「え、二人って、付き合ってるとかじゃないって、コト……?」
鈴谷は、僕と明石がキスをしていた瞬間を目撃していたようだ。
だから僕たちが恋仲なのかと勘違いしていた。
「う、うん。」
今はその”誤解”をなんとか解こうとしている最中である。
明石は恥ずかしさのあまり、消え入りそうになっている。
鈴谷が両腕を組みながら、ジト目でこちらを見た。
完全に疑っている様子だ。
「提督う~、明石さんをたらし込もうとしてたんでしょお~?」
鈴谷は緑色のロングヘアをたなびかせながら、追及を続けた。
「ち、違うって! 僕はただ、元気づけようとしただけで……。」
「鈴谷、じ~~~。」
彼女の眼は、僕をとらえて離さない。
これは、凌ぐのは無理か……、そう思った時。
「鈴谷、あたし提督とそんなんじゃないからさ。」
うつむいていた明石が顔を上げ、助け舟を出してくれた。
「最近あたし元気なくって。提督に話を聞いてもらってたんだ。」
「でもなんか、この鎮守府で、その……。”口づけ”が流行ってるみたいで。」
そのセリフを聞いて、鈴谷の眉間にしわが入った。
「でもあたし、これまで兵器としてしか見られてなかったから、別に嫌じゃなかったというか……。」
「確かに元気になったというか……。」
もじもじと指先をいじりながら、明石は小さな声で言った。
「ああもう、分かった!!」
鈴谷は一旦諦めることにしたらしい。
「明石さんに免じて、今回は見なかったことにしとくけど~。」
「艦娘泣かせたら怒るからね!」
びしっと僕に指差しながら、鈴谷は言う。
「完全に僕は悪者だなあ。」
僕は苦笑いした。
* * *
「みんな~!重巡の鈴谷だよ!」
「今日からよろしくね!乾杯!」
大湊に所属する艦娘の皆を食堂に集め、小さな歓迎会をしていた。
むろん、今日から出向してきた明石も含めてだ。
料理は歓迎する艦娘たち全員で協力して作ったようだ。
ここにいるのは、大井、時雨、霞、五月雨、朝潮、不知火、加賀。
初めての重巡洋艦と工作艦、ということで皆素直に喜んでいた。
ここの艦娘たちは、海軍に冷や飯を食わされた期間が長かったのだ。
「鈴谷さん、明石さん。ここは小さいところだけど、みんな絆が強いの。」
龍田の言葉に、皆がうなずいていた。
「昔はいろいろあったけど……、そこの提督さんのお陰か、今は落ち着いているし。」
「はは、僕は皆の命を預かる立場だからね。ちゃんと運営していく所存だよ。」
一番僕を信頼しなさそうだった龍田がそう言ってくれるなんて。
僕は歓喜の涙を流しそうだった。
「なるほどねえ~。私たちいい所に来たかも!。」
納得顔の鈴谷が言った。
「ところで、一つだけしっつも~ん!」
続けて彼女が右手を挙げた。
「……ここの鎮守府でね? その、”キス”が流行ってるって、……聞いたんだけど。」
「それ、ホント?」
「うげっ。」
いきなりの鈴谷の発言に、うっかり変な声を出してしまった。
「鈴谷、そ、その話はあとでしようか……。」
まずい。艦娘たちの注目が僕に集まっている。
僕に反抗的な霞などは怒ったような顔でこちらを見ている。
僕がキスをしたことのある、大井と明石は気まずさに顔を背けていたが、
加賀は素知らぬ顔で大盛のカレーを食べていた。
「提督?私その話、知らないんですけど?」
いつの間にか龍田が僕の左に座っていた。同時に肩を組まれている。がっちり抑え込まれ動けない。
「ねえ、提督?」
駆逐艦たちも話が気になる様子だったが、龍田の圧力に押され別の机へと避難していった。
「提督、ここの艦娘とキスをしたって本当ですか?」
顔は笑っているが、目が全くそうではないと言っている。
ま、まじで怖い……。
「ほ、本当だよ……。」
「ただ、元気づけたかっただけだ。君たちと寄り添いたかっただけだ。」
「提督、私たちは兵器なんですよ?」
「一体何をしてるんですか?」
「その点に関しては、見解の相違がある……。」
めちゃくちゃ怖いが、しかし譲れないところもある。
「海軍の認識としてはそうだが、僕個人としては艦娘は人間に近いと思っている。」
「だから人間のように接した方が、成果を出しやすいのではないか。というのが僕の思想だ。」
「だから、”口づけ”により君たちのストレス、不安が解消されるのではないかと思った……。」
「だからってぇ……。」
「それって私たちの体が目当てってことなんじゃないの~?」
龍田が僕の肩を掴む力がぎりぎりと強くなる。
「提督の言っていることは本当よ。」
カレーを食べ終えた加賀が言った。
「なぜなら私がそうだから。」
龍田が加賀をじっと見た。
「私は艦の記憶が強く残っている。もしかしたらほかの子よりも。」
「さらに、以前赤城さんを戦いで喪失したことも、私のストレスに拍車をかけたの。」
「その日から、我を忘れるように我武者羅に戦ったわ。でも、戦いだけでは私の傷は癒えなかった。」
「私はあるとき、呉の海をぼうっと眺めていた。」
「海を見ながら思ったの。私を救えるのは提督しかいないんじゃないかって。」
「でも、知っての通り今の海軍は艦娘を兵器としか見ない人たちばかり。」
「そんな人たちにとって、私はただの損耗した”艦船”に過ぎなかった。」
「武器として使えなくなったらスクラップにすればいい。彼らにとってはその程度の存在なの。」
「私には一航戦の誇りがあるわ。いつか絶対に戦場で活躍してみせる。」
「そのためには、私が背中を預けてもよいと思える支えが必要だったの。」
「かつての赤城さんのようにね。」
「だから、私は士官学校の教導艦になって、そんな有望な人を探すことにしたのよ。」
「誰か艦娘を人として向き合って、支えてくれる人はいないか。」
「そんな提督。」
いつの間にか、食堂はしんと静まっていた。皆が話に聞き入っていた。
「それで出会ったのが、この、浅野提督、だったんだ。」
それまで黙っていた鈴谷が思わず口をはさんでいた。
加賀は静かにうなずいた。
「もっと能力が優れた人はたくさんいたわ。」
「華の海軍士官学校ですもの。ほとんどの学生が彼より優秀だった。」
「でも、どこか私たちを侮蔑の眼で見ていた。」
「顎で使って当然。沈んでも仕方がない。戦争に消耗は付き物である、と。」
「でもね、この人は違ったの。」
「優しく、強い目をしていた。」
自然と、艦娘たちが僕を見た。
その様子は僕が赴任した時のような、とげとげしいものではなくなっていた。
「そこから少し興味を持って、彼の様子を観察することにしたの。」
「その日からは楽しかったわ。」
加賀には珍しく、微笑みを浮かべていた。
「例えば、彼が訓練で立案する作戦は、どれも艦娘のことを考えていた。」
「私たちがいかに消耗せずに、時間をかけてでも確実に勝つ方法。いや、”負けない”やり方ね。」
「授業では時間制限があったから、負けという判定にはなっていたけど。」
「たとえD判定ても、艦娘の傷が浅ければ、ましてや死ななければまた挑戦できる、ってよく言ってたわ。」
「教官はその姿勢に対し、のろまに提督が勤まるか!と批判していたけど。私は全くそう思わなかった。」
「何年も教導艦を務めたけど、長期に渡る戦争をどう生き抜くか、そこまで考えていた学生は一人もいなかった。」
「大井さんから見てもそうでしょう?」
名指しされた大井は少し間を空けて、うなずいた。
本来の海軍士官学校の教導艦は大井なのである。
加賀はその交代を願い出ていたのだった。
「それは戦闘演習だったけれど、兵站、建造、装備開発……、彼はどれをとっても艦娘のことを一番に考えていた。」
「消極的な姿勢を教官に嫌われたから、成績も凡庸だったかもしれないけど……。」
「何を言われても、必死に艦娘を守りながら戦う、そんな姿勢を崩さなかったの。」
「この人のそんな3年間を見ていて、私は、この人のためなら残りの人生を捧げてもいいとまで思ったわ。」
「それくらい良い提督になる、と思ったの。」
「だから大本営に無理を言って、彼を提督にしてもらったのよ。」
「配属が大湊だとは、私も知らなかったのだけどね。」
「……失礼、話が長くなったわ。」
加賀にそこまで思われているなんて、僕はむずがゆくなった。
当時は、ただ必死だったのだ。
艦娘を沈ませないでどうやって勝つか。
日々、それだけを考えていた。
「鈴谷さんと明石さんの歓迎会なのに、関係ない話をしてごめんなさいね。」
加賀はぺこりと二人に頭を下げた。
「加賀さん、そんなことしなくていいからっ!」
恐縮する鈴谷と、
「あたしも一航戦に頭を下げられるほどの艦娘じゃないって!」
明石だった。
「……龍田さん、なんで提督はキスをしたのか、だったわね。」
こほん、と咳ばらいを一つ。
「これは私の仮説なんだけど、」
「最も艦娘の疲労回復、メンタルケアに効率がいいのは、”提督からのキス”、なんじゃないかと思っているの。」
艦娘たちの眼が点になった。ちなみに僕も。
「え~~、それマジ~~??」
鈴谷が茶化すように口を挟む。
「加賀さん、それは本気で言ってるの~?」
対して龍田の声は疑わし気だ。
「いえ、あくまで仮説にすぎないわ。」
「だから、個人的に調査を進めているの。」
「個人的にって、加賀さん、まさか……。」
静かに話を聞いていた霞が、まるで信じられないものを見るかのように言った。
「ええ、そのまさかよ。」
「私がこの人に実際に”キス”をして、その効果を確かめているの。」
さすがの加賀も、少し恥ずかしそうにしていた。
その様子が却って、話の信憑性を増していた。
「嘘、しんじらんない……。こんな男と、なんて……。」
「ボクもびっくりだよ……。」
霞と時雨が驚いた風に言った。ほかの駆逐艦も口には出さないが同じ様子だった。
「これに関しても説明させてほしいわ。」
「皆知っての通り、艦娘は艦の記憶を持ってこの世に顕現する。でも、改めて考えると、それはとても不安定なことだと思うの。」
「不安定……。ボクも、そう…なの、かな。」
不安そうに首を傾げる時雨。
「不知火はそうは思いません。」
一方で言い切る不知火。
「いろんな考えがあるでしょうけれど、事実だけ言うわ。私たちは戦争の中で轟沈した、死の記憶を持っていながら、この世界でまた戦いに繰り出していく。」
「仲間が沈んだり、昼夜を問わず戦ったり、ストレスも極めて大きい。ゆえに、思考がネガティブになりすぎてしまう子が多いわ。」
大井が、小さくうなずいていた。
「最悪の場合、深海棲艦側に精神が引きずり込まれる。皆は、なんとなく感覚がわかるわよね。」
僕も士官学校の教科書に乗せられない話、ということで教官から聞いたことがあった。
艦娘が極度の疲労を抱えて、かつ抑うつ状態の場合、深海棲艦化する、という趣旨の。同期の間では、都市伝説扱いではあったが。
ここにいる艦娘たちは身に覚えがあるのか、神妙な顔で頷いていた。
「そのマイナスの気持ちを打破するのが、陽、すなわち”ハレ”の存在。」
「つまり、”提督”よ。」
「ただ彼と話すだけでも気を取り込めるけど、もっとプラス状態になりたかったらスキンシップが必要ね。」
加賀は持論をつらつらと語る。
「この辺からは研究中だけど……、まずはボディタッチ、そして……。」
「き、す……。」
鈴谷が、緊張した面持ちで言葉を繋ぐ。
「そういうことよ。」
「要するに、自分のコンディションを手っとりばやくプラス側、いわゆる”キラ状態”ね。そこに持っていきたいときは、提督とキスをすればいい、ってこと。」
「私はそういう仮説を立て……、今検証中、といったところね。」
「”キラ付け”ならぬ、”口付け”…?」
不知火が小声で何かを言っている。
「なんかこう、言い方とかムードっていうものがなにか……。」
要するに加賀は、キスをすれば艦娘としての能力が上がる、と主張しているのだ。
僕は苦笑しながら首を振った。
「艦娘はそんな単純なものなのかしらねえ~?加賀さんだけの話じゃないの~?」
龍田も疑いが晴れないようだ。
「あら。私だけじゃないわ。」
「大井さん、明石さんでも確認しているわ。」
名前を呼ばれた二人に視線が集中する。
「いつかみんなにばらされると思ってたわ……。」
大井は机に突っ伏していた。
「でも実体験として、加賀さんの言う通りよ。」
赤い顔を上げて言う。
明石も頷いていた。
「確かに、さっきあたしもキラ状態になっていました!戦闘に出ないから関係ないけど……。」
たはは、と笑う明石。
「龍田さん、あなたも試せばいいのよ。減るものじゃないだろうし。」
「……加賀さんの想いはわかったけど、私は遠慮しておくわあ~。」
「キラ付けしなきゃいけない海域にもいかないだろうし~。」
「鈴谷も、ちょっと無理かな、なんて! ほ、ほんとはよゆーだけどね!!」
「……不知火、やります。」
不知火が右手をぴんと挙げた。
「提督と”口付け”、します。」
なぜ今、キスする流れになっているんだろうか。
僕は頭が痛くなった。
「え、マジ? ぬいぬい大丈夫?」
鈴谷はいつの間にか仲良くなったのか、不知火をかわいらしいあだ名で呼んでいた。
「強くなれる可能性が少しでもあるのなら、試してみたいのです。」
皆不知火の言葉に驚いていたが、意思は固そうだった。
「し、不知火、本気なの…?加賀の話なら、スキンシップでもいいんでしょ?」
さしもの僕も及び腰だった。駆逐艦とキスがしたい変態などではない、……断じて。
「不知火は本気です。」
彼女は真顔で言う。
「強くなるためなら、この身を差し出しても後悔はありません。」
「こんな若い子が体を許すようなことを言うなんて……。」
普通じゃない、と言いかけて一つの事実に思い至った。
「……もしかして、陽炎のことを後悔してたり、するのかな。」
「……。はい。」
一瞬ためらってから、彼女は答えた。
彼女の姉である陽炎は、前提督時代に轟沈していたのだ。
「不知火が、不知火がもっと強ければ、陽炎姉を守れたのではないかと、……。」
彼女は言う。
「毎晩、毎晩、あの日の事が不知火の頭から離れないのです……!」
彼女の声は、慟哭に近かった。声は小さいが、心の深い底からの叫びだった。
仲間にも自分の辛さを、なかなか言えなかったのだろう。
彼女の鉄面皮に、涙が溢れる。
「そうだったったのか……。」
小柄な彼女が、ひどく不憫に思え僕は不知火を抱きしめた。
「不知火、寂しくさせてごめん。」
「海軍が馬鹿でごめん。」
「着任するのが遅くてごめん。」
「これまで、辛い思いをさせてごめん。」
不知火は、僕の胸に顔をうずめて泣いていた。
歓迎会どころではなくなってしまったが、艦娘たちも泣いているようだった。
「提督、不知火からお願いがあります……。」
「口付け、してください……。」
「……。僕で、よければ。」
「不知火は、提督がいいです……。」
みなが見ている前で恥ずかしかったが、彼女のためには苦ではなかった。
「ん……。」
そうして、軽く唇同士が触れ合った。
皆が見ているから恥ずかしい。
「加賀の話では、気持ちが薄れるみたいだけど、どう?」
「……よくわかりません。」
「もっと、強い方がいいのかもしれません。」
え、何を言い出して……、
「はむ……ん……。」
あろうことか、舌を入れてきた!
「んむむむ!」
逃げようとしても不知火にがっちりと抱きしめられていて、動くことができない。
自然、キスを続けることになる。
「「わ、わわわわ!!」」
鈴谷も、五月雨も、二人揃って珍妙な声を出している。
外野から見ると相当な姿なのだろう。
同じ駆逐艦である霞は、再度、空いた口がふさがらないほど驚いている。
「ぷは……。」
そうして、不知火は数分間キスを続けた。
長い、長いって……。
「不知火、ど、どう……?」
これは仕事だ、とそう自分に言い聞かせる。
「……まだ、わかりませんでした。」
不知火はいつもの仏頂面だが、先ほどよりも顔が赤くなっている。
「だから、またお願いします。」
「私が、ちゃんとわかるまで、ずっと。」
「毎日でも、いいです。」
「むしろ毎日が、いいです……。」
「え、ぬいぬい、それって……。」
鈴谷が口を挟むが……、
「んっ……」
隙あり、とばかりに不知火は唇を重ねてくる。
彼女が僕から離れる気配はない。
「ま、また桃色空気出してる~!!」
と、鈴谷。
「なんか、ボクたち先を越されてない?」
どこか不満げな時雨。
「やっぱり、キスで元気になったんじゃないかしら?」
自説をさらに信じるようになる加賀。
不知火の涙が乾くころには、皆いつもの調子を取り戻していた。
第5話 涙を浮かべた不知火と。 了