悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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単純な者達

仮設拠点の外れにある通路は、さっきまでの騒がしさが嘘みたいに静かだった。

けれど、その静けさは落ち着きから来るものではなく、獣が飛びかかる直前にだけ生まれる、張りつめた空白に近かった。

 

デルタと魔神デルタが、数歩の距離を挟んで向かい合っている。

同じ輪郭を持ちながら、纏う気配は決定的に違う。

本来のデルタは、獲物を見極めて狩るための理性をまだ残していた。

一方で魔神デルタは、その理性を噛み砕いた先にある破壊本能だけが、むき出しの牙みたいに前へ突き出ている。

似ているからこそ、互いの存在が気に入らない。

同じ顔をした相手が、自分と同じ場所へ立っている事実そのものが、二人にとっては縄張りを荒らされたのと同じだった。

 

「さっきから気に入らない。」

 

デルタが低く唸る。

金色の瞳は、まるで獲物の急所を探るみたいに魔神デルタを舐めていた。

 

「強いのか、弱いのか。

はっきりしろ。」

 

魔神デルタの喉から、獣の咆哮にも笑い声にも似た音が漏れる。

その口元は裂けるみたいに吊り上がり、答える言葉すら噛みつく前提で濁っていた。

 

「GAAAAA……。

決まっている。

噛み砕いて、下だと教える方だ。」

 

その一言で、デルタの肩がぴくりと揺れる。

空気がさらに鋭くなった。

今にも飛びかかる。

そう察したフェイトは、二人の間へ割り込む機会を探しながら、慎重に声をかける。

 

「待って。

ここでぶつかったら、次の戦いの前に消耗するだけだよ。」

 

けれど、デルタはフェイトの言葉へ視線すら向けなかった。

睨んでいるのは最初から最後まで、自分の前に立つ“もう一匹”だけだ。

 

「知らない。

順番を決めないまま並ぶ方が、ずっと気持ち悪い。」

 

魔神デルタもまた、鼻先で笑うように低く喉を鳴らした。

 

「今やる。

敵も潰す。

お前も潰す。」

 

完全に一触即発だった。

フェイトが一歩前へ出ようとした、その時だった。

 

「凄いぞ! 強いぞ! 格好いい!」

 

場違いなくらい明るい声が、張りつめた空気を勢いよく引き裂いた。

振り返ると、そこには目を輝かせたレヴィがいた。

危険な空気を感じ取って身を引くどころか、むしろ面白い遊びを見つけた子供みたいに駆け寄ってくる。

 

「ボクを無視して、そんな面白そうなの決めるなんてどういうことだよ!」

 

フェイトは反射的に額へ手を当てた。

最悪だった。

こういう時に限って、もっとも火に油を注ぐ相手が来る。

 

「レヴィ、お願いだから煽らないで……。」

 

「煽ってないよ!」

 

レヴィは本気で不思議そうに目を瞬かせたあと、すぐにまたデルタ達へ向き直る。

 

「でも、こんなの見たら混ざりたくなるに決まってるじゃん!

どっちが強いのか、ボクも見たいし、できるならボクもやりたい!」

 

デルタがわずかに首を傾げる。

魔神デルタはむしろ歓迎するみたいに牙を剥いた。

 

「混ざる?」

 

「いいよ!」

 

レヴィは一歩踏み出し、いつでも飛び込めるように身を沈めた。

その顔には怖れより先に、純粋な興奮が浮かんでいる。

 

「強いのとやるの、嫌いじゃないし!」

 

「増えてもいい。」

 

魔神デルタが低く笑う。

その場の空気は、もはや止めなければ終わる段階を越え、止めなければ本当に始まる段階へ入っていた。

 

「そこまで。」

 

フェイトの声は大きくなかった。

けれど、静かな分だけはっきりとした重さを持って、三人の前へ落ちた。

普段の柔らかさを残したまま、しかし一歩も譲らない本気の声だった。

デルタも、魔神デルタも、レヴィさえも、そこでようやくフェイトへ視線を向ける。

 

「強いかどうかを確かめたいなら、敵を相手にして。

今ここで味方同士で削り合っても、喜ぶのは次の敵だけだよ。」

 

デルタは不満そうに眉を寄せる。

 

「今じゃ駄目な理由になってない。」

 

「そうだ。」

 

魔神デルタが即座に重ねた。

 

「今でも次でも、潰せるなら同じ。」

 

「うーん、それはちょっと分かる。」

 

レヴィが頷きかけて、フェイトは思わず頭痛を覚えた。

だが、レヴィはそこでちゃんと続きを言う。

 

「でも、フェイトが止めるってことは、本当に今は駄目なんだよね。」

 

その一言で、フェイトは方針を変えた。

理屈で押し切れないなら、もっと分かりやすい餌を差し出す方が早い。

 

「じゃあ、これならどうかな。」

 

フェイトが取り出したのは、移動用に持っていた小さなおやつだった。

包みを開いた瞬間、甘い匂いがふわりと広がる。

その変化は、驚くほど露骨に三人の意識を奪った。

 

「えっ! 本当に美味しそう!!!」

 

真っ先に食いついたのは、やっぱりレヴィだった。

目を丸くし、さっきまでの戦闘態勢を綺麗さっぱり忘れたような顔でおやつを見つめている。

 

デルタも鼻先をわずかに動かし、興味を隠しきれない。

 

「……匂い、悪くない。」

 

魔神デルタですら、喉の奥で鳴らしていた殺気混じりの唸りを、一瞬だけ止めた。

 

「G……。」

 

フェイトは、その僅かな隙を逃さなかった。

 

「勝負はなし。

その代わり、次の戦いではちゃんと暴れてもらう。

今は食べて、動くために力を残して。」

 

レヴィは少し迷う素振りすら見せず、すぐに大きく頷いた。

 

「分かったよ!

次で思いきりやれるなら、それでいい!

それに、今はこっちの方が大事!」

 

フェイトがひとつ差し出すと、レヴィはぱっと表情を輝かせて受け取った。

その勢いに釣られるように、デルタもようやく肩の力を少し抜く。

 

「……次に強いのがいるなら、今はいい。」

 

魔神デルタは不満を完全には消していなかったが、それでも獣みたいに低く息を吐いてから、短く答えた。

 

「今は、だ。」

 

「うん。それで十分。」

 

フェイトは小さく息を吐き、おやつをそれぞれへ手渡した。

レヴィはもう機嫌を直している。

デルタも、少なくとも今すぐ飛びかかる気は薄れた。

魔神デルタだけはまだ瞳の奥に危うい光を残していたが、それでも今はその牙を引っ込めている。

 

「じゃあ決まり。」

 

フェイトが改めて三人を見回す。

 

「ここからは、みんな一緒に動くよ。」

 

「分かったよ!」

 

レヴィが元気よく答え、口へ放り込んだ甘味に頬を緩めた。

 

「でも次は、ちゃんとボクも混ぜてよね!」

 

「次に強いのがいるなら従う。」

 

デルタが不機嫌そうに言いながらも、進む方向へ身体を向ける。

 

「退屈させるな。」

 

魔神デルタも同じように踵を返した。

まだ睨み合いの火種は消えていない。

むしろ、次があれば今度こそ本当にぶつかるだろう。

それでも、少なくとも今この場では、フェイトがおやつひとつで最悪の衝突を先送りにしてみせた。

 

「本当に、手がかかる……。」

 

フェイトが小さく漏らすと、レヴィは楽しそうに笑った。

 

「でも、ちょっと面白かった!」

 

デルタは振り返りもせずに低く言う。

 

「次は、ちゃんと決める。」

 

魔神デルタも、それへ重ねるように唸った。

 

「その時は、噛み砕く。」

 

不穏な言葉を残したまま、それでも四人は同じ進路を取る。

危うい均衡だった。

だが今は、その危うさごと必要な戦力だった。

だからフェイトは、またひとつ小さくため息をついてから、三人の後を追うように静かに歩き出した。

 

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