本格的に冬が到来した中、我らが大湊警備府では戦力増強に励んでいた。
大本営から、北方モーレイ海から来たる敵艦隊の勢力を削げ、との命令が下っているためだ。
まだ敵は戦力を集めている様子だが、詳細は未だ不明。そのため、こちらから偵察部隊を送っている。
「提督、加賀さんたちが帰投しました。」
加賀の代わりに秘書官を務めている大井が報告をくれる。
「少し休ませたら、加賀を連れてきてほしい。」
「了解しました。たまにはアイスクリームでも振舞いましょうか。」
「そいつはいいね。僕がおごろう、大井の分まで。」
「……提督にも、いいとこありますね。」
「そいつはどうも。」
一度大井に殺されかけたとは思えない間柄だった。
この調子で、皆ともうまくやらないとな。
* * *
第7話 超弩級戦艦と、鈴谷と。
「ええ。今回も皆無事でよかったです。」
帰還した艦娘たちの顔を見て、大井は少しほっとした顔を見せていた。
偵察というのは軍の行動の中でも、かなり難しい部類に入る。
制海権が奪われている海域では援軍を呼ばれやすく、容易に劣勢になってしまう。
そのため、比較的練度の高い加賀を旗艦にしつつ、回避に優れる駆逐艦を護衛に付けていた。
「提督、只今帰投しました。」
加賀が報告を始める。ほかには、不知火、時雨、五月雨、朝潮、霞。
……よし、みんないるな。
「よかった、今日も無事で。」
僕がそう言うと、皆顔をほころばせた。
「こんな任務、私たちにとってはへっちゃらだわ!」
「霞を見くびらないでくれる!」
この子はいささか、険のある艦娘だった。
艦の時代にひどい目にあい、このような性格になったらしい。
「ふふ、そうだね……。」
僕は霞を見ると、愛おしくなってしまうのだ。
ついつい手が彼女の頭に行ってしまう。
「私の頭を撫でないでったら!」
霞は口では嫌がるそぶりを見せるが、なすがままにしている。
「間宮あいすもあるからな。たくさん食べていいからね。」
「あいすくりん!」
霞の声が裏返る。
なるほど、霞は甘いものには目がない、と。
霞はすぐ冷静になり、ばつが悪そうにしていた。
「霞は素直になれないだけですね。不知火にはわかります。」
「提督!朝潮もほめてほしいです!」
「五月雨も、なんて、だめですかね?」
僕は少し前に時雨の悩みを聞いたのだが、その行為によって駆逐艦たちの信頼を勝ち取ったらしい。
事あるごとになついてくるようになった。
彼女たちは仲間の轟沈により、深い傷を負っている。
だから僕はスキンシップを取ることで、少しでも慰めようとしているのだった。
……決して、僕は小児愛性者などではない。決して。
不知火や時雨の話を聞いたとき、やっと彼女たちは感情を表に出すことができていた。
察するに、これまで相当なストレスを抱えながら普段の日々を過ごしてきているようだった。
今も、表面上は明るくは見える。
だが、それはやせ我慢なのではないか。
僕にはそう思えてならなかった。
「提督、報告いたします。」
加賀の、凛とした声が執務室に響く。
「敵の旗艦は、戦艦ル級、flagshipということがわかりました。」
「「戦艦ル級!?」」
先ほどまで明るかった艦娘たちが静かになる。
ル級か……、厄介だな。
大口径の主砲による非常に高い攻撃力を持ち、大和型の装甲すら貫徹する事ができるという。
ましてや、駆逐艦などひとたまりもないだろう。
「道中でも重巡リ級flagshipも確認しているわ。」
リ級、こいつも頭が痛い。雷撃の威力が高く、戦艦すら容易に大破させる。
「私たちにとっては、危険度が高い敵勢力と言わざるをえないわ。」
「加賀さん、さっきまでそんなことは何も……。」
五月雨が少しおびえながら言う。
「ごめんなさい、艦載機で発見していたのだけど、皆を不安にさせたくなかったの。」
「なかなかの敵勢力だね……。」
時雨も不安そうだ。
「とりあえず、無事に帰ってこれてよかった。」
「あとは僕たちで何とかする。」
「駆逐艦たちは休息してくれ。申し訳ないけど、加賀さんは残って今後の作戦を練ろう。」
「わかったわ。」
駆逐艦と手を振りながら別れ、そのまま加賀、大井と作戦会議に移行する。
* * *
現状の戦力を整理すると、
加賀、鈴谷、大井、龍田、あとは駆逐艦たち。
「戦艦を相手にするとなると、少し打撃力不足だな……。」
駆逐艦たちの手前、言えなかった本音をつぶやく。
「そうね……、私が被弾したら相当厳しいと思うわ。」
「そして、敵は加賀さんを集中的に狙うでしょうね。」
大井が冷静な声で言う。
「ええ。駆逐艦たちと鈴谷さんの練度はそこまで高くないから……、」
「おそらく敵の旗艦を叩く前に、私は中破する……。」
「う~~ん。」
僕は天を仰いだ。
「現状の戦力だと、さすがに手に余るんじゃないかな?」
「仮に道中の突破を私が担当して、艦隊決戦は大井さんの雷撃に懸けるとしても、甚大な被害が出ると思う。」
「そうだよね……。」
「こちらに高い火力を持つ戦艦がいないのが痛いわ。」
「今から大本営に支援を要請しても間に合わないだろうし……。」
そんな時、執務室のドアをノックする音がした。
「はい、どうぞ!」
大井が答える。
「会議中失礼します。」
明石だ。珍しく工廠を離れているらしい。
「あのお、先ほど、海岸を見ていたらこんなものが……。」
彼女が重そうに持ってきたのは、艦娘の艤装にあるような砲塔だった。
「これは、戦艦用かしら……?」
加賀が訝しげに聞く。教導艦、といっても装備名までは即答できないようだ。
「形状からしておそらく、35.6cm連装砲だと思います。」
さすがの明石である。
「ふむ。どうしてこんなものが……?」
「装備が漂着する、なんてことはありえないわ。」
加賀が答える。
「工廠で開発するか、それか……。」
「艦娘が持参するか、です。」
明石が言葉をつなぐ。
「それは、つまり……!」
察しの悪い僕でも、言いたいことはわかった。
「近くにはぐれ艦娘がいるかもしれないってことか!」
艦娘は建造のほかに、戦闘後にまれに海から浮かび上がってきたり、海岸に漂着することがある。
敵勢力が強いほど、それに比例して強い艦娘が得られやすい、とのうわさもあった。
「そういうことです、提督。」
明石は微笑んだ。
「この砲が装備できるのは、」
「確か金剛型、扶桑型、伊勢型……。」
艦娘図鑑から記憶を引っ張り出す。授業中はこの本ばかり見ていた。
「どの艦娘でも願ってもない戦力だ!」
「ええ。だから、皆で捜索に行くことを進言いたします。」
明石はそのために、重い砲を引きずりながら執務室までやってきたのだ。
その行動に応えなければならない。
「大井、警報ならせ!最低限の艦娘を残して捜索隊を結成せよ!」
「出撃了解。これから鎮守府は第一種戦闘態勢に入ります。」
戦闘態勢を示す警報が鳴り響く。
「大湊ノ全艦娘ニ通達、近隣海域デ艦娘ガ顕現シタ可能性アリ。直チニ捜索ニ向カエ。」
大井は通信機を手に放送を始める。
艦娘たちは慌ただしく海へ出ていく。
「第一艦隊旗艦、加賀。駆逐艦とともに鎮守府沿岸の東部を捜索してください。」
「加賀、了解。」
「第二艦隊旗艦、鈴谷。龍田とともに艦載機を駆使して、沿岸西部を調査してください。」
「鈴谷、了解。頑張る!」
通信機からは皆の返答が聞こえる。
鎮守府の近くには深海棲艦は少ないが、いないわけではない。
はぐれ、と呼ばれる連中がたまにやってくることがあった。
艦娘は戦艦である可能性が高いが、顕現したばかりでは不安定で戦える状態ではないことが多い。
祈るしかできないのが、じれったかった。
* * *
数時間捜索は続いた。
「艦載機で、田名部川下流、河口付近で倒れている要救助者を発見!」
鈴谷からの入電。
「大型の艤装のようなものを確認、戦艦型の艦娘と推定。意識を失っているため、救護するよ!」
「曳航してたら戦えないから、救援が欲しいかな!」
大井に目で合図する。
「救援要請受諾。第一艦隊を支援に送ります。」
「到着まで安全な場所で待機し、帰投してください。」
「加賀了解。直ちに田名部川の河口へ向かいます。」
「鈴谷了解。加賀さん、待ってるよ~~!」
「こちら浅野。調査お疲れさま。警戒を厳に、必ず帰ること。」
「あと、艦娘の特徴は?」
僕も無線機を取って問いかける。
「巫女服に、黒いミディアムヘア……。少し時雨に似てるかも。」
鈴谷が答える。
「山城か!」
幻の航空戦艦、山城。
「僕たちの艦隊には願ってもない貴重な戦艦だ。帰ったら歓迎会をしよう。」
「それ、いいわね。さすがに気分が高揚します。」
「あ、ていとく。」
鈴谷の口調が軽くなった。
「山城さんにもキス、するの?」
「もうその話か!」
「初対面でそんなこと、まるで僕が下心ある変態に思われるだろう!」
「……え?駆逐艦にも手を付けてるのに?」
鈴谷が訝し気な反応をしている。
「……。」
そうして急に無線機の反応がなくなった。
突発的な装置の故障か、太陽風による磁気嵐だ。そういうことにして、おこう……。
なぜか、同時に心も痛くなるが……。
* * *
その後、無線機は”復旧”し、艦隊は無事帰投した。
保護した山城は、医務室でベッドに寝かせている。
先ほど意識が戻ったと聞き、明石の許可を取った上で入室する。
山城はベッドに腰掛けていた。
日本人形のような黒の艶やかな髪に、臙脂(えんじ)色の瞳。
巫女服を見事に着こなしている、大和撫子といった出で立ちであった。
少しやつれてはいたが、加賀とはまた違った美しさを持つ艦娘であった。
「僕はここの提督をやっている、浅野です。具合はどうかな?」
「姉さま!?なんだ、提督ですか……。」
僕を見るなり、いきなり落胆する山城。
「ごめん、僕で。」
「ええ、ああ、いいんです。」
「漂着していたところを、こうして助けていただきましたし。」
「顕現してから数日、ろくに食事を摂れていなかったのですが、先ほど暖かいものを食べさせてもらいました。」
山城はほっとした様子を見せていた。
「そっか、少しは安心したかな。」
「ええ。それで、提督、姉さまのことはご存じですか!?」
これまで落ち着いていたが、少し人が変わったような様子になる。
艦娘は、姉妹館との結びつきが強いというが、この子は特に強いようだ。
「扶桑、だったかな。彼女は呉鎮守府にいたはずだ。」
「僕も何度か、あの威容を見たことがある。」
「姉様!姉様は無事なのですね!」
「う、うん。」
「よかった……。」
彼女はほっと、胸をなでおろしていた。
「あ、山城さん、気が付いたんだね!」
「山城!ボクも心配してたんだよ!」
急いで医務室に向かってきたのであろう、鈴谷と時雨が顔を見せていた。
「ああ、鈴谷。ありがとう、あなたのおかげで助かったわ。」
「だいぶ元気そうで安心したよ。最初はぐったりしてたんだもん。」
「ふふ、ガス欠で動けなくて……、恥ずかしいところを見られてしまったわね。」
「何事もなくて安心したよ~。」
鈴谷は気持ちが表情に出やすいから、親しみやすさがある。
「ボクも前世で一緒だったきりだったから、顔が見れて嬉しいな。」
「ええ、時雨。私も会えて嬉しいわ。扶桑お姉さまは居ないけれど、あの時みたいね。」
史上最大の艦隊決戦とも呼ばれる、レイテ沖海戦のことだろう。
「ね、ね、山城さん!ここに配属する流れでしょ?」
鈴谷が山城に詰め寄る。
「ええ、まあ、拾ってもらったし、時雨もいるし。そうしたいと思うけど……。」
鈴谷が今後について話し始めた。
「やった!鈴谷、いぇ~い!!」
大喜びの鈴谷。
「……山城と一緒に戦えるならよかった。」
時雨も嬉しそうだ。
「はーい、ここに配属するためには、通過儀礼がありまーす!!」
鈴谷が高らかに宣言する。
「そんなのあったかな?」
時雨が首を傾げた。
通過儀礼……。
ちょっと都合が悪い流れ、か、な……。
山城には悪いが、僕は急用を思い出すことにした。
「そういえば、演習の様子を見に行かなければ……。」
言うや否や、鈴谷に即座に腕を捕まれ、退室を阻まれる。
さすがは艦娘の運動神経である。
「……別にそんなのないって。」
流れが予想できる僕は、弱り切っていた。
「も、もしかして、海軍式の、根性注入とか……。」
山城がぶるぶると震え始める。
「あー、だいたいあってるかも。」
なぜか肯定する鈴谷。
「あ、提督、そういうこと、だね。」
続いて、なぜか時雨の眼がうつろになっていく。
「提督、ボクとしてはほどほどにして、ほしい、かな?」
「ひっ!」
二人の返答を聞いて、山城がおびえた声を出した。
「じゃあ行くね、」
「えっとね……。こんな風にね……。」
急に鈴谷がもじもじし出し、僕に向き合った。
「んむ。」
鈴谷は、ついばむように僕と唇を合わせた。
「「え?」」
時雨と山城の声が調和する。
え?今日は鈴谷がっていう流れなの?
僕も驚いていた。
「ここの艦娘はね? 提督に毎日、こ、これをするの。」
「提督は、キス魔なんだよ?」
キス魔(大嘘)である。どちらかというと、艦娘たちに食べられている気がする。
「だから、仕方ないんだよ。」
「私たちを、こうやって襲って、そう、精魂を注入してくるの。」
鈴谷は赤くなりながら、妄言を吐いている。
「山城に嘘を教えないでよ!」
「こんな破廉恥な提督がいる鎮守府に来るなんて、不幸だわ……。」
僕のツッコミもむなしく、山城は真に受けていた。顔を両手で覆っている。
「でも、」
「提督には助けてもらったし……。」
「私もちょっとだけ。」
「え?」
今度は僕の声。
ぎし、とマットレスのきしむ音がする。
「んぷ。」
ベッドから身を乗り出した山城が、僕をついばんでいた。
「今回だけ、ですからね。」
すぐに座りなおした山城は、そっぽを向いていた。
第7話 超弩級戦艦と、鈴谷と。 了