悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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小型薬品設備と搬送先の手掛かり

隔壁の奥から届く報告は、さっきまでとは空気が違っていた。

泥と油と錆の匂いがする倉庫で、そこだけがまるで手術室のように整えられている——そんな印象を通信越しに受け取る。

 

『棚がある。小さい』

ゼータの声が淡々と響く。

『隔壁の手前にあったような大型の設備じゃない。容器を一本ずつ固定するタイプだ。温度記録装置もついてる』

 

温度記録装置。つまりは冷蔵庫か恒温槽のようなものか。生体の一部を保存するにしても、薬品を管理するにしても、精密な環境が必要だという証左だ。

 

『大半は空だ』

ゼータが懐中灯の光を走らせる音が届く。

『固定用の金具があるけど何も入ってない。ただ……』

光が止まる。

『底に一本だけ残ってる。密封容器』

 

一本だけ。他は持ち出されたのか、それとも最初からこれしかなかったのか。

 

『匂い……』

デルタの声が低く割り込んだ。獣のそれだ。

『すごく薄いけど、あのデカい奴と同じ系統。あと、なんかツンとする匂いもする』

 

ツンとする匂い。薬品だ。保存液か防腐剤か。

 

『顔を近づけるな』

俺が言う前にゼータが制止していた。

『分かってるってば』

デルタが不満げに唸るが、素直に下がった気配がする。あいつの鼻は便利だが、不用意に未知の物質を吸い込むのは危険だ。(未知のウイルスだってあり得るだろうが)

 

「ツカサ」

俺は通信の向こうにいるオペレーターに声をかけた。

『はい』

「あの容器だ。中身は分かるか?」

『現状では判断できません』

ツカサの声は冷静だ。

『処置用の補助薬である可能性もあれば、別の研究に用いる薬品である可能性もあります。分析班がサンプルを採取するまでは何とも』

 

処置用か研究用か。

俺は救護車両の縁で腕を組んだ。

外にある巨大個体を固定するための荒っぽい設備と、ここにある精密な保存設備。この違いが妙に引っかかる。(まるで暴れ馬を抑える檻と、メスを入れる手術台くらい違う)

一つの工程で行われているとは思えない。複数の段階がある。

 

「人体実験……なんてことまでは考えなくていいか?」

俺の口から出た言葉に、自分でも少し驚いた。思考が飛躍しすぎだ。

『今の段階で結びつけるのは早計です』

ツカサが即座に否定した。……だが完全には否定しないところがこの世界の恐ろしいところだ。

 

『ツカサ』

ゼータが再び呼んだ。

『隅に搬送箱がある』

搬送箱。またそれか。

『側面に管理番号と配送先コードがついてる。剥がされかけてるけど読み取れる』

 

管理番号と配送先コード。

さっき見つけた空箱にあった「EX-0742」と同じ体系か?

 

『番号を読み上げてくれ』

はやての声が飛ぶ。

 

『EX-0742-S』

ゼータが読み上げる。

『容器の方にも同じ番号が刻印されてる。対応してる』

 

対応している。つまり、この容器はこの箱に入れて運ばれるためにここにある。

そして配送先コード。

 

『配送先は……別のコードが割り当てられてる』

ゼータの声が少し硬くなった。

『ここじゃないどこかへ運ぶ予定だったってことか』

 

ここから別の場所へ。

採取し、処置し、保存し、そして搬送する。

この倉庫は終点じゃない。中継地点にすぎない。

 

『ハヤテ』

俺は呼んだ。

『聞こけてる』

はやての声はもう総督のそれだった。素早く事態を飲み込んでいる。

「あの容器は開けるな。そのまま回収させろ。中身の分析は専門班に任せる」

『了解や』

『ゼータ、撮影を優先して。痕跡を残して』

『やってる』

 

倉庫の中で撮影機器が作動する音がカシャカシャと響く。静寂の中でそれだけがリズムを刻む。

デルタは腕を組んで退屈そうにしているだろうが、あいつも黙って待っている。

 

『ツカサ』

はやてが言った。

『配送先コードの照会を急ぐ。周辺の輸送記録も洗う。ここから何がどこへ運ばれようとしてたのか、絶対に洗い出す』

 

「頼む」

俺は短く返した。

 

目の前にはまだ巨大個体の残骸がある。だが俺たちが見ているのは、この怪物そのものではない。怪物を素材として扱い、運び出そうとしている見えない手だ。

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