艦これ新春ライブに行ったり、鳳翔さんおせちをたべたりしているうちに時間がたってしまった……。
ちまちま書いてはいたのですが、どうしても長くなり……。
物語全体のプロットも考えたので、あとはそれを具現化するだけ、と言ったところですね。
それではお楽しみください!
冬の青森で手に入る果物といえば、当然林檎である。
というより、ほとんどそれしかないというほうが正しい。
大湊の青果店では、意外と細かく分かれた品種ごとにそれぞれが大量に陳列されていた。
客であろう少女のちいさな手が赤い絨毯に手を突っ込み、熟した果実を籠に入れたかと思えばまた野ざらしの棚に戻した。手のひらを目いっぱいに広げ、それぞれの赤をむんずと掴み、すこしでも良いものを、と吟味する。手よりも明らかに林檎の方が大きく、小学校に入るかどうか、と言った年の頃であった。
彼女に特徴的なのは色である。その肌は白磁器のように透き通っており、白くたっぷりとしたロングへアとも相まって、生命の理から外れた雪の妖精のように見えた。ただ、くりくりとした大きな瞳だけが真っ赤に染まっており、新雪に鮮血を散らしたようなコントラストを生んでいた。木からもがれ、生命活動を停止したはずの果物の方がまだ、命の香りを感じた。
「嬢ちゃん、また来たか。まだ小さいのに偉いねえ。」
店の親父は親し気に声をかける。
一方、そのちいさな少女は声が聞こえていないかのように、並ぶ林檎をじっと見つめていた。
「ふふ、うまい林檎ってのはな?」
そんな様子を気にかけず店主は続ける。
「真っ赤でつるつるでな?そんで、ずっしり重いもの。」
言いながら、手ごろな林檎を探す。
「うん、このあたりだべな。」
「ほれ。」
3個ほど、白い少女に林檎を手渡した。
目を真ん丸にして、彼女は赤い果実を手一杯に抱えた。そのうちの1つを持ちながらじっと眺めている。
「コレ、キレイ!オヘヤ、カザル!」
白い息を滔々と吐きながら、少女は言った。
「はは、飾ってたらすぐ悪くなっちまうよ。早いとこ食べな。」
壮年の店主は目を細め、自分の孫を見るかのように答える。
娘は、白いたこ焼きじみたキャラクターを象ったポシェットから財布を取り出し、満足げに勘定を払った。
「まいど。」
「ホッポ、ウレシイ!オジサン、アリガト!」
提督が北方棲姫と呼ばれる深海棲艦を鹵獲し、鎮守府に受け入れてからひと月が経つ。
この娘はいつの間にやら町の住民にも顔が知れ、商店街ではほっぽちゃんとマスコットとして愛される存在になっていた。
「あの鎮守府も、ちょっと前までは評判が悪かったんだけどな、提督が変わってからはまともになったみたいだ。」
親父はこれまでの生活を思い出しているのか、しみじみと呟く。
「辛気臭い話はいけねえ。……今日はあのにーちゃんは一緒じゃないのかい?」
「テイトク、オシゴト!……イツモ、イソガシイ。」
白い少女は、うつむきながら言った。寂しいのかもしれない。
「テートク、ゲンキヅケタイ。」
「それで林檎を買いに来たって?」
「ココノリンゴ、オイシイ。テートク、キットヨロコブ。」
「本当に父親想いの娘、に見えるべな。いじらしいねえ。」
店主は目を細めた。
「そんな嬢ちゃんに追加でサービス。」
少女は追加で林檎をもらい、両手いっぱいに抱えていた。
今日は店主の機嫌が殊更いいようだ。よくなった、のかもしれないが。
「また来てな。」
「オジサン、バイバイ!」
鎮守府への帰り道も、ほかの店主や通行人に幾度となく話しかけられては、愛想よく挨拶している。
小さなその背中は、とても人類の敵であるようには思えなかった。
* * *
第9話 雪の妖精
「失礼します~。」
執務室で山のように積まれた仕事の消化に励んでいると、少し間延びした声が聞こえた。
命をかけて戦う艦娘とは比べるべくもないが、それにしたって提督業は忙しい。
「ああ、龍田。どうしたの?」
彼女は部屋に入ったきり、真面目な表情で僕を見ている。
「提督に話がありまして~。」
「端的に言うと、これからどうするつもりなの~?」
龍田が僕を問い質すように言った。
「北方棲姫を味方に引き入れるのはいいけど、大本営にうまく説明しないと、私たちが人類の敵になっちゃうわよ~?」
僕が結論を決めかね、先送りにしてきたことを彼女は鋭く指摘した。
「そうなんだよなあ……。」
至極当たり前だが、白く可憐なあの子は深海棲艦であり、我々が打倒すべき敵、である。
だが、あの娘は今では”ほっぽちゃん”と呼ばれ、町の住民をも愛らしさの虜にしていた。
僕は彼女を、この鎮守府に安直に受け入れ、ましてや市民と交流させている。
ほっぽのやりたいようにさせていたら、成り行きでそうなってしまった。
これは軍にどう報告したものか、と考えるうちにずるずるとひと月経ってしまったのだ。
「敵艦を鹵獲した、と素直に報告すればいいんじゃないの。」
秘書艦として控えていた大井が投げやりに口を挟む。
「そうしたらほっぽが海軍研究所送りになりそうで……。」
僕は不安要素を述べた。
「まあ、敵だし。そこは仕方ないんじゃない?」
大井がさっぱりと言った。こちらを見もせず書類に向かっている。
「いつも通りドライだな……。まあ、艦娘としては当たり前の意見だけど。」
「でも、実際ほっぽがよく言う”あの件”が一番ネックだと思っているんだよね。」
そう言うと、二人とも僕の顔をじっと見た。どこか責めるような眼が4つ並んでいる。
龍田の眼、意外とくりくりしてかわいいな……、じゃない。
「ほら、あの、いつも僕とケッコンって言ってるけど。」
白い少女は僕と顔を合わせる度に、求愛してくるのだった。
「それを軍に知られたらいらぬ騒動が起こりそうで……、なかなか報告書に書き起こせなかったんだよ。」
「……はあ。提督、腹芸とか苦手そうですもんね。」
大井がため息をついた。
「……あんたはたまには痛い目みた方が良いのよ。」
「ふふ、大井は辛辣ね~。……私も同意見だけど。」
「誰彼構わず女をたらしこむから、厄介な状況になるんですよ。」
大井の言葉がぐさぐさと胸に刺さる。別にそんな意図はないのだが。
「こうなっては仕方がないです。私たちも協力しますから、うまいこと報告してください。」
「大井、龍田、愛してる!」
「馬鹿な事言ってないで早く書いてください!」
頬を染めた有能な艦娘のおかげで、僕はすぐに書類を書き上げるのだった。
* * *
「タダイマ!」
白い少女が、着ているワンピースで林檎を持ちながら執務棟の玄関にたどり着いた。
中では五月雨が掃除をしており、振り返るとすぐに気が付いた。
「ほっぽちゃん、お帰りなさい。わ、こんなにたくさんのりんご!」
「ン!テイトクノタメニ、カッテキタ!」
彼女は常に、彼への愛情表現を絶やさない。
「そうなんですね。提督もきっと喜びますよ。」
心根の優しさに五月雨も微笑んだ。
「でも、そんなにあったら食べきれないかもしれませんね。」
「ムムム……。」
少女は、自分の戦利品を前に難しい顔をした。
「……あ、そうだ。」
五月雨は顎に指をつけて一瞬考え、何かを思いついた。
「リンゴは、少しだけ皮をむいてお出しして、残りはお菓子にしちゃいましょう!」
「オカシ……?」
北方棲姫は首を傾げて答えを待つ。
「ええと……、たとえばアップルパイとか、コンポートとか!」
「ポ?」
五月雨の言う単語の意味を知らないのか、彼女は当惑するばかりだった。
「あはは、深海にはお菓子なんてありませんよね……。」
「それじゃあリンゴのコンポート、簡単ですし一緒に作りませんか?」
「作りながら少し味見すれば、お菓子ってなんだかわかると思います!ね!」
「ポ!」
北方棲姫は、それが何とわからないながらも、期待に胸を膨らませているようだった。
二人で寒い廊下を進み、食堂へ向かう。誰もいない厨房で、五月雨は慣れた手つきで調理を始めた。
「ほっぽちゃんが切るのは危ないから、私がやりますね。」
青い少女が言うと、白い娘は目を皿のようにして手元を見つめ続ける。
宝石のように赤く輝く果実にすっと刃を入れる。
断面に目を向けると、しっかりと蜜の入った上等な林檎であった。
「おいしそうですね!」
「ポ!」
二人は互いの顔を見合った。
「こうして、皮をむいて……。」
するすると青髪の少女は手を動かす。
「サミダレ、スゴイ!」
たくさんあった林檎も、あっという間に仕込みを終えた。
「切ったら、あとは赤ワインと砂糖で煮込むだけなんです。」
言いながら用意を進める。日ごろから料理をしている者の手つきだった。
「思ったより簡単なんですよね?」
小鍋に材料を入れながら微笑む。
「ポ……。」
驚嘆の表情で鍋をのぞき込んでいる。
「ふふ、焦がさないようにたまにかき混ぜるのをお願いしますね。」
「ポ!」
それくらいはできるとばかりに、白い少女は胸を張った。
「煮込む間はこっちで休憩しましょうか。」
普段食堂として食事を摂っている場所で、紅茶の準備をする。
「あんなに林檎を買ってくるなんて、ほっぽちゃんは提督思いですね。」
「ウン!テイトク、ダイスキ!」
「ふふ、ほっぽちゃんはどうして提督と、その……一緒になりたいんですか?」
前々から気になっていた、いや、艦娘の間で噂になっていたことを聞いてみる。少し気恥ずかしいのか、言葉尻を濁した。
「テイトク、オネエチャントホッポ、カバッテクレタ。」
「お姉ちゃん?」
「ウン。コウワンセイキ。」
「こうわん、、港湾、棲姫……!」
想起するのは、目の前の少女と同じ、真っ白な肌、髪。新たな姫級の名前に、五月雨は思わず慄いた。
「ホッポトオネエチャン、タタカイ、キライ。センソウ、キライ。」
「デモ、マイニチ、マイニチ、カンムス、セメテキタ。」
話しながらうつむき、赤い瞳が見えなくなる。
「うん……、うん……。」
「オネエチャントフタリデ、オウチ、マモルタメ、タタカッタ。」
「タクサンノナカマ、シンダ。デモ、シカタナイ。」
小さな手をぎゅっと握りしめる。
「うん……。」
思いのほか重い話の内容に、五月雨もつられて下を向いた。
「イチネンマエ、オネエチャン、カンムスニヤラレタ。ホッポヲ、マモッタ。」
「オネエチャン、タイハシテ、シニソウダッタ。」
「フタリデ、ニゲタ。」
「カンムス、ツイゲキシテキタ。デモ、イクアテ、ナカッタ。」
「ホッポ、チイサイミナト、ミツケタ。」
「チイサイコヤ、アッタ。オネエチャン、ネカセタ。」
「小屋、だね。うんうん。」
「ホッポ、ヒッシデカンビョウシタ。」
「デモ、オキナカッタ。」
「……うん。」
「ソノトキ、テイトク、キタ。」
「え?提督が?どうして港町に?」
「ジッカ、ッテイッテタ。」
「提督のご実家が……、ははあ、なるほど。」
彼女は納得した表情で話の続きを促した。
「ホッポ、コロサレル、オモッタ。」
「デモテイトク、オネエチャン、タスケタ。」
「ゴハン、シザイ、クスリ。タクサンクレタ。」
「オネエチャン、オキタ。」
そう言うと、深紅の瞳から大粒の雫が零れ落ちた。
「うん……!うん……!!」
五月雨は北方棲姫に近寄り、抱きしめた。
「テイトク、ヤサシイ。テイトク、ダイスキ。」
それを意に介さぬように、少女は話を続ける。
「ダカラケッコンシテ、テイトクノチカラニナリタイ。」
「そういういきさつが……。驚きましたけど、納得しました。」
「提督は、提督ですね。」
じっと聞いていた少女は、最後にくすくすと笑った。
「でも、提督の居場所がここだってよくわかりましたね?」
「テイトクノニオイ、オボエテタ。ソレカラズット、サガシテタ。」
そういうと、どこにしまっていたのか、たこ焼きのような艦載機を飛ばしてみせた。
「すごい、そういうことだったんですね。」
「テイトク、ミツケタ。ツギ、ホッポノバン。」
「はい!ケッコン……、がいいかはわかりませんが、恩返し、しちゃいましょう!」
「まずは、リンゴのコンポート、ですね。」
「冷やすと、綺麗に色が入るんですよ?」
甘い匂いにつられた白き妖精は、鼻を動かしながら次の言葉を待った。
* * *
どたどたと執務室に通じる廊下を歩く音がする。複数人の足音だ。上品さのかけらもない。
仕事をしていた大井と僕は、顔をしかめた。
「失礼する!海軍憲兵隊の木田だ!」
いきなり、むさくるしい軍人がドアを叩きつけるように開けた。あいつはここ大湊鎮守府詰めの憲兵だ。3か月に一度の監査を除いては、普段ほとんど顔を合わせない。
「浅野提督閣下に、軍規法違反の嫌疑がかかっている!」
「恐縮ながら、ご同行願いたい!」
「な、どういうことだ!!」
「どういうことも何も、この令状の通りだ!」
そう言って、木田は懐から紙を取り出した。ご丁寧に、海軍大臣の判子まで押してある。さすがに本物だろう。
「一、深海棲艦ヲ鹵獲シタ事実ヲ隠蔽シ、ソノ戦力、情報ノ独占ヲ図ッタ。」
「一、深海棲艦ヲ独断デ匿イ、近隣住民ノ安全ヲ脅カシタ。」
「お、おい!海軍にそんな軍規はないだろう!」
「提督殿が知らぬだけでしょう。」
「来て、いただけますかな?」
「木田殿。恐縮ですが、こちらに報告書があります。」
大井が書類を取り出した。先ほど3人で書いたものだ!
少なくともこれがあれば故意にやった、という疑念は晴れるだろう。
木田は大井から紙を受け取ると、即座に破り捨てた。
「あなた……!」
大井が怒りをあらわにする。
「……書類なんてものは知らんなあ。」
そう言いながら木田は僕に近づき、黒い鉄の塊を腹に突き付けた。拳銃だ。
途端、部屋が剣呑な雰囲気に包まれる。
「お前が深海棲艦をかくまっているのは分かってるんだよ。」
「早くここにつれてこい。」
じっとりと嫌な汗が浮かぶ。
「……大井。」
言いながら、僕は彼女に目配せした。
「……わかりました。」
大井は、木田の横を通って外に出る、とみせかけ……、
艦娘の膂力で木田の腕を払い、僕は突きつけられた拳銃を奪い取ることに成功した。
優勢だと思っていた木田の部下たちに動揺が走り、すぐには対応できていない。
その隙を狙い、今度は木田に対して拳銃を突きつけた。
「……木田さん。これはどういうことですか。」
書類を突きつけても相手にされないとは妙だ。僕は軍に陥れられているのではないか、そう感じた。
「ぐぬ……。」
部下の男たちがやっとこさ僕と大井に銃口を向けた。互いに見合いながら、硬直が続く。誰も、うかつに動けない。
そのとき、またこの部屋に来客があった。
「テートク!オカシ、デキタ!」
「沼津!」
木田が言うと、恰幅のいい男が反応した。
「この白い娘は軍属か?」
沼津という男は、北方棲姫の頭に銃を突きつけている。
「いや、近隣で保護したただの娘だ。」
深海棲艦が銃なんかで死ぬのかはわからないが、ここは陸である。力が弱体してもおかしくはない。
苦し紛れに嘘を吐く。
「ほう?私の眼には北方棲姫という姫級深海棲艦に見えるが。」
さすがは憲兵である。本当の情報は握っていたようだ。思惑が外れ、苦虫をつぶしたような顔をしてしまう。
「おっと、おかしなことは考えるなよ。この銃弾は特別製でな。艦娘や深海棲姫にも効果がある。」
まだ行動を起こそうとしていた大井の動きが止まる。
「貴殿には今この場で、軍規法違反などではなく、”反逆”の容疑がかかった。私と海軍本省に来ていただきたい。」
「貴殿は軍法会議にかけられる、ということだ。おわかりか?」
「ポ?」
二人のやりとりをよく理解しない様子で、彼女はお菓子の皿を行儀よく持っていた。
「提督はそんなことしません。何かの間違いです!」
大井がそのようなことを言うのは意外だった。
しかし、艦娘の言うことなど意に介さない様子で木田は続ける。
「その姫級もだ。研究所に送られ、おそらく全身バラバラに解体されることだろうが。」
「あんたたち……、こんな子供に!人の心がないっていうわけ!?」
「どっちが人類の敵なのよ!」
大井が憲兵に叫ぶが、奴らは不遜な様子で鼻を鳴らすだけだった。
「浅野、来い。」
北方棲姫を人質に取られ、今は打つ手がない。この場にいない他の艦娘たちも人質のようなものだ。
「テートク、ドコイク!」
「テートク!」
「ほっぽ、待て!」
思わず艦載機を出しそうなこの小さな深海棲艦を制止する。
「今は我慢しよう。大丈夫、後でなんとかするから。」
それでも暴れようとする少女をなだめながら、僕は手錠をかけられ連行されていく。
* * *
鎮守府の外に止めてある車への道すがら、何人もの、いや、所属するすべての艦娘に見送られた。
未だ状況が分かっていない北方棲姫の様子と、悲壮な表情の艦娘の対比が印象的であった。
「提督、これは、何かの間違いだよね!?」
「戻って、来るよね……?」
「ああ、時雨……。きっと、戻る。」
「絶対だよ、提督。」
つうと流れる涙をこらえるように、彼女は僕を抱きしめた。
他の声も後に続いた。
「提督、不知火が付いていながら申し訳ありません。」
「これは不知火の落ち度です。」
「君に責任なんかない。これは僕の問題だ。」
悔しそうに唇を噛みしめる不知火。
「絶対、戻ってきてよね!この、クソ提督!」
「霞、大丈夫、大丈夫だから。」
着任数か月で、案外僕は慕われていたのかもしれない。そう思いながら歩みを続けた。
「提督……!ほっぽちゃんのこと、お願いしますね!」
五月雨が
「ああ。お菓子、食べられなくてごめん。」
「提督がご無事であれば、いつだって作りますから……!」
「楽しみにしているよ。」
そう言って頭をなでる。
「大井、龍田。鈴谷、それに明石。山城。ここはしばらく任せたよ。」
年長組は、比較的冷静さを保っている。憲兵にとびかからんとしている鈴谷は、明石が抑えていたが。
「戻ってこなかったら、鈴谷、泣くからね!!」
「あ、明石も……です。」
僕はそんな二人をまとめて抱きしめ、それぞれの頬に口付けした。
「……あとで続き、しようか。」
「は、破壊力、やばいかも……。」
ふらふらと後ずさる鈴谷。
「轟沈、しそうです……。」
明石はその場に座り込んだ。
「提督、あなたの不幸も私が受け止めますから。戻ってきてくださいね。」
「山城、意外と優しいな……。」
「……どういうことかしら?」
「ごめんごめん。」
「私たちはこれまでの軍に反抗的な態度を少し変えて、提督にだけ従う姿勢を見せておきます。」
「現状あなただけが、私たちを最大限活用できる、という立場をアピールするために。うまく、立ち回ってくださいね。」
「それに、軍も敵の情報を持っている北方棲姫を簡単に解体するとは思いません。」
大井が理知的に想定を述べる。
「ああ、助かる。必ず戻ってくるから。」
「あなたはほかの提督よりも、ちょっとはましみたいだから~。私にもできることはするわ~。」
「龍田も、ありがとうな。」
そうして……。
「提督。私はついていくことはできませんが、陰ながらお手伝いします。」
「……協力者に根回ししておきます。」
加賀が近づき、憲兵に聞こえないようにささやいた。
「ですから……、できるだけ早く戻って……、でないと……。」
そう言って、僕に唇を落とした。
「……やりました。」
すこし満足げな表情に、凛々しさの中に埋もれた本音が見えた。
「いちゃつくのもいい加減にしろ!」
北方棲姫の捕縛にてこずっていたらしい木田がこちらの様子に気づき、怒鳴り声を上げる。
「さっさと乗れ!」
沼津によって、僕は乱暴に座らされる。
しばらく時間がたっても、車は動かない。
不思議に思っていると、再度木田の声がした。
「ああお前もわかった!浅野と同じ車に乗れ!」
この短気な男は少女を捕まえるのをあきらめたのか、彼女を僕の隣に乗せた。
「テイトク!イッショガイイ!」
護送されているのにも関わらず、思わず笑みが浮かぶ。
人間と深海棲艦を乗せた車は、ドアを閉めるとあっという間に鎮守府を後にする。
大湊の艦娘たちは、僕たちの車が豆粒になっても見送っているようだった。
* * *
執務室には北方棲姫と五月雨が作った、リンゴのコンポートが残されていた。
「きれい……。」
五月雨が皿の上を見てつぶやく。
かつて果実だったそれは透き通り、深い赤色をしていた。
まるで深海棲艦のような、色だった。
彼女の赤い瞳。艦娘であるのに、青い髪の少女はしばしその色彩の深みに魅入られていた。
第9話 雪の妖精 了
* * *