死因は脳挫傷および全身打撲。
はい、事件性は恐らくないでしょう。見て下さいこれ。
ええ、頭を下にして真っ逆さまですよ。これはつまり空中で受け身を取ろうとした形跡が無い、っつー事ですな。
眠らされて落とされた、って線は解剖してみなきゃ分かりませんが、まぁほとんどの場合はあれですよ。あれ。
それにほら、この建物。分かるでしょ?
精神病院ですよ、そりゃ動機なんざいくらでも出てくるんじゃないですか?
ま、最初からその線で捜査するのをお勧めしますよ。
―――鑑識係、ドワーフ族の巡査。
あー、刑事さん? いや俺別に何も悪い事は……
え、俺じゃない? ここにボランティアに来てた白エルフの事が聞きたい?
あー、はいはい。覚えてますよ、あの人ですよね、銀髪の。
かなり年いってますよね。あぁ、ベレリアント戦争時代の生き残り? やっぱり。
いえね、あの人3ヶ月くらい前に来たんですけどね。ちょうどその時、この古い図書館にもタブレット端末を導入したんですよ。
そうしたらあの人、凄い驚いてさ。これはどんな魔法で動いてるんだ、って食い気味に聞いてきたんですよ。
これは魔法じゃなくて機械で、こうやって使うんですよー、って教えてあげたらかなり興奮して。
え、それだけっすよ。そういえばあれから来てませんね……何かあったんスか?
―――図書館のアルバイト、オーク族の青年。
そうですね、ちょうど3ヶ月くらい前です。あの人、病院のPCを貸してくれって。
ええ、普通は患者さんには貸さないんですけど、あの人は特別で。院長先生からも便宜を図って欲しい、って。
……大きな声じゃ言えないけど、本当は精神病患者じゃなかったんですよ、あの人。
ほら、昔戦争の時に逮捕されて。戦犯、ってやつですか。私も歴史の教科書でしか聞いた事無かったんですけど。
それで、うちで預かってたんです。とっても穏やかで優しくて、他の患者さんの面倒も見てくれた良い人だったんですけど。
ええ、何かを熱心に調べていたみたいで……それで、一体何を調べてたのかと思ったら。
そう、ゲームですよ。MMOっていうんですか、ネットでやるゲーム。
随分今どきのものに興味を示すんだな、って思ってたんですけど……
―――精神病院の事務員、コボルト族ラブラドール種の女性。
あ、はい。確かに私がMMOゲームの事を色々と教えてあげました。
随分お年を召した方だけど、凄く興味を持ってて……はい、でも何か、切羽詰まったような表情で怖かったんですけど。
ええ、私のやってたゲームを試しに目の前でやってみて。はい、自分の分身になるキャラクターを登録してー、こういう世界でー、って解説して。
そうしたら、顔が真っ青になっちゃって……一体どうしたんでしょう?
あ、はい、後はいくつか単語の意味を解説しました。
えっと、運営とかサ終とか、何か随分と今どきの言葉を使うエルフさんだな、って思ったけど……
え、亡くなったんですか!?
―――国際赤星十字ボランティア、人間族の女性。
時々あるんですよ。さほど病状が進んでいないのに、院内で生活していると他の患者に「アテられて」、病気が進行しちゃうケースが。
それでもまぁ、あの人は全く症状が無かったんで、珍しいケースですけどね。
でもまぁ刑事さん、最近よく聞きませんか。何か老人が変な動画にハマっておかしくなってく、ってケースがさ。
あの人もまぁそれですよ、きっと。変なゲームでもやったんですかね、何か急におかしくなっていって。
「この世界は作り物だった、私たちはただの駒だった」
「ナントカ様の言葉は嘘だった、私達を愛してなんかいなかった」
「私達は愛玩動物でしかなかった! 全部欺瞞だった!」
……ね、よくあるせん妄状態ってヤツですよ。
いや、ここだけの話ですけどね。カルテによるとあの人、元々過激な思想を持ってたんですよ。刑事さんも歴史の授業で習いませんでしたか、「教義主義者」って。
ええ、それで変なゲームなり動画なりにアテられて、おかしくなったんじゃないですかね。素質はあったんでしょう、そうじゃなきゃウチに来ませんし。
ま、ここはそんな患者さんだらけですからね。対応もお手のものですよ。
……そりゃぁ、結局あんな事になっちゃいましたけど。やるべき事はやりましたよ、ウチは。
―――精神科の医師、白エルフの女性。
本当にウチの先生は適当なんですよね。ええ、あれは酷かったですよ。
そりゃウチは精神病院ですからせん妄で錯乱する患者さんは居ますよ。
けどね、あれはただのせん妄状態じゃなかったんですよ。大暴れして、ベッドに押さえつけて。
しかもここだけの話ですけどね。失輝死の兆候まで出てたんです。
ええ、尋常じゃないですよ、失輝死なんて今の世の中で出たらマスコミが飛んできますよ、ほんと!
はい、流石の先生も対応してくれて。向精神薬を投与して何とか失輝死は免れました。
けど、あの薬を投与すると活動的になっちゃいますから。
深夜帯に拘束を外して、屋上へ……
本当、あんな良い方だったのに、何故なんでしょう。
―――精神科の看護師、白エルフの女性。
以上の証言および監視カメラの映像により、本件はの自殺として取り扱い事件性は無いものと判断する。
対象に家族は無し、『根無し草』として検視後共同墓地に埋葬予定。遺品は処分する事。
また病院側の過失が無いかは別途調査する。捜査資料は全て残しておいて引継ぎする事。
屋上監視カメラの映像は精神錯乱の証拠として別途添付する。
―――ティリオン検察、
ええ、ええ、全ては虚構! 全ては欺瞞だった!
私達の思い出の日々も、姉さまの理想も、教義も、何もかもが!
ああ、何という、何という喜劇でしょう!
私達は、所詮ペットにしか過ぎなかったのですね、
愚かな
寄ってたかって姉さまを殺し、それで安寧を得た
私を、姉さまを、嘲り嗤うが良い!
愚かで高慢で狂った虐殺者と、歴史に悪名を刻んで己らの身代わりとするが良い!
だが、お前達もいつか報いを受けるだろう!
世界の真実を知り、己がどれ程惨めな存在かを自覚し、世界が
この偽りで出来た世界に生きる事そのものが、お前たちに相応しい罰だ!
ええ、ええ、いずれ来る『答え合わせ』を楽しみにしましょう!
あぁ、姉さま、姉さま!
今、御側に参ります!
姉さま、姉さま、姉さま……!!!
本作はこれにて終了となります。
重く、救いの無い話にお付き合い頂き、まことにありがとうございました。
本作は決して本編世界を「軽く」扱ったものではなく、そこに生きる命を軽んじたものではない事だけはお断りしておきます。
素晴らしき作品、素晴らしき世界を創り上げて下さった作者・樽見京一郎先生に深く感謝申し上げます。
※参考文献(敬称略):
上坂冬子著 巣鴨プリズン13号鉄扉 BC級戦犯とその遺族(中公新書)
小林弘忠著 巣鴨プリズン 教誨師花山信勝と死刑戦犯の記録(中公新書)