今週末に横須賀公式イベントがあるので、泊りがけで参戦して参ります。
提督の皆さま、よしなに。
「学長、加賀を私にいただけませんか。」
海軍士官学校の卒業にあたり、僕は工藤学長に陳情していた。
この熊のような風貌の学長は、数多もの深海棲艦との戦いを潜り抜けてきた、歴戦の猛者らしい。
「浅野。頭に乗るな。」
執務机に座る学長は冷たく言い放つ。
「指揮科最底辺の成績から、人並みまで這い上がったことは誉めてやろう。」
提督になることを宣言したその日から、僕は血のにじむような努力をしていた。
誰よりも早く起き、体を鍛え、戦法を勉強した。
大本営から戦闘詳報を取り寄せ、古今東西の海戦記録を頭に叩き込んだ。
寝る時間などろくにとれなかった。
だがいつしか、演習で教官を負かすほどの知謀を身に着けた。
体も小さかったので、毎食麦飯を1合平らげるようにしたが、思ったほどは大きくならなかった。
その分、組手に取り組んだ。柔を持って剛を制す戦い方を身に着け、敗戦一方ではなくなった。
加賀がいたからこそ、地獄のような学校生活を生き抜くことができたのだ。
「大本営が貴様を提督に指名したことに納得はいかんが、受け入れよう。」
「だが、我が士官学校が誇る、一航戦をよこせだと?」
「加賀は、私の憧れの艦娘なのです。」
その瞬間、僕は顔面を殴られ、勢いで地面に倒れる。
「兵器に対して憧れだと!?馬鹿を言うのもいい加減にしろ!」
そのまま学長に胸倉をつかまれ、啖呵を切られる。
「失礼、しました……。」
「凡人風情が、貴様の艦など駆逐艦で十分なのだ!」
「とっとと行け、辺境の泊地にでも!」
学長は吐き捨てる。
その時、学長室のドアが開き、当の加賀が顔を覗かせた。
部屋の前で話を聞いていたのだろう。
「学長、お言葉ですが。」
凛とした声が部屋に響く。
「私、この方についていきます。地の果てでも。」
「この、提督に。」
加賀は僕の青あざになった頬をさする。
「な、なに! 気は確かか、加賀!」
「こいつは経験も、人脈も、実戦経験もない、ただのぼんくらだ!」
熊が、いや、学長が焦ったように言う。
「ええ。”今は”そうでしょう。」
彼女の黒い瞳に揺らぎはない。
「私は一航戦、加賀です。」
「私にはわかるのです。」
「浅野君、いえ、浅野提督の”器”が……。」
「この方は私たち艦娘を導く光となりえます。」
「浅野提督と、出撃させてください。」
「私は、この方と出会うために士官学校で教導艦になったのです。」
「ぬ、ぬう……。」
加賀の有無を言わさぬ目に、すぐには学長も言葉を返せなかった。
「ま、まあ……、一航戦を教練などに使うのは勿体ないというのもわかる……。」
脂汗を流しながら答える。
「ならば、学長命令だ。」
「どうしてもここを出るというのであれば、あの京極の秘書艦になるのはどうだ!?」
学長は太い腕を振りながら言った。
「あいつは主席だ。親も海軍将校、そのコネも期待できる。悪くない条件だろう?」
加賀を見つめながらにやりと笑う。
僕など歯牙にもかけない。
「浅野提督以外の下には付けません。」
加賀は表情を変えず淡々と答える。
「ど、どうしてだ! 貴様は兵器で、これは命令だぞ!」
「それでもというのなら、軍法会議にかけねばならん。」
学長は、全く理解できないものを見るかのように言う。
「どうしても他の方というのであれば、私は自沈いたします。」
「会議にもどうぞおかけください。その場合、私は二度と出撃することはないでしょう。」
すさまじい覚悟と胆力である。海軍の方々に影響力を持つこの熊男に、一歩も引かない。
「貴様、加賀をどのような手を使って懐柔した!」
学長は加賀の意志が梃子でも動かないと知ると、僕に矛先を向けた。
「江田島の鉄仮面と呼ばれるこの女を!」
またしても胸倉をつかまれる。
「ぼ、僕は特に何も……。」
殴られる……、と思い恐怖で目をつむる。
「いい加減にしなさい!」
常に冷静かな加賀が、珍しく声を張った。
「私は艦娘が、兵器として扱われるだけの、この世界を変えたいの。」
「捨て艦戦法による轟沈、疲労を顧みない出撃、24時間体制での遠征………。」
「あの子たちもそれを受け入れてしまっているけど、」
「私たち、人間が思っているほど強くないの。」
「確かに力はあるわ。夜目も効く。海も航行できる。」
「でも、……心は違う。数十年も海の底で沈んでいた。」
加賀は、静かにうつむいた。
「その孤独、無念さ。」
「時折、そんな心に支配されそうになる。」
「だから、私たちには温もりが欲しい。」
「この人が持つ、春の陽気のような……。」
「加賀、さん……。」
思わず僕は声をかける。
「……話は分かったが、軍は変わらんぞ。」
重い口を開き、学長は言う。
「艦娘など兵士とすら思っておらん唐変木の集まりだ。」
「言うとおりに聞かぬ兵器など、捨てるほかない。」
「そう判断されてもおかしくないのだぞ。」
「……浅野、もういい。加賀を連れて行け。」
学長は窓から外を見ていた。
「さすがに武勲艦を解体するわけにもいかん。」
「……はい…。ありがとう、ございます……。」
「昔も、艦娘と懇ろになった奴がおったがな。」
「……皆死んだよ。」
「それが戦争だ。」
「浅野、それだけは覚えておけ。」
「……はい。肝に銘じておきます。」
海軍式の乱暴な所はあるが、この人も教育者なのだな、と僕は思った。
* * *
発 大日本帝国海軍 大本営
宛 浅野 新任提督
貴殿ハ、大湊警備府ヘノ着任ヲ命ズ。
三日後ニ異動シ、直チニ奮闘サレタシ。
健闘ヲ祈ル。
* * *
二人、江田島の埠頭に腰を掛けていた。
ここからは向かいに呉の町並みが見える。
瀬戸内海の穏やかな海が、僕の心に染みた。
「提督、大湊になったのね。」
「うん。まさか本当に君と一緒に行けるなんて思わなかった。」
先ほど受け取った、大本営からの電文を加賀に見せる。
「ええ。」
珍しく、彼女の顔がほころんだ。
「あそこは今、提督不在で艦娘だけでやりくりしていると聞いているわ。」
電文から目を離し、加賀は海を見つめた。
「頑張りましょう。一航戦がついていますから。」
海風が彼女の黒髪を揺らす。
「ああ。新任にどれだけやれるかわからないが、あきらめずにやってみるよ。」
夕日に照らされる女の横顔は、とても兵器だとは思えない。
ほどなくして、僕と彼女の影は、一つに重なるのだった。
第1話 呉に別れを告げて。 了