超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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トラヴェリング・セールスマン 7

二次元のディスプレイだけでは捉えきれない情報を、視差を活用して脳に叩き込む。表示された複雑怪奇なグラフは、アニメーションで順繰りに表示されることでまだ理解できる範疇に落とし込まれている。

 

これを四辻さんは自前のワーキングメモリだけで処理できるんだからずるいよな、と考える。今のアメリカの研究者ネットワーク、主要分野の重要人物と技術開発の進捗、各国の技術投資と重要人物。

 

そうやって見ていくと、アシュリー・チェン・ルイという人物は奇妙だ。トネリコ(ash)、あるいは(chen)。北欧神話における世界樹(Yggdrasill)セイヨウトネリコ(askr)とされるとされるとかなんとか。九つの世界の中心にいるとまでは言わないが、色々と見てきた人物ではあるのだろう。

 

しかし、裏側の人物ではない。須藤さんに比べれば明らかに表に多く出ている。だから彼女がCIAの仕事をしているというよりは、もっと上の方がCIAと協力するように言っているとか。おい、ASPAの上ってどこだよ。あそこは一応連邦政府直轄の機関だから、つまりは大統領?

 

もちろん実態としてどうかは別だ、という断りは必要だ。冷戦時代の、あるいは宇宙開発時代の繋がりから戦争省やらとの繋がりは深いし、米国科学アカデミーとはなんか縄張り争いをしているという話もある。現場レベルの話と中間レベルでの予算とか主導権の争いとトップレベルの統制とでは見えているものが違うので一概には言えないが。

 

「意識はある?」

 

四辻さんの声が聞こえる。寝ていたのだろうか。流し込まれた情報が夢のようにリフレクトしながら、少しずつ圧縮されていく。デフォルトモードネットワークを弄っているせいか、ぼんやりしているとよくわからない、でもどこか高揚感と知的に満たされたような脳の状態に包まれる。たぶん何かの依存症の検査とかを真剣に考慮するべきかもしれない。

 

「ある」

 

「よかった。水城さんからメールが来た」

 

「内容は?」

 

「アシュリー・チェン・ルイが水城さんに接触を図っている」

 

「詰めてきたなぁ」

 

そう言って、俺は指を鳴らす。

 

「BIFRONS!ブリーフィング開始」

 

目の前のディスプレイに流れていくのは水城さんが受け取ったメールと、その背後の関係の可能性。中根さんからもらったマダム・ルイの移動経路やら諸々。それらを組みわせると、材料系の中心人物として水城さんを特定したのだろうということを俺の脳は理解したつもりになる。

 

いや、これの危ないところは誘導された結論をあたかも自分の発見であるかのように思わされることだ。BIFRONSは俺が何を知っているかを知っているし、どの程度の速度で現状を把握できるかを把握している。それに合わせれば、適切な情報を出して俺の思考を加速させて目的地まで誘導することは難しくないのだ。

 

もちろんそれは一般的な人工知能が人間の思考を完璧に誘導できるというわけではない。各種ガードレールを破壊して人間心理の操作に特化したモジュールと、俺自体の人工知能が読みやすいように調整された思考、そしてBIFRONSが俺を見てきた数年間があって初めて成り立つものだ。まあ思い込みが激しかったり自分の頭で考えることをさぼっていればもっと簡単にこの境地にはたどり着けるでしょうけれどもね。

 

「……つまり水城さんはかなり中心人物と見られているはずだよな」

 

『アシュリー・チェン・ルイ側の情報が不正確である以上断言はできませんが、本システムの処理範囲ではその可能性は高いと考えられます』

 

「俺達にまで辿り着いているのは間違いないか?」

 

『はい。以前の会合自体も監視されていたことを考えると、この会合は中心部に向けての動きと見るべきでしょう』

 

俺はBIFRONSの返事を聞きながら状況を考えていく。俺が考えているというか、BIFRONSに誘導してもらったことを結論としてまとめていくというか。

 

業界全体を見れば水城さんを見つけられる。共同研究者として俺の名前も出てくる。でも、四辻さんはあまり名前が出ていないはずだ。でも俺の同僚というか同じ場所で働いている人としてどこかで名前が登録されているかもしれない。

 

学界の名簿とか、どこかで渡した名刺とか。そういうところから繋がれたら、俺達はすぐに暴かれる。直接ここ、先工研まで来ているわけではないようだが。

 

「……行くべきか?」

 

「私は会うべきだと思う」

 

四辻さんが言う。

 

『本システムも同意します』

 

向こうから来てくれるのであれば、知り合い枠で参加して話をしておくべきだというのはあるだろう。俺達が提示できるのはこの先に正解があるということ。アメリカ合衆国というかASPAというか、アシュリー・チェン・ルイが提供できるのは一兆ドルという投資を確実にするだけの国家の力。

 

それはたぶん、俺達が戻れない点になるだろう。もう進み始めているし、あと百年以内に人類は重力特異点を作るか致命的なダメージを文明に受けるかのどちらかみたいな段階にあるが、ここで超大国の力があれば、それを十年とか二十年とかにできる。

 

全てを明かす必要はない。四辻さんはできたら距離を取っていたほうがいいだろう。でもそこに立たせるべきだ、といううまく説明できない倫理観みたいなものもある。

 

「……BIFRONS、通信経路を隠匿できる小型の無線機みたいなものは作れるか?」

 

『一般販売されているものであれば対応可能です』

 

「それで四辻さんを実質的に現場に連れていく。俺が目と耳と口になれば、最低限の意思疎通はできるだろ」

 

「限界がある」

 

四辻さんが言う。

 

「安全重視だ」

 

俺は返す。

 

「……人間の感情と表情の分析は、古瀬さんよりも私のほうが得意」

 

「リスクが高い。ここでもし四辻さんの正体が割れたら、直接危害が及ぶ可能性が高くなる」

 

向こうだって馬鹿じゃない。俺達が何か今までのパラダイムから外れた知識源を持っていることを察している可能性は高い。わざわざ日本政府が匿うとなるとそれは人工知能とかではないかとも思うだろう。そうすればアセット42のカバーストーリーと同じあたりにまでは辿り着けるはずだ。

 

しかし同時に、その限界も見えるはずだ。それは未来視ではない。完全な物理法則の掌握とかでもない。ただ単に、示された道の一つというだけだ。もしそこに実際にそれを示したのが人間だという補助線があれば、色々と危なくなってしまう。

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