呪術廻戦〜蒼風を纏う者   作:腹黒薩摩

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久々に連日投稿出来ました。
夜勤が平穏だと、捗る捗る(笑)

それでは

「気張っていきましょう!」


第49話

 ――こんなはずでは、なかった。

 

 気怠げにこちらを見下ろす颯真の姿を映し、ミハイルの顔は恐怖に引き攣っていた。

 

(馬鹿な……

 こんな、馬鹿な……)

 

 千を超える人間から精気を奪い、積み上げてきた力だ。

 それが、なぜ――たった一人に、ここまで一方的に蹂躙されねばならない。

 

(いったい、アイツは何者だ……?

 人間の器に、あれほどのエネルギーが収まり得るものなのか……?)

 

 理解を拒む思考とは裏腹に、現実は冷酷だった。

 

 黄金竜は既に完全に破壊され、ここ一週間でかき集めた精気は枯渇しきっている。

 

 ミハイル自身も、決して軽いとは言えない傷を負っていた。

 

 ――完全なる敗北。

 

 もはや否定の余地はない。

 この場を覆す手段など、どこにも残されていなかった。

 

 ミハイルは、即座に撤退を決断する。

 

(……覚えていろ、神凪颯真。

 いつか必ず――)

 

 逃走のため、瓦礫の陰に紛れるように複数の次元穴を同時展開する。

 隠形術を重ね、秘匿したはずの形成点――そのすべてが、寸分違わず風の刃に切り裂かれた。

 

「逃げられると思ってるのか?」

 

 感情の欠片も感じさせない、淡々とした声。

 そこには侮蔑すらなく、価値を測る視線すら存在しなかった。

 

「――なっ!?」

 

 ミハイルは、なおも転移術を起動する。

 距離を極限まで縮め、発動速度と隠形精度を極端に引き上げた術式。

 

 だが――起動しない。

 

 形成される端から、次元穴の歪曲場が潰されていく。

 

「だから言ってんだろ。逃げられねぇって」

 

 つまらなそうに告げる颯真。

 仇敵のその態度に、ミハイルは歯噛みしながら睨み上げた。

 

 ――それでも、諦めない。

 全身全霊を注ぎ、再度転移術を行使する。

 

 結果は同じだった。

 

 離れた点を繋ぐための力場は、空間の歪みが生じた瞬間から破壊されていく。

 

 ミハイルは、呆然と颯真を見上げた。

 

「馬鹿な……!

 貴様……見えるのか?

 

 僕の隠している歪曲場を、完璧に……!?」

 

「まーな」

 

 当然のように頷く颯真に、ミハイルは恐慌寸前の表情で凝視する。

 

 これまで一度として破られたことがなかった自身の隠形術。

 

 呪術師を相手取ろうと、白昼堂々と精気を簒奪しようと、逃走が失敗したことはない。

 

 ましてこの場には、ヴリトラや黄金竜の残穢、簒奪された精気の搾り滓、人工呪霊の残骸――

 あらゆる禍々しさが渦巻いている。

 

 この空間で、転移のための微細な歪曲場を見抜くなど、常識的には不可能だ。

 それは、嵐に荒れる大海原で、漂流する一匹の稚エビを見つけ出すに等しい。

 

 ――人間に成し得る業ではない。

 

「……貴様、いったい何者だ……?」

 

 呻くように問いかけるミハイルを、颯真は見下ろし、不敵に笑った。

 

「そんなことも知らずに、俺に喧嘩売ったのか?」

 

 恐怖に染まる視線を受け止めながら、颯真は蒼い風を身に纏う。

 透き通る風と同じ色の瞳を宿した、“最恐”の術師。

 

「風が全部教えてくれる。

 空気のある場所で、俺に隠し事は出来ねぇよ」

 

「……この、化け物が……」

 

 悔恨の呻きを漏らすミハイルに、もはや抗う術は残されていなかった。

 

「さて、本題だ」

 

 颯真は冷然と告げる。

 

「メロンパン女はどこで、何を企んでやがる?

 素直に答えりゃ、楽に殺してやる」

 

 前座に過ぎない――

 言外にそう断じられた。

 あまりの侮辱に、恐怖を忘れ、怒りがミハイルを支配する。

 

「貴様……キサマァァァッ!!」

 

 声にならぬ絶叫とともに、短剣が閃いた。

 

 ――ザンッ。

 

 噴水のように鮮血が噴き上がる。

 

 短剣を握っていた腕は、肘から先が消えていた。

 

「があぁぁぁぁッ!!」

 

 激痛に悶絶するミハイルを見下ろし、颯真は溜息をつく。

 

「……まぁ、話すわけねぇよな」

 

 黒い手袋を取り出し、左手に装着する。

 

「安心しろ。

 脳が灼き切れるほど痛いが……心を強く持てば、発狂するだけで済む」

 

 その言葉は、もはや届かない。

 

 颯真は、躊躇なく手刀をミハイルの頭蓋に突き立てた。

 

 ――抵抗は、なかった。

 

 四本の指が、骨を越え、脳内へと沈み込む。

 

「――――!?」

 

 意味を成さぬ音が、ミハイルの口から溢れ出る。

 

 颯真は無言のまま、指を動かした。

 何かを探るように、慎重に、頭蓋の内側をかき分けていく。

 

 肉を、骨を、精神を侵す滅亡の指先。

 

(嫌だ……嫌だ……)

 

 物理的にあり得ない感触が、ミハイルの心を容易く砕いた。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 

 声にならない絶叫が夜空に轟き――

 やがて、静かに消えた。

 

「……ちっ、そういうことかよ」

 

 颯真は短く舌打ちし、ゆっくりと立ち上がった。

 

 それに合わせるように、ミハイルの脳内を蹂躙していた指が、ずるりと引き抜かれる。

 指先からは、名状しがたい粘性を帯びた液体が滴り落ちた。

 

 だが――額には、穿たれたはずの痕跡は一切残っていない。

 手袋に仕込まれた力か、あるいは颯真の術式によるものか。

 

 しかし、白目を剥き、涎を垂れ流したまま虚空を見つめるその顔と、

 なおも断続的に痙攣を繰り返す身体が、

 男の身に起きた異常を雄弁に物語っていた。

 

 ――死んでも、ああはなりたくない。

 

 その姿は、見た者すべてにそう思わせるに足る、

 言い逃れの出来ないほどの無惨さを湛えていた。

 

「……ふぅん。

 なかなか、えげつないことをするね」

 

 冥冥は、目の前の凶行に眉一つ動かすことなく、淡々と問いかける。

 

「で、何か分かったのかな?」

 

「京都も新宿も、全部陽動だ」

 

 颯真は振り返らずに答えた。

 

「コイツらの狙いは――東京高専にいる特級術師、乙骨憂太」

 

 一拍置き、吐き捨てるように続ける。

 

「……それと、そいつに取り憑いてる特級過呪怨霊、祈本里香だ」

 

 

 颯真の言葉を受けて、冥冥はゆるやかに目を細めた。獲物の値踏みをする猛禽のように、その双眸が静かに光る。

 

「成る程、ね」

 

 現在、高専は天元の結界に守られているとはいえ、主戦力の大半は新宿と京都へと割かれている。残された人員は、言ってしまえば“最低限”。

 しかも、守りに立つ術師たちでは、神凪颯真と夏油傑という二人の最強格と互角以上に渡り合った、額に縫い目を持つ呪詛師『香織』を相手取るには、あまりに心許ない。

 

 冥冥の唇が、ゆっくりと弧を描く。

 

「……これは、交渉次第で臨時ボーナスも期待できそうだね」

 

 戦況よりも先に、勘定が脳裏をよぎる。その在り方は、ある意味で誠実だった。彼女は常に、自分の価値を正しく測る。

 

「……どういうことだ?」

 

 颯真が問うと、冥冥は小首を傾げ、楽しげに続ける。

 

「神凪くん。

 キミを“今すぐ”高専へ転移できるとしたら――上層部はいくら払うと思う?」

 

 一瞬、颯真の瞳がわずかに見開かれ、すぐさま愉悦の色に染まる。

 

「……吹っ掛けるなら、総監部より五条悟だな。

 アイツなら教え子のためなら、それなりに積むだろ。総監部の爺どもは、乙骨憂太の処刑を本気で望んでた連中だ」

 

 鼻で笑い、さらに言葉を重ねる。

 

「もし総監部からも搾るなら、天元や忌庫の呪具が狙われてるって匂わせればいい。守るべき“権威”が危ういとなれば、奴らは財布を開く。交渉は、そっちから仕掛けろ」

 

 冥冥の笑みは、もはや隠しようもなく深まっていた。

 

「五条悟に“貸し”を作る、か……。

 一体いくらになるのやら。――胸が躍るね」

 

「……姉様」

 

 その姿を、憂憂は恍惚とした眼差しで見つめている。姉の愉悦は、彼にとってこの世の祝福そのものだ。

 

「……まあ、値段の話はあとで好きなだけやってくれ。

 で? 俺を高専まで運んでくれるのか」

 

 冥冥は静かに頷き、優しく、けれど絶対的な信頼を込めて憂憂に微笑みかけた。

 

「――憂憂、頼むね」

 

「はい、姉様」

 

 その一言は、彼にとって何よりの勲章だった。

 姉に求められる歓喜に身を震わせ、憂憂は颯真を振り返る。

 

「……姉様に感謝しろ、神凪颯真!」

 

 大きな布が翻り、夜気をはらむ。

 覆いかぶせられた次の瞬間――颯真の姿は、京の街から跡形もなく消え失せていた。

 

 残されたのは、ひややかな風と、冥冥の喉奥でくすぶる微かな笑いだけだった。

 




ありがたいことに、こんな拙作に感想やお気に入りを頂けて、テンションが上がってしまい、仮眠時間にポチポチすることが出来ました(笑)
温かい感想や、お気に入り登録をしてくださった方、本当にありがとうございます。

不定期更新ですが、今後とも時間を見つけて更新していきますので、よろしくお願い致します。

それでは

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