オーバーロード <物語の分岐が確認されました> 作:ヒツジ2号
久々の『~の怪』ですが、ちょっと毛色が違います。
ウルベルト様は色々と考えが変わってきています。
『漆黒の剣』は次の目的地をエ・アナセルと定め、現在は馬車で移動中である。
ここまでの旅で、馬車の中ではメンバー同士の会話、主にパルメーラへの“常識”のお勉強と、パルメーラからの戦闘技術や魔法知識共有が為されていたが、今回の旅路は比較的静かだった。
その理由は、当のパルメーラが馬車の中で目を閉じてうつらうつらしているからで、一同は『麻薬倉庫に居た者の処分で、さすがに疲れたのだろうからそっとしておこう』と考え、静かな時間を過ごしている。
正確に言うとニニャだけは、『いや、この人外の存在があの程度で疲れるとは思えないから、また何か良からぬことを考えているんじゃないのかな?』と疑っていたが、さすがに目を閉じて大人しくしている状態で何かできるとは思えず、考え直して欠かさず書いている自身の日記帳にリ・ボウロロールでのことを記載していた。
で、当のパルメーラはニニャの考えた通り、ただ目を閉じているわけではなかった。
現在彼は、王城に忍ばせた悪魔たちからの報告を次々と聞いている状態だったのだ。
大きな出来事として、ガゼフが王城に戻りクリストフェル・オルソンを投獄する事務手続きを済ませ、それらの報告を王に、続いて貴族たちを集めた会議で共有した。
見た目通りの義理堅さで、ガゼフはパルメーラに助けられたことは説明したが、パルメーラが具体的に行った戦闘については貴族には一切語っていなかった。
王には、自身よりも圧倒的に強い戦士であったこと、子供を救うために高価なポーションを惜しげなく提供したこと、オルソンの確保のために『漆黒の剣』が協力してくれたことを説明し、パルメーラをはじめとした『漆黒の剣』は、自身が雇う形で協力要請をしたので、何らかの報酬を与えて欲しいという事と、非常に世話になったので何らかの形で礼をしなければいけないという事を説明していた。
これは会議の様子からも良く分かったが、そもそも貴族はガゼフが無事に戻ったことも、王国戦士長ともあろうものが、平民の冒険者の力を借りたことも気に食わないようだった。
そんな状態だったので、世話になった『漆黒の剣』に対しての褒章の話など貴族たちがいる場でできないだろうと予測し、事前に王にだけ話したと考えられた。
貴族たちの会議はそのような目も当てられない状態ではあったが、六大貴族のうち家督者が亡くなったリットン伯爵家とブルムラシュー侯爵家は、生きている親戚の者が急に充てられ、彼らは殆ど発言していなかった。
ボウロロープ侯とレエブン侯は不在で、ウロヴァーナ辺境伯とペスペア侯も、終始無言であった。
騒いでいるのは所謂“大貴族”という者達でなく、派閥関係なく恐らくは八本指と関連がある者達だろう。
そんな不毛で愚かな言い合いの中、
「ふん、冒険者などに助けを求めたうえ、自分以外の戦士団をすべて失ったとはな。俺や“精鋭兵団”が出撃していれば脆弱な犯罪者組織など被害を出さずに容易に始末できたものを」
バルブロの言葉に、口々にガゼフを罵っていた貴族たちは、我が意を得たりとばかりに小五月蠅く騒ぎだす。
「殿下、全くでございます!やはり平民の戦士団などが栄光ある王城を守るなど、いかがなものかと存じますな!」
「然り!やはり貴族のみで組織された騎士部隊の方が安心でございましょう!」
「しかし、唯一帰ったのは戦士長1名と犯罪者1名…もしや戦士長殿こそが件の犯罪者集団と通じておられるのでは?」
「成程、そう考えると辻褄が合いますな!そのような者が王の御傍に控えるなど、如何なものでしょうかなぁ」
ガゼフは何も言わない。
自分が政などが分かる者でなく、この場で何を言おうとも、それが王を糾弾する材料とされるだけだと分かっているからだ。
しかし表情は変えずとも、その拳は血が出そうなくらい強く握られている。
共に鍛錬をし、慕ってくれた部下が侮辱されるのが許せないのだ。
そしてその部下の死体に剣を突き立てるしかなかった自分もまた、許せないのだ。
愚かな喧騒を聞いていられなくなったランポッサが声を上げる。
「皆の者、話が脱線しておる。此度はリ・ロベルで起きていたアンデッドの被害に対し、王国戦士団が出撃し、結果首魁のアンデッドを倒し、裏で糸を引いていたと思われる八本指の者が捕らえられた。これより、捕らえられた者から八本指との関連を聞き出すことになろう。今回はその報告である」
王の言葉であるから、さすがの貴族連中も一旦は声を潜めた。
しかし、王が言うように捕縛されたクリストフェル・オルソンにまともな調べが入れば、貴族たちが八本指と繋がっていたことが表沙汰になる可能性もある。
そのために特につながりが深い一部の腐敗貴族たちは、速やかにクリストフェル・オルソンを釈放する算段を始めたのだった。
その会議のしばらく後、動いたのは出席していた第三王女ラナーである。
彼女は会議後に王のもとを訪れ、戦士団への労いのためにガゼフとお話をしたいと言ったのだ。
王は娘が可愛いのだろう。
その場にガゼフを呼び、ガゼフとラナーの会話が始まった。
「戦士長様、この度は王国の民を守り、犯罪者を捕えていただいてありがとうございます。戦士長様のおかげで、このリ・エスティーゼ王国の治安がまた少し良くなるかと思います。そして戦士団の皆様は…本当にご愁傷様でございます」
ラナーの俯いた悲しそうな顔に、ガゼフは少し焦り、そして慈悲深い“黄金”の姫に心からの感謝の意を伝える。
「殿下、元より私たちは国のために働く身。部下達も己の職務を全うすることが出来たと言うものです。それに殿下は私たち戦士団のために碑に花を手向けていただいたと伺いました。戦士団全ての者に代わり、このガゼフ・ストロノーフ、改めてこの国に忠誠を誓うとともに殿下のやさしさに心から感謝いたします」
そのようなやり取りから始まった会話は、いつの間にやらガゼフという英雄の活躍を聞く御姫様の様を呈している。
「…本当に戦士長様はお強いのですね。戦士長様が我が国に居てくれて、私、本当に感謝しております」
「勿体なき御言葉です…ですが私の強さなどまだまだ井の中の蛙です。この度の遠征、私がこのリ・エスティーゼに戻ることが出来たのは、冒険者チーム『漆黒の剣』の方々のご協力があってこそでした」
「まあ!それでは、『漆黒の剣』の方々も戦士長様と同じくらいお強いのですか?」
「いえ…私が共に戦ったのは彼らのうちの一人の戦士の方だけですが…彼も、その仲間の方々も、私より強く感じました」
「そうなのですか?!『蒼の薔薇』の皆様のようなお強い方たちなのですね!『蒼の薔薇』の皆様では特に
ガゼフはその言葉に、一瞬ニニャと言う青年が、自身の理解を越えた転移魔法で王都まで運んでくれたことを思い出したが、詳細を言う訳にはいかないので、ただ笑顔で肯定した。
「…ええ。魔法詠唱者の御方も、『蒼の薔薇』のイビルアイ殿に勝るとも劣らない力の持ち主でしたな」
ガゼフとの面会後、ラナーは自室に戻り紅茶を飲みながら思案した。
ガゼフは確かに『戦士の者としか共に戦っていない』と言った。
にもかかわらず、
ガゼフが王都に戻るまでの時間の違和感からも、やはり導き出せるのは転移という可能性。
「やはり、
ティーカップを音もなく置きながら、ラナーは小さく呟いた。
***
『漆黒の剣』一行がエ・アナセルに到着したのは夕方の事だった。
特に急いでいるわけでもなく、また、しばらく馬車での移動であったから今日はゆっくりとベッドで横になろうという事で、その日は冒険者組合に向かうことなく、早々に宿に向かった。
なので、この街にいると思われる『朱の雫』に会うことも無く、その日は食事をして早めにベッドに入ったのだ。
自室に入ったパルメーラは、『蒼の薔薇』に憑けている悪魔からの報告を聞きながら呟く。
「…いいタイミングだったな」
悪魔から、『蒼の薔薇』一行も明日には王都に到着するとの連絡が入り、パルメーラはその日の深夜に静かにリ・ボウロロールへと転移した。
眼下に移るは、夜も遅くなりほとんどの明かりが消えたリ・ボウロロールの街。
これから行うのはかなり大掛かりな作戦だ。
街に潜む悪魔たちに命令を始める。
『悪魔たちよ、これからリ・ボウロロールの街のほぼ全ての住人へ
悪魔たちの返事を確認後、透明化したパルメーラは呪文を唱え始める。
「
かなり広い街のほぼすべての領域に魔法をかけるため、移動しながら同じ呪文を数回唱えた。
『悪魔たちよ、領主のボウロロープには念のため
指示をしたスラム街のある家屋で待っていると、
「ご苦労。こいつは俺が引き継ぐからお前は他の貴族を運ぶ作業に参加しろ」
「畏まりました」
この服はソルーナ村で見かけた死体から持ち去ったものだ。
さらにパルメーラは小さなナイフと鋏を取り出すと、ボウロロープの髭と髪を剃る。
そういう技術が高いわけではないパルメーラによる作業なので、出来上がったのは無精ひげと虎刈りである。
肌は少々小綺麗だが、服装や髪や髭などはスラムの住人といって差し支えない状態になったボウロロープをスラムのぼろ空き家へ放り込んだ。
しばらくすると、悪魔たちから作業が完了したという連絡が入る。
『悪魔たち、それではお前たちは屋敷の外に出ろ。俺はこれから屋敷を、中に居る貴族ごと消し去る。
パルメーラは再び上空に移動し、念のため自分自身でも
そして屋敷にその目線を向ける。
屋敷には中に入り切れないほどの者が集まっている。
ここにいる全ての者は貴族で、多くは騎士団として集められた傘下の貴族の次男や三男という事が分かっている。
一瞬の戸惑いが脳裏をよぎった。
この一撃で死ぬのは全て貴族。
そこに何も躊躇うことは無い、はずだ。
この中にはもしかしたら、この街に、いやこの世界にとって有用な者もいるかもしれない…いや、違うな。
パルメーラは小さな迷いを振り払うように、その姿を
こいつらは選民主義的なボウロロープの配下だった者達。
有用な者など居る筈がない。
「……
極小の黒き炎が屋敷に着火した瞬間、屋敷は黒炎に包まれる。
「
三本の炎の柱が吹き上がり、高熱の炎で脆くなった家屋を粉々にし、天に吹き上がらせる。
ウルベルトの見立てでは不十分だったようだ。
「
もう一度吹き上がった火柱により、屋敷は悉く破壊され火が付いた粉々の家財や屋敷の素材が空へ吹き上がる。
「
三つの黒点が、吹き上がった炎ごと、屋敷だったものを吸い込んだ。
後に残るは、屋敷があったことを連想させる家屋の基礎部分だけ。
地面は高温で固められ、黒く変色している。
家財は跡形もなく、そこに居たはずの者達も姿を消した。
「…
ウルベルトは、部下たちに改めて透明化をかけ彼らをエ・アナセルへ送った。
そして自身も姿をパルメーラに戻し、エ・アナセルの宿へと転移で戻ったのだった。
***
翌朝。
リ・ボウロロールの街は混乱に包まれていた。
ボウロロープ侯の屋敷が消滅していた。
屋敷の中の者もどこを探しても居ない。
それどころか、街中にあったボウロロープ侯に関連する他の建物に詰めていた貴族、そして彼が貴族から集め結成した精鋭兵団の者達もどこにもいない。
屋敷そのものが殆ど消滅し、わずかな瓦礫と建物の基礎が残るのみで、地面は黒く焦げたような跡がある。
火事?いや、それにしては焦げた屋敷が残っていないのもおかしいし、周辺の住人が気づかなかったのもおかしい。
一部の住人は夢うつつの中、ボウロロープ邸が燃え上がり爆発するような夢を見たという者が居た。
また、爆発し飛んでくるボウロロープ邸の瓦礫が、周囲の民家に当たらないように恐ろし気な外見のまるで悪魔のような生物が守っていた気がすると証言した者もいた。
しかしながらこれだけのことが起きたにもかかわらず、昨夜は破壊音などは聞こえなかった気がするし、一部の夢を見たという者を除けば誰もが普通に眠っていたので、屋敷の炎上と爆発の証拠は見つけられなかった。
さらにおかしなことに、街中に存在するボウロロープ侯爵家の紋章がなくなっている。
旗も馬車も当然屋敷と共に消えているし、街中の建造物に刻まれた紋章も削り取られたように消失している。
代わりに、あまり記憶にない悪魔のような像の彫刻が橋や塔にあるが…いや、もしかしたら記憶違いでそれは元々そこにあったかもしれない。
なにせ庶民は、領主の紋章や街の彫像になど殆ど興味が無いのだから、記憶違いもあることだろう。
同じ日の朝、スラム街のあばら家の一軒で、自分をボウロロープ侯だと名乗る初老の男が騒いでいるのが見つかった。
治安が悪い地域であるから、スラムの喧嘩っ早い者が、五月蠅いぞとばかりに掴みかかり殴り合いになったが、その初老の男は中々強く、お互いけがを負って痛み分けとなった。
その男が本当にボウロロープ侯かどうかなど、スラムの、いや、多くの庶民には分からなかった。
なにせ、その姿は襤褸を纏った無精ひげでスラムに良く馴染んでいたし、本物のボウロロープ侯は今まで庶民との対話などに興味を示さず、庶民はボウロロープ侯の顔を良く知らなかったから。
初老の男は喧嘩で傷ついた身体でふらふらと、元ボウロロープ邸だった場所へ行き、そこで膝をついて呆然としていた。
本来その場所はボウロロープ侯の許可なくスラムの住人が入れるような場所ではなかったが、もはや門も見張りも居らず、ボウロロープ侯の関係者が一切見つからなかったので、初老の男はその瓦礫がわずかに残る更地の地面に長い時間へたり込んでいた。
神殿に勤めるこの街の司祭が見かねて、その初老の男にパンとスープを提供し、傷ついた身体を治療した。
治療の代金は無料。
なぜならばスラムの住人に財産など無いだろうという配慮がなされたから。
司祭は初老の男に優しい言葉を掛け、もし家が無くあなたが望むならば、一時的に神殿の中に泊まっても構わないと告げると、初老の男は再び呆然とした顔をして、そして崩れ落ちてその場で泣きだした。
様子を見ていた者達は、弱者が神殿に救われたのだと理解して穏やかな笑顔を浮かべたが、初老の男にとっては、司祭のやさしさや住民の笑顔は別の意味を持っていて、そして自分が
—————遥か上空、その存在は、その悪魔の行いを確認した。
—————その存在は見定める。
—————その『ぷれいやー』を最も効率的に排除できるタイミングを。
たぶんレエブン侯のお仕事がまた増えます。