今回はキスできていません……!!
タイトル詐欺になり申し訳ありませんが、お話が進むまでしばしのご辛抱を……!
*pixivにも投稿しています。
加賀が、汽車の車窓から外を見ている。
この情景をスケッチして、版画にでもしたら流行りそうだな、なんて馬鹿なことを思う。
まあ、一介の兵器に過ぎない加賀に、恋するほうが大馬鹿なのだが。
……そんな僕だが、これでも提督である。
軍は一等客車を融通してきた。ほかの客もいない。
艦娘である加賀を隔離しておきたかったのだろう。そんな魂胆が透けて見えた。
だが現金なもので、台車の”バネ”が上等なのか線路の継ぎ目もさして気にならない。
長旅も快適である。
……極めて退屈である、という点を除けば。
やっと東京を過ぎたはいいが、同じような田園風景が延々、延々、何時間も続く。
呉から大湊警備府へは、汽車を乗り継いで行かねばならない。それも丸2日かかるのである。
この先、仙台を超え、盛岡を超え、さらに青森まで向かわねばならない。
暇を持て余し気が狂いそうである。
仕方がないので、加賀に話しかける。
当然、着任先の状況を相談したい、という考えもあった。
「大湊の事を改めて昨日調べていたんだけどね。」
「あそこ、艦娘だけで運営しているんだねえ、驚いた。」
「監視役の憲兵くらいはいるようだけど、軍にはほとんど情報も上がってこない。」
「……の、ようね。私もうわさには聞いていたけれど、尋常なことではないわ。」
加賀はいつもの無表情で答える。
「今は北方の敵艦隊がおとなしいから、遠征による資源回収が主な任務であるそうよ。」
「とはいってもなあ……。」
「決まったルートだけ組んでおいて、それを回し続けるなら私にもできると思う。」
「……なるほど。」
「もし、想定外の敵が攻めてきたら?」
僕は少し考えて聞いた。
「その時は鎮守府壊滅、でしょうね。」
「当然艦娘は全員轟沈、地域の人々にも被害が及ぶわ。」
「まずいじゃないか!」
「ええ。だから私たちが行くのだと思うわ。いつまでも安全と限らないもの。」
「思ってた鎮守府とはだいぶ違うなあ……。」
「その分だと、前任からの引継ぎも全く期待できないし。」
「そのあたりは手探りでやっていくしかないわね。」
「私も秘書官は経験したことあるけれど、鎮守府運営はからきしだわ。」
加賀の言葉にうなずく。できることをやるしかない。
勢い、気分を切り替え、持ってきた書類を眺める。
おかしいな。一部の情報が黒塗りにされている?
「加賀、ここを見てくれ。過去の提督の情報なのだが……。」
「軍には都合の悪い、ということね。」
加賀は軽くため息を吐いて、目を閉じた。
「一つ、思い当たる事件があるわ。あくまで呉で流れていた噂、なのだけれど。」
「艦娘による”提督殺し”、というのがどこかの鎮守府であったそうよ。」
「軍は私たちの反乱を恐れて情報統制を行ったから、表に出ることはなかったようだけど。」
「……なんだって。」
僕はそんな場所に着任しにいくのか。
「あくまで噂よ。」
「私がいるから、万が一でもそんなことはさせない。」
「だから浅野提督。安心して執務に取り組んで頂戴。」
加賀は、緊張し始めていた僕をフォローする。
「ただ、」
「私もあそこにいる子たちのことはよく知らないの。」
「あまり演習にも参加しなかったみたいだから。」
「ふむう……。」
書類に目を戻すと、提督がいない理由も記載してあった。
”艦娘が重度の度重なる命令違反を行い、鎮守府運営は困難”。
僕の知る限り、艦娘はそのようなことをするはずがない。
軍から相当な仕打ちを受けたに違いない。
「何があったのかは隠蔽されているけれど、大湊所属の艦娘達は心を閉ざしてしまっているのは間違いないわ。」
「……うん。きっとそうだろうね。」
「私は、そういう艦娘達をあなたに救ってほしい。」
「これは新任のあなたには荷が重すぎることは理解しています。」
「でも、それでも、私たちはあなたしか頼れないの。信じることができないの。」
「彼女たちには、あなたの温もりが必要なの。いえ、必要だ、ということすらきっと理解していない。」
「海軍の”駒”であることに甘んじている。深海棲艦との闘いも、先の大戦の延長線上であると。」
「今の海軍には心が無い。」
「だからそれにつられて、艦娘の心も失われつつある。」
「私は、その状況をあなたに変えてもらいたいの。」
「だから、助けてあげて。あの子たちを。」
「あなたならできるわ。」
僕は、力強くうなずいた。
* * *
そこからはるばる1日かけて、着任予定の大湊警備府に到着した。
まだ秋だとは言え、東北の空気は冷たい。まるで呉の冬のようであった。
駅には憲兵が迎えに来ていた。
木田という背の高い男であった。挨拶もそこそこに、鎮守府に向かう。
彼は気の毒そうに僕のことを見ていたのが気になった。
「あんたが”今回”の提督ね。」
「……はあ。今回?」
聞き返しても木田は何も言わない。
運転中、彼が言ったのはその一言だけだった。
ほどなくして大湊警備府に到着する。
「この”嫌な仕事”もこれで終わりだな。」
木田がぼそっとしゃべった。
「おっと、口が滑った。」
「今のは忘れてくれ。」
捨て台詞のようなことを言って、木田という憲兵はそそくさと詰め所に戻っていった。
「なんだか妙な人だったな。」
僕が言うと、
「憲兵なんてあまり気のいい人達じゃないわ。」
「忘れましょう。」
すぐさま加賀はフォローしてくれる。こんな関係性がうれしかった。
「うん、そうするよ。」
僕は苦笑いしながら言った。
そうして、鎮守府の建物に向かう。中には秘書官となる艦娘が待機しているらしい。
「ごめんください。」
あたりで一番大きいレンガ造りの2階建ての建物、ここが庁舎だろうと思い、ノックする。
少し待つと、緑の水兵服を着た若い女性が姿を現した。
栗色のロングヘア。艦娘図録に思い当たる。
「ああ、”例の人”ですか。」
僕の顔を見るやいなや、女性が言う。
「軽巡洋艦、大井です。」
その表情、声には感情が籠っていない。
「君とは初対面ではないか?」
木田といい、大井といい、大湊の軍関係者は反応が妙だ。
「ああ、そうですが……。」
それきり大井は黙ってしまった、
「まあいい、ここの案内と、それからみなへあいさつしたい。段取りを頼む。」
そう言うと、
「提督、ついてきてください。」
はいとも言わずに有無を言わさぬ様子で大井は歩いていく。
自分が上官で、彼女が部下だとは思えないくらい事務的な印象を受けた。
歩く間、話しかけても返事は返ってこない。
その後ろ姿は、こう語っているようだった。
決まり事しかやるつもりはない、と。
そうこうしているうちに、執務室に案内された。
「ここが提督の部屋になります。」
「昨日までは私が使っていたけど……。」
「案内ありがとう。」
見た目、少し豪奢な普通の部屋だ。
「それでは、所属の艦娘を集めてくれるかな?」
「……ちっ。」
大井がそっぽを向いて舌打ちする。
い、今この子舌打ちしたよな?
提督を拒絶する雰囲気が滲み出ている。
「大井さん、私からもお願いします。」
面食らっていると、加賀が頭を下げた。
「……仕方ないですね。」
少し間があって、大井は部屋の片隅のマイクで全館に呼びかけた。
「全艦ニ伝達、タダチニ執務室ニ集合セヨ。繰リ返ス…」
* * *
しばし時間がたって、全員が揃った。
大井、龍田、朝潮、霞、五月雨、時雨、不知火
の7隻である。
軽巡2隻、駆逐艦5隻と小さい所帯だが、遠征主体の艦隊ならばこの程度だろう。
間宮、明石など支援関係の艦娘もいないようだ。
「ええと、僕は浅野という新任提督です。」
「士官学校を卒業したばかりの若輩者ですが、あなたたちを出来る限り支えてきたいと思っています。」
「これからよろしく。」
彼女達は興味なさげに聞いていた。
命令があるかどうか、という価値観なのだろう。
「大湊の皆、私もここに異動することになりました。」
加賀が言葉を継ぐ。
これには皆もすこし眉を動かした。
こんな寄せ集めの鎮守府に、なぜ正規空母が?という顔をしている。
「どうして、という表情ね。」
加賀には珍しく、少し笑みを浮かべた。
「私はね、この提督に期待して着いてきた。」
「艦娘たちにとって、苦しいこの世界を変えてくれるって、そう思っているわ。」
「優しくしてとは言わないけど、話は聞いてあげてほしいわ。」
「よろしくお願いします。」
そう言って頭を下げた。
皆、不思議そうな顔をして加賀を見つめていた。
* * *
そのあとは事務的な連絡をし、最後に告げる。
「秘書官は大井に務めてもらおうと思っている。」
そう言うと、大井は露骨に嫌そうな顔をしていた。
「大井には申し訳ないけど。」
「加賀はその補佐だ。」
加賀は静かにうなずいた。
「以上、解散。大井は残れ。」
大井はそっぽを向いてふてくされている。
「なんで私なんですか。」
「ごめん。」
「直感、といったところかな。」
「なんですかそれ。」
「君はきっと優しい人なんだろうと思った。それだけだよ。」
「……。調子が狂いますね。」
「一つ言っておきます。」
「私たちは兵器です。」
「そしてここの艦娘は稼働率が低い。だから駄目な兵器なんです。」
少し苦しい表情で彼女は言った。
何か抱えているのだろう。すぐに解決できる気はしなかった。
「わかった。肝に銘じておく。」
「わかったら指示を出してください。」
「了解。ここの案内をしてくれ。」
「ちっ。」
「大井さん。」
加賀さんが優しく言う。
「わかりました、わかりましたよ。」
大井は足早に部屋から出る。早くついてこいとばかりに。
* * *
小1時間かけて案内は終わった。
「ここを覗いたら酸素魚雷ぶち込みますからね!」
顔を赤くしながら入渠ドックの説明をする彼女が、少しおかしかった。
「わかった、わかったよ。」
羞恥心がある時点で、君たちはヒトじゃないかとも思った。
だがそれを言うと、火に油になるだろう。
「案内ありがとう。」
「ついで、ではないのだけど。大井さん、一つお願いがあるの。」
加賀が言った。
「今夜から、提督と一緒に寝てくれないかしら。」
爆弾発言を、悪びれもなく。
「はああああ!?」
大井は顔を真っ赤にして怒っている。
「ど、どういうこと、加賀さん!」
僕も急な加賀の物言いに驚いて問いただした。
「この人は、今までの提督と違うわ。」
「女として体を要求したりしない。」
「そ、そういうことではなく!」
変な風に話が行きそうだったので訂正しておく。
「ああ、そんな勇気なさそうですもんね。この提督、もやしみたいだし。」
痛烈な言葉が、僕の心を攻撃する。
「私は、この人の良さを手っ取り早く知ってもらいたいのよ。」
「提督なんかにいいところがあるもんですか!!」
大井が激高した。
思わず本音が漏れ出たらしい。
ここまで感情を露わにするということは、昔余程のことがあったらしい。
「……ちょっと性急すぎたかもしれないわね。」
加賀が思案に耽る。
「それじゃあ、他の艦娘の子に…、」
しようかしら、と言いかけたところで、大井が反応した。
「わかりましたよ!!」
「あの子たちに手を出したらただじゃおきませんからね!!」
「か、加賀さん……。あまり無理させるようなことじゃない気が…。」
何が何だかわからない僕は、大井の雰囲気に押されている。
「いえ。これは必要なことよ。この子たちにはね。」
きっぱりと断言する加賀は、嘘をついているようには見えない。
それが大井にも伝わったようだ。
「一航戦のお願いだから、き・き・ま・す・けどね!」
「もう、こんなこと言わないでください。」
寂しそうな眼をして言う大井に、なんだか悪いことをしている気になった。いや今夜、僕はすることになるのだろう……。
* * *
あの後、気まずい空気の中大井と解散したため、結局ここの地理がわからない。
僕は道を覚えがてら散歩することにした。
執務棟の周りだけでも覚えないと、迷子になりかねない。
その建屋のすぐ裏手に回ると、そこは崖になっており、海に面していた。
海風が頬を撫で、先ほどの喧噪を忘れさせてくれる。
反抗的な艦娘と向き合った精神的な疲労に、少しぼーっとしていると、
視界の片隅に何かが動いているのが見えた。
目を凝らすと、何か祠のようなものが見える。
鎮守府の中に神社があるのだろうか。
僕は提督として、神様に挨拶せねばならん、と近寄った。
「今日はまた、クソみたいな提督が来ましたよ。吹雪ちゃん、陽炎ちゃん。」
大井がいた。
花を手向け、社に声をかけている。しかし、中に誰もいる様子はない。
要は、沈んだ艦娘の名だろう。
「あんなもやし野郎、きっと長続きしないわ。」
「早くやめてくれないかしらね。」
それは本心なのだろうか。
どちらかというと、僕を悪者にすることで苦痛を和らげているように見えた。
それきり大井は墓前を立ち去った。
もう少し、彼女の話を聞きたいと思った。
だがその前に、僕も社に手を合わせた。
「不束者だけど、よろしくお願いします。」
風が、僕を撫でた。
* * *
時刻は22:00。当鎮守府(本当は警備府だが、便宜上鎮守府とする)の消灯時刻である。
本来は就寝するべきだが、着任したばかりの僕には覚えるべきことが多く、こなすべき書類に手こずっていた。
加賀や大井もかなり手伝ってくれたが、提督でなければ判断できないことも多い。
今日はもう遅いので、彼女たちは部屋に帰らせた。
コーヒーを飲みながら、ああでもない、こうでもないと遠征計画を立てていると、
こんこん、とノックが聞こえた。
「どちら様かな?どうぞ。」
「……。」
「どちら様って、あんたが呼んだんでしょ。」
無表情な大井が立っていた。
「う、うん……。本当に来てくれたのか。」
昼間の剣幕からは想像もできないことに驚いた。
「…………。」
しばらく立っていた大井は、右腕を僕にゆっくりと向けた。
「うわあ!」
僕は驚いて声を上げる。
「……今夜、提督には死んでもらいます。」
彼女の腕には、14cm単装砲が握られていた。
「北上さん、私にはこうするしかないの。」
大井はここにいない艦娘の名前を呼ぶ。
木田とかいう憲兵が、妙なことを言っていたのはこういうことだったのか……。
僕の提督生活が幕を開ける、前に終幕しそうだった。
第2話 提督着任 了