ドシュトフロムンド戦記~少年と精霊と大地の果て 作:nocomimi
使者の来訪
フロウはアルギレウス、ギルモとリゴールに続いて階段を登り、地上に出た。
地上の光が眩しく思える。大石窟の中も、天井からの光のおかげでさほど暗くはなかった。だが、今振り返って施設内の異様な雰囲気を思い返すと、野外の清浄な空気とそよ風が愛おしく感じられる。
「どうすんだこれから?」
「天望の神殿だ。異常は少ないだろうが確認しておきたい」
リゴールに問われアルギレウスが答える。ギルモは空気を思い切り吸い込みながら伸びをしていた。
「ところでお前ら、食料はどうすんだ?」
リゴールがやおら問うてきた。フロウは困ってしまった。
「え...食料?」
「バァカ。何考えてんだ?食料も調達しねえで旅なんかできるわけねえだろ」
フロウはギルモと顔を見合わせた。木こりは答えた。
「ワシの小屋に戻れば数日分は....」
だが狩人は最後まで聞かなかった。
「それじゃ足りねえな。旅程を考えると少なくとも二週間分は必要だ。お前とガキの二人ぶんな」
「待ってください、おふたりはどれくらい旅をするつもりなんですか?」
フロウは尋ねた。アルギレウスが答えた。
「フィローネ地方の次はオルディンの火山地帯。最後にラネール地方に行く」
「ほ...殆ど王国全部巡る旅でねえか。それも二週間でなんて無茶な....」
「嫌なら置いてくぞ」
ギルモが呟くとリゴールが言い捨てた。
「ギルモ...あまりこういう手段は勧めたくはないが」
アルギレウスは木こりに近寄ると言った。
「非常事態だ。集落に残った食料を集めろ。気が咎めるだろうが、今は仕方がない」
それを聞いたギルモは目を見開いた。
「と..とんでもねえことを。それこそ神さんのバチが当たるっぺよ」
「神さんのバチが怖いから飢え死にするってか?さすが信心深い木こりさんは一味違うねぇ」
リゴールがいかにも愉快そうに笑う。アルギレウスは狩人を一瞥して黙らせると続けた。
「ギルモ。聞け」
剣士は少し言葉を探したあと続けた。
「事態は君が考えるより深刻だ。同じような襲撃は各地で起きているだろう。死者への尊敬は大事だが、まずは自分の生き残りを最優先するべきだ」
それを聞いたフロウはためらいがちに呟いた。
「ギルモおじさん。僕が村に行って食料探してきます」
それを聞いた木こりはとうとう折れた。だがそれでも彼は俯いて呟いた。
「ワシは...教養もなくロクな功徳もしてこなかったですが...人に後ろ指さされるようなことだけは....」
「ケッ、くっだらねぇ。何ぁにカッコつけてんだ?しみったれた木こりのクセしやがってよ」
リゴールが毒づいた。だがアルギレウスが遮った。
「少し休憩したら出発だ。水分補給しておこう」
アルギレウスとリゴールは岩壁から湧き出ていた水を水筒に汲んで補給し、ギルモとフロウはその水を手ですくって飲んだ。
そして一行は元来た道を引き返し始めた。時刻は昼に近い。陽光が射し込む中、崖に挟まれた小道を辿っていく。
途中の燃え尽きた集落で四人は足を止めた。だが、捜索してみても食料はほとんどない。村人は身の回りのものを回収した上で避難したらしかった。
フロウはなぜかホッとした。人の物を盗むようなことをするのは、できるだけ先延ばしにしたい。
しばらく歩くと、やがて南フィローネの平地に出た。左に折れて岩壁沿いに北に向けて進む。
その時、茂みをガサガサと揺らして何かが逃げて行った。フロウは思わずビクっとして腰の短剣に手を掛けた。だがリゴールが笑った。
「鬼じゃあねえよ」
「なんですかあれは?」
フロウは尋ねた。その逃げて行った何かの後ろ姿がチラっと見えた。毛むくじゃらで丸い背中だった。
「キュイ族だな」
アルギレウスが言った。
「キュイ族?」
フロウが聞き返すと剣士は答えた。
「草食性の大人しい種族だ。滅多に人里には姿を現さない。だが人口が減少したことで出てきたんだな」
「なんだか大きな鼠みたいですね」
フロウはその生き物の後ろ姿を思い返して言った。
「だがあまり怒らせないほうがいい。彼らには彼らなりの武器がある」
剣士は言った。一行はやがて大木の南側の集落にたどり着いた。
「坊や。おめはここで待ってろ」
ギルモは言うと、まだ遺体の散らばる集落に足を踏み入れていった。フロウが見ていると、一軒づつ家を巡っては食料を探している。
やがて木こりは袋をいくつか抱えて戻ってきた。
「おい、パンじゃねえか。一つ寄越せや」
狩人が木こりの袋の一つの形状から目ざとく見つけると言った。ギルモは狩人を睨んだが、袋に手を突っ込んで丸いパンを取り出して投げ渡した。
「こいつはいい。焼き固めた種無し乾パンばっかで飽き飽きしてたんだ」
リゴールがパンに噛り付きながら歩き始める。ギルモはフロウとアルギレウスにもパンを渡したが、自分はそれに手を付けずに俯き気味に歩を進めた。
フロウはパンを持ったままギルモの俯いた横顔をそっと盗み見た。木こりの大きな手は普段なら豪快に食べ物を掴むはずなのに、今は袋の口を握りしめたままだ。
三人の足音が乾いた地面に響く。焼け焦げた家々の間を抜け大木の影が落ちる道を北へ向かった。大木の北側の集落でも、ギルモは同じように食料を探した。そして新たな袋を手にするとフロウたちのところに戻ってきた。
大木の影が切れる場所は、ちょうど高見台になっている。一行は階段を登った。フロウは高見台の頂上で振り返ってもう一度大木を仰ぎ見た。
この風景をもう一度見られるのはいつだろう。これから、今までに見たこともない二つの地方を巡る大旅行に出るのだ。
だが、ここに戻ってくるときはリナハを助け出す準備が出来ているときだ。どれほど時間がかかっても構わない。必ず助け出すんだ。必ず。
だが、その刹那フロウは異常を感じた。思索を中断させられ、空を見上げた。
天から照り付ける光が強すぎる。太陽の光だけではない。妙に空気が白いのだ。
ただならぬ雰囲気に気づいたのか、アルギレウスも足を止めて振り返った。リゴールも立ち止まり空を見上げる。
ギルモが天を仰ぐと、声にならぬ叫び声を上げた。
フロウの目には、太陽がそのまま降りて来たように見えた。熱は全くない。だがあまりの眩しさに目を開けているのが困難だ。足元の高見台の石材さえもが光り輝いているように見える。
四人は両手で顔を庇いながら、降りてきたその『何か』を見上げた。その『何か』の存在感に気圧され、それぞれが数歩後じさりした。
やがてその眩い光を放つ『何か』が口を開いた。
「恐れることはありません」
女性の声が聞こえた。若い。少女のようにも思える。だが同時に、その声音と話し方には風雪と年月を経た威厳が漂っていた。
ギルモは斧を放り出すと跪いた。激しく身体を震わせている。アルギレウスとリゴールも驚愕の表情を浮かべている。
「私はファイ。ハイリアに仕える精霊です」
少女は言った。ようやく目が慣れてくると、おぼろげにその姿が見えてきた。歳の頃はフロウとさほど変わらないように見える。細く華奢な体格にケープを纏っている。美しく整った顔には、しかし、感情というものが全く見当たらなかった。
「お....お許しくだせえ.....」
ギルモは震えながら呟いた。跪くと両手を地面に突いて少女を伏し拝んだ。
「女神さま....ワシは不信心でした....ロクに祈りも捧げものもせず.....酒ばかり飲んで.....」
「立ちなさい。私はあなたたちと同様、ハイリアに仕える者の一人に過ぎません」
少女が再び口を開いた。フロウもまた驚きに目を見張っていたが、ギルモに近づくと助け起こした。
「あなたたちに告げなければなりません」
ギルモがようやく落ち着くとファイと名乗った少女は口を開いた。
「ご存じの通り、溢れ出た悪がこの大地を汚し、もはや回復不可能なほどに至っています。ハイリアは遠からずこの地を裁かれます」
アルギレウスもリゴールも呆然とした表情で聞いている。フロウもまた聞いていることに現実感がなかった。
「裁きは全地に及びます。この地上の全てです。裁きの及ばない場所はありません。しかし.........」
そこまで話すと少女は少し間を開けた。
「しかし、ハイリアは心にかなう人々を逃れさせようとしておられます。あなたたちにもその機会は与えられます」
「の...逃れるって...どうやってですか?」
フロウは恐る恐る尋ねた。
「その方法はハイリアの手に委ねられたことです。しかし、ハイリアの名を呼び求め信頼する者はそこから救い出されるでしょう。あなたがたには」
ファイと名乗った少女は一人ひとりの顔を見回した。
「どちらかを選択することが許されています。ハイリアの手で救い出されるか」
アルギレウスとリゴールは押し黙っていた。ギルモは、ようやく相手が女神ハイリア自身でないことを理解したらしいが、それでも額に汗をかいており震えが収まらなかった。
「.....それともこの地上に留まるか」
「ファイさま....ワシは........ワシは........」
木こりは顔を上げると尋ねた。
「ワシは罪深い者です。到底ハイリアさまのところへなど...」
「全てはハイリアへの信頼にかかっています。あなたが自らに依り頼むなら、ハイリアとの交わりの中に留まることはできません。しかしあなた自身を明け渡すなら、ハイリアもまたそのおわす場所をあなたに明け渡されます」
ファイと名乗った少女は答えた。フロウは落ち着きを幾分か取り戻し、口を開いた。
「僕は...湖に落ちた友達のことが気がかりです。あの子はどうなるんでしょうか?」
「地上が裁かれるとき、その過程で全ては浄化されます。物質一つひとつから造り直されます。新しい、清いかたちへ」
それを聞いた少年は止まった。
湖に落ちて、捕らわれの身となったリナハ。彼女の肉体はまだ水の中で仮死状態にある。
ファイと名乗るこの不思議な少女の言うことが確かならば、リナハはもう二度と戻って来ない。
「そ...そんな!」
フロウは叫んだ。
「待ってください!じゃあリナハは消えてしまうんですか?」
だがファイは沈黙していた。
「あんまりだ...リナハは悪いことをしていないのに...ただ足を滑らせただけなのに」
フロウは顔を上げた。
「あの子はつい昨日まで僕らと一緒にいたんです。でも誤って湖に落ちたんです。今は...湖に住む亜人に捕らわれの身になっているって...でも...もし...もし」
少年は首を振って叫んだ。
「もし、あのとき湖に落ちていなかったら今でも僕らと一緒にいられた。そして救い出されることができたはずでしょう?たったこれだけのことで...あんまりだ...あんまりじゃないですか...」
アルギレウスは顔を伏せた。リゴールまでもが口を閉ざし、何かを思い巡らせている。
「少年よ、他者の運命はその人のものです。あなたはあなたの運命を決めなければなりません」
やがてファイと名乗った少女は言った。
「さあ、あなたたちの選択を」
アルギレウスとリゴールは顔を上げた。ギルモも顔に汗を浮かべながらも少女を見た。沈黙がしばらく続いた。
「僕は残ります」
フロウが言った。他の三人は一斉に少年を見た。
「僕は残ります。リナハをあそこに置き去りになんかできません」
ファイと名乗った少女もまた少年に顔を向けた。
「僕は...地上に残ります。そして旅を続けます」
フロウの言葉にファイが問いかけた。
「少年よ...あなたはそれによりこの世界とともに裁かれるかも知れません。それでもよいのですか?」
フロウは少しの間のあと答えた。
「はい。構いません。僕は最後の最後まであの子を救い出すことを諦めたくないから」
それを聞いたファイはしばらく黙っていた。
「僕は...たとえ救い出されたとしても、僕自身があの子を救い出せなかったことを絶対に忘れないと思います。だとしたら僕は.....」
最後のほうは言葉にならなかった。フロウが言い終わると、ファイはやがて口を開いて他の三人の顔を見た。
「あなたの選択は受け入れられました。では、滅びゆく王家の嫡子、支配者の末裔、あなたの選択を聞きましょう」
アルギレウスが顔を上げた。だがその表情は苦悩と悔恨に満ちていた。
「わ....私は....」
剣士は言葉を詰まらせた。
「私には...責任がある。この世界が...これほどまでに...」
アルギレウスは額に汗を浮かべながら続ける。
「この世界がこれほどまでに腐敗してしまったとしたら、間違いなくその原因は王家にある。私には責任がある。悪の行く末を見届け、そしてできることならその根源を封じる責任が」
ファイは答えた。
「では、あなたはこの世界と運命を共にするのですね?」
「.....そうだ」
剣士は言う。
「あなたの選択は受け入れられました」
ファイは言うと、ギルモとリゴールを見た。
「あなたがたの選択を聞きましょう」
木こりは俯きながらためらいがちに言った。
「ワシは...もとより女神さまに救っていただけるような大層な者ではねえです...それでも救って頂けるのなら、有難くて涙が出る話です..ですが...」
ギルモは顔を上げて続けた。
「ワシは、あのお嬢ちゃんを家に送り届けると自分に誓ったです。そしてこの坊やも。それがこうなった以上...ワシはこの坊やを置いて自分だけ安全な場所に逃がしてもらうことはできねぇです......」
「わかりました。あなたの選択は受け入れられます」
ファイはまた答えた。彼女は最後にリゴールのほうを向いた。
「狩人よ。あなたは無益な殺戮を繰り返し、ハイリアが地上に置いた動物たちを意味なく苦しめ責めさいなみました。そのあなたの行いは必ず後であなた自身に返ってくるでしょう」
それを聞いた狩人は驚いた表情で顔を上げた。だが彼は溜め息をつくと諦念を浮かべながら呟いた。
「ま...仕方ねえわな。俺はそれこそ人間のクズだったし、今でも大差ねぇ。精霊さんよ、俺のことは好きにしてくれ。八つ裂きなり血の池地獄なりな。覚悟はできてたぜ」
「狩人よ。あなたの行いは確かに重いものです。しかし――」
ファイはそこで言葉を切った。その無表情な顔にわずかだが揺らぎが走ったように見えた。
「あなたにもまた、救い出されるか、それとも残るかの選択が与えられています」
リゴールは目を細めた。
「選択....か。俺みたいな奴に、そんなもんが残ってるとは思えねえが」
「選択は、すべての者に与えられます。それは決められたことです」
ファイが言う。それを聞いたリゴールは押し黙っていたが、やがてアルギレウスの肩に腕を乗せて言った。
「なら...俺はこいつと運命を共にする。俺を地獄から引っ張り出してくれたんだ。こいつが残るっていうんなら俺も残るさ」
「リゴール...しかし」
アルギレウスは驚いて呟いた。だが狩人は手を上げて制すると続けた。
「いいから。第一救い出されたところでもう狩りはできねぇってことだろ?退屈過ぎてそっちのほうが地獄だぜ」
リゴールが器用にウィンクする。剣士は困惑してファイを見上げた。
「あなたの選択は受け入れられました」
ファイと名乗った少女は言うと、ゆっくりと浮上し始めた。その身体から発する光が再び強くなってきた。
ギルモが再び怯えを顔に浮かべて跪く。アルギレウスとリゴールは顔の前に手をやって庇った。
フロウは浮上してゆく少女を見上げた。光とともに上昇していくと、やがて彼女は見えなくなった。眩い異常な光も消え去り、午後の陽光を反射したいつもの空が再び戻ってきた。
* * * * * * * * * * * * *
謎めいた精霊との遭遇のあと、しばらく経ってからようやく一行は我に返って再び歩き始めた。
高見台の北のトンネルを潜り、奥フィローネ地方へ抜けた。高さ三メートルほどの崖に挟まれた小道を北上していく。
皆押し黙ったままだった。口を開く者は誰もいない。だが、アルギレウスが分岐路で左の道を選んだのを見て、フロウは声をかけた。
「あ...こっちです。右です」
三人は振り向くと引き返してフロウが示す分岐路に入った。だがフロウは複雑な気分だった。少しの気の重さと、それでいて清々しさと両方を感じていた。
叔父はきっとフロウが仕事を放りだして外泊したことを責めるだろう。だがその一方で、旅に出てしまえば当分の間は叔父のことは気にしなくてよくなる。
最初だけだ。最初しばらくの間の小言を我慢すればいい。
フロウはそう自分に言い聞かせると、他の三人を先導して道を進んだ。
道は巨大な自然木の根で形成された庇の下に入った。巨木の太い根がいくつも支柱のように周囲を支えている。巨木の根を五つほど数えたところでフロウは皆に声をかけた。
「もうすぐですほら...あのあたりに」
少年は右手を上げると、巨木の根の間から見える東の方角を指し示した。
だが、いつもと何かが違う。フロウはふと立ち止まった。
「集落なんてどこにもねえじゃねえか」
フロウが指した方を見てリゴールが呟く。フロウは目をぱちくりさせるばかりだった。
夢を見ているのだろうか?それとも化かされたのだろうか?
いつもだったら、眼下一杯に家々が広がっているはずの光景に、何もないのだ。
文字通り、何一つない。そこにあったはずの、村そのものが丸ごと消えている。
いや、村そのものというより、村を支えていた土地そのものが削り取られたように無くなっている。
残されたその場所には底の見えないほどの深く幅広い渓谷が形成されていた。
「そ......そんな.......」
フロウは呆然として呟いた。
「行き止まりだな、この先は」
先に進んでいたアルギレウスがそう言いながら戻ってきた。
「でも...でも...」
フロウは顔を上げると前方に向かって駆け出した。だが剣士の言ったとおりだった。
巨木でできた庇の下を抜けた先は唐突に崖になっていた。二十メートルほど先まで間隙が続き、そこから道が再開している。崖下を覗き込むと、やはり底も見えないほどの淵だ。
「おいおい、寝ぼけて家の場所忘れたんじゃねえだろうな」
呆れた様子でリゴールが言う。だがアルギレウスは首を振った。
「見ろ、あれが天望の神殿だ」
剣士は遥か遠くを指さした。神殿の巨大なファサードが見える。だが、その手前に広がっているはずの商店街も民家も消滅している。いや、それを支えていた地盤ごと削り取られて、岩肌がむき出しになって鋭い崖を形成していた。
「待って.......待ってください。こんなことって.........」
「どうやら読めてきたぜ」
リゴールが眉を顰めながら腕組みして呟いた。
「もう片方の分岐を行こう。神殿まではたどり着けるかも知れん」
アルギレウスはそう言うと道を引き返し始めた。フロウは慌てて後を追った。
分岐を左に進む。大きな木の後ろに上り坂があり、そこから道が再開している。いつもなら叔父が行商人から荷物を受け取って神殿に向かう時に使う道だ。
フロウは未だに頭が混乱していた。
家そのものは大して懐かしいとは思わない。だが、家もその周辺も、地面ごと消えてしまうとは想像したこともなかった。
フロウは道を駆け出した。息を切らせながら先を急いだ。左右の崖が切れ、開けた場所に出る。
思った通りだ。左右どちらを見回しても、家々が広がっているはずの場所はどれも地面ごとくり抜かれたように消滅している。坂道を駆け下り、神殿の敷地に近づいた。
前庭に生えた果樹、そして周囲を囲む柵が近づいてくる。いつもなら見慣れた、そして待ち受けるはずの労働を思い起こさせる、フロウにとってやや気の重くなる風景だ。だがフロウは全速力で走ると、神殿の前に立った。
そして振り返った。
フロウの住んでいた村は、影も残さず消滅していた。