TS娘が幼馴染と恋愛できるわけないじゃん   作:GNTNTN

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幼馴染のことなら何でもわかるわけないじゃん

「……れな子、今の何?」

『ミスった』

「いや、そうじゃなくて。何で敵居ない方にウルト撃ったの?」

『だからミスったって言ってるじゃん!』

 

 オンライン越しに少しムキになった声が返ってくる。

 別に一回くらいなら笑って済ませるところなのだが、今日はこれで何度目かわからない。

 普段のれな子なら滅多にしないような操作ミスを繰り返している。

 

「疲れてるならもう寝るか?」

『……もう一回やろ』

「まだやるの?」

『いいじゃん。まだ時間あるし』

 

 時刻は既に日付が変わる少し前。

 凪砂自身、ゲームなら何時間でも付き合える側なので断る理由はないのだが。

 

(今日やたらやりたがるな)

 

 そんなことを思いながら再度マッチを選ぼうとしたところで、れな子が唐突に口を開いた。

 

『凪砂ってさ』

「ん?」

『もし……二人から同時に好きって言われたらどうする?』

「……何その人生勝ち組イベント」

『真面目に聞いてるんだけど』

 

 少しだけ低くなった声に、適当に流して良い話ではないらしいと察する。

 

「どうするって言われてもなぁ。好きな方と付き合うんじゃない?」

『じゃあ、どっちも好きだったら?』

「欲張りだな」

『そういうのいいから!』

「怒るなって」

 

 ゲームのマッチングを一旦取り消して、凪砂はコントローラーを膝の上に置く。

 相手の顔は見えない。

 けれど、れな子が本気で聞いていることくらいは声でわかった。

 

「……両方好きなら、俺にはわかんない」

『わかんないんだ』

「そもそも二人から同時に告白された経験もないし、二人同時に好きになったこともないし……」

『……そっか』

 

 返ってきた声が少し沈む。

 

「何? れな子が二人に告白でもされたの?」

『ち、違うから! 仮定の話!』

「ふーん」

 

 随分と具体的な仮定だとは思った。

 ただ、本人がそう言うのなら無理に聞き出すことでもない。

 

『じゃあ凪砂は?』

「何が?」

『好きな人がいたら、ちゃんと言える?』

「……」

 

 流石にこのタイミングでお前のことじゃい! とは言えないし言う度胸もない凪砂は言葉に詰まってしまう。

 

「いないからわかんない」

『仮定の話なんだけど』

「仮定でもいないものはいませんー」

『逃げた』

「そっちも似たようなもんでしょ」

『……それはそう』

 

 珍しく素直に認められてしまった。

 結局、お互いに何一つ答えが出ない。

 

「ほら、もう一回やるんでしょ」

『うん』

 

 そのまま次のマッチを始めてから、れな子がこの話を持ち出すことはなかった。

 凪砂もまた聞かなかった。

 結局れな子が自分から今日は終わりと言い出したのは、それからしばらく経った頃だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……いない」

 

 翌朝。

 

 教室に入った凪砂は、自分の席に向かうより先にれな子の席へ目を向けた。

 

 それ自体は別におかしなことではない。

 凪砂だって毎日同じ時間に登校しているわけではないし、れな子が後から来る日だってある。

 

(寝坊かー、後で文句言われんだろうなぁ)

 

 昨日遅くまでゲームをしていたのだから可能性としては大いにある。

 そう思って自分の席に鞄を置く。

 

 しかし、朝のホームルームが始まってもれな子は現れなかった。

 

(……休みか)

 

 担任から欠席していることを告げられて、ようやく凪砂も少し気になり始めた。

 

 風邪でも引いたのだろうか。

 昨日は少なくとも体調が悪そうには聞こえなかった。

 通話越しなので顔色まではわからないが、普通に喋っていたし最後までゲームもしていた。

 

(……いや、それ俺のせいじゃないよな?)

 

 遅くまで付き合わせた自覚がないわけではない。

 ただ、どちらかと言えば昨日はれな子の方がゲームを続けたがっていた。

 

『もし……二人から同時に好きって言われたらどうする?』

 

 あの妙な質問も引っ掛かる。

 

「……」

 

 凪砂は机の下でスマホを取り出す。

 

『生きてる?』

 

 送信。流石にすぐに既読は付かなかった。

 

(まあ寝てるか)

 

 その程度に考えてスマホを鞄へ戻した。

 

 そして昼休み。

 いつもならクインテットの皆と机をくっつけて昼食を取る。

 ただ、今日はれな子が居ないせいで少し気まずい感じもする。

 

(……たまには一人食べようかな)

 

 皆とはそれなりに話せるようになった。

 転校初日のように名前と顔が一致しない状態でもない。

 それでもたまには誰にも気を遣わず、一人で自由を謳歌するのも良いだろう。

 

「凪砂ちゃん?」

 

 鞄から今朝通学ついでにコンビニで買った弁当を取り出すと、紫陽花に声を掛けられた。

 

「あ、紫陽花さん」

「れなちゃん居ないからって気を遣わなくても良いんだよ?」

 

 どうやら逆に気を遣われてしまっているらしい。

 

「気を遣ってるというか、たまには一人で食べようかなって」

「じゃあ今日は私と二人で食べない?」

 

 紫陽花は少し考えるように人差し指を頬に当ててから、にこりと笑った。

 

「二人で?」

「うん。せっかくだし外行こっか」

 

 特に断る理由もない。というか半ば押し切られる形で連行されていた。

 教室でクインテットの中に混ざるよりは人数も少ないし、むしろ凪砂としては気楽ではある。

 

「少し涼しくなってきたねぇ」

 

 紫陽花も自分の昼食を手に取ると、一緒に教室を出る。

 向かった先は校舎から出てすぐの中庭だった。

 

 昼休みということもあり何人か生徒はいるものの、教室ほど騒がしくはない。

 日差しを避けられる木陰のベンチも空いていたため、二人並んで腰を下ろした。

 

「ここ、たまに来るんだ」

「そうなんですね」

 

 凪砂は膝の上にコンビニ弁当を乗せながら周囲を見る。

 少し離れたところでは別の生徒達が昼食を取っているが、わざわざこちらの会話を聞こうとしなければ内容までは聞こえないだろう。

 

「静かで良いですね」

「でしょ?」

 

 紫陽花が嬉しそうに笑う。

 こうしてゆっくり話すのは、先日の買い物以来だろうか。

 とはいえ、あの時はれな子も一緒だったため、本当に二人だけという意味では初めてかもしれない。

 

(……まあ紫陽花さんなら大丈夫か)

 

 最初こそ距離感の近さと顔の良さで危うく好きになりかけたものの、最近は流石に多少慣れてきた。

 多少である。

 

「凪砂ちゃん。コンビニのお弁当ばっかりじゃダメだよ?」

「え?」

 

 弁当の蓋を開けようとしたところで、紫陽花の視線が手元へ向けられていることに気付く。

 

「ちゃんと栄養バランス考えないと、また紗月ちゃんに怒られちゃうよ」

「気を付けてますよー」

「でも凪砂ちゃんだからなぁ」

「どういう意味ですか」

 

 紗月から食事について小言を言われ、今度は紫陽花まで加わろうとしている。

 凪砂の食生活に対する包囲網が着々と完成しつつあった。

 

「それに、ちゃんと量も食べてますって」

「本当に?」

「うっ……そんなに信用ないですか?」

 

 抗議しながら弁当を開けると、紫陽花もそれ以上追及することなく自分の昼食を広げ始める。

 

 授業のこと。

 最近買った服のこと。

 凪砂が未だに自分で服の組み合わせを決めると不安になること。

 

 そんな他愛のない話をしながら食事を進めた。

 

「そういえば、れなちゃんと香穂ちゃんだけじゃなくて私にもタメ口で良いよ?」

「あ、いや……その……」

「ふふっ、気が向いた時で大丈夫だよ」

 

 可愛い女子には普通に異性としての照れはある。

 うっかり香穂にはタメ口で話してしまったせいで今さら訂正するのも面倒になってしまった。

 

「……れなちゃん、大丈夫かな」

 

 不意にそれまで明るかった紫陽花の声が少しだけ落ちて、凪砂も箸を止める。

 

「凪砂ちゃん、何か聞いてる?」

「いや、何も──」

 

 そう答えてから昨夜のことを思い出す。

 

『もし……二人から同時に好きって言われたらどうする?』

「……何も、ではないか」

「え?」

「昨日ゲームしてたんですけど、ちょっと変だったんですよね」

 

 それまで弁当に向いていた紫陽花の視線が凪砂へ向く。

 

「変って?」

「なんか上の空だったというか。普段しないようなミスもしてましたし」

「そうなんだ……」

「ただ、何があったかまでは聞いてないです」

 

 あの相談について話すか一瞬迷ったが、結局言わないことにした。

 れな子自身が仮定の話だと言っていた以上、勝手に誰かへ話すのも違う気がする。

 

「幼馴染でもわからないこともあるんだね」

「そりゃありますよ」

 

 むしろ知らないことだらけである。

 中学三年間は離れていたし、こうして直接顔を合わせるようになったのもつい最近だ。

 

「十年くらい付き合いがあっても、何でもわかるわけじゃないです」

「……そっか」

 

 何故か紫陽花は、その言葉を確かめるように小さく繰り返した。

 

「でも」

 

 少しして紫陽花が顔を上げる。

 

「凪砂ちゃんが来てから、れなちゃん楽しそうだよね」

「そうですか?」

「うん。凪砂ちゃんと話してる時、すごく自然っていうか」

 

 言いながら紫陽花は箸を止める。

 

「……ちょっと羨ましいくらい」

「え?」

「あっ、変な意味じゃないよ?」

 

 凪砂が顔を上げると、紫陽花が慌てたように手を振った。

 

「ほら、幼馴染って良いなぁって。昔から知ってるから、何も考えなくても普通に話せる感じ」

「まあ……長いですからね」

 

 十年以上の付き合いともなれば、今更多少雑に扱ったところで関係が壊れる気はしない。

 

 性別が変わっても、結局そこだけは大して変わらなかった。

 

「れなちゃん、凪砂ちゃんには結構容赦ないもんね」

「それ褒めてます?」

「ふふっ。褒めてるよ」

 

 紫陽花は笑う。

 けれど、ほんの少しだけ視線が弁当へ落ちた。

 

「……私も、ああいう風に話せたら良いんだけどな」

「紫陽花さん?」

「ごめんね。何でもないよ」

 

 今度は紫陽花がいつもの柔らかい笑顔を浮かべる。

 

 凪砂には何の話かわからなかったが、あまり触れてほしくないらしいことくらいは察せた。

 

「まあ、れな子って変なところ面倒臭いですからね」

「そんなこと言って良いの?」

「本人居ないから言えるんですよ」

 

 すぐにいつもの空気へ戻り、凪砂はそれ以上気にせず弁当を食べ進めた。

 一方、紫陽花はもう一度箸を動かしながら隣にいる凪砂をちらりと見る。

 

 十年以上の幼馴染。

 れな子が凪砂を大切にするのは当たり前なのだろう。

 そう思っている、思ってはいるのだが。

 

(……ちょっと羨ましいな)

 

 自分への答えはまだ貰えていない。

 それなのに凪砂とは何の迷いもなく笑っているれな子を思い出して、ほんの少しだけそんなことを思ってしまった。

 

 午後の授業も、休み時間も、移動教室もれな子が居なくても一日は普通に進んでいった。

 

 教科書を忘れたわけでもない。

 誰とも話せず一人になるわけでもない。

 授業中に困ったことが起きるわけでもない。

 

 だから何も問題はない。

 

(……なんか変な感じ)

 

 何かが足りない。

 休み時間になってもくだらない話を振られない。

 何となく廊下を歩いている時、いつもなら隣にあるはずの気配がない。

 

 ただそれだけだった。

 

「どうしたの、本島」

 

 移動教室から戻る途中、前を歩いていた紗月が振り返る。

 

「え?」

「朝からたまに甘織の席見てるでしょう」

「……そんな見てます?」

「何度かね」

 

 毎日視界に入っていたものが突然消えたら気になる。

 多分その程度の話なのだが、紗月に心配されるほど無意識に見てしまっていたらしい。

 

「……甘織から連絡は?」

「まだです。朝送ったんですけど」

「そう。病気じゃなきゃいいけれど」

 

 紗月も少しだけ眉を寄せて心配の溜め息を吐いた。

 ──かに見えた。

 

「ですよね」

「ただ、馬鹿は風邪を引かないのだから未知のウイルスにでも感染していた場合終わりよ」

「ぶふっ……た、確かに」

 

 辛辣な紗月の返しに吹き出しそうになる。

 れな子に対してやたらと辛辣なところは気になるが、それを聞くのは少し怖い。

 

「ところで、本島」

「あ、はい」

「あなた、今日もコンビニで済ませてないでしょうね?」

「な、なんでそれを!?」

 

 急なおかんモードへの切り替えに凪砂が狼狽える。

 そもそも今日は昼食は紗月に見られていないはずなのにバレた理由がわからない。

 

「瀬名から聞いたのよ」

「情報回るの早くないですか?」

 

 ついさっき一緒に昼食を取ったばかりなのに、早速紗月へ筒抜けになっていたらしい。

 

「毎日というわけじゃないですからね?」

「本島」

「夜はちゃんと食べてますから!」

 

 何を食べているかまでは言わない。

 そこまで話せば更なる追及を受ける未来が見えて、つい目を逸らした。

 

「そんな食生活してたら、また何か作っていくから」

「いやいや、そこまでしてもらうのは流石に悪いですよ」

「なら自分で食べなさい」

「ぜ、善処します」

「信用できない返事ね」

 

 ごもっともである。

 れな子について話していたはずなのに、いつの間にか凪砂の食生活改善へ話が変わっていた。

 

 それでも、紗月といつものように話をしているうちに少しだけ気が紛れた気がする。

 

 れな子がいなくても学校生活は普通に送れる。

 

 紫陽花とも話せた。

 紗月ともこうして話せている。

 

 別に一人ぼっちになったわけでもない。

 だから、何も困ってはいなかった。

 

 そんなことがありつつも、放課後。

 

「静かだなぁ……」

 

 一人で駅へ向かいながら凪砂はぽつりと呟いた。

 別に騒音が減ったわけではない。

 同じ学校の生徒も周りにいるし、車も普通に走っている。

 

 ただ、隣で喋る人間がいないだけだ。

 

(ほぼ毎日一緒に帰ってたっけ)

 

 バイトの日は別れることもある。

 予定が合わない日だってある。

 

 それでも転校してきてからはかなりの頻度で一緒に帰っていた。

 

 中学三年間会わなかった反動でもあるのだろうか。

 

「……」

 

 行儀は悪いが凪砂は歩きながらスマホを確認する。

 朝送ったメッセージにようやく既読が付いていた。

 そして返信も一つ。

 

『生きてるよ』

「じゃあ何なんだよ……」

 

 思わず声に出てしまった。

 とりあえず死んではいないらしい。

 

『風邪?』

 

 今度はすぐに既読が付いた。

 

『違う』

『じゃあ何』

 

 既読はついて返事は来ない。

 

「……」

 

 歩きながら画面を見続ける。

 一分、二分と駅が近付いてきても何も返ってこなかった。

 

(聞かれたくないってことか)

 

 そういうことなのだろう。

 凪砂は文字を打とうとして、一度指を止める。

 

 今日学校まで休んでいて、昨夜あんな相談までしてきた。

 なら何かあるのはほぼ間違いない。

 

(普通に相談してほしいんだけどな……)

 

 そこまで考えて自分の胸に返ってきた言葉に何も言えなくなる。

 同じようなことを、つい最近れな子から言われた覚えがある。

 

 困った時は頼れ。相談してほしかった。

 

 そう言われて、自分もこれからは頼ると約束した。

 

(……俺が言えた義理でもないけどさ)

 

 凪砂だって全部を話しているわけではない。

 れな子が聞けば心配するようなことを、何もかも話しているわけではなかった。

 それなら自分だけ相手の事情に踏み込むのも少し違う気がする。

 

 打ちかけた文章を消した、代わりの文章を打ち込んで送信する。

 

『なんか手伝えることあったら言って』

 

 今度は少しして返事が来た。

 

『ありがと』

 

 短い。それだけだった。

 

「……絶対なんかあるよなぁ」

 

 昨日から何もない人間の言動ではない。

 けれど、本人が言おうとしないものを無理矢理聞き出すこともできなかった。

 

 風呂と夕食を済ませた凪砂はいつものようにゲームを起動する。

 何となくフレンド欄を開く。

 

(流石にオフラインか……)

 

 れな子の名前は灰色になっていた。

 昨日はあれだけ長くゲームをしたがっていたのに。

 今日は誘いすら来ない。

 

 凪砂はコントローラーを片手に持ったままベッドへ背中を預ける。

 

(昨日って……)

 

 本当にゲームがしたかったのだろうか。

 ゲーム中も上の空だった。

 何度も操作をミスした。

 

 それでも終わろうとはしなかった。

 

『じゃあ、どっちも好きだったら?』

 

 あの質問もある。

 何か考えたくないことでもあったのかもしれない。

 

「……知らんけど」

 

 考えたところで答えは出ない。

 

 十年以上一緒にいたところで、相手の考えていることが全部わかる超能力が手に入るわけではない。

 紗月相手ですら心を読まれている疑惑があるくらいなのだから、むしろ凪砂の方が教えてほしい。

 

 れな子が居なくても学校で何一つ困ったことはなかった。

 

「……」

 

 フレンド欄をもう一度見る。

 やっぱりオフラインだった。

 凪砂はそのまま適当な一人用ゲームを起動する。

 

(明日は来るかな)

 

 そんなことを考えながら。

 いつもより少しだけ静かな夜を過ごすことになった。

 

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