普通の雇われ人にとってありえないぐらい上からの命令がやってきた。名義ではなく多分本物の科学技術大臣からの書類である。
そして経費とかの手続きをする必要もなく、チケットが送られてきて、意外なほどにスムーズだった乗り換えを経て、俺達はなぜかジュネーブに立っていた。
「いや早すぎるだろ……」
時差ボケであくびをしながら俺は呟く。俺達がマンションを出てから二十四時間も経過していない。ちょうどよく予約されていた無人タクシーが来て、それに乗ると自動で運ばれるとかいうやつだ。いやまあ今はこれが一般的になってしまっているので驚いたというわけではないが、いつもなら俺達は旅行計画をそれなりに人間の手を通して行う。それを統合知性に丸投げするとこうなるわけだ。
「呼び出された理由は言われてないよね」
「文面上はない、とはいえ察することは十分に可能というか、たぶんこれ出頭の類だよな……」
理論上の話ではありますが俺達はこの招待を振り切ってどこかに逃げるとかもできました。本当に理論上の話。実際にできるかどうかすら怪しい代物であるが。だって今の御時世あらゆる移動手段が記録されているんですよ、公的な監視システム外を動くというのは相当難しいし、例えば適当な場所で船でも奪って公海上でのんびりみたいな、そういう方式しかない。
そして統合知性は向こう側と情報交換をする意図があるらしい。言い方が不正確だな。人類が判断の多くを委任している人工知能システム網は、全体的な方向として重力特異点を利用した他宇宙知性との接触を計画している。
普通そんな話が出たらパニックになると思うだろう。案外そうならなかった。というか何事もなかったかのように向こうとどうやってやり取りをするかの話が始まった。色々とおかしい。その流れの上で呼び出されたなら何かがあったと考えるのは妥当だ。
そんなこんなで指示のあった場所、つまりOCEA本部のある建物から少し離れた実験棟の地下に行ったら廊下に須藤さんが立っていた。確かにOCEAに出向したってなっていたが、まさかこちらでも裏工作とかやっているのだろうか。
「で、今回の俺達の仕事は?」
そう言って俺はサングラスをかける。須藤さんが絡むような案件であれば、使えるリソースは使ったほうがいいだろう。あとやっぱり表情とかの分析はこの手のデバイスがあったほうがやりやすい。というか眼の前の相手が須藤さんかどうか確認するために顔がわからないので歩き方の癖などを見る必要があったからな。
「完全オフラインの環境で、十分な計算能力を持つ人工知能と一緒に君達を閉じ込める。そして向こうからの通信を解読して、向こうに送る情報を精査してもらう。詳しいことはブリーフィングがある」
「俺達は向こう側の情報を最初に浴びるモルモットだと?」
「我々の人工知能でさえ人間の精神をそれなりに操れるのだ。こちらが危惧するのは当然だろう」
「……危惧しているのはいわゆる人間のお偉方の皆様、だけではない?」
俺はそのあたりの情報を受け取っているわけではなかったが、こういうのは人間の偉い人が思い込みで敵対しているとかそういう事はまずない。大抵はちゃんと合理的に考えた上でリスクを勘案しているのだ。
「OCEAの保有する計算資源の分析でもある。そして、その役割として二人は適任だという判断だ」
「一体どこの誰が尤度関数を与える入れ知恵をしたんですかね」
須藤さんは何も言わず、俺と四辻さんにものものしい鍵と印刷された書類の束を渡した。
「質問があります」
四辻さんが言う。
「なんだ、私が答えられる範囲であればいいが」
「あなたがたは向こうにあるものを知っていますか?」
「いいや」
「私達以外に参加者はいますか?」
「合計で三十二名、各国から選ばれている。君達二人は日本代表でもあるし、言語学と人工知能の専門家としても選ばれている」
「俺達より間違いなく適任がいるだろ……」
そう思いながら俺は息を吐く。人工知能の支援を受けて、生身では不可能な成果を出せる人間なんて今どきは珍しくもない。とはいえ彼らは若手が中心なのでそれなりの地位というか能力の保証がある、となると少し数は減るが。
「なら正直に言おうか。君達二人は解読するのに十分な実力があり、失ったとしても最小限の痛みですむ」
「……後の処分はお願いしていいですか?」
「もちろんだ」
四辻さんの質問に須藤さんが答えている。なるほど、俺達に選択肢はないらしい。いやまあ俺の家はそれなりに放置しても大丈夫なぐらいにはものがないはずだが、四辻さんのほうは大丈夫なんだろうか。
「安心して、何かあったら水城さんがちゃんと処分をしてくれると言っていた」
四辻さんは俺の顔を見て言った。
「いつの間に……」
「冷蔵庫のもの食べていいよと言ったから多分今頃物色していると思う、鍵も渡したから大丈夫」
「俺も貰ってないんだが?あ、須藤さん、もし何かあったらいい感じに処分お願いします」
そう言って俺はキーホルダーを渡しておく。うん、あとの思い残しはないな。先工研の仕事の方の片付けはBIFRONSに指示を出せば終わるだろう。死んだりした時用のシステムはちゃんと組んであるし、一年間俺がインターネットと接続しないという可能性は俺が事故に遭うより低いと思っていたので誤動作は許容可能なリスクだと判断している。
というより他の三十人のほうが気になるな。普通は閉所にしばらくの期間いるとあまり精神にいい影響はないのだが、それをどうにかできる人材を集めているのだろうか。スクリーニングとかしたのかな。まあその点俺達にはしっかりと実績があるからいいが。
「四辻さんはファーストコンタクトのご経験は?」
俺は笑いながら言う。
「少しだけ。古瀬さんは?」
「あまりうまくできなかった記憶があるが、向こうに学ばれるのは慣れている」
「そう」
「……事前に決まっている定型文であれば、低速という条件で送信できるようになっている。そして何かあった場合、きちんと医療チームが対応する」
須藤さんが後ろの方から言う。なんてことだ、こういう研究施設で雑な人柱扱いではないとは。
俺達は指示のあった部屋に入った。やり取りが始まる前までに、必要な情報とかをダウンロードしたり準備をする時間はそれなりにありそうだ。あとなんだかんだ外出もできるらしい。いいのかこんないい加減な監視システムで。
『ようこそ。本プロジェクトでお二人の担当を任せられているBIFRONSです』
作業のために必要なものが揃った殺風景な部屋。まあメインは人工知能がやるから、俺達は補助みたいなものだ。
「それじゃあ、まずは現状の整理から」
四辻さんが天井のカメラに向けて言った。
活動報告にあとがきというか今まで書いて思ったこととかをメモみたいにしておいたので気になった方はどうぞ。
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