大井だけの看病では足りなかったか……。
次はだれにしようか……。(冗談)
それでは短いですが第10話、お楽しみください。
「よう、浅野”提督”。いいご身分じゃないか。」
僕と北方棲姫は霞が関の海軍本省まで護送され、別々に牢に入れられていた。
取り調べもまだ始まらず、持て余した暇をつぶしていたところの来客であった。
「おうおう、いろいろ話は聞いていたぞ。なんだよ、姫級を”鹵獲”したって?」
「水臭いじゃないか、そんなうまい話があるなら早く教えてくれよ。」
久々に見る顔である。士官学校時代の同期である京極だった。
そういえばこいつは横須賀鎮守府勤務だった。
一応提督で、ここの一部艦隊の指揮を執っているらしい。
「京極か。本省に知れたら”こと”だと思ってたんだよ。」
「どうせ、海軍研究所に送られてばらばらに解体されるのが関の山だってね。」
僕はぶっきらぼうに言う。北方棲姫は僕を頼ってモーレイ海から大湊まで来た。鎮守府では艦娘たちが、町では住民たちが、彼女を仲間や娘のように扱っていた。僕には、とても見捨てることなどできない。だから彼女と一緒に軍に捕まったのだ。
「まあ、いずれ姫級も解体だろうが……。それにしても、戦利品の独り占めは悪手だ。」
「捕獲した時点で上に報告するべきだったな。」
僕が悩んで放置していたのはやはり問題だったらしい。忠告してくれた大井と龍田は正しかった。
「父上も言っていたが、上層部、カンカンだぞ?一部の馬鹿どもは反逆だってのたまってる。」
「俺はお前が案外戦える奴だって驚いたけどな。あんなにひょろかったお前に、姫級を拿捕する漢気があるとは思わなかったぜ。」
学生時代はひたすらに見下してきた京極だが、少し評価が変わったようだ。
「これで研究所の連中もやることができて、首がつながるだろ。」
「艦娘の改ニ化研究が進まずに、予算を削られる寸前だったみたいだしな。」
「……あの子は研究所には渡さない。」
「はあ?」
「なあ、京極。北方棲姫を助ける方法はないか?」
「お前、馬鹿か?敵を分析するチャンスを潰すってのか?」
「お前も本来なら勲章物の手柄なんだぞ?」
「勲章などに興味はない。あるのは艦娘たちの幸せだけだ。」
「お前は……、やっぱり変わってないな。」
「情が深く、故に本質を見誤る……。」
「目の前の感情に踊らされてるだけじゃ、軍人、ましてや提督なぞ勤まらんぞ。」
「……ご忠告、痛み入る。」
僕がそう言うと、京極は肩をすくめた。
「お前のような馬鹿は、あの女狐と相性が良いかもしれん。」
「どういうことだ?」
「佐世保の狂人、だよ。話せばすぐにわかる。」
「……よくわからんが。」
「丁度提督会議でめぼしい連中は霞が関にいる。呼んでくるから待ってろ。」
そう言って、京極は牢を後にした。
* * *
第10話 佐世保の女狐
待てど暮らせど人は来ず、無口な看守が二人いるばかり。
再度暇を持て余し、ベッドでぼーっとしていると、牢が開いた音がする。
「……そなたが例の坊やかえ。」
薄暗いじめじめした部屋に、妙齢の女の声が響く。
女はつかつかと軍靴を鳴らし、僕のベッドの横まで歩いてきた。
「あなたは……。」
「ほほう、私を知らなんだか。」
女の眼がきらりと光った。
「佐世保で提督をやっている、支倉だ。」
黒い長髪に、切りそろえた前髪の壮麗な女軍人。背もすらりと高く、170cmは超えていそうだ。
「貴殿はなんぞ面白いことを考えていると聞いてな?」
長い手を回し、指を顎に付ける。そのせいで彼女の胸部装甲が痛そうにゆがむ。そちらは山城くらいあるだろうか、かなり大きい。
「むさくるしい提督会議を抜けてここまで来たというわけよ。」
「だ、大丈夫なんでしょうか、そんなことして……。」
「構わん構わん。毎度くだらん話しかしてまいよ。」
言いながら、彼女は胸元をごそごそと探り、煙管を取り出した。
「時に、貴殿。愛い顔をしておるの。名前は。」
切れ長の目で僕の顔をちらとみながら、火をつける。
「あ、浅野といいますが……。」
僕に近寄り、口に蓄えた煙をふきかけてくる。蠱惑的な香りが鼻から脳に刺さる。
「ふうん……。」
「これは、誰かのお手付きだろうなあ。」
黒髪をたなびかせながら、灰を捨てる。そんな様すら妖艶で美しい。
「なあおぬし、艦娘から求婚されておらんか?」
「きゅ、求婚ですか……。特に……、あ。」
「……北方棲姫が、僕とケッコンする、と。」
「なに?それは誠か?」
「ええ、彼女を昔、提督になる前に助けたことがありまして、それを恩に感じているようです。」
「敵を助けただと?くはは、これは傑作、傑作。」
「大本営の腑抜けた男どもとは一味違うな!気に入った!」
合点がいった様子で、支倉は一人盛り上がっている。
「は、はあ……。」
「私はな、佐世保の女狐と呼ばれておる。」
先ほど京極が言っていた。
「割とその二つ名は気に入っているのだが……。その所以。」
「私はな、深海棲艦と融和できないかと考えておるのだ。」
座った目で僕を見た。
「ゆ、融和!だから京極はすぐにわかる、と……。」
「しからば腰抜けどもは私を狂人扱い。」
「艦娘を操るのだけが得意な女だ、とな。」
「笑わせてくれる。目の前にいるではないか、私の考えが正しいというその証拠が!」
「深海棲艦を篭絡し、人間側に寝返らせる。」
「それができれば、敵の戦力は減り、こちらの戦力は潤う。一石二鳥じゃないか!」
支倉提督は気持ちよさそうに持論を述べ続ける。
「貴殿は知ってか知らずか、私の思想を体現しようとしている。」
「ま、待ってください。これからも狙ってできるとは思えませんが……。」
僕は慌てて彼女の見解を否定する。たまたま北方棲姫と巡りあったに過ぎない。
「そこは貴殿の腕の見せ所であろう!」
支倉提督はこぶしに力を籠め、言い切る。まるで長門のようだ。
「私も全面的に支援を行う準備はできている」
「さらなる姫級の拿捕に着手してはいかがか。」
僕が答えに窮していると、さらに彼女は続けた。
「仕方がないな……。では、さらに!今なら大湊へ帰してやる!」
「本当ですか!」
なんだか怪しい通販番組の様相を呈してきた。
「ああ、これでも私は中将だ。それくらいの権力は持っている。」
「その代わり、味見させてもらうがな。」
「味見って……。」
艦娘相手じゃないから油断していた。またこの流れか……。想像がついてしまう。
「ああ、貴殿が女体に対し、どれくらいの火力を有しているか。確認せねばならん。」
薄暗い牢に、ぽってりとした唇が浮かび上がる。
「何、それこそ狐に噛まれたとでも思うがいい。」
「け、憲兵さん!!」
無口な憲兵二人は、聞こえないふりをしている。
畜生、金でも握らせたか。
「ふふふ……。最後まではすまい。これは味見だからな……。」
支倉提督は僕に馬乗りになる。身長が高いから僕より力が強い。
長い黒髪が白い軍服に映える。
「ん……。」
味見にしては、濃厚な味がした。
* * *
支倉提督は本当に権力があったようで、彼女の顎で兵士たちが動いていく様は痛快だった。
あっという間に、北方棲姫が幽閉されている牢へと案内された。
「テイトク!」
牢にいると、長い時間が経ったかのように感じる。
もしかしたらもう会えないかと思ったこの白い娘に、一日ぶりに再会した。
かなり不安だったようで、北方棲姫は泣きながら抱き着いてきた。
「テイトク!テイトク!」
「遅れてごめん。大湊に帰ろう。」
「ウン!ハヤク、ホッポ、モドル。」
一見ほほえましい我々なのだが、片方は人類の不倶戴天の敵である。
護衛の看守などは僕のことを、頭のおかしい人間かのように見ている。事実、すこしでもおかしな行動をとれば、僕ともども銃殺しようとするだろう。
そんな様を支倉提督はおかしそうに見ていた。
「ハヤク、モドラナイト。オネエチャン、オオミナトニセメテクル。」
不穏な単語が牢に響く。看守が息を呑んだ。
「お姉ちゃん?」
「ホッポノオネエチャン、コウワンセイキ。」
「港湾棲姫か……。大湊の戦力じゃ、まず勝てないな……。対陸上装備が全くない。」
提督としての思考回路が非常な現実を計算する。
「ホッポイレバ、オハナシ、デキル。オネエチャン、アバレルマエニ、モドロウ。」
「天はお前に味方しているな。牢に入れておいたら北方で何が起こるかわからん。」
これまで黙っていた支倉提督が口を開く。
「どうせ、この娘はお前の言うことしか聞かんのだろう?どうやらお前は、北方の維持に必要な人材らしい。」
「軍にはうまくいっておく。何かあったら私を頼れ。」
「……恩に切ります。」
「これで貸ひとつだ。また会った時に味見させろ。」
支倉提督は耳元で小さくいった。吐息がすこしくすぐったい。
「味見でなくとも構わんぞ。」
そう言って彼女は部屋を去っていった。
女狐というのは言いえて妙で、つかみどころのない相手に思った。とかくやりづらい。
ただ、協力関係を築けそうなのはでかい。軍につてなどない僕には、願ってもない話だ。
少々生気を抜かれるくらい、我慢しよう。
というかむしろ、艦娘たちに隠し通せるだろうか。僕にはそのほうが気が重かった。
第10話 佐世保の女狐 了
* * *