超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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トラヴェリング・セールスマン 5

アシュリー・チェン・ルイを内閣情報局が追跡していることは、おそらく筒抜けだろうという結論だった。なにせ隠し撮りされているはずの写真で、サングラスをかけてピースサインをカメラに向けている女性が写っているのだ。

 

日曜には教会に行き、中華街で飯を食い、各地の研究者と話して、いくつかの企業に寄っている。まあそのあたりのリストは内閣情報局が持っている対外工作拠点と見られる場所と一致しているのですが。

 

とはいえ、そういう工作が直ちに違法となるわけではない。それを言ったら外務省傘下の国際協力連合会とか日系移民のネットワークとかも否定されるわけで。国家対国家になると人間は結構党派性に酔いがちであるが、実際のところはミクロに見ればそこにいるのは人間でしかないのだ。越えてはならないラインとか、越えたらまずいんじゃないかみたいなグラデーションはあったりするが。

 

「しかし何度見てもおばちゃんだな……」

 

大阪で撮影された写真では、同じような体型の日本人女性と肩を組んで笑っている様子がある。楽しそうで何よりだ。これはスナックの店主から回収されたものらしい。店主の人も大変だな。

 

「……中根さん、お疲れのようですね」

 

四辻さんがタブレット端末を見ながら言う。いつから口調がちょっと変わるぐらいに心配しているようだ。あるいはこういうタイミングから他人をいたわるような行動を定期的に取っておくことでチューニングをしておくとかだろうか。今まで須藤さんにやってきたような言葉を互いに一方的に投げつけ合うようなコミュニティは楽なのだが限界があるしな。

 

ついさっき帰った中根さんが、この地下にやってきたのは三度目になる。ついでにちょっとしたお使いとかも頼んでいる。盗聴器とかの変な虫が入っていない荷物をきちんと用意できる信頼できる運び人は少ないですからね。信頼できるというか、この人が信頼できないなら何もかも終わりというか。

 

「そりゃまあ追いかけ回していればそうはなるよな。手駒はそれなりにいるらしいが指揮官は現場に近い場所にいなければならないわけだろうし」

 

しかし様子を見るにこのミス・ルイ、あるいは政治的には微妙だがマダム・ルイと呼びたくなるような人物は何かの調査をしているように見える。わざわざ対面で顔を合わせているということは既存のネットワークの確認とか活性化だろうか。素人があれこれいってもあまりいい答えにはたどり着けないと思うのであまり詳しいことは言えないが。

 

「移動経路はあえて追跡されやすいようにしているのかな」

 

「だろうなぁ、尾行を振り切るほどの能力がないとしてもここまでしっかり追えているのは珍しい気がする」

 

「……監視カメラ?」

 

「内閣情報局ならやりそうだよなぁ……」

 

日本中に存在する監視カメラがどこに繋がっているかはあまり知られていないし、そこで行われている処理についても伏せられている。つまりそこで追いかけっこのリセットが起こる可能性は十分にあるわけだ。

 

逆に言えば、真っ白な人間でないと今どき工作はできないということになる。恐ろしい時代になったものだ。どこに行っても自分の過去とかアイデンティティからは逃げられない。インターネットは忘れ去られることを許してはくれないのだ。

 

「ただ同時に中央情報局が日本の諜報能力を評価するためにも使っているのでは?」

 

「それぐらいは昔からやっているんじゃないか?いやでも明確に追いかけっこをするようなことは基本しないだろうからな……」

 

同盟国がなにか危ない技術を持っていないかどうかを確認するのはパターナリズムに基づいた安全保障とかの言い訳でカバーできそうなところであるし、合法的な調査の範囲にはなるだろう。たぶん、きっと。そうでないと両国の衝突とかになって須藤さんが対応できる範囲を超えてしまうんだ。外務省とかの仕事になるのだろうか。

 

「ねえ、BIFRONS。彼女が私達にたどり着くことはできると思う?」

 

四辻さんが天井を見て言う。別にマイクやスピーカーは天井以外にもあるのだが、俺がやっている方法を真似ているのかもしれない。なんていうか託宣みたいな感じになっているんだよな。意識の切り替えのルーティーンも伴っているし。そういう人間らしい仕草というのは、案外馬鹿にできない。俺だって結構採用しているものもあるのだ。

 

『困難でしょう』

 

「可能性は?」

 

『あります』

 

不可能ではないが、難しいというライン。まあそうだろうな。外側の世界のBIFRONSだって、俺という存在を知っていて、俺を中心に何かを探せばなにかがあるということはわかるだろう。ではそれとは逆に、起こっている現象からその現況を探し当てることはできるだろうか、という話だ。

 

昔読んだ小説の例え話を思い出す。砂を落としていくと砂山が作られていく。古典的なアーベル砂山モデルで再現されるように、その傾きが一定以上になると崩れが発生する。その崩れを観測することはできるし、シミュレーション環境では特定の粒子がどのような動きをしたかのログを取ることはできる。かなり重くなりそうな気がするがな。

 

そこで、特定の崩れを起こした粒子を探せるかどうかという問題になる。九十億の粒子の全てを追いかけるのは難しいし、記録があったとしてもそれは分散しすぎている。幸いにしてクラウドコンピューティングの業界は双璧とか御三家とか五摂家とか七福神とか十一面観音みたいに色々競合が多いですからね、他所のところにデータに手を突っ込んで探し出すのは難しいのです。

 

まあ結構クローラーが走っていてやばめコンテンツを勝手に削除してアカウント消してくるようなサービスもあったりするから一概に言うのは難しいんですけれどもね。

 

「……こちらから接触した場合に、向こうがどう動くかはわかる?」

 

『アメリカ合衆国の政府機関が保有している人工知能の分析能力は本システムを上回っているため、困難です』

 

「ありがとう」

 

「まあ、そりゃそうだよな……」

 

四辻さんとBIFRONSの会話を聞いて、俺は息を吐く。人間同士のチェスみたいなボードゲームであれば読めない場所を狙い合うゲームになるが、今の人工知能同士であると何手先まで効率的に予測するかみたいなものになってくる。しかし自由度が非常に高い人間社会になると、実力差というのが大きく出てしまうのだ。

 

もちろん、意外な策とかランダム性の活用とかをすれば裏をかくことはできる。でもそれは所詮弱者の戦い方なのだ。

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