非常灯が赤く明滅するたび床のガラス片が血のように光る。砕けた培養槽。焦げた機材。天井から垂れる配線。その中央で、メガヘクスの形をした敵がゆっくりとこちらへ向き直った。
装甲の亀裂。黒い肉が呼吸するように膨らみ、その隙間から複数の眼が覗く。濡れた光。瞳孔。一つの方向を見ていない。俺、デルタ、ゼータ、天井——別々に。
敵の腕が溶けた。
金属が曲がる音じゃない。泥を引きずる音。肘から先が飴のように伸び、細長い鞭刃槍へ形を変える。振り下ろされる。ライドブッカーのソードモードで受ける。刃が腕を弾く。だが、弾かれた腕は硬いまま戻らなかった。柔らかく曲がり、刀身に絡みつく。
「——っ」
足元が鳴った。床が溶けたわけじゃない。敵の脚部が床へ沈み、瓦礫の隙間を這っている。赤い光の下ひび割れから白い刃先が突き出る。俺はブッカーを引き抜き、後方へ跳んだ。
空中で触手が迫る。二本、三本、四本。斬る。先端が落ちる——が落ちない。細い粘液の筋が宙に伸び、切り離されたパーツを本体へ引き戻す。あっという間に別の形に戻る。
「四肢は個別の器官じゃない。内部で繋がった流動体です」
イータの声。淡々としている。分析している間に撃たれるなよ、とは思ったが口にはしない。
「床と壁も同じよ。伝う攻撃に注意して」
ゼータが低く続ける。その視線は敵の腕より、床のひび割れに向いている。さすがだ。見る場所が違う。
デルタが半歩前へ出た。
「前へ出る」
「待ってくれ」
俺は短く制した。振り向かない。敵から目を離せば、その瞬間に足元から来る。
「お前の間合いじゃ、足元の方が先に届く。ここは俺が引き受ける」
デルタの気配が止まる。不満はあるだろう。だが、今はそれでいい。
敵の攻撃が上下左右から重なった。鞭刃槍が正面。触手が横。床下から刃。天井から雫のように落ちる粘液が形を変える。俺はガンモードで二発撃ち、進路を逸らす。一発で槍の軌道がずれもう一発で床下の刃が瓦礫を噛んだ。
その短い隙に、俺は敵の全身を見た。
関節がない。骨格もない。装甲の下で肉が動き、眼が別々に監視している。切断しても本体と繋がっていれば戻る。なら、普通の斬撃だけでは意味がない。
装甲と、その中の流動体。両方を同時に崩す必要がある。
「見た目だけは硬そうだが」
俺はブッカーで迫る触手を切り払いながら言った。
「中身まで鎧じゃないらしいな」
相手は答えない。代わりに、肩の装甲の隙間が膨らみ新たな眼が俺を睨んだ。
背後ではゼータが壁際の損傷を確認しイータが敵の脈動を追っている。デルタは下がった位置で腰を落としている。施設に残った証拠——壊れた培養槽、床の記録材焦げた端末。できるだけ守りたい。だが、守ることだけに寄れば、こいつは止まらない。
扱いにくい。だからこそ、試す価値がある。
俺はライドブッカーから一枚のカードを引き抜いた。赤い非常灯の光を受けて、オレンジの鎧が浮かぶ。
「鎧を剥がすなら、こいつだ」
ディケイドライバーへ装填する。音が施設に響いた。
変身が完了した瞬間、敵の無数の眼が一斉に動いた。それぞれが別の方向を睨みながら、その全てが俺を中心に集まっていく。
俺は大橙丸を構えた。敵は鎧の奥で肉を蠢かせ、こちらを見ている。
距離は、まだある。
地下への階段を上がりきったところで、救助班の一人が俺の肩を叩いた。
「六名、全員搬送完了!」
背後で担架が次々と地上へ運ばれていく。医療班の掛け声。酸素ボンベの音。だが、その声は次第にざわめきへ変わった。
床が揺れた。
地下からではない。もっと深い場所から、骨を伝って響くような振動。俺は顔を上げた。
施設の外。暗い空の下瓦礫の山が動いていた。いや、瓦礫だと思っていたものが動いた。巨大な輪郭がゆっくりと立ち上がる。人の形。だが、人ではない。メガヘクスのシルエット。その全身から、無数の眼が光る。
「——ッ!」
誰かが悲鳴を上げた。救助班の一人だ。担架が傾き、医療班の女が転びかける。俺は反射的に駆け出していた。
「避難を続けて! 俺が止める!」
振り返らずに叫ぶ。ゼータの声が後ろから追いかける。
「ツカサ、一人で行くな!」
「行くしかない」
「——行くぞ」
大橙丸とライドブッカーを二刀流で構える。目の前の巨体。その奥に揺れる、もう一つの脈動。地下から響く鼓動。
二つが重なった時、俺は理解した。
こいつは、原種だ。だがメガヘクスの形をしている。鎧だけではない。内側に、別の何かがいる。
二つの存在が、重なっている。
「……面倒なことになったな」
誰に言うでもなく呟いた。敵の無数の眼が、俺を見ている。