今週末は佐世保イベにも行きますが、合間で何とか書き進めます!
……やっぱり霞ママは最高ですね。
「……いとく!」
「……提督!」
眠りから目を覚ますと、白い天井が見える。鎮守府の医務室である。
「……うっ。」
額に鈍い痛みが走り、うめき声をあげた。
「ていとくぅうう……。よかった、よかったぁぁぁ!」
誰かに抱き着かれている。銀髪のサイドテールに華奢な体躯。鼻腔をくすぐる花のような匂い。
「霞……か?」
「そうよ、このクズ!!」
「たくさん、たくさん心配したんだから!」
悪態をつきながらも彼女の眼には涙が浮かび、僕の腕にしがみついていた。
「ごめんよ……、霞。」
彼女は何も言わず、抱き締める力を強くすることで返した。僕は銀髪の頭を優しく撫でて、少しでも不安を取り除こうと励んだ。
しばらくそうしていると緊張の糸が切れたのか、霞はすやすやと寝入ってしまった。
このままベッドに持たれかかっていては風邪を引くだろう。
思った以上に軽い体を持ち上げ、ベッドに寝かせる。
よし、これで良い。
他の艦娘たちに様子を聞きに行かないと。僕はおそらく姫級の攻撃を受けたはずだ。
執務室に向かおうと、ベッドを出ようとする。
……霞が僕の腕を強力に掴んでいて、動けない。
なんとか起こさないように腕を抜こうとあがく。
「提督……行かないで……、霞を一人にしないで……。」
寝言を言いながら涙を零している。
なんだこのかわいい生き物は。
それでも僕は提督である。心を鬼にし、部屋を後にしようと悪戦苦闘する。
すると、背後から声をかけられた。
「フフフ……、随分と仲が良いようだな。」
つい先日聞いた、低い女性のハスキーボイス。
振り返ると、長い黒髪の海軍軍人が立っている。女優のような凛々しい顔立ちである。
「天龍かと思ったら支倉提督ですか!」
「ハハハ、また会ったな。」
「どうしてわざわざ大湊まで。」
「君のことが忘れらなくて……、と言ったら?」
「あなたはそんなナイーブな性格じゃないでしょうに……。」
「なんだ、意外とつれないな。」
「何人もの艦娘をたぶらかしている男だから、誰でもいいのかと。」
「あなたねえ……。」
「女神のキスで夢から覚めたら、今後の話だ。」
「ここではなんだ。行くぞ。」
支倉提督は霞をちらと見て、僕をドアへと促す。
「とは言っても、霞が……。」
そう言うと、軍服の女は優しく霞に近寄り、僕の腕にしがみついた手を外す。
さきほどと違い、なぜか容易くほどける。
「狸寝入りもほどほどにな。」
「ぴゃ!」
そこいらの女学生のような可愛い悲鳴。
「えっ。」
寝ていたと思っていたのに。どうやら起きていたらしい。
顔を赤くした霞は、もぞもぞと布団に潜り込んでしまった。
「ふんだ!もう行きなさいよ!」
「……霞、心配かけてごめんな。」
「貸し一つだからね!必ず返しなさいよ!」
布団からくぐもった声が聞こえる。
「うん。必ず。」
そう言って僕たちは部屋を出た。
* * *
第12話 少女の腕の中で
執務室は大勢の艦娘で溢れかえっていた。
「提督、無事だったんだね。」
送り出してくれた時と同じように、涙を浮かべた時雨。隣にはうなずく五月雨もいる。
「ポ!」 「提督さんぽい!」
左胸には北方棲姫、右胸には夕立が飛び込んできた。
彼女たちなりに心配してくれたらしい。
「その様子ではひどくなかったようですね。安心しました。」
いつもの鉄面皮の不知火。
「提督……。私の力がが至らぬばかりに傷つけてしまって。すみません。」
目を伏せて謝罪を口にする加賀。艦娘たち全員もどこかしおらしい様子だ。
「誰一人欠けていないんだよね?」
「ええ~。佐世保の援軍が姫級を撃退してくれたわ~。」
間延びしたような、しかし芯のある声で龍田が答えた。
「それならよし。」
皆の顔色からなんとなく察していたが、言葉で聞いて安心する。
「支倉提督、援軍感謝します。」
僕は向き直って最敬礼をする。
「例には及ばんよ。君たち、挨拶を。」
大本営では狂人などと称される支倉女史も、こうしてみると意外とまともに提督業をやっているのだなと思う。
わざわざ佐世保から来た応援艦隊が僕の前に勢ぞろいする。
「佐世保応援艦隊旗艦、榛名です。お世話になります。」
おしとやかな巫女風の衣装を纏いつつ、戦艦らしい重厚な艤装を装備している。
「瑞鶴よ。一航戦が……世話になっているようね。」
加賀の方を一瞬見て僕に目線を合わせる。
ニ航戦は加賀たち一航戦と因縁があったというが、険のある様子ではなかった。
「対空番長摩耶様だ!もっともっと敵を殴らせてくれよな!」
「島風です!速さではだれにも負けないんだから!」
「曙よ。じろじろ見ないでよ、このク……、いえ、なんでもないわ。」
次々に挨拶していく。この娘、今僕を罵倒しかけなかったか?なんとなく霞を思い起こさせるな……。
「軽巡大淀です。よろしくお願いします。」
6隻の中で、表情が硬い大淀の様子が気になった。
「佐世保の諸君。君たちのお蔭で私たち大湊は九死に一生を得たようだ。改めて、最大限の感謝を表明させてほしい。」
そう言って僕は頭を下げた。
提督がへりくだったような態度をとるのは意外だったようだ。しかし、皆まんざらでもない笑みを浮かべていた。
* * *
支倉提督は込み入った話があるということで、人払いをした。
今この執務室には僕と二人だけである。
「浅野、話というのはな……、」
長髪の女提督は、窓の外を見つめたまま語り始める。
「私が佐世保に集めた艦娘たちは、みな姉妹艦や、親しい艦を喪っているのだ。」
彼女の表情は見えなかったが、深い悲しみを抱えているように思えた。
「……今応援に来てくれている娘たちもですか?」
「大体な。スピード狂の榛名と島風は違うが……。」
あのおっとりした榛名がスピード狂……?聞き間違いだということにしておこう。
「なるほど。大湊鎮守府との関連で言うと、吹雪と陽炎が以前沈んでいますが……。」
「まさにそれだ。その様子だとまだ彼女たちから聞いていないようだな。」
「……と、言いますと?」
「お前を狙い、傷を付けた姫級……、大湊にいたその2隻のようだぞ。」
「え!?」
「吹雪と、陽炎が、深海棲艦になって……?」
「ああ。霞や加賀が一応は会話して素性を確認したらしい。」
「なんだって……、そんな惨い現実が存在していいのか……。」
「かつての友が死してなお敵となり、自分たちに立ち向かってくるなんて……。」
だから先ほど、加賀があんな態度をとっていたのか。そして霞も同じく責任を感じていたのだろう、いやに僕に優しかった。
「そういう事例、今まで聞いたことがあるか?」
「……いえ、海軍学校でも聞いたことがありませんでした。」
「ふ。それは表向きの話だ。」
「大淀、いるんだろう。入ってこい。」
「……っ!は、はい……。」
部屋の外で息を呑む音がして、一人の艦娘が入ってきた。
「何度もつらい話をさせて恐縮だが……、大淀、この男にお前の知る”真実”を話してやってくれ。」
「……、はい。」
意図を察した大淀が、張り詰めた表情で両手の拳を握る。
しばらく深呼吸した後、重い口を開いた。
「……私は、少し前まで大本営にいました。」
「大本営には、海軍技術本部という機関があり、深海棲艦と戦うための兵器の研究をしていました。」
「その中には、当然、艦娘も含まれていました。むしろ、艦娘の戦闘力を強化することや、艦娘が何なのか、という根源的な探求もテーマでした。」
「私は秘書艦として、大本営にいる艦娘たちの取りまとめをしていました。」
「艦娘には、改造、という概念があります。」
「軍の研究員たちは集められた様々な艦種の艦娘たちに対し、どういう手法で戦力を強化できるのか日夜研究していました。」
「ある時、とある生物学系の研究員が歴史的な発見をしました。」
「DNAを解読したところ、私たち艦娘が深海棲艦とほぼ同じ構造を持つ、というのです。」
「それはつまり、艦娘と深海棲艦は、生物学上同じ生き物である、ということを意味します。」
「なっっ!?」
「深海棲艦が人類を襲うのと同時期に現れた私たち艦娘は、鏡を返したような存在なのです。」
「そんな……。」
「軍はその事実を知り、私たちの力を畏れました。」
「今は協力的だが、いつ深海棲艦のように攻撃してくるのかわからない、と。」
「警戒が強化され、研究用の艦娘たちも次々に営倉に入れられていきました。」
「全国の鎮守府にも、監視を強化し、さらに出撃回数を増やして常に疲労させるよう命令を出しました。」
「恒常的に疲労していれば、反抗する気も起きないだろう、と。」
「なるほど、だからブラック鎮守府と言われるくらい待遇が悪かったのか……。」
「はい。しかし、その方針が却って仇となります。」
「死んだ仲間の命日でも、墓前すら行けない。そんな待遇に大本営の艦娘の不満を募らせていきました。」
「私が宥めた甲斐もなく、事件は起こりました。」
「営倉の看守である軍人は、日ごろから私たちを見下す発言ばかりしていました。」
「そのとき、彼は私たちにこう言い放ったのです。」
「貴様らの死は、まさに犬死である。戦線は我々の奮闘むなしく深海棲艦に押されている。すでに死んだ貴様らの仲間は、戦術上、戦略上何の意味もなかった、と。」
「姉妹を戦いで失った艦娘の一人はその発言に激高し、その上官を殴り飛ばしたのです。」
「艦娘の膂力ですから、人間などひとたまりもありません。」
「彼は即死しました。」
「彼女は泣き崩れて、自らの処刑を懇願しました。」
「あってないような軍法会議の後、彼女は命を絶ちました。」
「……ここまでは、戦争ではよくある話かもしれません。」
大淀は奥歯を噛みしめる。
「しかしその後、処刑された艦娘が姫級となって、深海棲艦になって現れたのです。」
「……鉄底海峡に沈んだはずの姉妹艦とともに。」
「……。」
あまりの凄惨な事実に、僕は言葉もなかった。
「無念、だったんだろうな。」
支倉提督がぽつりとつぶやいた。
「……う、うう……、こんなの、あんまりです……。」
我慢しきれなくなった大淀が涙を零した。
「私たちが仕留めたんだ。その2隻は。」
感極まった大淀に変わり、支倉提督が話を続ける。
「私がなぜ、”深海棲艦と融和しよう”などと言っているか。」
「それは、つまり……!」
「深海棲艦となった艦娘を救うため……!」
支倉提督はにやりと笑った。それが答えだった。
「北方棲姫と仲の良い、気の狂った提督がいると聞いてな。」
「前々から唾を付けていたのだよ。くっくっく。」
* * *
『もしかしたら、お前なら彼女たちを正気に戻すことができるかもしれない。』
『そんな少女のような淡い期待を持って、お前のところに来たんだ。』
支倉提督は去り際にそう言った。
『……例の姫を倒すまで艦隊は置いていく。好きに使え。』
本当に忙しいのだろう、弾丸で帰っていく。
誰もいない部屋で、物思いに耽る。先ほど告げられた衝撃的な事実を、すぐには咀嚼できない。
だが、現実問題吹雪と陽炎が僕を襲っている。
受け入れがたい現実を空想していると、バタン、とノックもなしにドアが開かれた。
「……。提督。」
「霞じゃないか。どうしたの?」
「な、なにって……アンタのことが心配で……。」
「……霞。」
「さっき、支倉提督から聞いたよ。」
「吹雪と陽炎だったんだってな。」
「そ、それは!何かの間違いよきっと!」
「あの子たちが、あんたを傷つけるわけなんか!」
「霞……。」
現実を受け入れられないのは、艦娘の方だって……。
「そ、そうだ!お茶でも飲む?」
「佐世保の子たちがかすてらってのをお土産にくれたのよ!」
「急いで来たっていうのに、用意周到なことね!」
僕は、やけに世話を焼いてくれる霞の言葉に甘えることにした。
「ねえ、霞。」
いそいそと支度する背中に声をかける。
「僕のこと、抱きしめてくれない?」
「ぎゅって。」
「な!!!」
口をぱくぱくとさせている。
まずったか。
「ごめん、嫌なら……、」
「バカ!嫌とは言ってないでしょ!!!」
彼女は少し緊張した面持ちで、椅子に座った僕の膝に乗った。
よく手入れされたサイドテールがくすぐったい。
「……これでいいかしら。」
これがとても人を殺す腕とは思えない。母のような、慈愛に満ちた温かさを持っていた。
それを確認できただけで、僕は満足だった。
「霞。」
「辛かったね。」
彼女が僕を抱きしめていたはずなのに、いつしかそれは逆転していた。
「う、う……、うわぁぁあん。」
二人の世界に言葉は不要だった。ただ強く、抱き締めあっていた。
第12話 少女の腕の中で 了