~キス魔が行く艦これ~ 寂しさを埋めるもの   作:波切涼

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序章 提督着任
第0話 提督を志した男


「飛行甲板はデリケートだから、あまり触らないで頂けますか。」

 

そんな彼女の頬には朱が差している。サイドテールが揺れ、恥ずかしそうにそっぽを向く。

 

こんなに美しい女性がいるのか。

 

その横顔に、僕は恋をした。

 

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それは帝国海軍士官学校に入学してすぐの頃だった。僕は艦娘を統べる提督になるために、指揮科に進学していた。だが、体格には恵まれず、別段頭が切れるというわけでもなく、軍人組手でも投げられてばかりだった。

 

「ぐうっ。」

視界が一瞬青空を向き、体が地面に叩きつけられる。一瞬息ができず、身を縮こませるほかない。

 

「貴様、海軍志望だからと言って組手を舐めているな?」

「鍛え方がなっとらん!校庭を走ってこい!」

鬼教官の檄が飛ぶ。

 

「急げ!浅野君。いや、“遅野君”、だったかな?」

授業を受けている同期からは、笑いが生まれる。

 

みじめだった。

 

投げられた衝撃で意識が朦朧としながら、よろよろと走り出す。

 

「お前、そんなんで提督になれるのかよ?」

教官に見えない死角から、肩を突き飛ばされる。

顔を向けると、士官学校同期の京極であった。この男の父親は大本営所属の海軍将校であり、本人も成績優秀と来た。その誇りが故に、僕のような要領の悪い人間をことあるごとに見下してくるのだった。

 

一瞥して無視すると、

「また“加賀ママ”のところに逃げるのか?」

京極は侮辱を続ける。

 

「うるさい!」

うるさい。彼女は関係ないんだ。

 

「お前に一航戦は釣り合わねえよ。」

彼女は……、彼女にとって僕なんて……。

 

自分の成績を思い出すと、ろくに言い返すこともできず、歯を食いしばりながら走るのだった。

 

 

教練の後、僕は階段で昼飯を食っていた。教室にいると、例の同期からちょっかいをかけられて落ち着かないのだ。

 

田舎者の僕は、同期や、教官からも嘲笑の対象となっていた。

 

さすがに、心が折れそうだった。

 

「浅野君、ここに居たのね。」

無表情に近い顔で、ただどこかあどけない表情で、こちらに話しかける女性がいる。

 

「加賀、さん……。」

着物を着た、このサイドテールの女性は、正規空母加賀である。

教練用空母としてこの士官学校に配属されていた艦娘であった。

 

彼女は一航戦、帝国海軍が誇る、最精鋭の空母である。

 

なぜそんな優秀な艦娘が士官学校などにいるのかは、僕は知らない。

 

噂によると、当然提督なら誰もが欲しがっているが、彼女の方から袖にしているらしい。

 

そんな彼女は、どうしてだか、ことあるごとに話しかけてくれる。

 

……それに嫉妬したのか、同期は揶揄してくるのだが。

 

「軍事教練の授業、見ていたわ。」

「教官に大分絞られたみたいね。」

 

「うう……。」

僕はがっくりと肩を落とす。組手であっさり投げられる姿まで見られていたのか……。

海軍男子垂涎の艦娘にいいところを見せたかったが、僕にそんな長所はなかった。

 

「僕は、提督になれるのでしょうか。」

気付けばそんなことを口走っていた。僕たち指揮科の卒業生でも、提督になれるのは成績優秀な一握りの人間のみである。

 

「あら、そんなことを気にしていたの。」

加賀は表情を変えずに言う。

 

「あなたは提督になるわ。私が見込んだ人だもの。」

 

「!」

それは、どういう……。

「ただし、いい提督になれるかどうかは、あなた次第よ。」

 

「僕に、そんな能力があるとは思えま、せん……。」

先ほどの教練を思い出す。奥歯を食いしばったが、涙が出てきてしまった。いや、これは汗だ。悔しい汗なんだ。

 

「そう……。」

彼女の雰囲気が、少し和らいだ気がした。

 

「私、この学校でいろんな学生さんを見てきたわ。」

 

「頭の良い人、リーダーシップのある人、強い人、優しい人……。」

 

「でもみんな、激しい戦いの中ですりつぶされていった……。」

彼女は遠い目をした。

 

「それじゃあ僕なんてとても……。」

僕はかぶりを振る。

「いえ、私は信じているわ。」

彼女は僕の眼を見つめる。

「あなたは他の誰にもないものを持っているのよ。」

 

「わたしたち、艦娘への愛。」

彼女は両手を胸の前で握った。

 

「本当の提督になりたかったら、わたしたちを愛して。」

 

「深く深く、こころの底まで。」

彼女は目を閉じ、自分の身体を抱きしめる。

「冷たい、海の底まで愛を貫いて。」

 

「それが、深海棲艦に打ち勝つために必要なの。」

彼女はひどく悲しい目に見えた。いや、その目に宿るのは、寂しさだった。

 

船として沈んでから80年以上が経ち、艦娘として顕現するまで。

 

ずっと、ずっと孤独だったのだろう。

彼女の顔には、その哀愁が浮かんでいた。

 

「艦娘がか弱い女だなんていうつもりもないけれど……。」

 

「あなたのような人間が必要なの。」

 

「そう、わたしたちには……。」

そう言いながら、彼女は横を向いた。

 

本心を言って気恥ずかしいのか、頬が赤い。

 

「加賀さん……。」

僕は加賀の話を聞き、教練で受けたショックからとうに立ち直っていた。

「僕は、強くなります。」

 

「提督に、なってみせます。」

我ながら、現金な男だった。

 

「あっ……。」

僕は勇気を出して、加賀を抱きしめた。

 

「……飛行甲板はデリケートだから、あまり触らないで頂けますか。」

 

 

少し恥ずかしそうなその横顔に、僕は恋をした。

 

 

 

 

 

 

第0話 提督を志した男  了

 

 

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