第3話 艦娘を愛する男
「……今夜、提督には死んでもらいます。」
死んだような顔で彼女は言う。
彼女の腕には、14cm単装砲が握られていた。
「北上さん、私にはこうするしかないの。」
大井はここにいない艦娘の名前を呼んだ。
「お、大井……。」
僕は彼女に問いかける。
銃口を向けられた緊張で声が震える。
「ど、どうしてこんなことを……。」
「うるさいっ!」
「あんたみたいなのがいるから、吹雪は、陽炎は死んだのよ!」
「だからみんなは、、艦娘は、わたしは!!!」
「幸せになれないのよっ!!」
張り詰めた糸が切れたように、彼女は吠えた。
「大井、やめてくれ!!」
一呼吸置いた後、鈍い砲撃の音が鎮守府に響いた。
* * *
第3話 艦娘を愛する男
「う、うううう……。」
大井は砲撃の後、うずくまってさめざめと泣いている。
……奇跡的に弾は外れていた。
頬を触ると、血が垂れている。その事実にぞっとする。もし、数センチ内側だったら頭を貫通していただろう。
命の危険がなくなり、僕は放心してしまう。
初日から、これか……。小水を漏らしかけながら思う。
提督とは、なんと厳しい職業だろう。
ばたばたと足音が聞こえる。
「何事!?」
「か、加賀……。」
銃声を聞いて駆け付けたらしい。
「大井がいきなり、砲を持ち出してきて、……。」
「なんですって!?」
「提督、大丈夫ですか!!」
「あ、ああ。かすっただけだ。」
「大井さん、あなたなんてことを!」
「提督は、浅野提督は、私たちの希望の星なのよ!?」
加賀は床に座りこんでいた大井を無理やり立たせ、胸倉をつかむ。
「……提督がいるから、ですよ。」
「酷使され、傷ついて、ぼろぼろになって、死にかけながら帰投して。」
「旗艦だけ修復材を使って、また出撃。」
「それがどの鎮守府でも一緒じゃないですか!」
「そんな日常を繰り返していたから、体力のない駆逐艦はついていけなくなって!」
「だから、吹雪が、陽炎が!!」
「私は守れなかった!!」
大井は、いつの間にか加賀にしがみついていた。
「憲兵から聞いたの。あの男は駆逐艦の子たちを慰み者にしていたって……。」
「だから、ずっとあの男を、あの提督を殺してやろうと思ってた……。」
「そうすればよくなるって。もう悲しい子たちはいなくなるって。」
「でも、あいつはいきなり消えてしまった。」
「私が片をつけようと思ってたのに……。」
「だから、後任の浅野提督を狙ったのね。」
凍えるような冷たい声で加賀が言った。
「でも、……殺せなかった、……できなかったんです。」
大井は泣きながら、言葉を吐き出した。
「あんた、社なんかに手を合わせてんじゃないわよ!」
今日、大井が祈っていた場所だろう。その跡僕も地場の神様に挨拶していたのだった。
「駆逐艦のみんなと、いつもあそこで無事を祈ってたのよ……。」
「それを思い出したら、もう……。」
「提督は、悪魔のままでいてよ……。」
「憎み切れない、じゃない……。」
「殺せない、殺せないよ、北上さん……。」
「う、うう……。」
そう言って、大井は崩れ落ちた。
「あなた、憲兵に突き出して軍法会議にかけるわよ。」
加賀は悲しい顔で見ながら言った。
「おそらく解体処分は免れないでしょう。」
「新任だろうが提督は提督です。」
「そのくらい、やってはいけないことをしているわ。」
「大井、わかるわね。」
彼女はこくりとうなずいた。
「加賀さん、待ってほしい。」
「提督。正気ですか。」
加賀は僕の顔をじっと見た。
「もっと聞きたいんだ、大井のこと。」
「どんな思いで戦ってきたのか。」
「提督、あなたは命を狙われたんですよ。これ以上危険な目には合わせられません。」
「彼女はすでに戦意を喪失している、そうだろう?」
加賀は、ぐったりしている大井をちらと見た。
「はあ……。そんなことをしていたら、命がいくらあっても足りませんよ。」
「海軍提督たるもの、少しくらい心臓に毛が生えていないとね。」
僕は大井のところに近寄った。
正直言って怖い。しかし、そんな感情をおくびにも出さない。
なぜなら……、
艦娘を愛しているから。
「ねえ、大井。」
「これからどうしたい?」
「……え?私、これから死ぬのでしょう。未来はないんです。」
「そっか。」
「僕はね、」
「君をそこまで追い込んだ軍が憎いよ。」
「怒りのあまり、殴り込みに行きたいくらい。」
「今はできないけど、でもいつか。」
「こんな現実を変えて見せる。この大湊の地から。」
大井は目を真ん丸にして驚いていた。
「こんなバ…いえ、提督がいるんですね……。」
バカ、と言いかけて加賀の眼が鋭くなったのを察知したらしい。
「大井、こんな僕に力を貸してくれないか?」
「艦娘たちの、未来のために。」
「はぁ……。あなた、馬鹿ですね……。」
大井は、加賀の眼が細くなるのも気にしていない。
「でも……、」
「嫌いじゃないかも、です……。」
大井は、消え入るような声で言った。
「ありがとう。」
「加賀さん。この件は水に流そう。」
「……はい。」
加賀は、あきれながらも少し嬉しそうだった。
* * *
初日こそ大井に殺されかけたが、数日たった今ではすっかり打ち解けていた。
加賀も警戒を解いたようで、今ではむしろ僕と大井の仲を取り持とうとすらしていた。
「大井さん、あなたは提督と一緒に寝るべきよ。」
「はあっ!?」
それからというもの、大井が毎晩僕の部屋に来るようになった。
最初こそ恥じらっていたが、僕の布団に潜り込み、彼女はひとしきり泣いてから眠りに入るのがいつもだった。
寝る前に、嫌な記憶が蘇るらしく、僕といるとそれが忘れられるらしかった。
「なんでこうしているか、聞かないのね。」
僕の背中越しに、彼女は言った。
「もやしだからかしら。」
彼女はその悪口が、気に入ったようだった。
「君は毎晩泣いているね。」
うまい返しが思いつかず、適当なことを言う。
「……普通女が泣いていたら、慰めの一つもあるんじゃないの?」
「帝国海軍も堕ちたものね。」
僕の答えにならない答えに、彼女はあきれていた。
「……ごめん。」
「あはは。そんなんで謝る提督なんか、聞いたことがないわよ。」
僕がすぐに謝ると、存外機嫌がよくなった。
女心は秋の空、とはよく言ったものだ。ころころと変わる気象の変化に、なかなかついていけなかった。
僕は海の男なのに。
「君といると、ただの女の子にしか思えないや。」
「そんなこと言って、提督、色気づきましたか?」
「少なくとも、君に気に入られたのではないかと思うんだ。なんとなく。」
「そうかもしれないですね。」
そう言って大井はびしびし僕の背中をたたいた。結構痛い。痕になるんじゃないだろうか。
「やめてくれ、死んでしまう。」
「提督、私たちはね、兵器なんですよ。」
「だから、泣くこともないし、感情もありません。」
「ただ、命令に従うだけの存在です。」
「君のこれまでの行動と、矛盾してるように思うけど。」
「……無粋ですね。提督は、本当に。」
「そうありたいんです。艦の記憶を思い出しても。」
「軍、というのはそういうものでした。」
「でも、この艦娘の姿になったら。」
「この姿になったら、涙が止まらないんです。」
「いなくなった子たちのことが、忘れられないんです。」
「夜、思い出してしまうんです。」
「これまでずうっとそうでした。」
「加賀さんに言われて、嫌々あなたの布団に入りました。」
「これまで提督なんて、ろくなもんじゃありませんでした」
「色目を使ってくるし、女だからと言って乱暴します。」
「魚雷で脅したら静かになりましたが。」
「でも、あなたの背中は、なんだか違いました。」
「細いくせに、暖かい。」
「冷たい海の中とは違うんです。」
「ちょっと、加賀さんの言うことがわかったんです。」
「涙は出るけど、よく眠れます。」
「なんだか、不思議で、離れられなくなってしまったんです。」
「北上さんもいるのに……。」
「心がふわふわするんです。」
「そうか……。僕でよければ、いつでも貸すよ。」
「夜でなくともね。」
返事の代わりに、大井は抱きしめている手をぎゅっとしめた。
「失った者は戻ってこないが、」
「その者の分まで、楽しく生きよう、そう思っているんだ。」
「その方が、前向きになれる気がしてね。」
「もやしのくせに、少しはいいこと言うじゃないですか。」
「ありがとう。」
「最後に提督、お社に手を合わせてくれましたね。」
「あ、ああ。」
「あれは、鎮守府の艦娘みんなで作ったんです。もし壊されたらどうしようと思って。」
「はは、そんなことしないよ。」
「ありがとうございます。」
「提督のその姿を思い出して、私は加賀さんの言うことを少し信じてみようと思ったんです、」
「あの子たちもきっと喜んでいると思います。」
僕は二の句を告げなかった。
「あの時、提督があなただったらな。」
「……ごめん。」
「もう、あんな子たちを作らないでくださいね。」
「ああ。約束だ。」
「提督、約束ですよ。こっち向いてください。」
僕は布団の中で大井の方に向き直ると、彼女に顔をつかまれた。
そうして、
僕の唇に柔らかな感触が伝わった。
僕がぽかんとしていると、
「これで、契約締結です。」
「おやすみなさい、提督。」
そういって大井は背中を向けた。
* * *
次の日。
「大井さん、雰囲気が柔らかくなったわね。」
3人で執務をこなしながら、加賀が言った。
「提督のおかげかしら。」
「ちがいますぅ~~。普段からこうですぅ~~。」
大井はなぜかふてくされていた。
僕は昨晩のことが頭にあったので、かえって後ろめたい気持ちになっていた。
「とうとう、キスしましたか?」
加賀が勘の鋭さを発揮する。これが女の勘というやつか。
「ぶっ。」
大井が飲もうとしていたお茶を吹いた。
「わ、書類が……。」
真っ赤になって硬直している大井を差し置いて、書類を拭く。
「な、なにを言うんですか加賀さん!!」
「そんなことするわけないでしょ、私たち兵器なんだから!」
「あら、そんなこと。海軍が勝手に決めただけよ。」
「恋愛しようが、なにしようが私たちの自由だわ。」
「もちろん、提督を誘惑しようが。」
加賀の目がきらめき、獲物を狙う鷹のような視線を放つ。
「な、な、こんなもやし男、タイプじゃありません!!」
大井は立ち上がり、僕の心に傷を残して去っていった。
「ふふふ。図星かしらね。」
そういったきり、加賀は書類仕事に舞い戻った。
深く聞かれないのが、逆に怖かった。
大井はいなくなったきり、戻ってこない。
仕方がないので仕事をする。
昨日の唇の感触を思い出し、ふと指でなでていると、
「ああ。忘れていたわ。」
「提督?こちらを向いてくれるかしら。」
加賀がやおら立ち上がり、机越しに僕の前に立った。
「加賀さん、どうしたの?」
「んっ。」
柔らかい感触。
加賀さんからは、思いっきりキスをされた。
「ど、どうして!?」
僕は半錯乱状態に陥った。
「いろいろ忙しくて、こうしたかったの忘れていたわ。」
「言わなかったのだけど、私、提督成分を補充しないと、沈んでしまうの。」
加賀は、頬を赤くしながら大嘘をついていた。
「その話、初めて聞いたけど!」
「大井さんにもしてあげたのでしょう?」
「う……。」
悪いことをしている気持ちになり、うつむく。
「私は構わないわ。」
「提督はみんなの提督だもの。みんなに愛されるべきよ。」
「う、うん。よくわからないけど……?」
「大井さん、毎晩泣いていたのでしょう?」
「そう、みたいだね。」
「気が済むまで、慰めてあげてほしいわ。」
「あなたのキスくらい、安いものよ。」
「私たちは、命を懸けているのですから。」
「わからないけど、わかったよ。」
僕は苦笑しながらうなずいた。加賀さん、こんな人だったっけ……?
深く考えないようにした。
第3話 艦娘を愛する男 了