにじり寄ってきた。
「普通の鬼とは別種だ!頭部を切り離せ!」
アルギレウスが叫ぶと、近くの敵に突進し剣を振り首を刎ねた。ギルモも斧を振り上げると、一匹の上に振り下ろして頭から真っ二つにした。
「クソッ..面倒臭せえ!」
リゴールは弓を放り出すと腰につけた二本の短剣を抜いた。フロウも短剣を抜いた。だがどう動いていいのか分からない。
横で立ち上がった紫鬼が両手を前に出しながらゆっくりと歩いてくる。リゴールは身を翻すと、短剣の刃で相手の首筋を断ち切った。黒い血が噴き出す。だが鬼は平然としている。狩人が反対の首筋も断ち切り、後ろに回って心臓を貫いた上で引き倒した。
その瞬間、フロウの目の前の地面が盛り上がった。虚ろな目をした紫色の鬼が立ち上がる。フロウはパニックに陥った。声にならない悲鳴が漏れ、足がすくむ。
「あ...わ...わ....わあ....」
紫の鬼は両手を伸ばしてきた。フロウは慌てて短剣を振り回した。だが相手は抱きつくように迫ってくる。
「フロウ!逃げろ!」
アルギレウスの声が聞こえた。フロウの頭の中に昨夜の剣士の言葉が浮かんだような気がした。だが殆ど思い出せない。足がもつれるなか、やけくそになって短剣を突き出した。
鬼の腹に剣先が突き刺さる。だが全く効果がない。紫鬼は低い呻き声をあげながらフロウの首に手を伸ばした。
「世話が焼ける!」
背後で声がして、リゴールがフロウの襟首を掴んで無理やり引き倒した。アルギレウスが走り寄ってきて剣を一閃させた。
鬼の首が飛んで床に落ちる。だが鬼の身体はそのまま二・三歩歩いて、それからゆっくりと倒れ伏した。
フロウは顔を上げた。だが心臓が破裂しそうなほど脈打っているのを感じた。喉が焼けるように乾き、手は震え、足はまだ地面を踏んでいる感覚すら曖昧だ。
アルギレウスは剣を払って血を落とすと、周囲を見回した。ギルモが最後の一匹を斬り倒し、頭を割って止めを刺しているところだった。
「す...すいません、リゴールさん、アルギレウスさん」
我に返るとフロウは言った。だが狩人は呆れ顔で首を振った。
「ったくそんな腰の抜けた突きが効くわけねえだろ。昨日習ったんじゃねえのか?」
「すいません...」
「もういい」
アルギレウスが剣を納めながら言うとリゴールは口を閉ざした。
「間違いない。ここが発生源だ」
剣士は言った。ギルモが息を弾ませながら戻ってきた。
「旦那...こいつらはいったい何者で?」
「あまりにも魔瘴気が濃すぎて死体がそのまま魔物化したんだ」
アルギレウスが静かな声で答えた。リゴールも言った。
「ひでえもんだな。おそらく神官とかいう連中が気に入らねえ人間を片端からここに沈めたんだろ。そりゃ悪いモンが溜まるわけだわな」
「地獄絵図....だべ」
改めて周囲を見回したギルモが茫然と呟いた。
「いや、おそらくそれだけではない」
アルギレウスが顔を上げた。
「従順過ぎた者たちもだ。『奥の院』で薬物による『天上のありさま』の幻影を見せられた者たちは、やがて廃人化していく。そして繰り返し『奥の院』に行くことを望む。ある時点でもはや人間として用をなさなくなるまでな。その後始末もここで行われたということだ。だから長い間この仕組みが露見しなかったんだ」
「やべえやべえと思ってたが....ここまでとはな」
リゴールは慄然とした顔で呟いた。アルギレウスは言った。
「ここを封鎖しよう」
「どうやって?」
「鍵をかける」
剣士は踵を返すと入ってきた扉に向かった。リゴールが声を掛ける。
「それだけで足りるのか?」
「もちろん足りない。本格的な対策は王都に戻ってから考えよう」
一行は扉を通って石像の中に戻ると、リゴールの先導で階層を登っていった。そして扉を出ると、蓮の葉の上を伝って入り口と繋がったフロアに戻った。
リゴールが再びスイッチを操作しに行く間、ギルモとアルギレウスは周辺を捜索し、鎖を見つけた。
リゴールがレバーを操作し石像の位置を戻すと、アルギレウスは石像の入り口扉に鎖を掛け、錠前を取り出してそれを固定し鍵をかけた。
「行こう」
アルギレウスは言うと、入り口の階段を登り始めた。リゴールとギルモも後に続く。
フロウも従って階段を登った。まるで数時間のうちに数日間の冒険を経験した気分がした。