俺は化け物に気づかれないよう、瓦礫の影を縫って移動する。
心臓が激しく鼓動する。恐怖からか、興奮からかは自分でもわからない。
ただ、あの化け物を殺す。その一心だった。
不安定に積み重なった瓦礫の山。支えになっているコンクリートに手をかける。冷たく、ざらついた感触。普通なら絶対に動かせない重さ。
でも、今の俺なら。
深呼吸。そして、全力で押す──ッ!
「動いたッ!」
しかし同時に化け物もこちらに気づく。緑に光る目が、俺を捉える。
「間に合え!」
瓦礫の山が崩れ始め、轟音とともに化け物に向かって雪崩れ込む。数トンはあるであろうコンクリートの塊が、化け物を押しつぶす。土煙が舞い上がり、視界を遮った。
「よし……ッ!」
視界が晴れ、瓦礫の隙間から黒い液体が流れるのが見える。押しつぶされ、抉れた肉片も見える。きっとただでは済んでいないはずだ。
しかし、安堵したのも束の間だった。
瓦礫の山が動き、化け物が瓦礫を押しのけて現れた。
明確にダメージを負い、その表情は怒りに染まって見えた。
「グギャアアアアアアアアア!!」
「クソッ!」
化け物が俺に向かって突進してくる。巨体が迫りくる圧迫感。地面が揺れる。
俺の本能が、『逃げろ』と警鐘を鳴らす。
幸い、肉体が強化された今の俺なら逃げ切れる速度だった。
(何か、武器になるものはないか──!?)
そこでガードレールが目に入った。
「無いよりはマシか……!?」
ガードレールを引っこ抜き、構える。今の俺なら片手で軽々と扱えた。後ろを見ると、化け物が迫っていた。大きな口が開き、牙がむき出しになる。
俺は化け物の真正面に構え、ガードレールを振り上げた。
「来いッ!」
化け物の頭部めがけて、全力で振り下ろす。
ガンッ! という鈍い音。手応えはあった。しかし──
「硬いな、クソ!」
一刀両断するつもりで振ったが、その装甲に弾き返された。まるで鉄を殴ったかのような感触で、ガードレールを持つ手が痺れる。
化け物が口を大きく開き噛みついてくるのを、身体を捻り紙一重で躱し、距離を取る。
「体の表面が硬いなら、さっき抉れたところを狙えば──」
そこで俺は、息を呑んだ。
化け物の身体が、再生を始めている。
千切れかけた部分はつながり始め、抉れた部分はグチュグチュと音を立てながら新しく身体を作り始めていた。
「そりゃそうだな、畜生……!」
俺があいつらと同じ化け物になったのであれば、俺と同じで『怪力』と……『再生能力』。少なくともこの2つがあることを考えるべきだった。
(なら、どうやったらあいつらを殺すことができる? 再生が追いつかない速さでダメージを与える? 俺じゃ無理だ。再生できないレベルに切り刻む? そもそも再生能力について詳しくわかってない! どこまで切り刻めば再生されないんだ?)
考えることに夢中になり、隙を晒してしまった。殺すべき未知の化け物から目を離すべきではなかった。
ドオォォォォン!!
──突如として、轟音が俺を襲った。
「が、ああああああああ!」
何かが俺の左腕を貫いた。──いや、貫いたのではない。吹き飛ばされた。
焼けるような激痛にのたうち回りながら、俺は痛む左腕を見た。
ない。肘から先が、無くなっていた。
断面から血が吹き出し、骨は剥き出しになっていた。あまりの痛みに、意識が飛びそうになる。
(何が起きた!? 化け物から十分に距離はあったはずだろ!)
痛みでまとまらない思考の中、かろうじて化け物を涙で霞む視界に捉える。そこにいたのは、口から煙の立つ砲を構える化け物の姿だった。
(マジかよ、まさかコイツ……! ──砲撃も、できるのかよ……!)
ヒットアンドアウェイで時間を稼ぎながら作戦を考えようと思っていたのが一気に崩れた。
「ぐ、うううう!」
化け物がゆっくりと近づいてくる。心なしか、笑っているように見えた。
(舐めやがって……!)
きっと、獲物を追い詰める狩人の気分なのだろう。俺は急いで立ち上がり、走り出した。
左腕を確認すると、既に手首あたりまで再生されていた。この再生速度を考えると、もしかしたら既に化け物に瓦礫で与えた傷は完治しているかも知れない。
(となると、装甲が剥がれた部分を狙う作戦はもう使えないか……。じゃあ、元々装甲が薄そうな部分を狙う? 腹、とか。いや、リスクが高すぎる。化け物の下まで潜り込まなきゃいけないし、伏せられただけで潰されるぞ)
歯を食いしばりながら考える。そこで、思いついた。
確実に装甲が薄い。いや──装甲がない場所。
(身体の、中!!)
抉れた場所を見る限り、装甲は身体の外側だけだった。つまり、内部からならダメージを与えられる。
(けど、それでどうなる? ダメージを与えても再生するんじゃ、意味が……)
そこでふと思い出した。噛みつかれるときに大きく開いた口の中からちらりと、怪しげに光る何かが見えた。
同じ化け物になったからか、それを壊せばあの化け物を殺せるという確信が湧いてきた。
(一か八か。やってやる!!)
俺は反転し、砲撃の雨をかいくぐりながら化け物と距離を詰める。弾が尽きたのか、化け物は砲を消し、噛みつきに切り替えた。
「うおおおお!!」
瓦礫の山から大きく跳び、化け物の背中に飛び乗った。体型的に、ここは死角で砲撃も噛みつきも届かない。化け物は激しく暴れ、俺を振り落とそうとする。装甲はツルツルとしており、滑り落ちそうになる。俺は必死にしがみつきながら、ズルズルと化け物の頭の方へ這いずりながらと移動する。そして、ちょうど目の上の位置に来た。
「でりゃあぁぁぁあ!」
全力で、ガードレールを化け物の目へと突き刺した。化け物の暴れ方は激しさを増し、とうとう俺は振り下ろされてしまった。ガードレールが突き刺さったままだからか、どうやら目は再生せず、俺のことが見えていないらしい。絶好のチャンスだった。
俺は、化け物の口の中へと飛び込んだ。口の中は強烈な生臭い匂いを放ち、息をするのもままならなかった。化け物も口を閉じ、暗闇となってしまった。しかし、その暗闇の中に光を放つ謎の球体。化け物が暴れ、身体が揺さぶられる中を四つん這いで進む。
そして──
「死ぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
手を伸ばし、その球体を全力で引きちぎった瞬間化け物は大きくビクンと跳ね、そして今まで暴れていたのが嘘だったかのように動きを止めた。
「はぁ……はぁ……オェッ」
迫りくる吐き気をこらえながら、化け物の口をこじ開け外に出る。目の光は消え、化け物は完全に動きを止めていた。
俺は化け物の死骸から離れ、地面に座り込んだ。
全身が痛い。左腕は完全に再生したはずなのに、鈍い痛みが残っている。服はボロボロで、化け物の体液か俺の血かわからないほどだった。
「やった……のか……」
倒した。家族の仇の一匹を。手の中には、化け物から引きちぎった謎の球体。今は光を失い、ただの黒い塊となっている。ヌルヌルとした感触がとても気持ち悪い。
「これが、あいつらの命……か」
俺はそれを、握りつぶした。グシャリ、という不快な音とともに、黒い液体が指の間から滴り落ちる。しばらく、それを眺めながら座り込んでいた。体の痛みは少しずつ消えていった。けれど、痛みの記憶は消えなかった。
(死ぬほど痛かった。あんな痛み、二度と味わいたくないな……。けど──)
遠くから漂ってくる、生臭い匂い。まだ、敵はいる。あの化け物を殺し尽くす。それが、今の俺に残された唯一の意味。そして、それをできる力が俺にはある。殺し方はわかった。あの球体──
「首を洗って待ってろ、化け物どもめ……」
そして俺は、匂いの漂ってくる方に歩き出した。
さて、二話でストックが尽きたのでしばらく放置となります。
感想、評価次第で次話の投稿間隔が短くなります。