我々は地球を冒険するには遅すぎ、宇宙を冒険するには早すぎる時代に生まれた。
その言葉の通り、地球人類は未だに宇宙の開拓が進んでいない状況にある。
この青い星の外、大気圏外を突き抜け、暗い真空の世界に、我々の隣人となり得る生命体の存在の確認も、別惑星への移動手段も、未だ確立できず、その進歩は亀の歩みにも等しいスピードと言わざるを得ない。
そんな、無限に広がる大宇宙。
太陽系に浮かぶ惑星、土星。
その惑星を周る、1つの衛星。衛星名、「タイタン」。
ほぼガスで出来ている土星とは違い、岩と氷で出来たこの衛星に、ある宇宙人が住み着いていることを――地球人はまだ知らない。
衛星タイタンの地表は、温度マイナス150度という極寒であり、とても生命が住める環境ではない。
けれど、ある種族……彼らの言語で「カッシーニ族」と名乗る、見目麗しい、地球人と同じように二足歩行をする生物は地下にシェルターを作り、生活する術を持っていた。
数十年前までは元々、別の惑星で暮らしていた彼らだが、地下資源の枯渇により故郷である惑星を捨て、新天地を目指して宇宙に飛び出した。
「タイタン」は、地表こそ極寒の環境だが、地中は有機物を大量に抱えており、カッシーニ族はそれに目をつけた。地中にシェルターを建設し、疑似太陽を開発。バイオテクノロジーにより、疑似太陽と豊富な栄養を含んだ土壌を利用し食料を栽培。
高度な科学技術により、極寒の衛星とは思えないほどの暖かく、豊かな生活を送っていた――のだが。
「食糧難である」
カッシーニ族の頂点に立つ女王が、凛とした声で言った。
「大臣、現在の食料自給率で、我が民はいつまで食わせる事ができる?」
「はっ。もってあと、一年かと」
「……原因は?」
「……突如として起こったベビーブームによる、人口爆発によるものです。去年の1000倍の勢いで増えていることが判明しました」
「いやいきなり増えすぎじゃろ!!」
女王はだん!と執務室の机を叩いた。彼女が普段働き詰めにしているその机には大量の書類が山積みになっていたが、女王の癇癪によりどさどさと床に雪崩落ちた。
「あやつら、儂らがどうして故郷を捨ててこのような惑星にまで移住してきたのか理解しておらぬのか!?」
「いやぁ……なんででしょうねぇ」
あっはっはと投げやりに笑う大臣に、女王はキレ散らかした。
「たわけ!このままではまた別の惑星に移住せねばいかなくなるじゃろ!」
前述した通り、このカッシーニ族は地下資源の枯渇により、故郷の惑星を捨ててこの衛星タイタンに移住してきた。
しかし――地下資源の枯渇、というのは半分建前。もちろん、資源の枯渇という割と洒落にならない理由もあるのだが、本当の理由は定期的に起こる人口爆発のせいである。
カッシーニ族は生命の例に漏れず、オスとメスが交配することで子供を作り、増えていく。しかし、彼らには寿命による死という概念が存在しない。いや、具体的に言えば持ち前の科学技術と遺伝子操作でそれを取っ払ってしまったのだ。
ただ普通に生きていけば、彼らは老いないし、死なない。
もちろん、外傷を負って死ぬこともあるが、発達しすぎた医療技術により、ほとんどの病や怪我による死を克服してしまった。
更にいえば、彼らは元々性欲が盛んに行うタイプの種族で――そんな種族がほぼ不老不死を体現してしまえば、カッシーニ族は減ることはなくただひたすら増え続けていく。それこそ、ネズミのように。
無尽蔵に増えていくカッシーニ族を養う土壌が故郷の惑星にはなく。故に、こうして地表は極寒でも栄養豊かなタイタンへ移住してきたのだ。
まさか、「セックスのしすぎで人が増えすぎて惑星に住めなくなっちゃいました」なんて、そんな風に言ってしまえばカッシーニ族にとって恥でしかない。公には「地下資源の枯渇」という建前で、惑星移住を決行したのだ。
だがしかし。
移住によるどたばたで、ここ何年かは生活基盤作りに力を入れていたおかげかカッシーニ族の生来の気質である盛んな性欲も鳴りを潜めていたのだが、ここ数年生活基盤が安定したせいか、またもやベビーブームが発生したのである。
「あれほど、子作りするなと御触れを出しておいたのに!我が民ったら本当にバカ!」
「とはいっても、女王様も先日ご出産されたばかりではないですか」
「う、うるさい!余は女王じゃぞ!我が誇り高き王家の血筋を残すのは女王の務めじゃ!」
「もう58人目じゃないですか。一体何人産めば気が済むんですか」
大臣が呆れたようにため息を吐く。
「とにかく、再び起きた人口爆発と、誕生した赤子達を養うための食料が、このままでは足りなくなるのは目に見えています」
大臣が提出したデータには、カッシーニ族の人口と、それを支えるために必要な食料の数が正確に計算されて数字として出てしまっている。
「このままでは2年後……いえ、これから増える人口のことも考えれば一年も持ちません。もちろん、食料庫にある程度蓄えもありますが……早急に手を打たねば、最悪飢え死にする民も増えてしまうでしょう」
「ううむ……我らは不老不死。発展した遺伝子操作で病や怪我による死は克服したが……食糧問題だけは、解決できんかったからな」
ここまで聴くと、カッシーニ族と彼らの文明は、一見生命として完成された種族のように聞こえるが、ある欠点があった。
遺伝子操作によって老いなくなった肉体を維持するには、大量のカロリーが必要であるということ。
つまり、彼らはめちゃくちゃ食べる必要があるのである。
それこそ、赤子も、子供も、成人も。
地球人の食料であるハンバーガー。成人男性の一日の活動カロリーを賄うには約6,7個前後のハンバーガーがあればカロリーを賄えるが、カッシーニ族はその10倍必要になる。
この燃費の悪い体質も、故郷を捨てなければいけなくなった理由のひとつだ。人口爆発により、故郷の星にある動植物を食い尽くしそうになったのである。
「前回の二の舞いにするわけにはいかぬ」
女王は大きなため息を吐きながら、椅子から立ち上がった。
「ただちに、例のプロジェクトを決行する」
「まさか……あの計画をですか?」
「そう……地球侵略じゃ」
元々、カッシーニ族は土星の衛星「タイタン」ではなく、地球に移住するつもりだった。地球には「人間」と呼べる生命体がいるが、科学技術はカッシーニ族の足元に及ばない未開の地。
故に、彼らは地球をのっとり――もとい、侵略するつもりだった。
けれどそれが中止になったのは、先遣隊として派遣したエージェント達が送ってきた一冊の本だった。
「ふむ、大臣……これは……なんぞえ?」
「地球の島国……ジャパン、と呼ばれる国にある、書物の一種であるようですね」
「……なぜこやつらは、儂らを裸にし、縄で縛って辱めておるのじゃ?」
「これは彼らの想像上の生き物である、エルフ、と呼ばれる生命体のようです。……どう観ても、我々カッシーニ族の姿形と同一ですが」
「えー……やだ、こいつら怖い……」
カッシーニ族は発展した文明で数百年以上前から戦争や犯罪は起こっておらず、過激なR-18に耐性はない。彼らはイチャラブセックスしかできないぞ!
「やめじゃやめじゃ!こんな過激な惑星に降り立ったら、何をされるかわからん!先遣隊は即刻帰還せよ!!」
「それが……女王」
「なんじゃ!?」
「先遣隊は、「ジャパニーズスシサイコウ」というメッセージを残したっきり、連絡がとれません」
「何をやっておるのじゃあああああああ!!」
カッシーニ族の女王は震え上がった。チキュウコワイ、オークコワイ。
トラウマを植え付けられた女王は地球侵略計画を中止。
こうして、第二の移住候補であった衛星タイタンにシェルターを建設したのである。
「女王、また前回のように先遣隊を送るんですか?」
「いや、それだと前回の轍を踏む可能性がある。今回は、例の装置を使うのじゃ」
「……まさか、テレポート装置ですか?」
「そうじゃ。まずは調査の為、現地の地球人を一体捕獲する」
「ですが、あの装置はまだ未完成で、テスト段階だと聞きましたが……」
「構わぬ。今は火急の時じゃ。一刻も早く、食糧問題を解決するのが先決じゃ。それに、先の調査で地球人の肉は我らにとってひとつの栄養源になることが分かっておる。奴らを一匹でもこちらに引き寄せ、情報を抜き取れればよし。仮にだめでも、血の一滴でもあればバイオクローンで培養すれば新鮮な肉を供給する目処も立つじゃろう」
王宮の廊下を進み、地下への階段を下りながら女王は後ろから追いかけてくる大臣に言った。
「まずは、我が民の腹を満たすことが先決じゃ。それに、地球の連中の科学力は、儂らの足元にも及ばぬ。戦いになってもすぐに決着がつくであろう」
「……畏まりました」
「大臣。よだれが出ておるぞ」
「女王様こそ」
地球人は確かにまだ宇宙開拓に出れない、カッシーニ族から見れば原始人のようなもの。そんな彼らに対する侵略行為を、カッシーニ族は特に可哀想だとか道徳的観念にふれるとかそんな考えはない。
ただ、地球人の肉は美味いということがすでに分かっている。彼らにとってはすでに、地球人の肉はただの食料という風にしか見れなかった。
「諸君、集まっておるな」
地下の研究施設に入ると、白衣を着た科学者達が一斉に女王へ注目した。
部屋の中心には、青白い光を放ちながら存在感を保っている大きな装置。宮殿の謁見室よりも広い部屋、その巨大な空間の半分以上を占拠する大型の機械。
それが、カッシーニ族が生み出した技術の結晶。テレポート装置であった。
女王と大臣は、床に腕よりも太いチューブやコードを踏まないように進みながら、装置の前へ進む。
「……女王様、準備は出来ております」
「うむ。では始めよ」
女王が頷くと、白衣の男が大きなスイッチを押した。
機械の作動音が響く。コードを通し、巨大なエネルギーが廻転する。
そして装置が眩い光を発し――
「……なんじゃ?」
「あぁ、女王様、失敗しました。現地の地球人ではなく、別の生き物をテレポートさせてしまいました」
目を焼くような真っ白な光が収まったかと思うと――
「なんじゃ、この奇っ怪な生き物は……うわ臭っ!」
「女王様、データが出ました。この生き物は地球人の家畜のひとつで――『牛』と呼ばれているそうです」
後に、この白黒のモォ~と鳴く一匹の雌牛は、カッシーニ族の食糧問題を根本から解決する伝説の生き物となり――後に地球との友好的な外交関係を築くきっかけとなることを、地球人も、カッシーニ族も――そして北海道で暮らす一匹の牛をさらわれた農家も、まだ知らない。
「牛が盗まれた―――!畜生、牛泥棒―――!!!」