サキュバスの勇者と前世女のエリート魔導士 作:Pomme Rice
オリジナル:ファンタジー/冒険・バトル
タグ:R-15 残酷な描写 転生 性転換 TS 女→男 ダークファンタジー 救済 精神的百合 共依存 サキュバス 勇者 人外 非処女ヒロイン 過去の性的搾取 ヒロイン最強 ハッピーエンド 曇らせ
当代の勇者は人間ではなく、亜人と蔑まれたサキュバスのリリスだった。
その生き様は汚辱か献身か。
これは、傷ついた勇者が魂の理解者と結ばれ、真の輝きを取り戻す物語。
※ヒロインの過去設定等に地雷要素を含みます。読む前に必ずタグと前書きをご確認ください。
本作はTS(女→男)主人公によるヒロイン救済が主題ですが、ヒロインには不特定多数からの搾取を受けていた過去(非処女設定)があります。
物語の主軸は「尊厳の回復」と「ハッピーエンド」ですが、設定に苦手意識のある方はブラウザバックをお願いします。
北の国境は、いつもよどんだ空に覆われている。
吹き荒れる暴風雪は、人の体温など一瞬で奪い去る。
補給線を兼ねた天幕の裏で、アレンは顔をしかめて歩を早めた。
分厚い天幕の隙間から、男が一人、気だるげに出てくるのが見えたからだ。視線に気づいた男は、バツが悪そうに目を逸らし、乱れたベルトを締め直しながら、逃げるように去っていった。
入れ替わりに、天幕の中から声が漏れ聞こえる。
「……次」
酷く乾いた声だった。
壊れた人形のような響き。
リリスの声だ。
腰まである銀色の髪と、背中に黒い翼を持つ
本来ならば、
天幕から漂う空気は、神聖さとは程遠い。
それを見て見ぬふりすることが、この戦場での不文律だった。
胃からせり上がるものを、アレンは必死に飲み込んだ。
前世の記憶が、喉元をざらつかせる。列に並ぶ男たちの目が、どこか自分にも向けられているような気がした。
それ以上に、彼女が心を殺して戦場の「機能」に徹している姿が耐えられなかった。
胸の奥で渦巻く魔力が、答えを急かしている。
ただ、それを届ければ済む話だ。なのに、どうしても足が向かない。
そうすれば自分も「あちら側」になる——その想像だけで息が詰まった。
(俺は……見たくない)
逃げるようにその場を離れた。
背後で再び、天幕の入り口が開く音がした。その音は重く、耳にこびりついた。
* * *
その日の戦闘は地獄だった。
雪の中から現れたのは、砦そのものが歩いているかのような氷の巨人の群れ。物理攻撃を弾き、生半可な魔法を吸収してしまう厄介な相手だ。
「退避だ! 進行方向に対し垂直に陣をしけ! 魔法障壁を展開しろ!」
隊長の怒号が響くが、暴風にかき消される。
アレンは必死に杖を振るう。
有り余る魔力によって桁外れなはずの炎の魔法も、分厚い表皮を溶かすには至らない。
(くそっ……!)
巨大な氷の拳が、空を覆い隠すように振り下ろされた。
障壁の展開が間に合わない。
圧死を覚悟した、その時だった。
「下がってなさい!」
凛とした声と共に、銀色の残像が走る。
リリスだ。
彼女はアレンを突き飛ばし、振り抜かれつつある巨人の拳に斜めに着地、そのまま反対方向へ宙を舞う。
(なんて動きだ)
驚嘆も束の間、巨人はそのままの勢いで回転し、地面に倒れた。
多くの大きな雪の
リリスの手が伸びてくるが、そこに、亀裂に足を取られた別の巨人が倒れ込んで来た。
「あぁあああ!」
骨の砕ける音が響く。
防御魔法すら展開する間のない、完全な不意打ちだった。
二人はそのまま雪崩に巻き込まれ、崖下へと転落していった。
* * *
目を開けると、薄暗い洞窟の中だった。
外では猛吹雪が唸りを上げている。
「……勇者?」
洞窟の奥、岩壁にもたれてリリスが座り込んでいた。
その姿は無惨だった。
自慢の翼は片方が半ばから千切れ、白い肌は青ざめ、刻一刻と体温が奪われている。
「無事、だったのね……あなた」
「喋るな。すぐに治癒を……」
アレンが駆け寄ろうとすると、リリスは拒むように体を縮めた。
「来ないで」
「何を言っている! このままじゃ死ぬぞ」
「いいの。……あなた、私に触りたくないでしょ?」
アレンの手が止まる。
リリスは焦点の定まらない瞳でアレンを見つめ、力なく笑った。
「知ってるわ。あなたが私のこと、ずっと軽蔑してたこと」
「……それは」
「みんな、私を見る目は欲望で濁ってる。でも、あなただけは違った。汚いものを見るような、冷たい目」
震える吐息が白く漏れる。
「……故郷の村が焼かれたあの日から、私は体を武器にした。どんなにさげすまれても、どんな汚い手を使っても、魔物を根絶やしにできるなら、それでいいって」
勇者の仮面は剥がれ落ち、膝を抱えた姿は傷ついた子供のようだった。
「でも、……怖かった。痛いのも、気持ち悪いのも、もう嫌……」
涙がこぼれ落ちる。
その言葉は、アレンの胸に鋭い杭のように突き刺さった。
(汚れているのは、どっちだ)
あさましさを突きつけられたような衝撃が走る。
前世だの、生理的嫌悪だの——そんな言い訳で、命を張る彼女を孤独に追いやっていたのは自分だ。
アレンは奥歯を噛みしめ、震えるリリスの前にひざまずいた。
「……すまなかった」
「え……?」
「俺は、お前の強さに甘えていただけだ。……俺の精気を使え」
「何言ってるの? あなた、そういうの嫌でしょう? 無理しなくていい、そんな同情……」
「同情じゃない!」
アレンは眉を寄せて叫んだ。
「俺を使え。あいつらとは違う——お前を満たせる」
リリスの喉がごくりと鳴る。
呼吸が荒くなり、瞳が揺らいだ。
「……ごめんなさい」
「私、あなたを壊してしまうかも」
「構わない」
次の瞬間、アレンは押し倒されていた。
冷たい岩床に背中が打ちつけられる感触。リリスの銀髪が顔にかかり、雪の匂いが鼻をくすぐった。
唇が重なった瞬間、全身が
「ん、っ……!」
甘い吐息がもれ、冷え切っていた彼女の唇にかすかな温もりが宿る。
アレンは反射的に腰を抱き寄せた。細い体が震え、翼の
(これが……)
ドクン、ドクンと心臓が
膨大な魔力が、魂の根源から吸い上げられ、リリスへと注がれていく。
彼女の瞳が妖しく輝き、縦に割れた
「うう……、ごめんなさい……でも、もう止められない」
リリスは泣きながらささやき、指先でアレンの胸をなぞる。
触れられた箇所から、熱い脈動が広がる。魔力回路が共鳴し、青白い光が二人の間で揺らめく。
アレンは薄れゆく意識の中で、冷たかった肌を抱きしめた。
指先から伝わるやわらかな温もりが、徐々に全身に広がっていく。
リリスの吐息が熱を帯び、背中の翼が微かに震える。
(ああ……こんなにも)
魔力が
ぼんやりと沈む意識の中、幾度となく、リリスの
やがて二人の鼓動が重なり、洞窟を静かな光が満たした。
* * *
翌朝。
嵐は去り、空には冷たい青が広がっていた。
洞窟の外へ出たアレンは、目を疑った。
昨日、あれほど苦戦した氷の巨人の群れが、跡形もなく消滅している。
あたり一面に広がるのは、魔物の
その中心に、リリスが立っていた。
折れかけていた翼は完全に再生し、今まで見たこともないほど大きく黒々と輝く。
肌は透き通るように白く、全身から溢れ出る魔力が陽光を受けてゆらめいていた。
「……すごい」
立っているだけで空気がきしむ。圧に耐えきれず、アレンは後ずさりしかけた。
リリスがゆっくりと振り返る。
昨日までの陰りも悲壮感も、そこにはなかった。
指先を一閃させると、残っていた巨大な氷塊が砂のように崩れ去った。
圧倒的で、美しく、そして残酷なほどの強さ。
アレンは震える体でその姿を見つめた。
かつて抱いていた負の感情は、溶け去っていた。
胸を満たしていたのは
「行きましょう、アレン」
リリスが手を差し伸べる。
その瞳は、もうアレンから目を逸らしていなかった。
「ここから始めるのよ」
アレンは、その手を取った。
伝わる温もりが、空っぽになった魔力回路を心地よく満たしていく。
「……ああ、行こう」
二人は並んで歩き出す。
広大な雪原の向こう、まだ見ぬ戦場へと続く道を。
あの天幕の、重い扉の音は、もう二度と聞こえることはない。