インフィニット・ストラトス ~An Irregular Bound~   作:れみんとぅ

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第13話 女体化?いやいや、こっちが本物です

 

 

キットーアーエールヨーエガオトーナーミダーヲイーダイテー…♪

 

ある日の夜。

自室のベッドに座り、のんびりと本を読んでいたクラウスの携帯電話が、電話が来たことを示す着メロを奏でた。

彼は本を閉じ、画面を確認する。そこには『織斑一夏』の文字。

 

夜とはいえまだ消灯までは時間がある。クラウスはルームメイトである静寐に一言告げて部屋を出ると、何の用事だろうと電話をとった。

 

「どうした」

 

電話の向こうの友人は、尋常ではないパニック状態に陥っているようだった。

「くくくらうすちちちょっとたたたすけ」などと脈絡もなくマシンガンのように言葉を連ねる。

 

ラチがあかない、とクラウスは一旦落ち着くように言い、それに従った深呼吸の音が耳に届く。

落ち着いた一夏が口にしたのは、彼にとって脳の処理能力を超えた内容だった。

 

『い…今しがた起こったことをありのまま話すぜ…!お、俺はシャワーを使ってたシャルルに、切れてたボディソープを渡そうとして扉を開けた…!だ、だけどそこにいたのは、シャルルにそっくりのお、女だったんだッ!な、なにを言ってるのかわかんねえだろうが、俺にもなにが起こったのかわからなかった…!』

 

「………」

 

一夏は知らなかっただけありかなり混乱している。だが、既に(・・)知っていた(・・・・・)クラウスからしてみると、その取り乱す様子は滑稽にしか思えず、口の端が勝手に吊り上がろうとするのを、彼は無理やり抑えていた。

 

「よかったじゃないか。同室の人間が実は花の女子高生で」

 

『そうそうそれで嬉しくてついお前にだな…って違わーい!!大問題だろうが!!なんでそんなに呑気なんだよ!!』

 

取り乱している割にしっかりとノリツッコミを決めながら一夏は憤慨する。

意思に反してひとりでに笑い声が漏れそうになるクラウスだったが、なんとかこらえつつ返答する。

 

「で、俺にどうしろと?すまないが医師免許は持っていないぞ」

 

『性転換手術をしろとは言ってねえよ!!なんで今日そんなにボケるんだよ!!こっちは取り乱してんの!!わかって!!わかれ!!』

 

ひとつ隣の部屋で涙目になっているのが目に浮かび、そろそろ自制心が限界を迎え笑い声が漏れてきたためクラウスは軌道修正。

 

「悪い、冗談だ。だがある程度落ち着けただろう?」

 

『別の事で取り乱しそうだ…』

 

「そうか。深呼吸だぞ深呼吸」

 

『お前のせいだお前の』

 

ともかく。ひと通りコントを演じ終えて落ち着いた一夏は、再びクラウスに説明する。

 

『…冷静に考えて、シャルルは実は女だったってことだよな…。けど、そう思うと今までの行動が全部納得いくよ』

 

出会ってからずっと、2人と同じ部屋で着替えるのを頑なに避けたり、服を脱ぎ出すと顔を真っ赤にして背けたりと、男子としては少々過剰な反応を示していた。

 

女性だったのだから反応としては当然だったが、異様に鈍い一夏は疑問には思えど気にしていなかった。

クラウスからしてみれば、これほど穴だらけな策を講じるほどデュノア社の人間は揃いも揃って頭が悪いのかと思わずにはいられないが、一夏に対しては奇跡的に成功していたと言えよう。

 

「それで、シャルルから事情は聞いたのか?」

 

『いや。聞く時はクラウスにも聞いといてほしいと思ったから電話したんだ』

 

「わかった。それなら今からそっちに行こう」

 

といっても部屋は隣なので、数歩歩いてノックするだけだ。クラウスは事情を聞くために、一夏とシャルルの部屋へと足を踏み入れた。

 

 

ーーーー

ーーー

ーー

 

 

「お待たせ…って、クラウスも呼んだんだね」

 

「ああ。知っておいた方がいいと思ったんだ」

 

シャワー室から出てきたシャルルは、なるほど確かに女子だ。バレたからかもう隠す気はないのだろう、女子特有の胸の膨らみがジャージからもわずかに見てとれる。

 

クラウスは「なるほど。ラッキースケベか」とひとり納得していた。

一夏とシャルルの部屋で、男子3人(うち1人は実は女子)は集合し、向かい合う。

 

目的はひとつ、『何故シャルルは男子のフリをして学園に来たのか』である。

クラウスはもう自ら調べ、その事実は知っていたのだが、誰にも言わず黙っていた。自分がベラベラと話していい話ではなかったからだし、例えそうでなくとも、言いふらすような行動をするつもりは初めからなかった。

 

「…簡単に言うとね、僕は産業スパイなんだよ」

 

彼女(・・)は俯いたまま、どこか寂しそうな笑顔を浮かべながら語り始めた。

 

「デュノア社が今経営難に苦しんでるのは知ってるよね?」

 

「あ、ああ。確か…第3世代型ISの開発が上手くいってないって」

 

「うん。それで僕がここに来る少し前に、国から『今年何らかの成果が出なかった場合、デュノア社への資金援助を全面カットする』って言われたんだ。だから、会社は是が非でも今年何か進展させないといけなくなった」

 

「そのために、出来る限り第3世代のデータが必要だった」

 

「その通りだよ。元々、デュノア社はIS開発自体が遅かったから、圧倒的にデータが足りなかったんだ。だからIS学園でデータを取ろうって事になったみたい。でも、ただ入学するだけじゃ心許ない」

 

「…そのために、男装したって事なのか?」

 

「話題作りになるからね。注目を集められればそれだけデータも集めやすくなるから、ってことみたい。そしてあわよくば」

 

「俺や一夏に近づき、その特殊な状況での機体データも手に入る」

 

「そう。だから僕が訓練を受けさせられて、男子のフリをしてここに来た。大体こんな感じかな」

 

一夏は途中で拳を強く握りしめていた。クラウスもそれに気が付いてはいたが、止めることはしない。

怒りで声を荒げそうになるのを全力で抑えながら、一夏は静かに口を開いた。

 

「…シャルルの親が、そうさせたのか?」

 

「うん」

 

即答だった。さも当然のようなその態度に、余計に一夏は怒りを募らせる。

シャルルに対して、ではない。

それが当然だと思わせる(・・・・・・・・・・・)ような生活を我が子にさせていた、彼女の両親に対してだった。

 

一段と強く、一夏は拳を握る。爪が掌に食い込み、血が出そうな程だった。

 

「そんなもん、親じゃねぇよ…確かに親がいなきゃ子は産まれない。でもだからって、親が子を好き勝手していい道理はない」

 

静かな、だが確かな怒り。シャルルは変わらず寂しげな笑顔のまま、再び話し始める。

 

「…僕はね一夏、本妻の子じゃないんだよ」

 

「…は?」

 

妾の子(・・・)なんだ。2年前、お母さんが亡くなって、お父さんの部下が迎えに来た。色々な検査を受ける中でIS適性が高いことがわかって、今までデュノア社のテストパイロットをしてたんだよ」

 

妾の子。重い言葉だった。一夏は何も言えず、ただ絶句していた。

 

「…お母さんだって、少しでも教えてくれていたらよかったのに。そうすれば僕だっていきなり『この妾の子が!』って本妻に殴られて戸惑うこともなかったのにね。だからかな、こういうことも平気で指示されるんだ」

 

「そんな…だからって」

 

「お父さんと話したのだって、5回くらいだよ?もともと一緒に暮らしてたわけじゃないから」

 

5回(・・)…?十数年生きてきて、彼女が父親と話したのがたったの5回(・・・・・・)

 

「…ふ、ざけんな…!!」

 

一夏は我慢の限界だった。勢いよく立ち上がるが、怒りのやり場がなく、拳を強く握りしめることしかできない。彼の握られた指の間から、遂にポタポタと血が垂れる。

 

ここまでクラウスは黙ったまま。シャルルの話は、彼にとっても初耳の情報もあった。

彼が知っていたのはシャルルが男装して学園に来たことと、デュノア社が経営難から彼女にそれをやらせたこと。妾の子と打ち明けられたのはクラウスにとっても意外だった。

隣で一夏がこれだけ動いているにも関わらず、彼は何か考えるような表情のまま。自分の世界に没頭しているような状態だった。

 

「い、一夏、血が出てるよ?手当てしないと…」

 

「シャルル、俺たちに秘密がバレたら…これからどうなるんだ?」

 

「…本国に連れ戻されると思う。それで、よくて牢屋行きかな」

 

牢屋行き。ここまでいいように使っておいて、バレればこの仕打ちか。

聞けば聞くほど怒りが募る。手の痛みもわからないほどに一夏の頭は沸騰していた。それでもここまで表面上落ち着いているのは、爆発させても意味がない事をわかっているからだった。

 

ふつふつと煮え滾る脳をフル稼働させ、彼は何か方法を探した。

 

「…!!そうだ!!」

 

「一夏、手当てしてからにしたほうがいい。血まみれだぞ」

 

ようやくクラウスが口を開く。彼の声で初めて一夏は自分の右手を見て、そして驚く。全く意識が行っていなかったのだろう。今更痛がり始めた。

 

「うわっ!?なんだこれ…っていってぇぇぇぇぇ…!!」

 

「あはは…わからないくらい怒ってたんだね…」

 

乾いた笑い声と共にシャルルが手当てのために立ち上がり、一夏の側へ行った。その間にも、クラウスは自分の記憶を探り、一夏の思い出したであろう学園の特記事項を口にする。

 

「IS学園特記事項、第21項。本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする」

 

「…え?」

 

この学園にいる間(・・・・・・・・)は、デュノア社は君に手が出せないって事だ」

 

つまり、少なくともあと2年と数ヶ月はシャルルは自由の身だという事になる。

 

「その間に、何か対策を考えればいい」

 

「…でも、僕は性別を偽ってここに…」

 

シャルルは学園側に自分のことが知らされると思っているのだろう。

どうしてここまでずっと悲しそうだったのかがわかり、クラウスは思わず笑った。代わりに一夏が消毒液の痛みに耐えながらシャルルに優しく言った。

 

「いっつつ…。バレなきゃ大丈夫(・・・・・・・・)だって。俺たちが黙ってればいいんだから」

 

「で、でも…」

 

「前にも言っただろう?“今のままで構わない”と。データだって、俺たちは代表候補生ではないし渡しても問題はないだろうしな」

 

2人が一体何を言っているのか、シャルルは理解できなかった。それでは共犯者になるようなものではないか。

本当は女である事を知りながらそれを隠しておけば、学園側に知られた時には2人もただではすまないはずなのに。

 

「…何を、言ってるの…?だって、2人を、ううん、みんな騙してたんだよ!?なんで庇おうとするの!?」

 

「なんでって…なあ、クラウス?」

 

「ああ」

 

困惑するシャルルにクラウスは笑顔のまま近付く。そして、彼女の額へと手を伸ばす。一夏も何をするのかわかっているのか、ニヤニヤ笑っている。

そしてクラウスがしたのは、

 

「アホか」

 

「いった!?」

 

全力のデコピンだった。シャルルは額を抑えると、涙目で抗議の視線をクラウスへ向ける。しかし、次の彼の言葉に何も言えなくなった。

 

 

 

仲間だから(・・・・・)に決まっているだろう」

 

 

 

はっと目を見開く。やがてシャルルの頰に、涙が伝った。クラウスは手を彼女の頭に乗せ、優しく撫で始める。

 

「…うぅ…」

 

小さな呻き声の後、シャルルは嗚咽を洩らす。そして、スッとクラウスの胸に顔を埋め、強く強く抱きしめた。

今まで相当溜め込んでいたのだろう、彼女は幼い子供のように声を上げて泣いていた。

 

抱きつかれたクラウスは、シャルルが泣き止むまでずっと彼女を微笑みながら撫で続けた。

一夏もそれを見て安心したように笑う。なんだか少しだけ照れるような、羨ましいような感覚になった。

 

 

 

 

 

ひとしきり泣いた後、眠ってしまったシャルルを部屋に残し、一夏とクラウスは部屋を出てロビーのソファに座っていた。

 

「…しかしだなクラウス」

 

一夏が口を開く。思い出しているのか、若干頰が赤くなっている。

目の前であれを見せつけられれば、むず痒い気分になっても無理はないだろう。15歳として当然の反応だと言える。

 

「まさかあそこまでやってのけるとはな」

 

「…俺のせいじゃないだろう」

 

対してクラウスは自販機で買った麦茶を飲んでいる。心なしかそのペースは早い。

一夏もそれに気がつくと、怪訝そうに言葉を続けた。

 

「クラウス?」

 

「…今更恥ずかしくなってきた」

 

「ものすごい無表情なんですけど?」

 

クラウスはもともと、感情の起伏が顔に出ないタイプの人間だった。そのため、セリフとは違い顔は人形のように変わらないまま。しかし、ほんの2分前くらいに買ったはずの500mlの麦茶が既に3分の1ほどまで減っている。いくらなんでも普通ではない。

 

ここにきて一夏は「実はクラウスってわかりやすいのな」と新たな発見をしていた。

 

「ともあれ、よかったよな。シャルルも肩の荷が降りたっていうか、吹っ切れたみたいで」

 

「…ああ、そうだな」

 

その後はとりとめのない会話をして、2人は部屋に戻る。

まだ起きていた静寐に「隣の部屋から誰かの泣く声が聞こえた」と言われ、咄嗟にクラウスは心霊現象だということにして誤魔化した。

 

その夜クラウスは、幽霊だと聞いて怖がっていた静寐に対する罪悪感との戦いによって、ほぼ一睡もできぬまま朝日を浴びたのだった。

 

 

ーーーー

ーーー

ーー

 

 

「ね!アマーリア君も可愛いと思うでしょ!?」

 

「そうだな」

 

「ほら!やっぱりウケがいいんだよ!」

 

「ほ、本当に?アマーリア君、適当に返事してない?」

 

「そんなことはないさ」

 

「大丈夫だって!アマーリア君そんな人じゃないでしよ?」

 

「う、うん…なら、これにしようかな」

 

クラウスと、クラスメイトの谷本 癒子(たにもと ゆこ)相川 清香(あいかわ きよか)がなにやら雑談に興じている。

2人の問いに彼は笑顔で答えている。だが、よく見ると目の下にはクマがあり、瞳もどこか焦点が合わず虚ろだった。

 

「私はこれがいいなって思うんだけど、どうかな?」

 

「いいな、似合うと思うぞ」

 

「本当!?えへへ、褒められちゃった!」

 

一通り会話を終えた後、自分の席に戻るとクラウスはすぐに腕を枕にして突っ伏す。一夏は苦笑いしながら尋ねた。

 

「…寝不足みたいだな」

 

「ああ。罪悪感との戦いのせいでな」

 

「罪悪感?」

 

キョトンとする一夏を放置し、クラウスの意識は眠りへと吸い込まれようとする。

 

実は、先ほどの話は全く耳に入っていない。そもそもなんと答えたかすら怪しい。

それほどまでに寝不足だったのである。しかし、周りから見た彼の対応は奇跡的に話と噛み合っていた。

 

「…って寝るの早。疲れてたんだな…」

 

すぐさま寝息を立て始めたクラウスに、ボソッと一夏が突っ込む。

 

一夏と話そうと側に来たセシリアやシャルに説明し、場所を変える。

周りも同じように思ったらしい。いつの間にか、教室の中の喧騒が、半分以下まで静かになっていた。

 

なんとそのまま、誰も起こさぬまま午前中の授業は終わった。千冬であれば叩き起こしていただろうが、運良く午前中は全て真耶が授業を進めたためである。

 

 

ーーーー

ーーー

ーー

 

 

昼休み。一夏はクラウスを起こすと、そのままいつものメンバーと屋上へと行ってしまった。誘われはしたが、流石に断った。

残されて、クラウスは1人で食堂へ向かう。しかし、既に席はほぼ全て埋まっており、彼の座る席はないように思われた。

しかし、2人掛けの席が片方だけ空いていた。座る人間を見て、彼はなぜ空いていたのか納得する。

 

そこに座っていたのは、レーションをかじるラウラだった。

 

自分の注文を済ませる。好物のサバの味噌煮定食の乗ったトレーを持って、クラウスはためらうことなくラウラのいる席へと近づいて行く。

近づいて行くのが彼であることと、他人を拒絶するオーラを惜しげもなく放つラウラの席へと向かったことで、食堂にいる人間の視線が一斉にそこへ集まった。

 

「相席、構わないか?」

 

「…勝手にしろ」

 

「助かる」

 

普通に会話している。それはその場にいた人間全員が驚愕するに値した。

あれだけ『来るな』オーラを放出していたラウラのもとへ、あたかも友人のいる席に向かうかのように近付き、そのまま座って食事を始めたのだ。驚かないのは千冬くらいのものだろう。

 

「…なんだ」

 

「いや、レーションだけで足りるのか、と思ったんだ」

 

サバを切り分けながらクラウスは問う。ラウラは不機嫌そうな顔のままだったが、質問にはしっかりと答える。

 

「レーションは戦場においても必要な栄養素を摂れるよう作られている。食事などこれで充分だ」

 

「…レーションは、美味いものなのか?」

 

「味はほとんど考慮されていない。だが食えれば何も問題はない」

 

ラウラはそう言うとまたレーションをかじる。クラウスはしばらく考える仕草。

やがて「ボーデヴィッヒ」と彼は呼び、目だけをこちらに向けてきた彼女に向け、続ける。

 

「サバ、食べてみないか?」

 

「断る」

 

「まあ、そう言わずに食べてみろって」

 

彼女は鋭くクラウスを睨むが、彼はどこ吹く風といった様子で受け流す。

それまでラウラの席には重苦しい空気が溜まっているように感じられていたが、クラウスが来たことで何故かその空気が晴れたように思われた。その証拠に、隣接した席で食事するグループもラウラをあまり気にすることなくそれぞれの話し声が聞こえてくる。

 

「ほら、口開けて」

 

「むぅ…」

 

これ以上抵抗しても無駄だと思ったのだろう。渋々、といった風情でラウラが口を開ける。

クラスメイトや仲のいい人間は皆思うことなのだが、クラウスと話していると何故か彼のペースに巻き込まれてしまうのだった。

 

怒っていたはずなのにいつの間にか懐柔されていたり、自分が何かしら要求していたはずなのにいつの間にか自分が不利な要求を飲まされていたり。

 

クラウスは人心掌握が得意なのだろう。あまり長話をしていると彼にペースを握られ、意のままに操られてしまう。

例えばある生徒が彼のことを好きだとして、下手をするとその気持ちすら自分の口から言わされてしまう。そんな感覚を覚えるほどに、彼は人を操るのが上手い。

 

「んむっ…」

 

「どうだ?口に合うかな」

 

「…味が薄いな」

 

「ははは、日本食は全体的に薄味だからな」

 

どうしてこうなった。とラウラは思わずにいられない。

自分は1人でレーションをかじっていたはずだった。なのに何故今、自分はクラウスから食べさせられているのか。

 

特にクラウスが話術に長けているわけではない。普通に勧めただけだ。

しかし、彼のもつ柔らかな雰囲気は、何故か素直に従ってしまう不思議な力を持っていた。

 

大抵の女子は彼が笑顔でなにか言えばそれに従ってしまうが、ラウラはそんなに甘くはない。

…はずなのだが、しっかり流されるラウラだった。

 

「…だが、レーションよりはマシだな」

 

「おかずをいくつか用意しないと必要な栄養が取れないのは、ボーデヴィッヒにとってはデメリットかもしれないが」

 

「それは無視できない問題だな。しかし…たまにはゆっくりと食べるのも悪くないかもしれん」

 

他人には絶対に言わない、そんなことを言ってしまう。本当に不思議な奴だ、とラウラは思った。

と、そこでふと気づく。周りの視線が自分たちに集まっていることに。心の底から羨ましがるような視線である。

 

「…ああ、そういうことか」

 

同じく気づいていたらしいクラウスが納得の声をあげた。視線で尋ねると、苦笑いしながら彼が話す。

 

「日本でいう『あーん』ってやつだ。ほら、俺が箸で君に食べさせただろう?」

 

それだけでか。とラウラは思う。その程度、なんともないではないか。

戦場では腕を負傷した兵に噛んで柔らかくした食料を口移しで与えることもあるため、彼女には"キス"などという概念すらない。

 

日本の文化とはつくづく平和ボケしている。改めてラウラはそう思った。

 

「…ふん」

 

だが、どうしたものか。

 

不思議なことに、少しだけしてやったりと思う自分が、確実にいた。

 

 




自分の語彙力の無さを呪い続けてはや3年。ひたすら本を読みふけるも成長の実感はなし。悲し。
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