いやあ、間が空いてしまいすみません。
大淀は加賀さんの次に好きな艦娘ということもあり、かなり話の展開に悩んでいました。
結局、とりあえず書き進める!ということで決着を付けています……!
14話も楽しんでください!
艦これ、13周年おめでとう!
春先の大雨に打たれながら彼女は演習場に立っていた。僕はたまたま近くを通りがかっただけだった。差している傘を彼女に差し出しでもすればいいのに、僕は彼女に見惚れていた。彼女の着用する眼鏡は雨粒だらけでろくに前など見えないだろう。黒く長い自慢の髪は、重油のように変質していた。だが、彼女はただ一点を見据えていた。
それは儚い美しさだった。顔は強ばり、歯を食い縛っていた。その眼には何物にも替えがたい感情の発露を感じた。艦娘として生まれ、先の大戦の記憶を持ちながら、その力を発揮できないこれまでの自分、海軍、世界に対する無力感があった。僕はその様に場違いな美を感じた。
* * *
第14話 桜の花が散る頃に。
軽巡大淀、戦列に加わりました。
提督、暁の水平線に、勝利を刻んでください!
* * *
僕はいい加減正気に戻り、濡れ鼠のて彼女に近づき傘を差しだした。
「提督、彼女たちを本当に救うことはできるでしょうか。」
大淀は、海を見据えたまま僕に問うた。
僕の力なら、それができるのではないか。実際大湊の艦娘たちは僕を信じてくれている。
「前任の提督は品行方正と真逆の人物で、ここは相当ひどい場所だったと聞く。その中で非業の死を遂げた感情が、吹雪と陽炎を深海へと引きずり込んだのだろうね。」
それならば。
「ポジティブな感情が艦娘側に引き戻す、そんな可能性に賭けることはできないかな。」
「理屈の上では、そう、です、けど……。」
彼女は歯切れ悪くうつむいた。
「大淀はどうして、そこまであの子達を気にかけてくれる?」
「私、自分を責めているんです。前も言ったかもしれません。」
濡れた髪をいじりながら彼女は答えた。
「木曽さんは、大本営にいた私によくしてくれました。」
「艦娘ながら大本営で仕事をしていた私には、知り合いはおれど、友人と呼べる存在はいませんでした。」
「艦娘たちも私が軍と関係が深いと見ると、距離を置いていました。」
「そんな私を気にかけ、声をかけてくれたのが木曽さんでした。」
「どこから手に入れたのか、お菓子を譲ってくれたり、本を貸してくれたり。」
「曲がったことが嫌いな彼女は、大本営の艦娘への悪辣な扱いに耐えかね、声をあげてくれました。それがあんなことになってしまい……。」
挑発に乗ってしまったとはいえ、木曽のやったことは上官殺しである。当然死罪は免れない。
……その上で木曽は深海棲艦となり、のちに大淀たち佐世保の艦隊に討ち取られた。
「それ以来、私の脳裏には後悔が付きまとってしかたないんです。ずっと、ずっと……!」
経緯からすると、彼女が今苛まれているように、心理的外傷が強く残っても当然だった。
「今回の作戦も、うまくいかないんじゃないかって……、悪い方向にばかり!」
”眠れる海の美女”作戦。深海棲艦と化した吹雪と陽炎を救出する作戦である。
肉体はまだしも、深海まで堕ちた心を浄化し人の心を取り戻した前例はない。当然の心配と言えた。
「でも、みんなは前を向けているから……、。」
「私は木曽さんを喪ってから、心ががらんどうになってしまいました。」
「仕事もろくにできなくなり、大本営ではでくの坊扱いされていました。それを見かねた支倉提督が私を拾ってくれたんです。」
「それから、佐世保に合流してもずっと足を引っ張ってばかりで……、」
「巡洋艦なのに、主砲の一発も命中させられない……。」
「だから、浅野提督、こんな私なんて……、」
いないほうがよかった。大湊にも来ない方がよかったんです。
彼女は確かにそう言った。
「そうかあ。」
「僕はさっき、君を眺めていた。」
「いや、君の横顔に見惚れていた。」
「……はい。」
「君たちが佐世保から援軍に来てくれたことが、僕たちにとってどれだけ救いになったか。」
「僕はあの深海棲艦の二人の攻撃で死んでいたかもしれない。」
「大湊の艦娘が何隻か、沈んでいたかもしれない。」
「今、こうして話す間もなく町が攻撃されていたかもしれない。」
「改めて、ありがとう。みんなを、守ってくれて……。」
万感の想いを込めて最敬礼をすると、彼女も返した。
「君がどれほど大変な思いをしてきたか、それはよくわかった。」
「無理に出撃させるつもりはないから、よく考えるといい。」
「戦いへ出なくても、執務室で大本営仕込みの事務処理能力、少しでも見せてくれたら嬉しいな。」
僕、実は書類とか苦手なんだよね、と彼女にこぼす。
「……。」
彼女はうつむいて立ち尽くしている。
「行こっか。皆心配していると思う。」
そう言って手を引くが、彼女は岩のように動かなかった。
「……ほんとうは、わたし、戦いたいです。」
長い沈黙の後、大淀は蚊の鳴くような声で言った。軍人とは思えぬ弱弱しさだった。
「……うん。」
「わたしは艦娘です。戦うことが本分です。でも、どうしたら、いいかっ、わからないんです……。」
「ごめんね、それは僕もわからない。」
「でも、大湊流の励ましならできる。」
「こっちにおいで。」
僕はいつものように両手を広げた。
「はい……。」
おずおずと彼女が僕に身を委ねる。春の雨は冷たい。濡れた体を少しでも温めるように包み込む。
「あったかい、です……。」
「これが、」
男のひと、なんですね……。そう言って彼女は目を閉じた。
僕は彼女の横顔を優しく撫で、唇を落とした。ただ、そうするべきだと思った。
雨音が傘を叩く音だけが両耳を支配した。僕の胸に伝わる彼女の鼓動は、少し高まった。
「冷えるよ。」
「……はい。」
「でも、動けません。」
目をつむったままの彼女が答える。両手を僕の背に回している。
「うん。」
「加賀さんに、悪いです。」
そう言いつつも、彼女は腕を放さなかった。
「……許してくれるさ。」
「だと、いいですね。」
そう言って今度は彼女から口を寄せた。
不知火が呼びに来るまで、しばらく僕たちはそうしていた。
僕が励ますつもりだったのに、彼女と触れた肌が海に溶けていく気さえした。
* * *
翌日は吹雪、陽炎の救出作戦の決行日である。
準備のため朝早く執務室に行くと、机に見慣れない白い封筒が置いてあった。
『突然の手紙、失礼いたします。
提督、昨夜は私に情けをくださりありがとうございます。
ただの鋼の塊に過ぎなかった私に、温もりをくださいました。
艦娘としてこの世に顕現してから、この上なく幸せなひと時でした。
しかし、私は、自分が到底許せそうにありません。
佐世保の優しい仲間に囲まれ、のうのうと生きている自分など、木曽さんに合わせる顔がないと思ってしまうのです。
昨日、木曽さんの話をしましたが、私は嘘をつきました。
お慕い申し上げるあなたに良く思われたい、と願ってしまいました。
私の本当の罪を告白させてください。
私は海軍研究所に配属され、上官と共に、艦娘の身体を強化する実験を行っていました。
平たく言えば人体実験です。
私は、自分の事務処理能力を生かし、たくさんの実験を考え、実行しました。
艦娘の出力、防御力、耐久の限界を試したり、疲労状態でどれだけ出撃できるかなど、軍の言われるがままに手を動かしていました。
私は、愚かにもその行為に自分の存在意義を見出していました。
私が考えた実験が、どれだけ多くの艦娘達を苦しめているか、知りませんでした。
ある日艦娘の部屋に行くと、死屍累々と言った様子の駆逐艦の子たちが居ました。
身体だけは頑丈な艦娘なので、おいそれと命の灯火が消えることはありません。
しかしそれがかえって、彼女たちに苦しみを生んでいました。
木曽さんはそんな彼女たちを必死に励ましていました。
私は、自分の過ちに気が付きました。
もうそのような艦娘を使った実験は止めようとしましたが、軍は私にこれまで以上の研究を命じました。
木曽さんは、そんな艦娘を守るために軍に歯向かったのです。支倉提督はああ見えて優しい方です。
私を拾ってくれた後も、真実は周囲には黙っていてくれました。
私を支えてくれた木曽さんは深海棲艦となり、それは佐世保の艦隊が討ち取りました。
私は何のために生きればよいのでしょう。私はどうしたら罪を贖えるのでしょう。
ぼんやりとした不安が拭えないのです。
さすれば、桜の花のように、回る天のように、深海棲艦へ一矢報いましょう。
愚かな私には、そのような矮小な罪滅ぼししか思い浮かびませんでした。
こんな私をお許しください。
佐世保友軍艦隊 大淀』
彼女らしい達筆だが、所々涙で滲んだ跡がある。内容は全く好ましいものではない。
むしろ、考えうる最悪に近い。
……桜花?回天?
……なんてことだ!この手紙は、まるで……!
急いで廊下に出ると、寝ぼけ眼の摩耶が歩いていた。
「大淀はどこにいる!?」
「提督さん、血相変えてどうしたよ……。」
「この手紙が、今朝机の上に……!」
「全く、朝っぱらから一体な……」
「あんの、バカ!!!」
「島風! 大淀を探せ!!」
状況を理解するや否や、姿の見えない島風を大声で呼ぶ。
「りょーかーい!速き事、島風のごとし、です!」
ドタバタと騒がしい音を立てながら、島風が鎮守府で総員起こしをかける。
「大淀さん、どこにもいないよ!!」
あっという間に鎮守府内を探し終えると、島風はすぐさま執務室に報告に来る。
「ちくしょう!!一人で突っ込んで何になるってんだよ!」
摩耶が感情的に机を叩く。
明石が肩で息をしながら執務室に入ってきた。状況が掴めない他の艦娘たちも後に続く。
「提督、大淀さんの艤装がありません!きっと、一人で海に……!」
「皆、今日の作戦目標は変更だ!行方不明になった大淀の救出を最優先、姫級と会敵しても撤退すること!」
今は少しでも彼女を救う可能性にかけたい。
「大井は大淀に無線で呼び掛け続けてくれ!」
「了解!」
「提督、恩に着るぜ……!」
摩耶が申し訳なさそうに言う。
「あなたたちを助けに来たのに、申し訳ないわね……。」
瑞鶴も所在なさげにしている。
「二航戦、気にしないで。」
「大本営の罪を一人で背負うほどに、彼女は優しくて責任感が強いのね。」
「早く大淀を保護して、みなでお説教よ。」
「久々に、本気で怒った支倉提督が見れるかもしれないわね。」
「……うん。」
ツインテールの空母は、くすりと笑った。
* * *
北方AL海域最深部。
早朝にも関わらず、夜のように暗い海域で駆逐艦姫2隻と満身創痍の軽巡洋艦が相対する。
「はぁ、はぁ……。やっと、ここまで、これた……。」
「主砲の1本も当てられない私にはこれくらいしか……!」
大破した大淀は、樽のような大型爆雷を胸に抱えている。
ずっと着信を無視し続けていた無線機をおもむろに取り出し、応答を始めた。
「もしもし……、こちら大淀。」
『大淀!? 応答してください、大淀!』
大井がほとんど叫ぶように返答してくる。
「浅野提督、佐世保のみんな。無断でこんなことをしてすみません。」
「わたし、木曽さんのような悲劇を繰り返したくないって、ずっと考えていました。」
『今救援艦隊が向かっている、すぐ助けにいくから!』
憔悴したような提督の声が聞こえる。
「それは軍でも、同じです。」
「大本営が出した答えは、これ……。」
彼女は胸に抱えた大きな爆雷を握りしめる。
「ーー桜花II(ツー)、試製超重爆雷による特攻。」
「これで深海棲艦を跡形もなく消滅させます。」
「……彼女たちの想いと共に。」
『待て、早まるな!大淀!』
提督。
『大淀!!馬鹿言ってんじゃねえ!!』
摩耶、ほかの艦娘達の声。
「大丈夫です。きっとこの方法なら、無用な想いが残ることはありません。」
『そういう問題じゃない!』
「浅野さん、私はあなたを……、」
ーーー提督と呼べて、幸せでした。
遠くで様子を伺っていた深海棲艦も、痺れを切らして動き出す。
「ソンナカラダデ、コンナトコロマデ……。」
「クルッテル、ワタシタチトオナジク……!」
「サア、オイデ……!」
吹雪と陽炎だった者たち。彼女たちに向け大淀は疾走する。
「もう、悲しみが連鎖しないように……、」
「吹雪、陽炎、ごめんなさい……。」
「わたしも、そっちに行くから……。」
戦場を、白い閃光が支配した。
爆風が明けた頃、3つの輝きが海に浮かんでいる。
否、それは艦娘であった。そして1体の妖精が彼女たちを守るように立っている。
船大工の棟梁のような容姿をしたその妖精は、視界が回復すると3隻の艦娘を忙しく修理し始めた。
妖精は手慣れた様子で、あっという間に整備を終える。
「吹雪、陽炎……、どうして……。」
煤のついた顔で、大淀に意識が戻る。
「私、一体……。」
「吹雪、大淀さん……?」
目を覚ました艦娘達は、状況を理解できない様子であたりを見渡す。
先ほどの妖精が満足げな表情で彼女たちを見て、ふと消えた。
「応急修理、女神……?」
呆然とした様子で、大淀が呟く。
「まさか、支倉提督が私の艤装に……?」
疲労が限界に達していたのか、そのまま大淀は海面に倒れた。
「大淀さん!大丈夫ですか!」
駆逐艦2隻に曳航されながら、彼女は鎮守府への帰途へ着いた。
* * *
特型駆逐艦一番艦 吹雪
陽炎型駆逐艦一番艦 陽炎
以上2隻の顕現を確認しました。艦隊に合流します。
* * *
第14話 桜の花が散る頃に。 了