悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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師弟の共闘

 夜の街というものは、昼間に人が吐き出した熱と騒ぎを、完全には捨て切れないまま暗がりの底へ沈めている。

 だからこそ、深夜へ差しかかった市街地をマシンディケイダーで流していると、どれだけ道が空いていても、どこかまだ誰かの息遣いが残っているような気配がまとわりついてくる。

 

 フルフェイスの奥で浅く息を吐きながら、俺は前方へ伸びる道路を睨んだ。

 ガラス張りの高層ビルが黒い壁みたいに並ぶ大通りを抜けるたび、窓の奥に閉じ込められた光が流星の残り火みたいに視界を滑っていく。

 信号は夜更けの色へ変わり、人気の減った歩道には、終電を逃したらしい酔客の影すらもう見当たらない。

 なのに、街そのものは眠っていなかった。

 いや、正確には眠れずにいると言った方が近い。

 アスファルトの割れ目にも、風の抜ける高架下にも、そして遠くで一瞬だけ明滅したネオンの色にも、同じ種類のざらついた不穏さがこびりついている。

 

 俺の後方では、もう一台のバイクが一定の間隔を保ったまま付いてきていた。

 派手に煽りもせず、しかし置いていかれるつもりもない距離で夜道を噛むように走っている辺り、乗り手の性格がよく出ている。

 サイドミラーの端に映った影へ視線だけを流し、俺は通信越しに短く声を投げた。

 

「遅れるなよ、轟」

 

 返ってくる間は短かった。

 昔から、あいつは余計な言葉を付け足さない。

 

「分かってる」

 

 それだけで十分だった。

 弟子として俺の後ろを追っていた頃より、声の重心が少し下がっている。

 若さゆえの尖りはまだ残っているが、それを表へ垂れ流さないだけの落ち着きが、今の轟にはあった。

 

「今回は授業じゃない」

 

 俺が続けると、通信の向こうでわずかにエンジン音が揺れる。

 あいつが意識をさらに絞った時の癖だ。

 

「だからって、甘く見るな」

 

「最初からそのつもりだ」

 

 短いやり取りのはずなのに、それだけで十分に昔の訓練を思い出させた。

 ヒーローの世界で、力の使い方だけじゃなく、自分の内側にある熱や傷の扱い方まで叩き込んだ時間。

 今夜はその延長線上にある。

 ただ違うのは、課題の相手が馬鹿正直な敵ではなく、もっと粘ついた怨念のような存在だということだけだ。

 

 目的地が近づくにつれて、風の匂いが変わった。

 コンクリートの乾いた匂いへ混じって、焦げた金属と焼けた配線に似た臭いが鼻を刺す。

 同時に、街の音が不自然なほど薄くなった。

 車の走行音も、どこかで鳴っていたはずの音楽も、ここだけは何かに食われたみたいに遠い。

 

 広い幹線道路から一本裏へ入る。

 途端に景色が変わった。

 営業を終えた飲食店の看板が半分だけ消え、ガラスの割れたショーウィンドウが夜の光を歪め、路地の奥では煙のような霧が低く溜まっている。

 生きた街のはずなのに、そこだけ事故現場の切り取られた一枚みたいに時間が止まっていた。

 

 俺はマシンディケイダーを滑らせるように停め、後続の轟も数秒遅れで並ぶように止まる。

 エンジンを落とした途端、耳に残るのは冷えた風の音と、どこかでぶら下がった街灯が軋む微かな金属音だけだった。

 

 地面へ視線を落とす。

 アスファルトには鋭い裂傷がいくつも走り、車止めは根元から抉り取られ、街路樹の幹には何かが叩きつけられたような痕が深く刻まれている。

 ただ暴れたというより、憎しみの方向だけが妙に定まった破壊だ。

 そこに残る熱量が、どうにも嫌だった。

 

 轟がバイクから降りる音が背後で響く。

 そのまましゃがみ込み、傷の走る地面へ指先を当てた。

 右手から広がる冷気が、薄く白い霜となって割れた路面の上を這っていく。

 炎ではなく氷から入る辺り、あいつらしい。

 まず勢いではなく痕跡を読む。

 戦い方も、今ではちゃんと頭を使うようになっている。

 

「この壊れ方……」

 

 轟が低く呟く。

 その声音には、目の前の惨状を単なる暴力では済ませない警戒が混じっていた。

 

「怒りだけじゃない」

 

 霜を辿るように、轟の視線が路地の奥へ伸びる。

 

「もっと粘ついた執着だ。

 叩き壊すこと自体が目的っていうより、何かを憎んで、それを形にしてる感じがする」

 

「だろうな」

 

 俺は短く返した。

 この場に残っているのは怪人の臭いじゃない。

 ライダーの輪郭を持ちながら、その中身だけが別の場所へ落ちたような、ひどく気持ちの悪い違和感だ。

 それも、ただの狂気じゃない。

 自分を異端だと思い込み、その異端であることすら武器に変えた手合いの臭いがする。

 

 その時だった。

 路地の奥で、何かが転がるような硬い音がした。

 続いて、砕けたガラスを踏み潰す足音が、わざと聞かせるようにゆっくりと近づいてくる。

 

 轟が立ち上がり、自然に一歩だけ俺の斜め後ろへ回った。

 隠れた訳じゃない。

 互いの死角を潰し合える位置を、もう身体が覚えているだけだ。

 

 暗がりの向こうから現れた影は、街灯の下へ出た瞬間にようやく輪郭を得た。

 

 ライダー。

 

 それを見た最初の印象は、間違いなくそうだった。

 だが、正義の戦士という言葉から連想する姿とは決定的に違う。

 外殻そのものが怨嗟で組まれているような、歪んだ威圧感。

 人の理解から外れたまま、それでも自分は正しいと信じ切った異端の眼差し。

 仮面の奥からこちらを見返してくる気配だけで、この場の温度が一段低くなる。

 

「ようやく来たか」

 

 声は思ったより落ち着いていた。

 その静かさが、逆にひどく不気味だった。

 

「異端を処分するには、ちょうどいい夜だ」

 

 轟の視線が鋭く細められる。

 

「……こいつが」

 

「見た通りだ」

 

 俺は一歩前へ出ながら答えた。

 

「趣味の悪い仮面だな」

 

 異端な存在。

 そう呼ぶのが一番しっくりくる。

 ただ強いだけではない。

 ただ狂っているだけでもない。

 自分が世界に弾かれた側だと信じ、その歪みをそのまま刃へ変えた人間だけが持つ、嫌な説得力がそこにはあった。

 

 キラーは、轟より先に俺を見た。

 その視線には敵意だけじゃない。

 理解者ぶった嫌悪と、同類を見つけたとでも言いたげな不快な共感が混じっている。

 

「貴様達も似たようなものだろう」

 

 キラーの声が、夜気の底を擦るように響く。

 

「力を持ち、周囲から理解されず、それでも立っている。

 なら、行き着く先も同じだ」

 

「一緒にするな」

 

 轟が即座に切り返した。

 短いが、熱のこもった否定だった。

 

「勝手に理解した気になるなよ」

 

 俺も重ねる。

 ああいう手合いは、自分の傷を理由に他人の終わりまで決めつける。

 だから嫌いだ。

 理解なんて言葉を使う資格がないくせに、もっともらしい顔でこちらの在り方まで語ろうとする。

 

 キラーが一歩踏み込む。

 それだけでアスファルトが軋み、割れたガラス片が足元で跳ねた。

 軽くない。

 しかも、あの圧は単なる腕力じゃなく、執念そのものが質量を持っているみたいに重い。

 

 俺は反射的に前へ出た。

 轟を庇うためではない。

 まず一番危険な間合いへ立つのは、師匠である俺の役目だ。

 

「轟」

 

「何だ」

 

「下がるな。

 だが、前へ出る順番は間違えるな」

 

 一拍ののち、轟が短く頷く気配がした。

 

「……ああ」

 

 その返事を聞いたところで、俺はディケイドライバーへ手をかける。

 夜の街、割れた光、焦げた臭い、そして異端のライダー。

 この状況で最初に立つべき姿は、最初から決まっていた。

 

「変身」

 

 カードを挿し込み、バックルを押し開く。

 起動音が夜の空気を切り裂き、光の板が何枚も身体を横切っていく。

 

『KAMEN RIDE!DECADE!』

 

 桃色の装甲が夜の街灯を受けて鈍く光り、仮面ライダーディケイドが異端の敵の前へ立つ。

 その背後で、轟もまた半身を沈めて構えた。

 右に冷気、左に炎。

 派手に噴き上げることはしない。

 必要な瞬間にだけ放てるように、静かに、だが確かに熱量を溜めている。

 

 その姿を横目で捉え、俺はほんのわずかに口元を歪めた。

 昔は背中だけを見ていた弟子が、今は同じ戦場で隣へ並ぶ準備をしている。

 悪くない。

 

「行くぞ、師匠」

 

 轟の低い声が響く。

 

「そうだな」

 

 俺は正面のキラーから視線を外さずに答えた。

 

「久しぶりの共闘だ。

 派手に行くぞ」

 

 キラーが腕を持ち上げる。

 次の瞬間、禍々しい衝撃が夜の通りへ走った。

 俺は一歩踏み込み、その最初の圧を真正面から受け止める。

 同時に背後では、轟の氷が路面を這い、炎が暗がりへ赤い輪郭を灯していた。

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