たった一つとは言っていない。
「……」
『……』
リムルとワルプルギスが向かい合って座っている。
広い部屋で二人きり、リムルの要望によりランガも部屋の外で待っている。
「………」
『………』
互いに互いを観察、双方共に口を開こうとしない。
何から話せば良いものか、それすら分からず沈黙のまま、既に5分が経過していた。
『………』
とっくに観察を終え、痺れを切らしたワルプルギスがそろそろ声を掛けようとしたその時、リムルが動いた。
ゆっくりと立ち上がると、ワルプルギスと正面が触れ合うほどに近付いてから、その場にしゃがみ込む。
そして、スカートをぺらりと捲り上げた。
「………」
『……………』
歯車だった。
お前マジかというワルプルギスからの無言の視線を華麗にスルーし、リムルはゆっくりと向かいのソファーに戻る。
そして何も無かったかのように座った。
重い沈黙が変わらずに続く。
それどころか、むしろ悪化していた。
『……………』
暫くして、リムルは再び立ち上がった。
お前マジかというワルプルギスの視線を無視し、リムルは再び正面に立つ。
「………」
ぺらり。
変わっているはずもなく、歯車だった。
スカートの中の歯車をまじまじと見つめて、リムルは何かに納得するかのように小さく頷く。
そしてまたもや向かいへ戻っていく。
《アンガーマネジメントって六秒経てば相手を殴っても宜しいんですのヨネ?》
(六秒間で相手をぶちのめせじゃなかったかな)
《六秒以内に抹殺せよだった気がしてきましたワ》
(六秒でこの世界を滅ぼせ?)
《(…………………)》
二人の心は重なった。シンクロ率400%。
これ以上のダイナミックセクハラを敢行される前に、とっとと話しかけよう。
ワルプルギスが念話を飛ばす。
と同時に、リムルも口を開いていた。
「あの――」
『そろそろ――』
「………………」
『……………………』
互いの言葉が重なって口を噤む。
なんだろう、何かに呪われているのではあるまいか。
ワルプルギスがそう思い始めていると、リムルはお先にどうぞといったようなジェスチャーをして、発言をワルプルギスに譲る。
それを受けて、リムルの脳内に女性の艶やかな声が響いた。
『では、改めて自己紹介いたしますワ。ワタクシの名はワルプルギス。ワルプルギスの夜、とも呼ばれていますワ』
「本物……か……」
『ホンモノ?』
「あ、いえ。俺の名はリムル。ご存知かと思いますが、この国の主をやってます。その、一つお聞きしても?」
『エエ。どうぞ?』
まるで質問内容が分かっているかのように、ワルプルギスは静かに促す。
リムルには聞きたいことが山ほどあった。
ワルプルギスの姿を見てからは、特に。
間違え様も無い。少し違う所はあるが、紛れもなく「魔法少女まどか☆マギカ」の「ワルプルギスの夜」そのものだ。
何故、どうして、どうやって。
しかし、何よりも先に確認せねばならない事が一つ。
「ワルプルギスさん。あなたは……転生者なのでは?」
リムルは緊張の面持ちで答えを待つ。
もしそうならば、意思の疎通を大幅に簡単にすることが出来る。
ワルプルギスは一拍の間をおいて、その質問に答えた。
『ウフ。ワタクシのままではなく、こうして話した方が分かりやすいですワネ』
そしてリムルの脳内に、今までのワルプルギスの女の声とは似ても似つかない男の声がハッキリと響いた。
『ぬるぽ』
「ガッ」
確認は完了である。
×××
「へぇ~、不思議な事もあるもんだな」
『あっちゃうんだよなぁ、これが』
「それにしたって限度はあると思うけどな」
あの後、ワルプルギスから一部始終を聞いたリムルは思わずそう呟いた。
前世の記憶はほとんど無いこと。
目が覚めたら何故かこの世界に居たこと。
どうしてこの身体なのかは全く分からないこと。
舞台装置の魔女の能力は一通り使えること。
本来は巨体だが、今は一時的に小さくなっていること。
リムルは興味津々といった風に話を聞いていた。
原理は全く分からないものの、アニメのキャラクターが実際に目の前にいるのだから無理もない。
「そういや、なんで封印されていたんだ? 何かやらかしたのか?」
『あー、その話には触れないで貰えると助かるよ。私も思い出したくない。一つだけ言わせて貰うと、私はむしろ被害者だよ』
「そうか。じゃあ、詳しくは聞かないでおくよ」
ワルプルギスが丁寧に回答を拒絶する。
それに対して、聞かれたくない事の一つや二つは誰にでもあるよなと、リムルもあまり気にしなかった。
それよりも、最初にリムルと会話していた女の声。
その声はなんと、声真似のロールプレイとのことである。
リムルにとっては、そのことについての話の方が余程気になっていた。
「いやいやいやいや。嘘つけよ。いくら俺でも騙されんぞ」
『本当だって。ワルプルギスのイメージを損ねるわけにはいかないじゃん? ですから、ホラ。ワタクシは基本的にこうやって話しているのですワ』
「うわあ! マジかよ! 凄いな……違和感も凄い」
リムルが大げさと思える程に驚く。
会話相手の声が何の前振りも無く男声から女声に滑らかに変化すれば、誰だってそんな反応になるだろう。
ワルプルギスは苦笑し、今度はそっちの番とばかりにソファーへ深く腰掛け直す。
それを受けて、リムルはワルプルギスにこれまでの出来事を話した。
その中で、まだ誰にも言っていないヴェルドラの話も打ち明けた。
封印の洞窟で生まれ、ヴェルドラと友達になったと。
案の定、ワルプルギスはヴェルドラと知り合いだったようで、これには流石のワルプルギスも驚いていた。
『ということは、今もリムルの中に居るのか? あのヴェルドラが?』
「そうだよ。いつか出してやると約束したんだ。いつになるかは分からないけどな!」
互いに転生者であり、互いに異形の身。
二人は色んな話をした。
前世では同じオタクだったという共通点もあって、驚くほどに会話は弾んだ。
見た目からは考えられないが、気さくで良い奴だ。
リムルはそう思った。
「ところでなんで俺が転生者だって分かったんだ? 分かった上でテンペストに来たんだろ?」
『そりゃあ分かるよ。この国は至る所に日本由来の文化や技術が溢れかえっている。転生者なら誰だってすぐに気が付くさ。そして、それが私がリムルに会いに来た理由でもある』
「……どういうことだ?」
『私はこの国、この町で暮らしたい、ということさ』
リムルはお茶を噴いた。
ワルプルギスはお茶を避けた。
「ほ、本当か!?」
『本当だとも。それに私がここに居ると、テンペストの戦力アップにもなるだろう?』
「確かに心強いけど……。断る理由も無い……か……?」
『そう悩むこと無いぜ。簡単に言えば、私と友達にならないかということさ』
リムルが暫く押し黙る。
恐らくは大賢者と色々相談でもしているのだろう。
でも、大賢者はヨルの存在に気付くことも無ければ、魔女の能力にも本性にも気付くことは無い。
それが分かっているからこそ、ワルプルギスはゆっくりとお菓子を食べる手を再開させる。
シュナの作るお菓子は本当に美味しかった。
記憶の底の泥濘を刺激されるぐらいには。
そう物思いに耽っていると、リムルが突然パンッと膝を打った。
「よし決めた! ワルプルギスが良いのなら、俺から言うことは何もないよ」
『自分で言うのもなんだが、良いのか?』
「もちろん。これからよろしくな」
『ああ。よろしくリムル』
「家は……ゲルドに頼んで大きめの屋敷を建ててもらおうか」
『ありがとう。そうしてもらえると有り難いよ』
おもむろに差し出されたリムルの手を、ワルプルギスは握り返す。
「さっきから思ってたけど、憑依転生とかまるで何かの主人公みたいだな、お前」
『……そうかもな。だが少なくとも、この物語のでは無いことは確かだよ』
その後、二人は細かい話や要望を共有すると、リムルは幹部達を呼びに一時退出した。
まずは幹部達にワルプルギスの事を紹介するそうだ。
ついでにベニマル達に初対面の無礼を謝罪させるらしい。
ワルプルギスは全く気にしていないと言ったが、これに関してはリムルも譲る気は無いようだった。
リムルが部屋を出ると同時に、部屋の外に居た複数の気配もリムルと共に離れていく。
部屋に一時、静寂が降りた。
だがその静寂は続かない。
ワルプルギスに、話しかける存在が居た。
「――結局彼は、僕の存在には気が付かなかったね」
この部屋には、ワルプルギス以外に人影は無い。
にも関わらず、甲高い声が話しかけた。
その声は何も無い空間から響いているようだった。
念話のように、直接的に。
「でも、良いのかい? 彼はキミの助けになってくれるんじゃないかな?」
『まさか。いずれは敵対する関係なんだ、晒す手札は最小限で良い』
幼い子供のように無邪気なその声に、ワルプルギスがぶっきらぼうに返答する。
ワルプルギスにはその存在が見えていた。
その存在は、ワルプルギスの肩に乗っていた。
「まあ良いさ。それで、僕はこの町に残れば良いんだね? キミがこの町を離れた時に、彼らの行動を逐一報告するために」
『そうだよ。妙な気は起こすなよ? 私がお前から逃げられないように、お前も私からは逃げられないんだ』
「分かっているとも。やれやれ、ほんとはキミから離れたくないんだけどな。キミってば、ほむらよりも人使いが荒いね」
『人? 冗談だろ?』
大きな白い尻尾を振り、軽やかに肩から飛び降りる。
赤い瞳のエイリアンは人語で鳴いた。
「そうだね。冗談さ!」
×××
ファルムス王国にとって、魔物が国を興したのが問題なのではない。
問題なのは、国が出来たという、その点である。
ジュラ・テンペスト連邦国。
ジュラの大森林を直通するように、ドワーフ王国とブルムンド王国を結ぶ陸路を形成する要因となってる国家。
しかもそれは、安全を保障された貿易路に成り得るという事実。
これは無視出来る話では無かった。
これを許せば、ファルムス王国の持つ地理的優位性が一挙に失われてしまう。
貿易に大きな比重を占めるファルムス王国にとって、それは死活問題と成り得るのだ。
ファルムス王国、王城内の謁見の間。
そこでエドマリス国王は、一人の男と向き合っていた。
「大司教レイヒムよ。貴君の意見を聞かせてくれ」
レイヒムと呼ばれた男が顔を上げる。
その身に大司教の衣を纏い、首から下げたネックレスの先ではルミナス教のシンボルが揺れていた。
「もとより教会のスタンスは一貫しております。ルミナス教において、魔物の殲滅は絶対の教義」
レイヒムはその目をエドマリス王に向ける。
これは言わば、一種の儀式に過ぎない。
王が決定を下し、教会がその後ろ盾になるという形式への通過儀礼。
互いの思惑は、とうに一致していた。
「魔物の国ですって? 見過ごせぬ大罪ですな」
その言葉で十分だった。
神はこちら側に付いた。
正義の側に。
「諸侯を集めよ。緊急会議を開く」
「はっ」
エドマリス王は傍に控えていた宰相にそう告げると、レイヒムと笑い合う。
その目は未来を見ていた。
輝かしいファルムス王国の繁栄を。
「かの大敵、魔女を討伐する前に後顧の憂いを絶とうではないか、大司教」
「その通りですな。整えましょうぞ、『聖戦』という体裁を」
貿易、教義。
彼らの前ではそれさえも、ただの建前に過ぎなかった。
エドマリスは名声の為に。レイヒムは地位の為に。
愚かな野心の火に焼かれ、正義の戦争が始まろうとしていた。
しかし、彼らは知らない。
神は既に死んでいることを。
三百年もの昔より、ずっと。
お読みいただきありがとうございます。
カスみたいな時間に投稿してしまった。
仕方ないじゃない……早くみんなの感想が読みたいのよ……。
え? なんか変なのが居るって?
何の話だい?
わけがわからないよ。