Ghost & Dash― 最速を継ぐ者 ― 作:Kataparuto
まさかの彼が主人公
どうぞお楽しみください。
Act.XX 幻影を継ぐ者
あれから15年の月日が流れた。
MFGは相変わらず続いていた、運営体制などの変化はあったが、それでもトップ層の理念は正しく引き継がれており今なおあの頃の輝きは変わっていない。
そしてもう一つ変わらず子供たちのそばにあり続けるものがあった。
「行けっ……!!ハチロクセイバー……!!」
控えめな男の子が江の島の堤防沿いに設けられた江の島シーサイドサーキットと名付けられたミニ四駆のコースでマシンを走らせている。
白と黒の塗装が施されたセイバー600系。
本来GPマシンであるそれは通常型市販シャーシに乗せ換えられ、ただのミニ四駆としてそのコースを走っていた。
ボディは磨かれ、初夏の日差しをきらびやかに反射しながら海風をもろともせずコースをひた走る。
丁寧に仕上げられているのだろう、同時に走っている同世代のレーサーたちよりもうんと速い。
ボディが古臭いと、最初は馬鹿にされたものだが、いざその走りを見たら誰もが目を奪われ、片桐カナタの息子、片桐久遠にはミニ四駆で友達ができた。
子供のコミュニケーションツール、レーサーとしての入り口、手のひらサイズのモータースポーツ。
レースという文化を父親の姿から学んでいた久遠にとって、お金もかからずそれでいて努力で速くなるミニ四駆にハマるのは無理もないことだった。
それに、ボディは父の宝物を譲り受けている。
いつか日本代表になってこのボディを乗せたGPマシンで世界を戦うことが今の彼にとって一番身近な夢であり、遠い願いであった。
そんなある日、片桐久遠がいつものように江の島シーサイドサーキットへ顔を出した時だった。
コースの中がどうも騒がしい、何事かと近くの友達に久遠は声をかけた。
「どうしたの?」
「あぁ……ミキオのやつ、ボディ狩りにあったんだって……」
「ボディ狩り?」
何やら穏やかではない言葉に久遠の心がざわついた。
「噂にはなってたんだ、この辺でレース勝負を挑まれて負けたらボディを奪われるって……。真っ黒なビートマグナムを使うやつらしくて……」
「ビートマグナム……」
父の盟友、たまに家に来ると、母がすこし眉を顰めるぐらいには騒がしいけど、とっても優しくて、ミニ四駆がとっても大好きな豪おじさんがかつて使っていたマシンの名前。
久遠は知らずにこぶしを握り締めていた。
父と休みのたびにWGPやMFG、F1のレースの映像を見る。
そのWGPのレースはもっぱら初代ビクトリーズが活躍するもので、ビートマグナムから発せられる爆発力や闘志、気迫、どれをとっても、何度見たってワクワクした。
そんな父が最も尊敬している人が使うビートマグナムを悪いことに使っている奴がいる。
そのことは久遠にとって許せないことだった。
「へっ、今時セイバー600かよ。古臭いを通り越して、カビでも生えてんじゃねぇの?」
背後から聞こえた声に、久遠はどきりとして振り返った。
そこには、この辺りでは見ない少年が立っていた。
年は久遠と同じくらい。
だが、その目つきだけは、妙に大人びているようにも見えた。
「お?でも、ハチロクセイバーレプリカか、いいね、限定品で数は少ないんだ、俺のコレクションに加えてやるよ。しけた走りしてるよりきれいに飾った方がためになるだろ」
「……なんだよお前」
久遠は感受性が強く人見知りなところがある比較的おとなしい子だ、だが、父カナタと母である恋の負けん気はきっちり受け継いでいるためこういう時に怯んだりはしない。
その態度が面白かったのか、その男の子は自分を親指で指差した。
「俺とレースしろよ、勝ったらお前のそれ、もらってやるからさ」
「久遠!こいつだ!こいつがボディ狩りだ!」
コースに来ていたミキオが、ボディ狩りの男の子に指さして叫んだ。
「おいおい、俺にだって名前があるんだ、黒瀬・迅、覚えとけ。んで、負け犬には用はねぇ、どうすんだ?レースするのか?しないのか?まぁ大事なボディってんだから後生大事に抱えてりゃいいさ」
あからさまな挑発、久遠としてもここで挑発に乗る理由はない。
だが、現に友達のボディは奪われている、そして、何よりも。
父の宝物であるハチロクセイバーを馬鹿にされ、そして父の盟友である豪おじさんのビートマグナムをこんなことに使っていることが許せない。
久遠の負けん気の強さが悪い方向に出てしまった。
そう、勝負を受けたのである。
「いいよ、やろう。言っとくけどボクのハチロク遅いと馬鹿にしたこと後悔させてやる、あとボクの名前は片桐久遠だ、マシンはハチロクセイバー」
「久遠ちゃんね……その名前どっかで聞いたことあるな……まぁいいや、俺のはブラックビートだよろしく頼むぜ?」
両者スタート位置へつく。
ルールは1周の同時スタートで、先にゴールしたほうが勝ち。
シャーシ底面のスイッチをしっかりと押し込む。
搭載しているトルク重視のモーターに電流が走り、甲高い音がコース中に響き渡った。
レースの顛末を見届けようと集まっていた子供たちは固唾を飲んで二人のレースを見守っている。
片桐久遠の速さはこのコース一番だ、負けるはずがない、でも……もし、負けたら?
期待と不安が渦巻く。
そんな中、久遠に合わせて迅のブラックビートのスイッチが入れられる。
その瞬間、久遠は僅かに違和感を覚えた、ほんの些細なものであるため、久遠は聞き間違いであったと思考を振り切り、レースへと集中する。
とはいえ、久遠は通常型の市販シャーシ、コースに出てしまえばセッティングとスタートタイミングだけだ。
だが、だからこそ久遠はこの江の島シーサイドサーキットを知り尽くしている。
この時間帯の海風の流れ方まで、それに合わせてセッティングしたハチロクセイバーが負けるはずがなかった。
「レディ……!!ゴー!!!」
審判役の友達の合図に、両者一斉にスタート。
まずは直線、堤防沿いに作られた長い直線だが、ここは海風をもろに受ける構造になっている。
空力や重量バランスをしっかりと仕上げていないと直線ながらコースアウトすることすらありうる場所だ。
当然どちらも土屋博士が手掛けたボディだ、多少の海風はむしろダウンフォースを強化しより速くなる。
だが、ボディ形状はブラックビートのほうが洗練されているのと、直線適正が高い。
わずかずつだが離されていく。
――焦っちゃだめだ、マグナムタイプが直線で速いなんて当たり前だ。
ジワジワと引き離されている中、久遠は冷静さを保つことに努める。
ここで負けていても後半はテクニカル構成、直線とテクニカルのバランスの良さがこの江の島シーサイドサーキットの特徴なのだから。
「へっ、伝説のハチロクセイバーのボディだってのにおっせぇな!直線で速くなけりゃダメダメだろ!」
相手の挑発は受け流す、そもそもハチロクセイバーは峠系テクニカル特化のマシン特性だ、通常市販シャーシにしてからもその基本は忠実に守っている。
直線区間が終わりテクニカルセクションへ突入する。
案の定高速型にギア比を合わせていたブラックビートが失速するところをハチロクセイバーが猛追する。
的確に配置されたガイドローラーが外壁をすべるように移動し、しっかりとブレークインを終わらせたトルクモーターがギア比と相まって抜群の加速力をタイヤに伝えていく。
操舵機能のない通常型シャーシのはずなのにまるでステアリングがあるかのようにスムーズに曲がっていくその姿はハチロクセイバーの名前を冠するに値するものだった。
「へぇ、通常型シャーシでこれとはやるじゃねーか……!」
「よし……抜け!ハチロクセイバー!」
テクニカルセクション最後のコーナーでとうとう久遠のハチロクセイバーがブラックビートを抜き去ろうとした。
誰の目にも今のハチロクセイバーのほうが速い、コーナーを抜けた後の直線で巻き返せるほどの余裕はない。
誰もが勝ちを確信した時だった。
「ビートドリフトだ!」
「……その技は!」
迅がボイスコマンドを叫ぶと同時にブラックビートの可変ウイングが作動、ボディについているドラゴンサスペンションでさらにコーナー内側へ沈み込み、黒いボディが無理やりイン側へ姿勢を変える。
ビートドリフト。
かつて星馬・豪のビートマグナムが見せた、弱点であったコーナーを攻略するために編み出した必殺走法である。
もちろん久遠も何度も映像で見ていた技だ。
だが……それには違和感があった。
父と一緒に見たビートマグナムは、コーナー攻略と同時にそのあとも考えたものだ。
つまり曲がってからも速い。
だが、目の前のブラックビートは違う。
曲がってはいるし、ハチロクセイバーよりはコーナー速度は速い。
しかし、そのあとの伸びにつながるとはどうも思えなかった。
姿勢制御で無理やり車体を押さえつけ、空力でねじ伏せているだけに見える。
だが、そんなまがい物ですらハチロクセイバーを振り切るには十分すぎた。
「くっ……!」
最終コーナーを抜けた瞬間、前にいたのはブラックビートだった。
結果は……片桐久遠の敗北である。
「へっ、誰が後悔させてやるって?ダメダメじゃねーか」
「お前……」
久遠は迅がハチロクセイバーを手に取ったところでつかみかかりそうな勢いで詰める。
「おいおい、レースで勝負、負けたらボディをいただくってのは納得したうえだろ?暴力はいけないねぇ?元F1レーサー片桐カナタの息子の片桐久遠ちゃん?暴力沙汰はお父さんに迷惑かかるんじゃないかな?」
「うっ……」
そう言われ、もし喧嘩でもしたら大きなスキャンダルになることはないだろうが、父の名前に傷がつくかもしれない、そのことを想像してしまった久遠は一歩下がってしまう。
その間にハチロクセイバーのボディはシャーシから外され、思いのほか丁寧に迅の持っていたケースへと納められる。
ボディを外されたシャーシに関しても迅は丁寧に久遠へと渡した。
「GPキット……使ってたでしょ」
最後のビートドリフト、あれは当然電子制御のない通常型シャーシではできないものだ、アレをできた以上、迅のマシンはGPキットを使ってグランプリマシン仕様にしている。
通常型シャーシとGPマシンのレースは特に禁止されていないにせよ、その性能差は圧倒的であるためほとんど成立しない。
つまり、迅は自分がGPマシンを使っていることを隠していたのだ。
「ルールで通常型シャーシを使うことなんて言ってなかっただろ?勝負事の前にはルール確認しないとなぁ久遠ちゃん」
「……卑怯だぞ」
「負け犬の遠吠えはいつもは聞かねぇけど、俺にビートドリフトを使わせたんだ、今回は特別だ、待っててやるよ。 夏の間は江の島に居る、いつでもリベンジマッチは待ってるぜ?」
こうして、久遠はハチロクセイバーを失ってしまった。
少し時間がたった後、夕日が海を照らす中、久遠は砂浜に座り込んでいた。
その手にはボディを失ったシャーシだけが残されている。
いつもよりずっと軽いそれは、今の久遠にとってはその場から動けなくするだけの重さがあった。
レースの後仲間たちからは口々に慰めの言葉をもらった。
だが同時に、久遠でもダメかという諦めの言葉も聞いている。
久遠は本当にそれが悔しかった。
自責と後悔にまみれる久遠の背後から誰かが近づいてくる。
ふと振り返るとそこには仕事帰りのラフな格好と、車のキーを指にかけ、反対側の手には見慣れない黒いケースをもって歩いてきている父、片桐カナタがいた。
その姿を見た久遠は今にも泣きだしそうな表情でカナタに頭を下げる。
「パパ……ごめんなさい、パパのハチロク……とられちゃった」
ひどく怒るだろう、温厚な父だが怒るときは本当に怖い。
そう思っていた久遠だったが、かけられた声は意外なものだった。
「……実は見てたんだ、レース開始するぐらいから。速く仕事が終わってね、迎えに来たついでに、様子も見ようと思って」
カナタは汚れるのもかまわず久遠の横へ座り海のほうへと視線を向ける。
寄せては引く波の音がしばらく二人を包み込む。
「止めてくれればよかったのに」
ポツリとつぶやいた久遠だったが、またすぐに後悔する。
違う、勝負を受けたのは自分の意志だ。
ハチロクセイバーを賭けたのも自分だ。
だが、カナタは久遠を責めなかった。
「……悔しいか?」
話し始めて、ようやく久遠とカナタの目が合う、父の目は父でもあり、レーサーとしての目だった。
そんな真剣な目に久遠は包み隠さず頷いた。
「悔しい。でもGPマシンだってわかってたら勝負なんてしなかった」
「……それは本当かな?」
「え?」
「久遠は自分のためだけじゃない、ハチロクセイバーを馬鹿にされたこと、豪おじさんの大事なマシンを悪いことに使っていること、友達が実際に被害を受けていること、そんなことに憤りを覚えて戦おうとしたんだ。 たとえ負けるとわかっていてもきっと変わらなかったと思う」
カナタの言葉に久遠はその通りだと思った。
自分にとって大事なもののためにGPマシンだとわかっていても勝負は挑んだだろう。
「でも、相手はずるをしていたのは事実だ、そして負けたのも事実だ」
久遠の心境とは別にカナタの言葉は優しいが、厳しさがあった。
「もし、久遠が負けた理由を相手に求めるなら次もきっと負ける」
これもまた事実なのだろう、そう思えるだけの凄みがカナタから感じられる。
だけど久遠はまだ子供だ、言葉だけでは納得できない。
「じゃあ、パパなら勝てたの?」
「たぶんね、豪おじさんだってそうだと思うよ」
「同じ条件でも?」
「勝つ方法を探すさ。ハチロクセイバーとはいえ、直線を捨てないセッティング、空力の使い方、モーターとギアの調整、通常型ミニ四駆でもできることはまだ沢山ある」
久遠の胸が痛む。
父の言うとおりだ、まだやれることはきっと沢山あったはずだ。
だが、自分がこのコースで一番速いという油断もあった。
ハチロクセイバーならきっと負けないと思っていたのだ。
「でも、今日の久遠は立派なレーサーだった」
カナタが少し笑う。
「負けたのに?」
「負けたからこそかな。悔しいって気持ちもあって、次は勝ちたいという願いがある。それも走りでわからせようって思ってるだろ? それこそがレーサーにとって大事なことなんだ」
そこまで言ってカナタはもってきていた黒いケースを自分と久遠の間に置く。
「それは何?」
「見てのお楽しみ」
空気の抜ける音がして、黒いケースが開かれる。
そこには鮮烈なビクトリーレッドに塗装された1台のミニ四駆が収まっていた。
「本当は次の誕生日プレゼントだったんだけど……」
そう言いながらカナタがケースから取り出したミニ四駆。
久遠はそのシルエットにソニック系の意匠を感じ取る。
そっくりというわけではない、だがコーナーという領域に対して最適な回答を出すなら必ずこの形になるという意味を感じる。
だが特徴的だったのはボディが今までのミニ四駆とは全く違うものになっていた。
ボディを形作るフレームに可動部品で外装が取り付けられている。
専門的なことは久遠にはわからなかったが、このミニ四駆はボディやホイール、シャーシから何から何まで風と共に走るための構造になっていると直感的にわかった。
「ホライゾナルソニック」
カナタから告げられるこのマシンの名前。
「土屋博士が最後に手掛けた土屋式空力論における回答の一つだ」
「これが……ソニック?」
「名前だけだけどね、コーナー重視の土屋博士の代表マシンとなればソニックの名前になるのさ」
カナタはそっと久遠の手にホライゾナルソニックを渡す。
「こいつは今までのミニ四駆とは全く別物。外装パーツが能動的に動いてダウンフォースを自由自在に操るんだ。風を味方につけるというのが土屋式空力論だけど、その究極系といえるマシンだよ」
GPマシン特有のズシリと重たいそれを持つ久遠が息をのむ。
「これを……ボクに?」
「そうだ、でも、ハチロクセイバーを取り戻すためだけのマシンじゃない。久遠がいつか世界へ羽ばたいていくためのマシンなんだ」
久遠は何も言えなかった。
片方の手にはボディを失ったシャーシだけがある。
もう片方にはまだ誰も走りを教えていないまっさらなGPマシン。
過去と、未来が、同時にそこにあった。
「このマシンは久遠の走りを覚えていく。僕でも、豪おじさんでも、烈おじさんでもない。久遠の走りを覚えるんだ」
「ボクの……走りを」
「相手がGPマシンを使うなら、こっちが使ったって文句はないだろうしな」
あっけらかんと言い放つ父に久遠もつられて笑う、そしてすぐに表情を引き締めてカナタに言った。
「取り戻す……、ハチロクセイバーを、ミキオのボディも、みんなのボディも、走りで絶対に取り戻す」
「それでいい、ただし、忘れないでほしいことがある」
「?」
「勝つために走るんだ。奪い返すなんて考えなくていい。ネガティブな感情はマシンを、相棒を壊すことになる。 これは僕の師匠が言ってたことなんだ。 久遠も守ってほしい」
「……わかった」
カナタの言葉に久遠はホライゾナルソニックを胸の内に抱く。
「がんばろう、ホライゾナルソニック」
先ほどまで強く冷たく感じた海風が柔らかく二人の頬を撫でた。
それから二週間の間、久遠は父に頼み込んでTTF(ツチヤチューニングファクトリー)に通い詰めとなる。
TTFは土屋研究所からミニ四駆研究も引き受けるようになっていたためGP規格のコースが常設されており、カナタとしても知り合いのいる場所のほうが安心ということで久遠はTTFが選ばれたのだ。
しかし、久遠にとってGPマシン、とくにこのホライゾナルソニックは未知の領域だった。
基礎プログラムで走行自体には問題がないが、いざタイムを出そうとすると繊細過ぎる空力に対してシステムが破綻を防ぐために強力な制御をかける。
すなわち、久遠も、マシンも怖がっているのだ。
今まで通常型のミニ四駆しか触ってこなかった久遠にとってこの体験に対する対応は手探りである、だが、周りの大人はサポートをすることはあっても直接手を下すことはなかった。
レーサーもマシンも共に成長していく、それこそがGPマシンの醍醐味であり、だからこそ土屋式空力論を装備したマシンを使いこなすことができるようになるのだ。
こうして久遠は自分の走り方というものを理解し、その理想をホライゾナルソニックへと注いでいく。
そして、ハチロクセイバーで学んできた基礎的な走り方、江の島シーサイドサーキットでさんざん悩まされた風の力、その一つ一つが形となってホライゾナルソニックを育てていった。
そして夏休みも終わろうかというころ、久遠は江の島シーサイドサーキットのコースへ戻っていた。
「……来たな、久遠」
連絡を受けて待っていたのだろう、黒瀬・迅がゆらりとコースへ入ってきた久遠を見る。
「待たせたね、迅くん、今日は、ハチロクセイバーを、いや、みんなのボディを返してもらうよ」
ピシャリと新しい相棒、ホライゾナルソニックを見せつけるように突き出し、久遠は啖呵を切った。
これにたいして迅もにたりと笑いながら答える。
「へ、その自信ごと、新しいマシンもいただいていくぜ。ルールは前回と一緒でいいな?」
「うん、でも、前までのボクと思わないでほしい、全力で来いっ!」
この日はカナタもレースを最初から見に来ていた。
ただ、勝っても負けてもハチロクセイバーを取り返すようなことはするつもりはなかった。
――子供の喧嘩に大人が口を出すな、と、フジワラ先生が言ってたから。
とはいえ、今の久遠が迅に負ける姿は一片たりとも想像できなかった。
今までの久遠とは間違いなく違う。
――我が子の成長を見る父親の気持ちとは、こういうものなんですね。
両者スタート地点へとついた。
シャーシ底部の電源を確実にON。
GPマシン用のジェットエンジンに似た超高回転モーターの音がコース中に響き渡る。
「GPマシンか、いいぜ、それなら最初から全力で相手してやる」
「……」
久遠はもう迅を見ていなかった、目の前のスタートシグナルに集中する。
そして手元のホライゾナルソニックを信じるだけだ。
「レディィ、ゴー!!!」
弾かれるように二つのマシンが走り出す。
江の島シーサイドサーキットは軽い組み換えでGP仕様に変更ができる。
左右のガイドレールがなくなり広々としたレーン構成となりGPマシン特有のコース取りなどが可能になるのだ。
ただ、レイアウトそのものは変わらない。
なので、前回同様、最初は海風をもろに受けるロングストレートだ。
「ぶっちぎれ!!ブラックビート!」
景気よく飛び出していく黒いビートマグナム。
当然ストレート適正があるマグナムタイプのボディである以上ここはブラックビートのほうが有利だ。
だが、予想と違う状況がそこに繰り広げられていた。
ピタリとブラックビートの後方へ深紅のホライゾナルソニックが張り付いているのだ。
「スリップストリーム……!」
「っち!」
前回までのガイドレールで仕切られている状況とは違う、GPマシン同士のレースは実車さながら、ポジショニングが重要になる。
この点に関してはこの二週間で1VS1の練習をJ相手にトレーニングを積んできた久遠にとってセオリー通りの戦い方だ。
しかし、迅はGPマシンで通常型を相手にするという条件ばかりだったためこういった駆け引きになれていないのか、スリップストリームのスイートスポットをホライゾナルソニックからずらせない。
屈指の最高速を誇るビートマグナムでもこうしてスリップストリームを利用されてしまえば意味はない。
本来ここでアドバンテージを稼いで残りのテクニカルセクションを逃げ切るというのが迅の目論見だが、これが完全に外れることとなる。
「くそっ、後ろに引っ付きやがって気持ちわりぃ!離れろ!」
迅が叫ぶが、久遠は一切手を抜くつもりはなかった、ロングストレートの終わりの左コーナー、両者トップスピードに乗ったままのコーナリング。
当然ブラックビートは……。
「いけ!!ビートドリフト!!」
スピードに乗ったままのビートドリフトモドキ。
ドリフト状態でコーナーを抜けていくブラックビートを見て、久遠はそのドリフトがやはり本質をついていないことを見抜いていた。
そのうえでホライゾナルソニックのほうが圧倒的にコーナリングは得意だ。
ビートドリフトに合わせて、ブラックビートの左側面へぴたりと張り付くような見事なツインドリフトを決めてコーナー出口ではサイドバイサイドへと持ち込む。
そして残りのテクニカルセクションでホライゾナルソニックが牙をむく。
左右連続で続くヘアピンが迫る。
「行くぞソニック!ホライゾナルミラージュだ!!」
ボイスコマンドと共にホライゾナルソニックの姿が蜃気楼のように消えていく。
そして次の瞬間、コーナー出口でブラックビートの前にいた。
「んなっ!?」
「もう一度だ!!」
再びのコーナー、わけもわからずレイトブレーキで前に出てブロッキングを行うブラックビートだったが、あっさりとホライゾナルソニックが前にいる。
「ホライゾナルミラージュ……何度見てもラインが見えづらい……」
遠目にレースを見ていたカナタがつぶやく。
あれは自分の技、ゼロシフトに近いものだが、驚くことにタイヤに一切負担がない。
それどころかバスターミラージュの上位互換ともいえるコーナー制圧力を持つ。
かつて、バスターソニックが使ったバスターミラージュは、高度なレーサーほど、インから来るのか、アウトから来るのかが読めなくなり、二つの幻影を見る技だった。
それに対して、ホライゾナルミラージュは違う。
超クイックなライン変更という点では、バスターミラージュと同じ系譜にある。
だが、その仕組みはさらに先へ進んでいた。
移動の瞬間、ホライゾナルソニックの外装カウルが能動的に角度を変え、ダウンフォースをコントロールする。
それにより、タイヤにかかる接地荷重を限りなくゼロへ近づけ、路面との摩擦を一瞬だけ極小化する。
さらに、その移動中でさえ外装によるダウンフォースコントロールは継続される。
つまり、ラインを変えている最中に、さらに次のラインへ移ることすら可能だった。
物理的に進路を塞がれない限り、コーナーの中でホライゾナルソニックを一つのラインへ閉じ込めることはほぼ不可能。
相手レーサーが予測した軌道は、次の瞬間には意味を失う。
そこにいるはずのマシンは、もういない。
見えているのは、開始地点に残された赤い残像だけ。
ゆえに、その技はホライゾナルミラージュ、水平に走る幻影と呼ばれる。
予測したラインの先に、決して本体を捉えさせない片桐久遠とホライゾナルソニックの新たな必殺走法だった。
ホライゾナルソニックと片桐久遠の走りは圧倒的だった。
格下相手ばかりしていた黒瀬・迅のブラックビートはGPマシンのスペックで勝っていただけであり、2週間とはいえみっちりと自分のマシンと向き合い、自分の走りにも正直に なっていた片桐久遠の前では敵ではなかったのだ。
こうしてレースは久遠の勝利に終わり、無事ボディ狩りされたミニ四駆のボディたちは持ち主のもとへと帰っていったのだ。
最後に残っていた片桐久遠へ、黒瀬・迅はケースごとハチロクセイバーを手渡した。
その手つきはやはり丁寧だった。
受け取りながら久遠は実はこいつそこまで悪いやつではないのでは?と思い始めていた。
「返すよ、ごめん。……お前速いな」
「……まぁね」
「次の大会、俺も出るんだ。……お前も出ろよ、借りは返す!」
それだけ言い放って迅は走り去っていった。
その姿を見送った久遠はケースからハチロクセイバーを取り出し、隣に立っていたカナタへ差し出した。
「はい、パパ、取り返してきた」
「うん、ありがとう。……見事な走りだった」
「へへっ」
片桐久遠の手からカナタへとハチロクセイバーが返される。
一度カナタが託したものを久遠が返す、一種の親離れなのだろう。
だが、そんな久遠の傍らには唯一無二の相棒であるホライゾナルソニックが今はいる。
ハチロクセイバーの役割はまた次のレーサーが現れるころにあるのだろう。
こうしてひと夏の江の島での出来事が終わった。
余談ではあるが、この後、片桐久遠はWGP日本代表へと選ばれるべくグレートジャパンカップへと挑戦をしていくこととなる。
そして黒瀬・迅もまた、マグナム系使いとして片桐久遠と肩を並べるレーサーへと成長していくこととなる。
新しい世代、新しいレーサーたちが羽ばたこうとしていた。
― 完 ―
ということでいかがでしたでしょうか、まさかの片桐久遠主人公でした。
MFGのエピローグでこの人物は外せません。
ただ、連載版になってしまうと完全にオリジナルになってしまうので、これ以上は書くつもりはありません。
なので余談を少し
黒瀬・迅はこの後カナタと一緒に日本代表になります
そしてなんやかんやあってマグナム系を継承、そのマシンはバーティカルマグナムとなります。
そして一見無敵の必殺技のホライゾナルミラージュもタイヤが設置していない時間があるのであまりにも連続で使用すると失速してしまうという欠点もあるとしています。
あまり語りつくすものもないと思いますのでここまでといたしますが、よければこの新世代、皆様の中でお好きなように想像してあげてください。
それでは、またどこかでお会いしましょう!!
本格的な本編を読んでみたいですか?
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ハイ(続かない
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イイエ(続かない