ベル君の英雄願望の大鐘楼とかアイズの条件が全部揃った復讐姫とかアホみたいな倍率になりそう
今作品のスピリットロアはステータスの筋力、魔力を1.5倍か攻撃と魔法効果威力を1.5倍にするか悩んでます
ダンジョン第十階層。もし仮にこの薄暗い空間に第三者が居合わせたとしたら、その五感に直接叩き込まれるのは、断続的に階層を揺らす小規模な地震と、空気を切り裂いて激しく打ちつけられる甲高い音、そして間近に立っていれば自らの身ごと遠くへ吹き飛ばされそうになるほどの圧倒的な暴風と衝撃波の余波だけだっただろう。
猛者と勇者が、死闘の渦中で真正面から激突していた。一方は上の階層へと急ぎ通ろうと求め、もう一方は鋼の意志でそれを阻止せんと立ちはだかる。
一進一退の攻防。放たれる剣戟の速度は、もはや常人の動体視力では残像すら捉えきれない次元に達していた。その尋常ならざる超高速の連撃を正確に認識し、攻防を理解するためには、冒険者としての莫大な実戦経験と極めて高いLvへの到達が絶対条件となる。それでもなお、オラリオに名を轟かせる第一級冒険者たちでさえ、この二つの影の軌跡を追うことには多大な苦労を伴うに違いない。
瞬きをするほんの一瞬の間に、鋼と未知の物質が数十回にわたって交錯する。刃が打ち合うその度、圧縮された大気が爆発を起こして突風を巻き起こし、暗い背景の全域に目も眩むような激しい火花が乱れ飛んだ。
やがて、重厚な漆黒の大剣とカラフルなブロックを備えた巨大なハンマーが空間の中央で鋭く交差し、互いの全質量を乗せた力比べの鍔迫り合いへと移行する。
ギギギッと凄まじい摩擦音が耳をつんざく中、火花を散らす両者の脳裏には、奇しくも全く同じ思考が浮かび上がっていた。
(強いな)
オッタルは、自身のステイタスから生み出される全力を両腕に注ぎ込みながら、ソラに対して内心でそう感嘆していた。
オラリオの頂点に君臨するLv7であるオッタルが、出し惜しみの一切ない本気の力をこの一戦に投じている。あの剣姫アイズ・ヴァレンシュタインをも凌駕すると謳われる極限の剣技と圧倒的な膂力が、眼前で見慣れぬ得物を振るう異界のソラによって真っ向から受け止められ、底力を試されていたのだ。そればかりか、いかなる猛攻をも撥ね退けてきた自身の誇る絶対防御の牙城が、ほんの僅かずつではあるが確実に削り取られ、崩されつつあるという事実がオッタルの武者震いを誘う。
それでも――
(くそ、埒が明かない……!)
一方のソラは、大剣からの重い圧力をブーストハンマーの推進力で強引に押し返そうと踏ん張りながら、内心で焦燥と苛立ちを募らせていた。
圧倒的な質量を誇るフォームの力で一気に押し切れると踏んでいたものの、驚くべきことに目の前の巨漢は、その並外れた体幹と筋力によってソラの最大出力を完璧に受け止め、涼しい顔で持ちこたえてみせている。
単なる力押しだけの戦法では、この分厚い肉の壁を突破することは叶わない。そして何より、上の階層に大切な仲間たちを残しているソラには、これ以上の時間を無駄に消費している猶予は一秒たりとも残されていなかった。
「よし、だったら……!」
気合と共に鋭く叫び、ソラは鍔迫り合いの均衡を自ら破ってオッタルの眼前から大きく跳び退いた。その意図せぬ離脱に、オッタルの瞳が微かに見開かれる。
(止まった?)
激しい衝突から唐突に身を引き、一定の間合いを開けて静止したソラの挙動を見て、オッタルは不審に眉をひそめた。
だが次の瞬間、オッタルはソラの手元で握られていた巨大なハンマーが、眩い光の粒子と共にカチャカチャとリズミカルな音を立てて全く別の形態へと変形していく光景を目撃する。
ソラが武器を高く掲げると、連なっていた原色のブロックが瞬時に分解され、鋭く前方に伸びた螺旋の溝を持つ奇妙な形状の武器へと再構築され、重低音を響かせてその場で高速回転を開始した。恐らくだが、以前アレンと対峙した際に使われた武器と同質の代物であろう。しかし、改めてその異様なメカニズムを眼前で見せつけられ、自身の常識からかけ離れた構造に対するオッタルの混乱は深まるばかりだった。
ソラは再構築された形態『ドリルパンチ』の鋭い切っ先を前方へと突き出し、オッタルめがけて一直線に跳躍した。同時にドリル部分は急激に巨大化を果たし、黄金色の眩いエネルギーを濃密に纏いながら、周囲の空気を巻き込む暴風となって猛烈な回転駆動を始める。
迫り来る圧倒的な回転質量攻撃を視界に捉え、オッタルは直撃すればかつてない凄まじい衝撃が見舞うことを本能で予感した。彼は強靭な両脚を開き、分厚いブーツの裏をダンジョンの石畳へと深く食い込ませると、鉄壁の迎撃陣を敷くべく『覇黒の剣』の平らな刀身を盾のように構える。
直後、暴走するドリルパンチと覇黒の大剣が正面から激突し、暗い通路全体を真昼のように照らし出すほどの莫大な火花が飛び散った。超高速の回転力が生み出す暴力的な削りと推進力の前になお、オッタルは一歩も引くまいと耐え抜くが、足元の硬い岩盤がメキメキとひび割れて砕け散り、下半身を固定したままの姿勢でかなりの距離を強引に押し戻されていく。それでもオッタルは決して防御の腕を緩めなかった。
「はぁああぁああ!」
全身の全細胞から絞り出した渾身の力を両腕の防衛陣へと込め、オッタルは獣のごとき雄叫びと共に、ドリルの回転ベクトルの隙間を縫うようにして強烈な押し返しを敢行した。両者の激突は時間にしてごく僅かな極限の刹那であったものの、オッタルはその卓越した技量でドリルパンチの理不尽な推進力を辛うじて受け流し、大剣を握る腕を力強く真横へと払い抜くことで、致命的な刺突の軌道を外側へと見事に逸らしてみせたのである。
黒剣の腹がドリルの切っ先を弾き、ソラの身体が激突の反動を利用して空中で鮮やかに後方へと宙返りしていく軌跡が見えた。その光景に、オッタルは競り合いにおいて自身の技が勝ったと確信しかける。
しかし――中空を舞うソラの瞳と視線が交錯したまさにその瞬間。
オッタルは戦士の直感で悟った。ソラの攻撃がまだ全く終わっていないこと、むしろ今の受け流しによる自らの体勢の崩れこそが、最初から仕組まれていたソラの真の狙いだったという事実に。
全力を出し切った直後に生じる、都市最強の冒険者であっても不可避の僅かな硬直。その針の穴を通すような隙を、歴戦の勇者であるソラが見逃すはずもなかった。
着地と同時、ソラは手元のドリルパンチを再びオッタルへと真っ直ぐに指向させる。すると高速回転していた螺旋の先端が瞬時に四本の巨大なアーム状の爪へと変形し、後部の噴射機構から放たれた推進力を乗せて勢いよく前方へと射出されたのだ。
ワイヤーを描いて伸びた漆黒の爪は瞬く間に数十メートルの間合いをゼロに縮め、大剣を振り抜いた直後で無防備となっていたオッタルの胴体をガッチリと捕らえて拘束した。
「ぬっ……!?」
驚愕に目を見張るオッタル。またしても彼が長年培ってきた戦闘知識や予想、経験則の完全に外側を行く未知のトリッキーな攻撃だ。即座に空いた片手を伸ばし、自らを縛る爪を強引に引き剥がそうと試みるが、アームの素材は見た目を裏切る異常な硬度と拘束力を保っており、オッタルの力をもってしてもビクともしない。
次の瞬間、オッタルの肉体が、いとも容易くダンジョンの宙へと舞い上がっていた。
分厚い足の裏が地面から強制的に引き剥がされ、視界に映るダンジョンの世界が乱暴にブレる。ソラが手元から伸びるエネルギーのロープを豪快に振り回したことで、オッタルの身体は大質量ハンマーの先端質量と化し、為す術もなくダンジョンの床面へと頭から激しく叩きつけられた。
ゴアァンッという轟音が響く間もなく、ソラは強靭な体幹でエネルギーのロープを力強く引き戻し、オッタルを再び天井付近まで高く跳ね上げさせると、反対側の地面めがけて容赦なく叩きつけた。さらに左右の壁面へと二回、連続して痛烈な叩きつけを敢行する。
そして迎えた五回目。完全に遠心力を掌握したソラは、自身の身体ごと独楽のように回転して極限の速度と破壊力をロープへと乗せ、これまでで最大の勢いを伴って、巨漢の身体を前方へと大きく投げ飛ばすように叩きつけた。
ダンジョンの大地そのものが陥没するかのような凄まじい衝撃音が木霊する。そのトドメの最大暴力を受けたオッタルは、受け身をとることすら叶わずに砲弾のごとく通路を吹き飛んでいき、第九階層へと続く上り階段の入り口から遥か遠くの暗がりへと豪快に叩き込まれて沈黙した。
最大の障害物を完全に排除し、道を開くことに成功したソラは、土煙の晴れるのを待つことなく即座にきびすを返し、上層への階段めがけて猛然と駆け出した。
(待ってろベル、リリ!)
友の無事だけを強く胸に抱き、ソラはダンジョンの闇の中を全速力で駆け抜けていく。
だが、階段へと続く最後の直線に差し掛かったその刹那、ソラの行く手を遮るように空間そのものが不自然に歪み、どす黒い闇の靄が爆発的に膨れ上がった。
「なっ……!?」
急ブレーキをかけて立ち止まったソラの視界に、先ほど遥か遠くへと吹き飛ばしたはずの巨漢――オッタルが、傷一つない姿でゆらりと現れたのだ。
それは異常な光景であった。目の前の男から、まるでソラが幾度となく対峙してきたハートレスや闇の勢力たちと同じような、濃密で悪意に満ちた闇のオーラが立ち昇っていたのである。
オッタルがこの力を手にしたのは、他でもない、フレイヤの命であの漆黒のミノタウロスを裏で鍛え上げていた時のことだ。彼はミノタウロスを導く過程で、その身に宿る闇の力を自身の肉体でも検証しようと試みたのだ。
極限まで研ぎ澄まされたオッタルの感覚は、すぐさまその力の正体と本質を理解した。闇には本来、時間や空間といった概念が存在せず、ただ純粋なエネルギーとしての圧倒的な利便性と破壊力を秘めていることを。
ミノタウロスとの修練を通じ、オッタルはその闇の力を自身の技の内に取り込むことに成功。自身の魔法とは異なる闇を身体の一部に極限まで集中させる技術。影の中に潜み、ダンジョンの階層や物理的な隔絶を無視して移動する方法。そして、短距離ではあるものの、空間そのものを跳躍するという神業の領域にまで足を踏み入れていたのである。
ただし、今のオッタルの長距離の空間跳躍は、膨大な体力と
空間跳躍による出現と同時、オッタルは手にした覇黒の剣を大上段に構えていた。
その長大な刀身に、周囲の空間を喰い破るほどの漆黒の闇が超高密度に圧縮されていく。
「――試させてもらおう……」
低く重い声と共に、必殺の刃が振り下ろされた。それは単なる物理的な斬撃ではない。オッタルの周囲に集束した闇は、ダンジョンの空間そのものを歪ませ、防御という概念を無に帰す刃となって炸裂した。
ソラは咄嗟の反応でキーブレードを元の姿に戻し、防御の構えをとって頭上へと翳す。だが、ソラの守りは無残に打ち砕かれる。
オッタルの放った漆黒の刃は、物理的な破壊力で押し潰すのではなく、盾としたキーブレードの防御判定そのものを透過して通り抜けたのだ。彼が振るう残光に比べれば攻撃範囲は格段に狭いものの、この刃は対象の装甲や防御行動を一切無視し、純粋な破壊エネルギーを肉体の内側へと直接叩き込むという、恐るべき防御貫通の特性を備えていたのである。
その名は斬闇。キーブレードをすり抜けた闇の刃が、ソラを無慈悲に切り裂いた。
「が、あぁっ……!?」
これまでの戦闘とは次元の違う、内臓を直接焼かれるような激痛がソラの全身を貫く。
直後、通路を揺るがす轟音。ソラの肉体を貫通した闇の破壊力は、そのまま足元の第十階層の石畳を深々と突き抜けた。それは岩盤を砕くという生易しい現象ではない。円形のエリアが丸ごと、まるで最初から存在しなかったかのように欠落し、下の階層までぽっかりと大穴が開く。さらにその衝撃波は、攻撃を突き抜けた先の第十一階層をも蹂躙し、遥か眼下の第十二階層の天井にまで無数の亀裂を走らせていた。
防御を破られ、空中に投げ出されたソラは、重力と斬撃の勢いに逆らうことができず、崩れ落ちる瓦礫の雨と共に下層へと真っ逆さまに落下していった。第十階層の分厚い地盤を完全に突破したソラの身体は、さらにもう一つ下の階層――第十一階層の冷たい石畳へと、豪快に叩きつけられた。
岩盤を砕くほどの致命的な落下と貫通ダメージ。幸いだったのは、オッタルがまだこの闇の力を完全に掌握しきれておらず、落とされた階層が一つだけで済んだこと。そして何より、ソラのアビリティであるラストリーヴが発動し、絶命には至らなかったことであろう。
土煙が舞う第十一階層で、ソラは咳き込みながら必死に身を起こそうともがく。
一方、上の階層から大穴を見下ろしていたオッタルは即座に追撃へと移った。闇の力の余波によって一時的に自己修復機能が低下し、ぽっかりと口を開けたままのダンジョンの天井穴から、オッタルが猛禽類のように音もなく降下してくる。
(……荒いな)
オッタルは降下しながら己の掌を見つめ、不満げに眉をひそめる。狙った獲物を内部から焼き払うための闇が、制御を離れて空間を無駄に喰らいすぎている。力としては申し分ない。だが、これではまだ自分が求めるものには遠い。自らの腕に刻まれる闇の負荷――それを愛おしむように、オッタルは黒く染まった指先をゆっくりと閉じ、第十一階層へと着地と同時にオッタルは再び覇黒の剣に漆黒のエネルギーを収束させ、先ほどの斬闇をソラへと叩き込もうと踏み込んだ。
――だが、その刃が振り下ろされるよりも早く、オッタルの視界が不可解な現象に支配された。
自身の身体が、そしてダンジョンの空気に漂う土煙の粒子までもが、不自然にピタリと静止したのだ。
時間という概念が強制的に凍結された白黒の世界。その中心で、ソラはキーブレードを構えたまま残像のような動きでオッタルの懐へと入り込んでいた。
直後、静止した空間の中に五つの閃光が同時に走る。
凍り付いた時間が再び動き出した瞬間、オッタルは目に見えない凄まじい衝撃を連続で受け、後方へと大きく吹き飛ばされた。分厚い装甲に五本の鋭い斬撃の痕が刻み込まれ、鮮血が舞う。対象周辺の時間を局所的に停止させ、その隙に五連続の不可避の斬撃を叩き込む技、リーサルフレームであった。
石畳にブーツの底を擦りつけて強引に体勢を立て直したオッタルは、自らの身体に起きた現象と、走る痛みを瞬時に分析する。
(これが……アレンたちに行使した。時間を停止させる魔法か……)
圧倒的なステータスや魔法では到底抗えない、規格外の力。オッタルは覇黒の剣を構え直し、これ以上の不覚をとらぬよう最大限の警戒をソラへと向けた。
だが――その警戒と観察の隙こそが、次の局面において致命的な引き金となってしまう。
オッタルの視線の先で、膝をついていたソラの姿が変貌を遂げようとしていた。
仲間を危険に晒され、理不尽な足止めを受けたソラの全身から、底知れぬほどに膨大な怒りのエネルギーが間欠泉のように噴き上がり、ソラの身体を完全に包み込んだのだ。
吹き荒れる力が晴れた後、そこに立っていたのは、いつもの快活なソラではなかった。
全身の衣服は漆黒に染まり上がり、顔を覆う影の奥から、黄金色に輝く鋭い瞳だけが獣のようにぎらついている。手にしたキーブレードすらも鋭い闘気を纏い、ソラ自身から立ち昇る凄まじい怒りの気迫は、ダンジョンの冷たい空気を一瞬にして震わせた。
己の中に眠る激しい感情を極限まで引き出し、純粋な怒りのオーラをその身に纏ったレイジフォームへと姿を変えたソラから立ち昇る、底知れぬ怒りのオーラ。対峙するオッタルは、その黒々とした圧倒的な気迫に触れ、戦士の本能を激しく揺さぶられていた。
自身が体得した闇の力と同質でありながら、密度も、深さも、そこに込められた感情の純度も比較にならない。己が扱うものと同じ、いや、それ以上の桁外れな力の奔流を目の前のソラから感じ取ったのだ。
「…………」
ソラは一切の言葉を発することなく、無言のまま爆発的な踏み込みでオッタルの懐へと急接近した。感情の読めない獣のようなその静けさが、かえって尋常ではない威圧感を放っている。
オッタルは即座に反応し、迎撃の覇黒の剣を横薙ぎに振り抜く。しかし、刃がソラの身体を捉える直前、ソラの姿が掻き消えた。
空間を跳躍するワープ移動。背後に出現したソラは、漆黒に染まったキーブレードを力任せに振り下ろし、オッタルの分厚い肩口を強打する。そこから流れるような身のこなしで、空いている手から鋭い爪状の闘気を発生させて猛然と引っ掻き攻撃を見舞った。
さらにワープを挟み、弾丸のような突進、空中で身を捻りながらの三回転蹴り、状態を低く沈めての鋭い強襲、そして四方八方からの連続ワープ突進からの引っ掻きと、息をつく暇も与えない超高速の連撃がオッタルを包み込む。ソラの口からは一切の怒号も叫びも上がらず、ただ冷酷な破壊音だけがダンジョンに響き渡る。
とどめとばかりにソラが怒りの闘気を全開にして爆発させると、凄まじい衝撃波が発生し、オッタルが大きく後方へと吹き飛ばされた。
だが、オッタルも決して黙って蹂躙されるわけではない。
体勢を立て直したオッタルは、ソラの猛攻の合間を縫うようにして、防御を透過するあの闇の刃――斬闇を放つ。装甲や守りをすり抜け、ソラの内部に直接ダメージを与える一撃。しかし、ソラは無言のまま、驚異的な冷静さで次なる攻撃の軌道を完璧に予想していた。
オッタルもまた、武人としての真価を発揮する。ソラの変幻自在なワープの軌跡と出現のタイミングを鋭い観察眼で読み切り、次に出現するであろう虚空へと向けて、渾身の力で大剣を振り下ろしたのだ。
読みは完璧だった。現れた無言のソラの頭上に、必殺の黒刃が迫る。
その刹那、ダンジョンの空間を引き裂くような、悍ましい咆哮が轟いた。
身の毛がよだつその雄叫びに、一瞬、階層からすべての音が失われた。空気が凍りつき、生物としての本能が最大級の警鐘を鳴らす。
広間の天井、闇の奥からそれが姿を現した。絶望の象徴。破壊の権化。迷宮の白血球たる殺戮者、ジャガーノートである。
逆関節の脚を軋ませ、天井を蹴り砕く。狙うは、眼下で激闘の最中に隙を晒しているように見える二人の冒険者を驚異的な速度で、紫紺の悪夢が飛来する。いかに屈強な冒険者であろうと、不意を突かれたこの状況で回避など不可能。無慈悲な凶爪が、彼らの命を刈り取ろうと迫った。
しかし。ジャガーノートにとって唯一の誤算は、彼らが隙を晒していたわけではなかったことだ。
ソラはオッタルの予測攻撃に対し、回避行動をとらず、自身の生命力を削り落とす激しい負荷を代償として、自身の攻撃力を高めるレイジフォーム特有の技『リスクチャージ』を発動した。
その瞬間、ソラの全身からどす黒い闘気が一気に膨れ上がる。リスクチャージによって爆発的に放出された闇のオーラが防壁となって弾け飛び、力任せに押し込んでいたオッタルの剣を勢いよく跳ね返した。
この時、ソラがワープの残像を以て躱し、あるいはリスクチャージの衝撃によって軌道を狂わされたオッタルの必殺の一撃――防御無視の特性を持つ斬闇の凄まじい残撃が、上空から猛烈な速度で突っ込んできたジャガーノートの身体へと、真っ直ぐに誤射される形で直撃した。
「──ッ!?」
物理装甲を完全に透過し、臓腑を直接寸断する漆黒の刃を受け、ジャガーノートが痛みの絶叫を上げて激しく悶絶し、床へと無様に倒れ伏した。
だが、迷宮の殺戮者はその程度では止まらない。ジャガーノートは何度も立ち上がっては、執念深くソラたちに向けて強襲を掛けようと凶爪を振るう。しかしその度に、ソラが無言のワープで躱したオッタルの苛烈な斬闇が、ジャガーノートの肉体を容赦なく貫き、その肉体をズタズタに削り取っていった。
ボロボロになりながらも、ジャガーノートはついに執念でソラたちの至近距離にまで近づくことに成功。しかし、その時にはすでに、すべてが遅すぎた。ソラはオッタルの体勢が崩れた隙を逃さず、リスクチャージによって増大した破壊力をそのまま乗せ、決定的な大技へと移行していたのだ。
ソラはダンジョンの石畳めがけ、握りしめたキーブレードを静かに、しかし力強く突き立てた。
その瞬間、ソラを中心にダンジョンの空間が激しく歪み、無数の漆黒の球体が周囲の空中に浮かび上がった。球体は脈打つように膨張を続け、直後に内部から激しい火花が散ったかと思うと、周囲を揺るがすような大爆発を連鎖的に引き起こした。
怒りのオーラを凝縮した破壊の嵐が巻き起こり、オッタルはもちろんのこと、戦闘の余波に引き寄せられて周囲に集まっていたモンスターやハートレスの群れを完全に飲み込む。至近距離まで迫っていたジャガーノートもその絶大な爆発の直撃を受け、強固な装甲を無残に砕かれて致命的なダメージを負い、ついにその命を散らすのだった。
凄まじい閃光と爆風が収まると、ダンジョンには再び静寂が戻っていた。ひび割れた石畳の上には、絶命したジャガーノートの巨大な亡骸が横たわっている。
最後の大技を放ち終えたソラの肉体から、纏っていた漆黒の闇と怒りのオーラが霧散するように消え去っていく。元の快活な少年の姿に戻ったソラは、キーブレードを杖代わりにして大きく息を吸い込み、長く深く息を吐き出した。
度重なる激戦とレイジフォームの使用により、体力も
エリクサーの効力が即座に全身を巡り、内部に負ったダメージや疲労が急速に癒やされ、
完全に息を吹き返したソラが、ふと前方に視線を向けると――オッタルの姿は、いつの間にか跡形もなく消え去っていた。あの凄まじい連鎖爆発の最中に闇の力で転移したのか、あるいは自力で撤退したのか。いずれにせよ、オッタルはソラの前から完全に姿を消したのだ。
だが、今のソラにとってそんなことは些末な問題だった。
ソラは足元に転がる迷宮の殺戮者の亡骸には目もくれず、完全に無視してその横を素通りする。
「待っててろよ、ベル!リリ!」
大切な友が戦う場所へと急ぐため、ソラは上層へと続く階段に向かって、ダンジョンの暗がりを全速力で駆け抜けていくのだった。
・
濛々たる土煙が晴れゆくクレーターの中央。すり鉢状に抉り取られた第十一階層の大地の底で、濃密な影が不自然に揺らめいた。
直後、どす黒い闇の靄が滲み出すように膨れ上がり、オッタルが、ゆっくりと影の中からその巨躯を現した。ソラが最後に放った、怒りのエネルギーによる漆黒の大爆発。その規格外の破壊力から身を守るべく、オッタルは咄嗟に己の影の中へと沈み込み、体得した闇の力をもって絶対の防御陣を敷いていたのだ。
影から完全に抜け出し、石畳の上に分厚いブーツを下ろした彼は、太い首を鳴らし、丸太のような肩を回して自身の肉体の損傷具合を冷静に観察する。ひんやりとした地下の空気の中、頬を伝う生温かい液体の感触と鉄の匂い。影に潜んで凌いだとはいえ、あの爆発の威力を完全に相殺することはできず、それは間違いなく己の額から流れた血であった。だが、致命的な怪我はどこにも確認できない。
ソラとの戦いで全身には無数の擦過傷と深い打撲が刻まれている。しかし、それはポーションかファミリアの治癒師の魔法を借りれば、すぐに完治する程度のダメージでしかなかった。
オッタルの脳裏に、先刻までの常軌を逸した死闘の記憶が鮮明にフラッシュバックする。
極限の鍔迫り合いの最中、ソラは得物を凄まじい推進力を誇る螺旋状の武器へと再構築した。オッタルは卓越した技量でその切っ先を逸らし、競り合いに勝ったと確信した。だが、それこそがソラの狙いだった。全力を出し切った直後の僅かな硬直を突かれ、未知の硬度を持つアームに胴体を拘束されたのだ。次の瞬間、オラリオで最も重く強靭なはずの己の肉体が、まるでただの分銅か布切れのようにダンジョンの宙を振り回され、遠心力を伴って何度も壁や床に激突させられた。
それでも主神の命を果たすべく、オッタルは密かに体得していた闇の力を解放した。空間を跳躍してソラの前に立ち塞がり、一切の守りを透過して内部を破壊する必殺の刃で、彼を下の階層へと叩き落とした。確実な一撃だった。しかし、追撃を下そうとしたオッタルの前で、あろうことか時間そのものが強制的に凍結されたのだ。静止した白黒の世界で、不可避の五連続の斬撃を刻み込まれるという理不尽。
そして何よりオッタルの戦士としての本能を揺さぶったのは、仲間を阻まれた怒りによってソラが漆黒の姿へと変貌した瞬間だった。オッタル自身が扱う闇と同質でありながら、その密度も深さも、感情の純度も比較にならない力の奔流。無言のまま繰り出される空間跳躍からの超高速の連撃。オッタルが起死回生で放った神威の一撃すらも、ソラは回避するのではなく正面から受け止め、そのエネルギーを吸収してより強大な暴力として跳ね返してきたのだ。
もしあの時、オッタル自身の魔法を解放していれば結果は大きく違っていただろう。だが、オッタルはあえて魔法を使わなかった。それは純粋な闘争を求めたためではない。あくまでベルの試練の妨げにならないよう、ただ壁として立ち塞がる役割に徹したからだ。
「……不覚」
オッタルは己の失態を噛み締めるように独り言ちた。
だが、その低い声音に失望や悔恨の色は微塵も混じっていない。ソラが上の階層へ向かうのを足止めするという、フレイヤが下した最低限の命は果たした。結果的に突破を許し、圧倒的な力でねじ伏せられたことに腹を立ててもいなかった。
代わりに彼の胸中を満たしていたのは、久しく忘却の彼方にあった熱だった。
純粋な闘争の悦び。純粋な力と質量で、自分を力任せに投げ飛ばせるほどの膂力を持つ存在。物理や時間の理すら捻じ曲げ、世界の法則を書き換える規格外の力。オッタルが振るう力のすべてを凌駕し、自分を赤子のように振り回した理不尽なまでの強者。
ソラのあの漆黒の姿、レイジフォーム。あれこそが、己が手を染め始めた闇の力を極めた先にある姿なのだろう。怒りという純粋な感情をトリガーとし、底知れぬ破壊のエネルギーへと昇華させるのだとオッタルは確信していた。あの力を完全に支配し扱うことこそが、己をさらに高みへと引き上げる次なる目標であると。
自らの血が、これほどまでに熱く煮えたぎるのはいつ以来だろうか。
オッタルは分厚い掌を眼前に翳し、その掌中に残る痺れるような熱と痛みを逃がさぬように、ゆっくりと、だが力強く拳を握り込んだ。
「くくく……はははは……」
巨大な壁として君臨し続けてきた男は、ついに自らが乗り越えるべき好敵手と、目指すべき力の頂を見つけたのである。
武人としての歓喜に浸っていたその時、オッタルの思考は不意に鋭い感覚によって現実に引き戻された。
闇の力をその身に宿して以来、彼の五感、とりわけ嗅覚は、周囲に潜む闇の気配を極めて鋭敏に感じ取るようになっていた。そして今、この地下空間の冷たい空気の中に、微かではあるが確実に異質な臭いが混じっているのを嗅ぎ取ったのだ。
それは、ここ最近になって都市の暗がりで常々感じ取っていた匂いだった。その正体が何なのか、これまでは確証を持てずにいた。しかし、極限の死闘を経て闇の感覚が限界まで研ぎ澄まされた今の彼には、はっきりと理解できた。
間違いない。この匂いは、かつて己が対峙し、その手で確実に殺したはずの男の匂いだ。
しかし、漂ってくる闇の濃密さと威圧感はどうだ。かつて自分がその命を奪った時とは比較にならない。遥かに大きな力となって脈打っているのが遠くからでも感じ取れる。死んだはずの男が、得体の知れない闇の力を得て蘇ったとでもいうのか。
「……ほう」
オッタルの口元が、先ほどの武人としての爽やかな笑みとは全く異なる、好戦的で獰猛な形へと歪んでいく。それはまるで、未知の性能を秘めた極上の新しい玩具を見つけた子供のようだった。彼の瞳の奥には、新たな闘争への期待を孕んだどす黒い闘志が宿っていた。
オッタルは気配を消し、巨体を音もなく深い影の中へと沈み込ませる。己の嗅覚を頼りに、その匂いの正体を直接確認すべく、ダンジョンの暗闇と同化しながら静かに移動を開始した。
出落ち喰らったジャガ丸くん。闇の力で倒されたので遺体が残りました(24話より)。この後遺体はフェルズ達に回収されました。
ジャガノートが出現する破壊規模ってこれでいいのか正直不安です。
オッタルは闇の力の影響で戦闘への意欲が向上しています。ヴァニタスを参考にしました。ただしちゃんとフレイヤの言いつけは守ってます。
嗅覚はキングダムハーツCOM要素です
次回は5月27日に更新します