~キス魔が行く艦これ~ 寂しさを埋めるもの   作:波切涼

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本編、始まりました。

今週末に横須賀公式イベントがあるので、泊りがけで参戦して参ります。

提督の皆さま、よしなに。


第1話 呉に別れを告げて。

 

 

 

「学長、加賀を私にいただけませんか。」

 

海軍士官学校の卒業にあたり、僕は工藤学長に陳情していた。

 

この熊のような風貌の学長は、数多もの深海棲艦との戦いを潜り抜けてきた、歴戦の猛者らしい。

 

「浅野。頭に乗るな。」

執務机に座る学長は冷たく言い放つ。

 

「指揮科最底辺の成績から、人並みまで這い上がったことは誉めてやろう。」

 

提督になることを宣言したその日から、僕は血のにじむような努力をしていた。

 

誰よりも早く起き、体を鍛え、戦法を勉強した。

 

大本営から戦闘詳報を取り寄せ、古今東西の海戦記録を頭に叩き込んだ。

 

寝る時間などろくにとれなかった。

 

だがいつしか、演習で教官を負かすほどの知謀を身に着けた。

 

体も小さかったので、毎食麦飯を1合平らげるようにしたが、思ったほどは大きくならなかった。

 

その分、組手に取り組んだ。柔を持って剛を制す戦い方を身に着け、敗戦一方ではなくなった。

 

加賀がいたからこそ、地獄のような学校生活を生き抜くことができたのだ。

 

「大本営が貴様を提督に指名したことに納得はいかんが、受け入れよう。」

 

「だが、我が士官学校が誇る、一航戦をよこせだと?」

 

「加賀は、私の憧れの艦娘なのです。」

 

その瞬間、僕は顔面を殴られ、勢いで地面に倒れる。

 

「兵器に対して憧れだと!?馬鹿を言うのもいい加減にしろ!」

 

そのまま学長に胸倉をつかまれ、啖呵を切られる。

 

「失礼、しました……。」

 

「凡人風情が、貴様の艦など駆逐艦で十分なのだ!」

 

「とっとと行け、辺境の泊地にでも!」

学長は吐き捨てる。

 

その時、学長室のドアが開き、当の加賀が顔を覗かせた。

 

部屋の前で話を聞いていたのだろう。

 

「学長、お言葉ですが。」

凛とした声が部屋に響く。

 

「私、この方についていきます。地の果てでも。」

 

「この、提督に。」

加賀は僕の青あざになった頬をさする。

 

「な、なに! 気は確かか、加賀!」

 

「こいつは経験も、人脈も、実戦経験もない、ただのぼんくらだ!」

熊が、いや、学長が焦ったように言う。

 

「ええ。”今は”そうでしょう。」

彼女の黒い瞳に揺らぎはない。

 

「私は一航戦、加賀です。」

 

「私にはわかるのです。」

 

「浅野君、いえ、浅野提督の”器”が……。」

 

「この方は私たち艦娘を導く光となりえます。」

 

「浅野提督と、出撃させてください。」

 

「私は、この方と出会うために士官学校で教導艦になったのです。」

 

「ぬ、ぬう……。」

加賀の有無を言わさぬ目に、すぐには学長も言葉を返せなかった。

 

「ま、まあ……、一航戦を教練などに使うのは勿体ないというのもわかる……。」

脂汗を流しながら答える。

 

「ならば、学長命令だ。」

 

「どうしてもここを出るというのであれば、あの京極の秘書艦になるのはどうだ!?」

学長は太い腕を振りながら言った。

 

「あいつは主席だ。親も海軍将校、そのコネも期待できる。悪くない条件だろう?」

加賀を見つめながらにやりと笑う。

 

僕など歯牙にもかけない。

 

「浅野提督以外の下には付けません。」

加賀は表情を変えず淡々と答える。

 

「ど、どうしてだ! 貴様は兵器で、これは命令だぞ!」

 

「それでもというのなら、軍法会議にかけねばならん。」

学長は、全く理解できないものを見るかのように言う。

 

「どうしても他の方というのであれば、私は自沈いたします。」

 

「会議にもどうぞおかけください。その場合、私は二度と出撃することはないでしょう。」

すさまじい覚悟と胆力である。海軍の方々に影響力を持つこの熊男に、一歩も引かない。

 

「貴様、加賀をどのような手を使って懐柔した!」

学長は加賀の意志が梃子でも動かないと知ると、僕に矛先を向けた。

 

「江田島の鉄仮面と呼ばれるこの女を!」

またしても胸倉をつかまれる。

「ぼ、僕は特に何も……。」

 

殴られる……、と思い恐怖で目をつむる。

 

「いい加減にしなさい!」

常に冷静かな加賀が、珍しく声を張った。

 

「私は艦娘が、兵器として扱われるだけの、この世界を変えたいの。」

 

「捨て艦戦法による轟沈、疲労を顧みない出撃、24時間体制での遠征………。」

 

「あの子たちもそれを受け入れてしまっているけど、」

 

「私たち、人間が思っているほど強くないの。」

 

「確かに力はあるわ。夜目も効く。海も航行できる。」

 

「でも、……心は違う。数十年も海の底で沈んでいた。」

加賀は、静かにうつむいた。

 

「その孤独、無念さ。」

 

「時折、そんな心に支配されそうになる。」

 

「だから、私たちには温もりが欲しい。」

 

「この人が持つ、春の陽気のような……。」

 

「加賀、さん……。」

思わず僕は声をかける。

 

「……話は分かったが、軍は変わらんぞ。」

重い口を開き、学長は言う。

 

「艦娘など兵士とすら思っておらん唐変木の集まりだ。」

 

「言うとおりに聞かぬ兵器など、捨てるほかない。」

 

「そう判断されてもおかしくないのだぞ。」

 

「……浅野、もういい。加賀を連れて行け。」

学長は窓から外を見ていた。

 

「さすがに武勲艦を解体するわけにもいかん。」

 

「……はい…。ありがとう、ございます……。」

 

「昔も、艦娘と懇ろになった奴がおったがな。」

 

「……皆死んだよ。」

 

「それが戦争だ。」

 

「浅野、それだけは覚えておけ。」

 

「……はい。肝に銘じておきます。」

海軍式の乱暴な所はあるが、この人も教育者なのだな、と僕は思った。

 

 

* * *

 

発 大日本帝国海軍 大本営

宛 浅野 新任提督 

 

貴殿ハ、大湊警備府ヘノ着任ヲ命ズ。

 

三日後ニ異動シ、直チニ奮闘サレタシ。

 

健闘ヲ祈ル。

 

* * *

 

二人、江田島の埠頭に腰を掛けていた。

 

ここからは向かいに呉の町並みが見える。

 

瀬戸内海の穏やかな海が、僕の心に染みた。

 

「提督、大湊になったのね。」

 

「うん。まさか本当に君と一緒に行けるなんて思わなかった。」

 

先ほど受け取った、大本営からの電文を加賀に見せる。

 

「ええ。」

珍しく、彼女の顔がほころんだ。

 

「あそこは今、提督不在で艦娘だけでやりくりしていると聞いているわ。」

電文から目を離し、加賀は海を見つめた。

 

「頑張りましょう。一航戦がついていますから。」

海風が彼女の黒髪を揺らす。

 

「ああ。新任にどれだけやれるかわからないが、あきらめずにやってみるよ。」

夕日に照らされる女の横顔は、とても兵器だとは思えない。

 

 

ほどなくして、僕と彼女の影は、一つに重なるのだった。

 

 

 

 

 

第1話 呉に別れを告げて。 了

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