視線の先で、植物の怪物と融合した女体型は狂気じみた笑い声を上げながら、たどたどしくも明確な言葉を紡ぎ始めた。
『アリア、アリア!!』
まるで母親の温もりを求める無邪気な子供のように、女体型はアイズの姿を真っ直ぐに見つめ、その名を何度も何度も連呼する。響き渡る声は、おぞましい怪物の外見とは裏腹に酷く甘く、そして決定的に歪んでいた。
『会イタカッタ、会イタカッタ!』
「……っ!?」
信じがたい言葉の羅列に、アイズが驚愕で息を呑む。知性なき怪物が明確な言葉を発したこと、そして何より、アイズの母の名を呼んだという異常事態に、リヴェリア達も弾かれたように彼女の方へと振り返った。
『貴方モ、一緒ニ成リマショウ!?』
アイズに向けられる、異様で執拗な愛情の言葉。巨大な植物の奥底から滲み出るその執着に、周囲の空気が急速に凍りつく。後方で事態を見守っていたリヴェリアやガレス達は、この怪物の正体について最悪の可能性を察したのか、その表情にさらなる緊迫と戦慄の色を浮かべた。
『──貴方ヲ、食ベサセテ?』
女体型が、不気味に歪んだ三日月の笑みを浮かべた。その言葉は、純粋な食欲と狂気に満ちた、絶望への招待状であった。
直後、女体型に極彩色の魔石を献上していた芋虫型や
「総員、戦闘準備!!」
退路を絶たれた瞬間に、フィンが鋭い号令を迷宮に響かせる。全員が即座に己の武器を構え、強固な迎撃の体勢をとった。歴戦の勇士たちによる一切の隙もない陣形を前にしても、女体型はただ無邪気な哄笑を漏らすだけだった。
その歪な一笑を合図に、59階層における真の死闘の戦端が開かれた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
空間を激しく震わせる吠声と共に、百を優に超える芋虫型、
押し寄せる黄緑と極彩色に、不吉な藍色が入り混じる混沌の暴走。迷宮の悪意そのものが形を持ったかのようなその大群を見据え、ガレスが腹の底から咆哮を張り上げる。
「前衛に上がるぞフィン!?」
「全員ぶっ殺す」
獰猛な笑みを浮かべたベートが、ガレスの横を擦り抜けて一直線に飛び出した。銀色の疾風と化した彼は、迫り来る芋虫型が吐き出す致死の腐食液を紙一重で躱し、双剣デュアル・ローランの神速の斬撃でその体軀を次々と切り刻んでいく。ガレスもまた、ドワーフの規格外の怪力を爆発させ、圧倒的な重量を誇るアックス・ローランを振り回して群れを粉砕し、強引に血塗られた道を切り開く。
怒涛の前進を続ける二人の前に、アンヴァースの群れ――フラッド、スクラッパー、ブルーザーが入り乱れて襲い掛かってきた。
フラッドたちは迷宮の床に液体のようの溶け込み、死角から鋭い爪を立てて飛び出してくる。だが、ベートは不快げに吐き捨て、地面から飛び出してくる瞬間の僅かな波紋を完璧に読み切り、双剣と蹴りで藍色の波を水面ごと次々と切り裂いていく。
フラッドの群れを抜けた直後、今度は四つん這いの姿勢から独楽のように回転して襲い掛かる格闘型アンヴァース、スクラッパーの部隊が急襲する。予測不能な連続打撃がガレスの死角を突こうとするが、強固な防壁と化したガレスの肉体は微動だにしない。一喝と共に放たれた大振りの一閃が、スクラッパーを周囲の木々ごとまとめて両断し粉砕する。
さらに、地鳴りを立てて巨大なアンヴァース、ブルーザーが数体立ち塞がった。極太の腕を顔の前に交差させて強固な防御陣を敷き、地面を激しく叩きつけて強烈な衝撃波を放ってくる。だが、ガレスは豪快に笑い、衝撃波を真っ向から受け止めながら一直線に突進する。ブルーザーの強固なガードを上回る極大の膂力で大戦斧を叩き込み、盾ごと天に向けてカチ上げるように吹き飛ばす。完全に無防備となったその巨体の背後へベートが回り込み、必殺の飛び踵落としを弱点の首筋へと正確に叩き込み、巨獣を一撃で沈めてみせた。
阿吽の呼吸でアンヴァースの軍勢を次々と蹴散らして前進していると、突如として二人の足元の地面から、鋭く冷たい氷の柱が無数に突き出してきた。
ガレスは斧の腹で氷を叩き割り、ベートはフロスヴィルトの蹴りで氷柱を粉砕して素早く対応する。直後、宙を舞う氷の破片と白い冷気の向こう側から、狂気じみた甲高い笑い声を上げながら、ピエロスターが錐揉み回転の蹴りを放ち、ベートへと急襲を仕掛けてきた。
ベートは咄嗟にフロスヴィルトの装甲を交差させて、その強烈な飛び蹴りを受け止める。激しい衝突によってピエロスターの動きが一瞬止まったその瞬間、ベートの背後からガレスが跳躍し、空中のピエロスターに向けて渾身の力で大戦斧を振り下ろした。
だが、必殺の刃がピエロスターの身体に届く直前。ガレスの巨体が、振り下ろす体勢のまま空中で完全に停止してしまった。
「ジジイ!?」
目の前で起きた異常な現象を理解できず、ベートが驚愕の声を上げる。すると、ベートの武装を蹴りつけていたピエロスターの姿が陽炎のように掻き消え、いつの間にか二人の後方へと回り込んでいた。
ピエロスターは両手に黄金色の不吉な魔力を集束させると、扇状に広がる極大の雷撃を解き放った。ベートは忌々しげに舌打ちをしながら、自身と空中で身動きの取れないガレスを守るため即座であるダークバリアを展開する。
「クソがぁ!」
凄まじい雷撃がダークバリアと周囲の地面に激突し、視界を焼き尽くすほどの閃光がベート達とピエロスターの間を完全に遮断する。だが、その強烈な光が晴れた瞬間、ピエロスターの赤い双眸に映ったのは、すでにバリアを解除して至近距離まで肉薄しているベートの獰猛な姿だった。
「死ねッ!」
ベートが双剣を振るい、ピエロスターの身体を切り裂こうとする。だが、その鋭利な刃がピエロスターの衣服に触れるよりも速く、背後の死角に控えていたアンヴァース・クロノツイスターの砂時計の砂が全て落ちきるとベートに向けてストップガを放つ。直後、ベートの身体もまた、空中で停止しているガレスと同様に、完全に凍結したかのように静止してしまった。
空中で固まり、完全に無防備となったベートの頬を、ピエロスターが小馬鹿にしたような軽快なリズムで何度も叩いてからかう。屈辱的な振る舞いを常のベートが受けようものならベートの眼球が怒りで血走るが、魔法の呪縛により停止したベート指一本動かすことはできない。
するとピエロスターは、直後に汚いものでも触ってしまったかのように大げさに顔をしかめ、露骨な嫌悪感を示す。どこからともなく取り出したハンカチで念入りに指を拭き始めると、ひとしきり汚れを落とした後、そのハンカチをベートの顔の上へと無造作に放り捨てた。
怒りに顔を歪めるベートをあざ笑うように、ピエロスターはクロノツイスターに向けて親指を立てる。そして、動けない二人に向けて、アルテマを放つべく膨大な魔力を練り上げ始めた。周囲の空間が歪んでいく中、突然極彩色の光球がピエロスターの頭上に収束していく。
「させるかぁ!!」
その絶体絶命の危機に、ソラが叫び声を上げて一直線に突進してきた。彼の手には、エバーアフターを変形させたミラージュロッドが握られている。
ソラは走りながらミラージュロッドを横に回転させ、自身の周囲に幾何学的な光の線を展開する。幾重にも重なる光の軌跡がソラを包み込む球体状の結界となり、眩い光の塊と化してピエロスターへと強襲を仕掛けた。さらに強襲から間髪入れずロッドを天へと高く掲げ、ピエロスターの周囲の地面から天を衝く極太の光の柱を連続して噴出させるゴールドレイを放ち、続けてロッドの先端から水平に空間を貫く極太の光の熱線リバースレイによる怒涛の波状攻撃を叩き込む。だが、ピエロスターはその幾何学的な突進も、下から噴き上がる光の柱も、空間を焼き切る熱線も、すべて鮮やかな連続跳躍と曲芸のようなバク転で軽々と回避してのけた。
だが、ピエロスターが回避行動を終えて着地しようとしたその地点に向けて、椿が大地を力任せに蹴り上げた。
「はあああああっ!!」
椿が裂帛の気合いと共に叫ぶ。彼女の異常な膂力を乗せた強烈な踏み込みにより、59階層の硬い岩盤がすり鉢状に爆砕した。一瞬にして遥か頭上へと達した椿は、空中で身体をぴたりと静止させ、構えた大太刀へと全神経と魔力を注ぎ込み始める。
刀身が目を焼くような紅蓮の輝きを放ち、周囲の大気が激しく揺らめく。溜め込まれた熱量が極限まで高まった瞬間、椿の背後の空間が耐えきれずに激しく歪み、漆黒の虚空から燃え盛る無数の巨大な岩塊が次々と姿を現した。
眼下の標的であるピエロスターをその隻眼で真っ直ぐに捉えた椿は、空中で身体を豪快に反転させ、落下の全質量を乗せて紅蓮の大太刀を振り下ろす。
「落ちろァッ!!」
椿が渾身の必殺技メテオバーストを繰り出す。振り抜かれた刃の軌道に呼応し、天を埋め尽くしていた無数の巨大隕石が、紅蓮の尾を引きながら斜め上方から一斉に降り注ぎ始めた。それはピエロスターの視界のすべてを朱色に染め上げる、回避不能の灼熱の弾幕であった。
空気を引き裂く轟音を響かせ、鋭い角度で斜めに殺到する無数の巨大な流星群。その中心を、極大の炎を纏った椿自身が、大地ごと敵を両断せんとする必殺の刃となって急降下していく。
斜めに降り注ぐ無数の隕石が、ピエロスターの後ろで防御陣を敷いていたバックルブルーザー集団の強固な防壁を次々と粉砕し、さらに奥にいたクロノツイスターをも跡形もなく叩き潰す。巻き起こる火柱と爆風の嵐が、59階層の灰色の空間を灼熱の色に染め上げた。
クロノツイスターが破壊された瞬間、世界の凍結が砕け散る気配と共に、停止させられていた時間が唐突に再開された。
せき止められていた彼らの破壊の力が、凄まじい反動を伴って一挙に解き放たれる。振り下ろされる直前で静止していたガレスのグランドアックスは、圧縮されていた剛力そのままに大気を爆砕させ、踏み込みの途中で固まっていたベートの双剣もまた、鋭利な閃光を描いて虚空を両断した。
標的の消失した空間を渾身の膂力で薙ぎ払ってしまったため、凄まじい風圧が巻き起こり、二人の肉体は強烈な空振りの遠心力によって前へと大きくのめりそうになる。
「なっ……!?」
「ちぃっ!」
突如として意識と身体の主導権が戻った違和感に一瞬だけ目を瞠るも、歴戦の戦士である彼らが無様な隙を晒すことはなかった。
ガレスは大地に深く爪先を食い込ませ、石畳を粉砕しながら戦斧の遠心力を強引に腕力でねじ伏せて即座に重心を沈める。一方のベートも、前のめりになった勢いを殺さずしなやかに身を捻って一回転し、顔にへばりついた絹のハンカチを乱暴に引きちぎりながら、地を滑るように低く構え直して即座にピエロスターの行方を追った。
「逃がすかぁあ!」
爆発の煙を抜け、ピエロスターは背中の羽を広げて上空へと逃亡を図ろうとする。だが、ソラと三体のソラの分身が放った追尾する光弾の魔法アバターショットがそれを逃さず、空中のピエロスターを見事に撃ち落とした。
倒れ伏すピエロスターに致命の一撃を与えるべく、ガレス、ベート、椿の三人がそれぞれの武器を大きく振りかぶる。
「テメェだけはぜってぇに逃がさねえ!!!」
「これで終いじゃァッ!!」
「はぁあああ!!」
ベートの双剣、椿の大太刀、ガレスの大戦斧が、無防備な道化の身体を粉砕せんと迫る。だがその直後、三人の目の前の空間が強烈な光に包まれた。咄嗟に椿とガレスが大盾を召喚して防御姿勢をとるが、防ぎきれずに凄まじい衝撃波が炸裂する。空中に浮いていた椿が大きく吹き飛ばされ、ソラが叫び声を上げて彼女を間一髪で受け止めた。
「椿っ!」
「っとぉ!すまぬソラ!」
「チィッ……仕留め損なったか。さっきのはなんじゃ?」
「あァ!?クソが、あっちもこっちも鬱陶しいんだよ!!」
この光を放った首謀者を探すべく、ソラ達が急いで視線を向ける。すると、遠くでウォーリング・トライアドの中段にある機械部分に、不吉な光が集束しているのが見えた。先ほどの光は、あの神像から放たれた極太の破壊の閃光だったのだ。
ウォーリング・トライアドは標的をソラ達に定め、再び破壊の閃光を発射し、さらには無数の誘導弾までも撃ち放ってきたのだ。
「守りよ!!」
殺到する閃光に対し、ソラが瞬時にリフレガを展開して完璧に防ぎ切り、フィンが長槍による精緻な投擲で飛来する誘導弾を空中で次々と爆散させる。
ウォーリング・トライアドの圧倒的な火力を目の当たりにし、フィンは戦局全体を見据えて即座に決断を下す。
「奥の巨像は僕とリヴェリアとガレスで堕とす!片付き次第すぐに戻るから、ラウル、それまで本隊の指揮を頼む!」
「えぇ、じ、自分すかっ!?」
突然の指名に、ラウルは驚愕で声をひっくり返すが、フィンは彼に構うことなくソラへと視線を向けた。
「ソラはアンヴァースの群れを積極的に狙って、アイズたちの援護を頼む!」
「任せろ!」
ソラの力強い返答を聞き、フィンは視線をベート、椿の二人へと移す。
「ベート、椿は、あのハートレスの相手を頼む。行くぞリヴェリア、ガレス!!」
「……あまり激しく揺らすなよ、フィン」
「応ッ!あのデカブツを叩き割ってくれるわい!」
フィンはそう指示を出し終えると、ドリームイーターのハンサムペガサスとカエルソルジャーの力を借りてデュアルリンクスタイルのライジングウィングへと姿を変えたフィンは、リヴェリアを背中におんぶすると、力強く翼をはためかせ、巨弾や閃光が飛び交う戦場の空を駆けてウォーリング・トライアドへと一直線に飛翔していくのであった。
・
飛翔するフィンとガレス。絶え間なく吐き出される破壊の光条と、空を埋め尽くすほどの誘導弾が飛来する死の空域を、二人は背に顕現させたライジングウィングを翻して縦横無尽に駆け抜けていく。
「チィッ、次から次へと鬱陶しいわい!」
ガレスが忌々しげに吐き捨てながら、グランドアックスの豪快な一振りで空を覆う藍色の群れを薙ぎ払う。彼らの前途を阻むように、空中を自在に飛び回るアンヴァースの編隊が無数に湧き出し、ウォーリング・トライアドからの砲火に混じって執拗な奇襲を仕掛けてきていた。
「ガレス、強引に突破する!高度を落とすな!」
「分かっておる!首領の背中はお主が守れ、リヴェリア!」
「言われるまでもない。我が魔法の前に灰と化すがいい」
フィンの背にしっかりと掴まりながら、オラリオ随一の魔導士が冷徹に言い放つ。迫り来る高密度の弾幕とアンヴァースの群れに対し、リヴェリアの振るう杖が猛威を振るった。
「消え去れ」
杖の先端から放たれた猛烈な火炎の魔法ファイガの爆炎が、空中に幾つもの紅蓮の華を咲かせる。正確無比に投擲された炎の塊は、迫り来る藍色の群れを次々と飲み込み、悲鳴を上げる間もなく灰燼に帰していく。
「上から来るぞ、リヴェリア!」
「問題ない」
フィンの鋭い警告に即座に反応し、リヴェリアは瞬時に極厚の氷の防壁を虚空に展開する。死角から迫っていた大量の追尾ミサイルが氷壁に激突し、凄まじい爆音と煙を巻き起こすが、黄金の翼はその爆炎を突き破ってさらに加速した。フィンはフォルテイア・スピアを神速の旋回で振るい、防壁をすり抜けた破壊の光条をことごとく弾き落としていく。
息つく暇もない絶え間ない攻防の末、三人はついに空を覆い隠すほどの威容を誇るウォーリング・トライアドの眼前へと肉薄した。
「下のは儂がやる!」
ガレスがそう短く宣言すると、翼を畳んで巨岩のような肉体を弾丸のごとく急降下させた。
「なら、上は私がやろう」
リヴェリアも即座に自身の標的を見定め、フィンの背中から滑るように虚空へと跳躍する。重力に従って落下する彼女の足元に猛烈な冷気が巻き起こり、大気中の水分を瞬時に凍結させて空を駆ける氷のレールを形成した。リヴェリアは重力を無視して滑走するように、遥か上空の双子像へと向かって駆け上がっていく。
「さて、僕も行くとしようか」
残されたフィンは静かに独りごちてフォルテイア・スピアを構え直し、中段に構える混沌の異形たちへと鋭い視線を向けた。
最下層に鎮座する、苦悶に歪む巨人の顔。その【かお】が待ち受ける大地へと隕石のように着地したガレスを、容赦のない自然の暴威が襲い掛かる。
空間の磁場が狂わされ、不可視の引力と斥力が乱反射してガレスの巨体を宙へ放り出そうと弄ぶ。さらに、呼吸するだけで肺腑を焼き潰し、生命力を直接啜り上げる紫色のスリップの瘴気が周囲一帯を完全に包み込んだ。
だが、ガレスは揺るがない。大戦斧の石突を大地深くに叩き込んで突き立て、自らを楔のように固定する。致死の毒霧も、ドワーフ特有の規格外の頑強な肉体耐久の前には決定打とはなり得ない。巨人の顔から生える短い腕が、空間そのものを切り裂く真空波を連続して放ってくる。ガレスは一歩も退かず、分厚い手甲と戦斧の腹を強固な盾として構え、見えざる不可視の刃を真っ向から次々と弾き飛ばしながら、ズシン、ズシンと大地を踏みしめて前進していく。
純粋な力による突破を悟った【かお】が、大地を揺るがすマグニチュード8の激震を巻き起こした。地面が荒波のようにうねり、巨大な地割れが牙を剥いてガレスを飲み込もうとする。
「小賢しいわァッ!」
ガレスは裂帛の気合と共に、あえて大きく足を踏み込んだ。跳ね上がる大地に対して戦斧を脳天から振り下ろして叩きつけ、自身の圧倒的な筋力のみで生み出した強烈な逆衝撃波を真っ向からぶつける。凄まじい轟音と共に純粋な力と力が衝突し、地殻変動の膨大なエネルギーを力任せに完全に相殺してみせた。
直後、上空から振り下ろされた巨大な長い腕が、処刑のハンマーのようにガレスを押し潰そうと迫る。ガレスは戦斧を無造作に投げ捨て、頭上に丸太のような両腕を交差させて真っ向からその質量の暴力を受け止めた。
ドワーフの強靭な骨格が限界を訴えるような軋みを上げ、足元の岩盤がすり鉢状に激しく陥没する。だが、ガレスの太い腕は決して屈しない。それどころか、受け止めた巨大な腕の関節を両手でガッチリと掴むと、全身の筋肉を爆発させて強引に逆にへし折り、そのまま巨大な石の腕を力任せに引きちぎって背後へと投げ捨てた。
う腕を失い、完全に剥き出しとなった巨大な石の顔面。ガレスは傍らの戦斧を拾い上げ、一足飛びでゼロ距離まで肉薄する。
「砕け散れェッ!!」
渾身の力を込めたフルスイングの大回転が、巨人の顔面の中央へと容赦なく叩き込まれる。鼓膜を破る凄絶な破壊音と共に、分厚い石の装甲が粉微塵に砕け散り、下段を担う【かお】は完全に粉砕され、永遠の沈黙へと落ちた。
一方、中段の空間では、フィンが絶望的な火力の網目に直面していた。
天を貫く塔の如き異形の巨躯。機械の配管と歪な肉体が融合したウォーリング・トライアドの第二層――虎のような怪物の頭上に座す青き巨躯の魔神、磔にされた女、そして絡み合う金髪の男たちの肉塊が、不気味な煙を噴き上げながら眼前に聳え立っていた。
青き魔神が高威力の各種属性魔法と極大魔法フレアを絶え間なく高速詠唱し、絡み合う肉塊と機械が全方位に拡散する極太のレーザーと追尾ミサイルの群れをばら撒く。さらに下部の虎の怪物が、空間を十字に切り裂くサザンクロスと、灼熱の火球フレアスターを無慈悲に放つ。
異なる性質が完璧に織りなす、死角の全く存在しない飽和砲火。フィンは手にしたフォルテイア・スピアを旋風のように振るい、卓越した戦術眼と精密な軌道計算で迎撃していくが、彼の冷徹な頭脳は、これ以上の通常機動での突破は不可能という結論を即座に弾き出した。
ならば、理性を捨てるまで。フィンは短い詠唱を紡ぎ、劇薬たる魔法の引き金を引く。
「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】」
その詠唱と共に、フィンの指先に紅い魔力が集束し、鋭い槍の穂先の形をとる。彼はためらうことなく、その魔力の刃で自身の額を撃ち抜いた。
瞬間、湖面のように静かで理知的だった碧眼が、鮮血を思わせる狂気の紅眼へと染まり上がったしたフィンは、超神速の踏み込みで死線の安全圏を駆け抜け、足場など存在しない、吹き荒れる虚空のただ中へと一気に跳躍した。
宙を舞う
「沈め」
フィンの口から漏れたのは、氷のように冷たい声だった。フィンの身体が重力を無視して空中でピタリと静止する。
勇者のイメージとは対極にある、深淵の闇。全身から噴き出した黒紫の闘気が爆発的な波動となって大気を軋ませ、ウォーリング・トライアドの全容を威圧するように飲み込んでいった。
刹那――虚空に自らの残像だけを置き去りにして、フィンは消失した。
【ダークオーラ】による超高速の空間転移の連続突進。足場のない三次元の空間を縦横無尽に跳躍し、フィンはウォーリング・トライアドを取り囲むように猛攻を仕掛ける。
青き魔神の背後から肉薄しての一閃。反転し、磔の女の足元を掠めながら虎の石像へ叩き込む斬撃。管を伝ってうごめく男たちの肉体を両断する連撃。重力も慣性も置き去りにした闇の軌道が、巨大な像の周囲に幾重もの幾何学模様を刻みつけていく。
像から放たれる呪詛も、噴き上がる黒煙も、狂戦士の神速を捉えることはできない。
宙を疾駆する刃が空気を引き裂くたびに硬質な轟音が響き渡り、ウォーリング・トライアドの至るところから激しい衝撃波が弾け飛んだ。
乱舞の果て、フィンは頭上――虚空の頂点へと瞬間移動のように再出現した。
両手で構えた槍の切っ先へ、空間そのものを歪ませるほどの濃密な闇が集約されていく。
「これで……消し飛べェッ!!」
一閃。フィンは何もないはずの大気そのものを踏み抜き、虚空の芯へ向けてフォルテイア・スピアを全力で突き立てた。
空間が軋み、見えない大気にガラスのような亀裂が走る。
次の瞬間、フィンの足元を中心とした虚空から、無数の巨大な闇の柱が全方位へと爆発的に噴出した。
轟音とともに空を埋め尽くす黒紫の光柱。全方位へ放たれた圧倒的な衝撃波が、青き魔神も、磔の女も、蠢く男たちの肉塊もまとめて容赦なく呑み込んでいく。
激震が走り、機械仕掛けの肉塊が悲鳴のような軋み音を立てて砕け散っていった。
吹き荒れる闇の嵐が静かに霧散していく。
落下しながら槍を収めるフィンの眼下で、第二層の像は莫大なエネルギーの閃光を吹き出しながら崩壊を始めていた。
だが、神聖なイメージを覆す凶暴かつ鮮烈な殲滅戦を終えた直後、フィンの肉体を極限の疲弊が容赦なく襲った。全身の筋肉が断裂するような激痛に視界が揺らぐ中、紅眼の直感が真上から迫る致死の凍結予兆を察知する。フィンは限界を超えた身体を強引に動かし、迫り来る絶対零度の範囲外へと間一髪で退避した。
・
最上段の空域。リヴェリアは虚空に敷設した氷のレールを猛スピードで滑走しながら、眠りにつく巨大な神像と、それに寄り添うもう一体の女神像と対峙していた。
レールを滑りながら杖を振るい、無数の氷の礫【アイスビット】を雨霰の弾幕のように展開して眠る像の装甲を削り取る。だが、もう片方の女神が全属性を吸収する絶対の結界を展開し、傷ついた像のダメージを瞬時に癒やしてしまった。
さらに女神は反撃とばかりに、トルネド、メルトンを立て続けに放ってくる。リヴェリアは自身の足場である氷のレールを溶かされ、砕かれながらも、紙一重の連続回避を強いられる。
後衛の魔導士である彼女にとって、詠唱を紡ぐ隙が一切与えられない空中の機動戦は並行詠唱が使えるとしても致命的な死地である。だが、絶体絶命の危機の中で、彼女の脳裏にたるヴィクセンの講義が蘇った。
『心を根底とし、明確なイメージで現象を喚起するのがソラや我々が扱う魔法だ。それは即応性に優れるが、純粋な威力ではゼムナスやマーリン、イェンシッド、ランプの精霊ジーニーをはじめソラやその仲間たちを除けば
『対して、君達の魔法は完成されたプログラムだ。圧倒的な破壊規模を誇るが、詠唱という手順の隙が致命的な弱点となる』
『ならば、完成されたプログラムに対して、心象のイメージを“外部パッチ”として組み込めばどうなるか?長大な詠唱コードを心象で肩代わりする、いや、君の場合は長文の詠唱に心象を加味することで威力や範囲を劇的に向上させる方がいいな…』
リヴェリアは猛威を振るう弾幕を躱しながら、リヴァリアの体全体やマグナ・アルヴスの先端に光を集束させるとブレードチャージへと姿を変え、身の丈を超える巨大な光の魔法剣を瞬時に顕現させた。
魔導士という枠組みを自ら破り捨てた彼女は、レールを蹴り出して猛烈な速度で肉薄する。敵が次の魔法を放つよりも速く懐に入り込み、【ラストアルカナム】を解き放った。
「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け】」
リヴァリアは詠唱しながら超高速の踏み込みと共に、巨大な光の剣刃が虚空に幾重もの眩い斬線を刻みつける。一閃、二閃、三閃――目にも留まらぬ速度で像の周囲を縦横無尽に駆け抜けながら放たれる怒涛の連続斬撃が、全属性を吸収するはずの絶対の結界を強引に切り裂き、分厚い石の装甲を粉砕していく。空間そのものに眩い光の軌跡を幾重にも焼き付けるような乱舞の果て、彼女は空中で大きく振りかぶり、渾身の力を込めた最後の一閃を振り下ろして、眠る女神像へ致命的な一撃を与えた。だが、女神像も終わってはいなかった。最後の抵抗として、遥か上空から全てを押し潰す巨大な隕石群【メテオ】を降らせてきたのだ。
「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け三度の厳冬--】」
リヴェリアは迫り来る隕石群を回避するのではなく、自らそこへ飛び込んだ。燃え盛る岩塊の表面に瞬時に極低温の氷を張り巡らせて足場とし、落下する隕石から隕石へと跳躍して天空高くへと駆け上がっていく。
敵を見下ろす最高到達点。リヴェリアは杖と、左腕に展開したシールドを交差させる。猛烈な吹雪が彼女の周囲で荒れ狂い始めた。通常ならば長大な詠唱を必要とするエルフ王族の極大魔法。彼女はそこに、全てを閉ざす白銀の絶景という明確なイメージを再び外部パッチとして組み込む。詠唱によって解放されるはずの膨大な魔力の指向性を、心象の力で強制的に補強し、極限まで拡張する。規格外の柔軟性と圧倒的な火力の融合。神々の定めた術理の常識すら凌駕し、本来の破壊威力を数倍にまで跳ね上げた氷雪魔法を解き放つ。
「【我が名はアールヴ! ウィン・フィンブルヴェトル!!】」
解き放たれた絶対零度の嵐が、メテオの残骸ごとウォーリング・トライアド全体を包み込んだ。抗うことのできない極寒の波動が、猛り狂う炎も、機械の軋みも、女神の魔力も、下段から上段までのすべてを完全に凍結させ、逃れようのない巨大な氷の彫像へと変えていく。
後衛魔導士の常識を覆す劇的な空中決戦は、彼女の完全なる勝利で幕を閉じた。しかし、常軌を逸した魔法を連続行使した代償として、リヴェリアの
氷のレールを生成する僅かな余力すら失った彼女の身体から力が抜け、意識が薄れゆく中、ディアルリンクスタイルが解除されたリヴェリア、カエルおうじ、カエルシェフは天空から真っ逆さまに落下していく。
力なく宙を舞うリヴェリアの姿を下から見上げたフィン。魔法と連撃による反動で全身が断裂の悲鳴を上げ、激痛が脳を焼いていたが、彼は己の肉体の計算を捨てて反射的に翼をはためかせた。
限界を超えた跳躍で空へと舞い上がり、落下してくるリヴェリアを空中でしっかりと抱き留める。だが、彼にも自らの推進力を殺すだけの
激突の衝撃を覚悟してフィンが身をよじったその時、彼らの真下から、下段を完全にねじ伏せた老将が大戦斧を放り出し、爆発的な脚力で虚空へと跳躍した。丸太のような両腕を大きく広げ、分厚い胸板を張ったガレスが、空を裂いて凄まじい速度で飛翔してくる。
「フィンッ!リヴェリアァッ!!」
二人の名を大音声で叫びガレスに反応したハンサムペガサスは翼をはためかせ3匹を受け止め滑空する。ガレスは空中で真っ正面から二人を力強く抱き留め、極限の落下の衝撃を自らの巨体のみで受け止めながら、三人は一塊となって大地へと激突する。ガレスの腕の筋肉がはち切れんばかりに膨張し、着地の瞬間に足元の硬い岩盤がすり鉢状に激しく陥没して地響きを鳴らした。
砕け散る岩石の破片と大量の土煙が舞い上がる中、ガレスは決して膝を折ることなく、血を吐くような踏ん張りで二人を完全に守り抜いた。
「無茶をしおってからに!揃いも揃って堕ちてくるとは、笑い話にもならんわい!」
ガレスは腕の中の二人を優しく下ろし、豪快な笑い声を上げながら愛のある説教を飛ばす。
「すまない、ガレス……助かったよ」
「面目ない……」
フィンは激痛に顔をしかめながらも苦笑を浮かべ、意識を取り戻したリヴェリアも安堵の息を吐きながら素直に感謝を口にする。
満身創痍となった三人の首領。彼らは互いの絶対的な信頼と、死線からの生還を静かに噛み締め合う。その視線の先には、先ほどまでの圧倒的な威容と狂乱を完全に失い、冷たい沈黙を保ち続ける巨大な氷の彫像となったウォーリング・トライアドが、骸のようにそびえ立っていた。
起き上がった3人は体に付いたほこりを落としエリクサーを飲みソラ達の下へと戻っていくのだった。
ストップ系の魔法は本作品では対異常の対象外にしています。
キングダムハーツとダンまちの魔法の違いは本作のオリジナル設定みたいなものです。
ウォーリング・トライアドはFF6の神々の像をモチーフにしています。なお死者の牙、アスピル、バイオ、カッパー等の一部の魔法は除いています