「すまんがどうしてもメイさんの言葉を信じることはできん」
「そうですよねぇ・・・」
そう上手くはいかないよね。なにかないかな、手っ取り早く筋力を示す方法。海上だと浮力もあるからバーベル何キロとかで比較もできないし、思ったより難題かも。くるくると弧を描いて泳ぎながら考えていると、仙道さんから意外な提案がされた。
「わしと綱引きでもしてみるか?」
「え・・・?綱引き?」
「漁師同士の力試しでよくやっていたんだ、ちょっと待ってろ」
仙道さんは一度小屋の奥に消えた。暗くてよく見えないが、何かを探しているのが音でわかる。しばらくして両腕で私の腕ぐらいの太さの綱を抱えていた。
「戻ってきた。それは?」
「漁で使っていたものだ。ほれ」
綱の一方が投げ渡されると、あわててキャッチする。右手と左手で肩幅くらい間をあけて握って引っ張ってみると、バツッと張り詰められる。強度を確かめ仙道に視線を向けると、
「準備ができたなら早速始めるぞ」
「えっもう!? よしこい!」
その言葉を合図に綱がグっと引っ張られる。仙道は腰を地面すれすれまで落とし、腕だけでなく全身を使ってひっぱっている。いやいやいや、引きつよ! 気を抜くと一本釣りされちゃう!
「そんな力ではわしの船は動かせんぞ?」
煽るような口調に温厚な私の闘争心にも火がついた。やってやらぁ! 綱を身体に回すと陸に背を向け思いっきり尾びれをふるう。最初は拮抗していたが徐々にこちらが優勢に。そして。
サバーン。
「あ」
やりすぎた!? つい夢中になって仙道さんを海まで引きずり込んじゃった!? あわてて助けに向かうとすぐさま水面から仙道が顔を出した。
「負けた負けた! やるなあメイさん!」
「え、いや、どうも・・・?」
「あれだけひっぱれるなら大丈夫だな」
そう言って右手を私に伸ばす。えっと? ああ。握手求められてるのか。恐る恐る握るとニカッと笑みを浮かべる。
「っと、このままだと冷えるし急いで上がらせて貰うぞ」
「どうぞどうぞ、すみません」
「謝ることはない」
それだけ答え素早く陸に上がる。この時期の水温はまだまだ低い筈だが、平気そうに見える。
「流石漁師さん。寒く無いんですか?」
「いや寒い」
「え」
「そう見えないように我慢してるだけだ」
そう答えて豪快に笑ってみせる仙道さん。た、逞しいお爺ちゃんだ。そのタフさは見習いたいかも。
「着替えて来るからちょっと待っててくれ。そしたら次は船に綱をつけるとしよう」
「おお!」
そう言うと、また船小屋の奥に消えていった。しばらくして着替え終わった仙道さんは工具を抱えて戻ってきた。
「早速やるか」
「手伝います!」
「気持ちはありがたいが、海から上がれないだろう・・・?」
「うん! じゃあ応援してます!」
「それで頼む」
仙道さんは黙々と作業を始めた。声援を送ったりは邪魔になりそうなので、頑張れーって念を込めてガッツポーズを取り続けて見守る。そして小一時間程立って仙道さんは額を拭うとこちらを振り向いた。
「終わったぞ」
「お疲れ様です! じゃあ早速・・・」
「いや、明日にしよう。夜に船を出すのは危険だ」
「明日の楽しみにしますね!」
「そうしてもらえると助かる」
一応夜目もきくけど仙道さんの判断に任せたほうがいいだろう。今日のところは昨日と同じところで夜を明かすことにする。
そして次の日の朝。小屋にやってくると仙道さんが船のそばでしゃがんで何やら作業をしていた。
「おはようございます、早いですね!」
「おはようメイさん。この歳になるとすぐに目が覚めてしまってな。せっかくだし船のメンテナンスをしていたんだ」
「なるほど~問題なさそうですか?」
「見たところはな」
「それじゃあ早速始めましょうか」
「お願いするよ」
そう言うと仙道は船を動かし始めた。え、ちょっと待って。普通に1人で動かしてるんだが? 昨日の綱引きで力持ちなのはわかってるけど。もちろん、柔らかい地面を引きずっているが500キロぞ? 仙道さんすげえ。
しばらく眺めていると、船の先端から海に到達した。仙道さんは腰をさらに落とし海に向かって押し込んでいる。
「船の先端少し支えてもらえるか?」
「はーい!」
呼吸をあわせて船をゆっくり引っ張る。押す力に合わせて調整するのはなかなか難しいが、昨日綱引きしたおかげでいい感じにタイミングを合わせられている。
「あと少しだ。任せる」
「おっす!」
仙道がギリギリまで押しそこからはバトンタッチして私がゆっくりと引っ張ると、ようやく船全体を着水させることに成功する。
私は船から手を放しいったん離れると、船がガクっと揺れる。仙道さんが乗り込んだのだろう。かすかに足音が聞こえる。
「メイさんこれを合図を出したら少しずつ引っ張ってみてほしい」
渡されたのは昨日綱引きで使った綱だ。船の側面から伸びる2本の綱が船首あたりにある輪っかで結ばれており、そこから伸びる綱を引っ張って強度を確認する。よしよし、大丈夫そう。腰に縄を巻き合図を待っていると、引っ張ってくれっと船の奥から声が聞こえたので、船に背を向けゆっくりと引き始めた。
いやさすがに重い。500キロは伊達ではなかった。箸より重いものだっていくらでも持ってきたけど、その中でもダンチで重たい。ただ予想通り引っ張ることはできそうだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫です!」
「じゃあぐるっと回って小屋の前まで戻ってきてもらっていいか?」
「はーい!」
それから大きなゆっくりと一周してみる。途中速度を上げようとすると、なぜか気づかれてしまい注意されるので、仕方なく10キロ前後にとどめておく。4分の3に差し掛かったあたりのところで、
「そろそろ速度緩めてくれ!」
「わかりましたー」
言われた通り引く力を緩めていくが船の速度はなかなか落ちなかった。心配になって受け止めるか考え始めたところで急に減速を始め、岸の目前で停止した。わお、プロだ。
「メイさん巻き込まれなかったか?」
「平気です! ところで急に減速してましたけどどうやったんですか?」
「船尾まできてもらえるか?」
「はーい」
いわれて来てみると、海中に何か浮かんでいるのが見えた。なるほど。そこにあったのは大きな木製のタライだった。
「見えたか」
「ばっちりです。それにしても思ったより原始的というか」
「確かにな。ただ今も廃れてないということはそういうことだ」
「勉強になります」
「そう言ってもらえてうれしいよ。とりあえず船を小屋に運ぼうか」
「手伝います」
協力して船を上げ小屋に上げ終わる頃には昼前になっていた。お昼ご飯を用意してくれるとのことだったので、ご相伴に預かった。
「おいしい~」
朝釣ってきたらしい魚を塩焼きにしてもらった。焼き加減が絶妙で皮はパリパリ身はホクホク。あっという間に食べ終えごちそうさまをする。
「いい食いっぷりだった」
「えへへ~。火打石? って初めて見ました!」
「これも爺さんにやり方を教わったんだ」
「そうなんですか! どうやってやるんですか?」
同じ船に乗ったわけではないが、仙道さんとは意気投合し話が盛り上がる。ちなみに私が火打石を使っても全然つかなかった。敗因は手がぬれていた。
話し込んでいるといつの間にか日が頂点を過ぎていた。
「仙道さん! そろそろ行かなきゃいけないからまたね!」
「なんだ、あわただしいな。メイさん、こっちもいい思い出になったよ」
「今度はもっと速度出すからね」
「ああ」
私は両手を大きく振ってその場を去る。今日はヒマちゃんにいっぱい話したいことができてウキウキといつもの場所目指して泳ぎ始めた。