お手製仮面を叩いてみれば、文明退化の音がする   作:竹馬噺

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一話『よく食い、よく出す』

 意識が浮上して最初に気付いたのは、腹が減っている事だった。

 唐突に胃が引き攣るほどの空腹を感じ、次に耳鳴りと頭痛がやってきた。土の湿り気と冷たさが肌に浸透してきていて、一体何があったと跳ね起きた。

 目の前の薄汚れた土の壁と、くたびれた藁束に見覚えを感じた事が恐ろしかった。

 

 ──こんなものは知らない。こんな所は、知らない。

 

 焦って辺りを見渡して、妙に重い顔に疑問を持ち、頬を触ろうとすると硬い感触に阻まれた。ざらりとしたそれを指で撫でて、そういえば仮面をしていた事を思い出した。

 

 ──違う。俺は仮面なんてしていない。した事も、ない。

 

 だが、次々と仮面についての知っている事や、今の状況の理由が、この身分の情報が濁流の様に頭に流れて来て、理解させられた。

 俺は、俺であるが、俺以外でもある。

 

「……転生?」

 

 呆然と呟いた所で、急にざわざわと森が騒ぎ出した。仮面で重くなった頭を振ってそちらを向けば、身を刺すような死の気配が押し寄せて来た。

 反射が働いてくれなかった。

 栄養失調で死に掛けていた身体は、その場に縫い付けられたようであり、やっと死ねるのかという考えすら浮かんできた。

 

 ──冗談じゃない!お前(◾️◾️)はもう死んだんだろうが!俺は死ぬつもりも、死んだつもりもない!

 

 痩けて骨と皮ばかりの弱った手のひらで、壁を支えにして、震えながら何とか立ち上がる。

 体の節々が痛い。三歳児とは思えない痩せて弱った身体に喝を入れる。

 

 ──身体(おまえ)は俺のものだ。俺がお前だ。

 

 そう祈る様に繰り返すうちに、震えは収まった。

 これで動ける。逃げられる。隠れられる。

 霞がかった記憶の中に、人目につかない場所が次々と浮かび、瞬時にあて(・・)を見つける。

 すぐに足に力を込め、そこへとかけだそうとした時──ざっ、と音を立て、森から一人の大男が姿を現した。

 

「……あっ」

 

 脳が彼の存在を認めた瞬間、俺は再び動けなくなった。彼が近づいてくる様を、ただじっと見るだけの屍となった。

 大男を見て思ったのは、手に持つ矛が恐ろしいとか、薄汚れた身なりだとか、彼に殺されるのか、ではなかった。

 無造作に伸ばした黒い長髪の奥に覗く、その瞳。

 大男は人を超越した存在感を放ちつつも、瞳の中に確かに慈悲を宿していたのだ。

 それに、何故かどうしようもなく安心してしまい──俺は眠る様に意識を失った。

 

 

 

 ──ドン、ドドド、ドッドッド!

 

「……ん」

 

 リンは騒がしい太鼓の音を目覚ましに、ゆっくりと目を開いた。

 少し狭まっている視界に、星が輝く夜空が見えた。顔に纏わりつく様な重さを感じ、誰かが律儀に仮面を被せた事を悟る。別に、仮面への帰属意識はないのだが。

 体を起こせば、森の中の少し開けた草地で、横たわる上裸の戦士達に囲まれていた。

 彼らは同じように眠っていて、傷を負っている者もいれば、酒で酔っている者もいる。

 

「まったく、相変わらずの非文明めが……」

 

 傷があるなら包帯を巻いて清潔な場所で寝ろ、そもそも酔っ払いと怪我人は分けろ、草地で寝るならせめて服を着て虫刺されや擦り傷が付かないようにしろ、眠るなら怪我しないように武器を遠ざけろと、次々に文句が浮かんでくる。

 だが、この野蛮人達の中心に自分がいて、自分に近い戦士ほど屈強かつ武器を持っている事が分かり、愚痴を言う気が失せる。

 もしかしたら、一応は子供である自分を守ろうとしてくれていたのかもと、そう思うくらいには、リンは彼らを信頼していた。

 

「……」

 

 リンは仮面の下で、仄かに笑みを浮かべた。

 あの懐かしき夢の目覚めと思えば、悪くない。痩せっぽちで死にかけの幼児が、多くの人に囲まれるようになったのだ。

 暖かな気持ちが、胸に湧き上がってくる──

 

「──ブウッ!」

「ぐぉぉおおおお……」

「ブゥゥウウ!……ブリッ!ブチチチチッ!」

「がぁあああああ……」

「ブッ!プスゥゥゥ〜……」

「すーすー……ゔぉえっ!」

「──さっきから寝屁が激しいのは何なん?」

 

 が、不潔で不衛生なのはいつか矯正する。必ずだ。

 天地が裂かれようと、百匹のドラゴンの群れが来ようと、必ず矯正する。

 いくら魔法がある異世(・・・・・・・・・・)()であろうとも、そこは現代基準まで近づけると決意する。

 リンは立ち上がり、体に付いた草葉を手で払うと、寝転がる戦士達を踏まないよう気をつけながら、太鼓の音が鳴る方へと歩き始める。

 

「よっと……」

 

 夜の森歩きも今では慣れたもので、危なげなく進んでいく。

 目的地は草地と近い場所にあったようで、すぐに木々の隙間から明かりが見えて来た。

 あっという間に森を抜けると、巨大な焚き火と周囲を囲む上裸の雄々しい戦士達が姿を現した。人数は百人に届かない程度で、男以外にもその妻や娘なども手伝いに駆り出されているのが見えた。

 どうやら戦勝の宴の途中のようで、仮面を外すと露になった鼻先に酒や肉の焼けるいい匂いが漂って来る。

 すぐに腹がぐう、と音を立て、食事を催促してくる。そういえば、端和の誘いに乗ったせいで昼を食いそびれていたのだ。

 

「──リン、起きたのか」

「端和か」

 

 リンが宴中の広場へと足を踏み入れて直ぐに、端和が嬉しそうな笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 その両手には、かじった跡のある子猪の丸焼きが一つずつ握られていて、唇についた脂が火の明かりで艶めいている。

 結局、彼女は殺し合いでも傷一つ負う事なく、美貌は陰るどころか活き活きと輝いている。うんこ拭かないけど。

 

「おめーは相変わらず食い意地がっ──むぐっ」

 

 言い切る前に端和の右手がブレ、子猪の少し焦げた鼻先が口に突っ込まれる。おっきい。

 

「片方はお前用に取っておいた物だ。感謝しろ」

 

 では、何ゆえ両方にかじった跡があるのだろうか。

 疑問はあるが、空腹には勝てない。リンはしっかりと両手で丸焼きを受け取る。

 

「ありがとさん」

「ん」

 

 端和はぱちりと目配せをして返事をすると、子猪にかぶり付き始めた。

 リンは辺りを見渡し、腰掛けるものがない事を悟ると、同じように立ったまま大口を開けて子猪にかぶりついた。

 子猪の表面の皮はパリッとしていて、歯が突き立つ音が小気味よかった。それは転生してからは一度も口にしていない食感で、思わず目を見開く。絶妙な塩味と、臭みの無い脂身と肉の旨みが溶け合って口に広がり、噛めば噛むほど肉汁が溢れてくる。

 

「──なにこれ、超うめェんだけど!」

 

 思わず、興奮気味に叫んでしまう。

 面食らった、というやつだ。この一見原始的な一品は、記憶にあるどの肉料理よりも美味かった。

 端和が肉を頬張りながら、ドヤ顔を浮かべる。

 

「ふっ、料理が旨いと言っただろう、聞いてなかったのか?」

「聞いてはいたけど……てっきり俺を釣るための完全なウソかと」

「失礼な、まるきりウソで騙せるほどバカじゃない──そう見抜いただけだ」

「失礼はそっちだなァ?」

 

 リンは好戦的な笑みを浮かべながらも、肉を食べる口を止めない。

 どんな暴言でも、今は許せてしまう。美味いメシの前では全てが小事である。

 少しの間、無言になって食事を進める。瞬く間に肉塊は無くなっていき、胃が満たされていく。

 

「んぐ……もうないのか?」

「むぁ?もう食べ終えたのか?」

 

 意外な事に、リンは端和よりも速く子猪を平らげた。端和も珍しそうな表情をしている。

 

「ああ、魔法を使いすぎると腹が減るンだよ」

「カイフクマホウというやつだな」

「そうそう……今日は久々に気絶するまで魔法を使ったわ」

 

 リンは名残惜しげに骨をしゃぶりながら頷いた。

 魔法──異世界においての定番とも言える不思議な力。もっとも、魔法と呼んでいるのはリンのみで、リンに魔法を授けた師匠は気功術と呼んでいた。

 魔法は非常に便利なもので、自身や他人の怪我や病気を治療したり、身体を鋼の様に硬くする事も出来れば、熊を上回る怪力を宿す事が出来る。

 今回は使いすぎで気絶してしまったが、制限は基本的に緩やかで、使い過ぎると疲れたり、腹が減る。それだけである。

 

「重傷者を癒やし終わったら倒れたから驚いたぞ。ヒヤヒヤさせるな」

「どっかの誰かのせいで昼飯を食いそびれたからな……おかげで体力が持たなかったよ」

「喜べ、昼飯を邪魔したバカは皆殺しにしておいたぞ」

「お前じゃい!い、嫌味が通じねェ……」

 

 無敵かコイツは。良い事をしたと胸を張ってる分、余計にタチが悪い。

 リンは早々に言い負かすのを諦めると、焚き火の方へ目を向けた。まだ腹八分目にもなっていない。

 

「他の食い物ってまだ残ってるか?」

「ああ、ソグ族の男達が肉をどんどん焼いてる。良いのは取り合いだから、早く行っておけ」

「おォ、なんか良さげなのを見つけてくらァ」

「──なら、次はこれを食うといい」

 

 リンが歩き出そうとした矢先に、視界の右端からぬるっと人影が現れた。思わず、同時に差し出された物を反射的に受け取ってしまう。

 

「あっ、これはどうも」

 

 見てみると、それはまるまると太った鳥の丸焼きだった。焼き立てなのか、皮から滴る脂が輝いている。これもまた、実に美味そうだ。

 

「オレがオマエへの感謝を込めて手ずから焼いたキマ鳥の丸焼きだ、ぜひ味わってくれ」

「おお、俺への感謝を……俺への感謝?」

 

 口を付ける直前で、ピタリと止まる。

 リンは改めて鳥を差し出した男の顔をまじまじと見つめる。彼は、仮面を被っていなかった。

 年齢は四十ほどだろう、苦労と経験が顔に刻まれた、にがみ走った良い面構えをしている。鳶色の瞳は柔らかな光を湛えていて、感謝という言葉が嘘ではないと分かる。

 

「オレはソグ族の新しい長であるソグオーだ。オマエのカイフクマホウ?のおかげで多くの重傷者が生きながらえた。感謝する」

「ああ、その事か」

 

 リンは得心がいったように頷いた。それは確かに、大いに感謝してほしいところだった。気絶するまで魔法を使う事なんて滅多にないのだ。

 

「他の者もオマエに肉を焼きたがっていたが、一気に焼いても食いきれんだろうし、代表でオレが焼いたんだ。遠慮せず食べてくれ」

「そっか……それじゃ、ありがたくいただくよ──ん、美味い!」

「それは良かった」

 

 ソグオーはリンの反応に満足げな笑みを浮かべた。

 鳥は子猪に負けず劣らず美味かった。自分でも鳥はよく焼いているが、この様な出来上がりになった試しがない。

 コツがあれば聞きたいくらいだ。

 

「足りなければ、焚き火の所へ行くといい。皆がこぞって焼いてくれるはずだ……ああ、メシ以外だと虎の毛皮や宝石を用意してあるから、宴の後に是非持ち帰ってくれ」

「……虎の毛皮と宝石ィ?メシは分かるけど、そこまで貰っちゃ逆に申し訳ない」

 

 リンは鳥から顔を上げ、苦笑いを浮かべた。

 正直、貰ってもしょうがないという気持ちもある。強いて言うなら毛皮は暖かい服になりそうではあるが、それだけだ。

 しかし、ソグオーは「いやいや」とリンの肩へと手をおいた。

 

「毛皮と宝石は俺の私物で、一族の財産ではない。どうか遠慮せず貰ってくれ」

「私物ってんなら余計に貰いづらいって。美味い肉を貰ったから、これでいいよ」

「そうはいかん。助けられた中にはソグチビが……オレの倅がいたのだからな」

 

 そう言うと、ソグオーはチラリと焚き火の方へ視線を移した。リンが先を追うと、焚き火を囲う最前列に、過剰な包帯に巻かれた青年が腰掛けていた。

 確かに、彼はリンが治療したうちの一人であり──牢にリンと端和を救出しに来た、あの四人組のリーダーでもある。

 そうか、彼が倅だったのか。

 

「……いや、今回は居合わせた者として当然の事をしただけだから、毛皮と宝石はいいよ。それに、俺もソグチビさんに助けられた」

 

 戦闘時、後ろに隠れるだけのお荷物となった自分を、ソグチビは本当によく助けてくれた。

 だが、ソグオーは静かに首を振った。

 

「それを言うなら、あの救出は作戦の内で、倅がオマエを助けた事こそ当然の責務だ。しかも後から聞けば、オマエは戦士ではなく巻き込まれただけの者……毛皮や宝石を好まないなら別のを用意するゆえ、どうか礼を尽くさせてくれないか」

「んんん〜〜……」

 

 リンは唸りながら眉根を寄せた。

 頑固。生真面目。誠実。礼を受け取らずに終わるのは無理そうだった。

 本音としては、塩や香辛料などがあれば貰いたいが……諸事情で家に持ち帰るわけにはいかないのだ。

 目が泳ぐ中で、ふと、鋭い目付きで自分の鳥肉を狙っている少女が目に映る。

 人が真面目な話をしてる時に何をやっとるんだ。

 

「……じゃあ、礼ってんならこのバカを今後もよろしく頼む。色々と脇が甘ェからさ」

「配下として、それは当然の──」

「なら、義務じゃなく望んで守ってくれ。悪いけどそれ以外は思いつかねェ」

「むぅ……」

 

 言葉を遮ると、ソグオーは困った様に眉根を下げた。

 

「どう?」

「……承った、それが礼になるなら、ソグ族は楊端和を真心をもって守ろう」

「助かるよ」

 

 ソグオーは苦笑しつつも、確かに頷いてくれた。

 これで刃傷沙汰が日常茶飯事の友人に、頼りになる味方が増えた。血の気が多いので今後苦労するだろうが、まあ上手くやってほしい。

 

「──おい、聞いてたぞ。誰がバカだ、誰が」

 

 すると、話がまとまった途端、端和がムッとした表情で詰め寄ってきた。その手はさりげなく鳥へと伸びていた。

 リンはするりと手を躱し、見せつける様に一番美味そうな箇所にかぶりつく。

 足払いが飛んできたので、魔法で脛を硬くしてやると、ガン!と音が鳴り、端和が恨めしそうに睨んできた。涙目な表情は少し可愛らしかった。うんこ拭かないけど。

 

「ふっ……二人は仲睦まじいと聞いたが、本当のようだ。邪魔者(オレ)は肉を焼いてくる、ゆっくり楽しんでくれ」

「仲睦まじいとまではいかねェよ」

 

 これは、そう、お守りというやつだ。

 

「おい、私も鳥が食いたい。あと、熊の手」

「任せてくれ、極上の焼き加減に仕上げよう──よく食い、よく出すのが我が族の文化だ」

 

 よく出すはいらないんじゃない?

 生意気な子供二人へと穏やかに笑い、焚き火へと向かうソグオーを、リンは少々複雑な気持ちで見送った。

 

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