これと同時に、現在連載中の「無個性と呼ばれた提督」の最新話を更新しています。
よろしければそちらも御覧ください。
「んあ~……」
真夜中。大学受験を目前に控えた俺──
「一旦、休憩するか」
家族は既に就寝済みのため、足音を殺しながらリビングへと向かい、冷蔵庫から冷たい水をコップに注いで一気に喉を潤す。冷水が喉を通る感覚が、凝り固まった思考をわずかに解放してくれた。
冷蔵庫の扉には、家族の写真が磁石で貼り付けてある。去年の夏、海水浴に行った時の写真だ。日焼けして笑う父と母、そして俺。みんな、いい笑顔をしている。
「受験が終わったら、また行けるかな」
そんなことを考えながら、俺は写真に軽く触れた。
ふと、窓の外のきれいな星空に目が惹かれた。都会では見ることのできない、吸い込まれそうなほどの深い闇と、そこに散りばめられた光の粒。
明日も晴れるだろうか。そんなどうでもいいことを考えながら、夜の風を浴びたくなった俺は、上着を羽織って玄関を出た。
「うぇ……思ったより寒いな」
もう少し厚着してくるべきだったか、と後悔したが、戻るのも面倒だったのでそのまま歩き出す。冷たい空気は俺の頭を冷やし、思考がクリアになっていく。先程苦戦していた問題の解き方もまるで霧が晴れるようにパッと思い浮かんだ。
「あー、クソ! 単純だったなー!」
苦笑し、もう数分歩いたら帰るか、と思ったその時だった。
重く、不快な音が耳に届く。それと同時に、形容しがたい生臭さが漂ってくる。
こんな時間になんだ? と空を見上げる。
──悍ましいほどの量の何かが、海から飛来してくるのが見えた。
形、数、存在感。そのすべてが異様だった。
俺は本能的に駆け出した。ただ事じゃない。帰って、家族にこの異変を伝えなければ。
そう思ったのもつかの間だった。
腹の底まで響くような轟音とともに、世界が揺れた。家々のガラスが同時に弾け飛び、凄まじい爆風が俺の身体を容赦なく襲う。俺の身体はまるで紙くずのように吹っ飛び、コンクリートの塀へと叩きつけられる。
全身に激痛が走り、視界が真っ白になった。
そして、頭上から爆弾の落ちる、不吉な音が幾重にも聞こえた。
俺は悟った。
死んだ、と。
~~~
「う、ぐ……」
鼻を突く、強烈な生臭さと焦げ臭い匂いで、意識が浮上する。どうやら運良く、奇跡的に生きていたらしい。身体を動かそうとして、奇妙な感覚に気づく。怪我どころか、痛み一つ無い。叩きつけられたはずの身体は、まるで何事もなかったかのように軽かった。
ゆっくりと目を開き、飛び込んできた光景はひどいものだった。
周囲の建物は原型を留めずに倒壊し、火煙が街のあちこちから柱のように立ち上っている。まるで地獄だった。
俺はすぐに自分の家に向かって走り出した。脳裏には、ただ『家族』の二文字しかなかった。
周りがこうもひどい光景の中、自分の家だけが無事なはずもなかった。俺の家は、見るも無惨な瓦礫の山と化していた。
「お父さん、お母さん!!」
必死に呼びかける。瓦礫を放り投げ、両親を探す。火事場の馬鹿力、というものか、普段じゃ絶対に持ち上げられないような瓦礫すらも軽々と持ち上げることができた。
「どこだ、どこにいるんだ!」
手を動かし続ける。瓦礫の下から、何かが見えるたびに心臓が跳ねる。
──布の切れ端。父のパジャマだ。
「お父さん!」
必死に掘る。しかしその下にあったのは、布だけだった。
掘る。
──母が使っていた食器の破片。
掘る。
──父の眼鏡。レンズが割れている。
見つかるのは、そんな残骸ばかり。
何時間経っただろうか。皮膚は瓦礫で擦り切れ、爪が剥がれたような感覚さえある。だが、疲労によって感覚が麻痺しているのか痛みもすぐに薄れていく。
「お願いだ……どこかに……ッ!」
その時、瓦礫の下にちらりと肌色の物が見えた。
瓦礫をどかしていくと、左手薬指の指輪が見えた。銀色の、結婚指輪。間違いない。お母さんの手だ。
「お母さん! 今助けるからな!」
そして、お母さんの手の根本に覆いかぶさる大きな瓦礫を持ち上げ、放り投げる。
ああ、わかってたよ。
明らかに、瓦礫の下に人の身体があるような空間は、最初から見えなかった。
でも、受け入れられるはず無いじゃないか。
「う、あ、あああああああああああああ!」
~~~
結局、見つけられたのはお母さんの左手とお父さんの右腕だけだった。もはや、遺体の一部として認識することすら恐ろしい、ただの肉片。
俺はしばらく呆然としていたが、遠くから燃え広がった火の手がそこまで及んできたため、悔しさと悲しさに塗れながら、その場を逃げ出した。
炎に巻かれる家を背に、俺は走る。
なぜ?
俺の頭は疑問と、強烈な喪失感で飽和していた。
なぜ急に爆撃を受けた? 他国からの襲撃か? 無差別テロか?
なぜ俺達がこんな目に? 俺の家族がなにか悪いことをしたか?
結論は、ただ一つ。
許さない。
俺を、俺の家族をこんな目に合わせたやつを、生きている限り許してなるものか。
俺の心に灯った憎悪の火は、もはや制御不能な業火となり、全身の血液を熱していく。
その時、前方からまたあの強烈な生臭さが漂ってきた。俺の脳裏に、夜空を埋め尽くした謎の飛行物体の群れがフラッシュバックする。きっと、この悪臭の源が家族を奪った元凶。
「ユルサナイ……」
復讐心だけが俺の身体を突き動かしていた。
~~~
そこにいたのは、全長10メートル前後の異様な存在感を放つ黒い塊だった。まるで魚雷に目と口をつけたかのような風貌で、目は怪しげな緑色の光を放ち、口は大きく開いていた。
化け物の周囲には、複数の人間の死体が転がっていた。いや、死体というより、肉片。原型を留めていない。
化け物は黒く生臭い液体を吐き出し、肉片に振りまいていた。
直感的にわかった。ああ、こいつが元凶だな、と。
俺は瓦礫の影に隠れながら考える。
どうすればこいつを殺せるだろうか。
そもそも、まともにやればこんなやつには勝てない。正面からでなく、不意打ちで殺す方法はないだろうか。
あたりを見渡すと、化け物の横に不安定に積み重なった巨大な瓦礫の山があった。
「あの山を崩して、あいつに落とすことができたら……!」
もしかすると、殺すことができるかも知れない。
しかしどうやって? あんなでかい瓦礫、俺一人で動かせるわけがない。悔しさで拳を強く握り、爪が手のひらに食い込む。
……『爪』が?
違和感があった。両親を探していたときに、明らかに爪が剥がれる感覚があった。しかし、今見ると全部綺麗に生え揃っている。
あれだけ必死に掘り返したのが夢だったかのように、擦り傷すらもなかった。
おかしい。
そして俺は気づく。
「俺、こんなに肌白かったっけ……?」
恐る恐る、近くに落ちていたガラス片を拾い上げる。割れた窓ガラスが、歪んだ鏡のように俺の顔を映し出す。
そこに写った自分の顔に、俺は息を呑んだ。
目は赤く、肌は白い。
これは、俺じゃない。少なくとも、数時間前はこうじゃなかった。
「なん、だよ……これは……」
しかし、考えてみれば当たり前なのかもしれない。
意識を失う前に聞いた、あの爆弾が投下される音。
あれほどの量が俺の周りに落ちたのであれば、死んでいないほうがおかしい。
──人間ならば。
きっと俺は、人ではなくなってしまったのだろう。
恐怖と混乱が渦巻く中、どこか腑に落ちるところもあった。火事場の馬鹿力だと思ったのは、人ならざる存在が故の膂力だったのだろう。
俺は再び瓦礫の山に目を向ける。さっきまで動かせるわけがないと思っていた巨大な瓦礫が、今は違って見えた。
「──いける、かもしれない」
化物になった俺の身体なら、あの瓦礫を動かせるかもしれない。
そして、目の前の化物を殺せるかもしれない。
家族の顔が脳裏をよぎる。もう会えない、二度と笑顔を見ることができない。
この苦しみを少しでも晴らすために、俺は音を殺して動き出した。
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