大正時代、青森の昼過ぎ、夫の遺体が、川から引き上げられたと言うことを、夫の会社の秘書から聞いた妻のミチは遺書を読みながら、秘書の春介に奇妙な人形と心中前夜の事を語り始める…。

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第1話

大変に後ろめたい生涯を、彼は送ってきたのだと思います。

私はそう述べて、夫の遺書をお義父様の会社の秘書の方から受け取り開いた。

この家には、人形が有りました。お義父様、今からはおじい様と改め読んで参ります。

おじい様が購入したと言われるとてもとても美しい人形でした、真珠を思わせる肌のマネキンのようなドールでして、目は暗く濁っておりましたが、くりっとしていて整った顔立ちをしており、澱みのない白いレースが沢山あしらわれたプリンセスラインのドレスを着、被ったヴェールには見るも鮮やかな宝石をいくつか乗せておりました。その人形は、夫が産まれたばかり、比較的に早々と亡くなったおじい様の最高級の買い物、忘れ形見の花嫁人形でした。

 

夫は痛く、この人形を気に入っているようでした。いつもこの人形の様子を見ては、ヴェールの宝石を磨いたり、ヴェールを掛け直してやったり、私が恣意として気に入っている着物屋の主人に頼みこんで、人形の服を作らせる事もあり、色々な服を着ているその人形は目にも鮮やかで、わたくしの目を楽しませてもおりました。ですが、夫の秘書、並びにメイドや執事はこの人形の世話を避けていたようでした。

というのも、夫が人形の部屋に入った新入りのメイドに向かって怒鳴っているのを聞いたことがあるのです。夫は酷く怒り、半狂乱になりながら「私の物に許可なく触れるな!!」という名目でメイドが泣き出してしまうほど怒鳴っておりました。思えばそれが夫にしてみれば現世に残りたくなくなった最後の理由だったのやもしれません。

 

夫は人形と心中しました。

 

半月が照る夜に、わたくしは人形の居る部屋から音が聞こえ、廊下の曲がり角から人形の居る部屋へ繋がる廊下を覗いておりました。我が家は、昔ながらの和館であり、廊下の外は中庭になっています。カタン、カタカタン、と人形の部屋から音がしたのを最後にあの人が出てきました、夫は人形を異国のお姫様のように抱き抱え、酷く憔悴したような顔でしたが、眼鏡の奥は笑んでいました。人形の顔はこちらからは見えませんでした。

「千(かず)ちゃん、千(かず)ちゃん。僕たち現世には居場所が無いのだよ、一緒に行こうねぇ、遠く、お空の向こうに行こうねぇ。」

そう言って苦しげな、母と初めて喧嘩別れをして、そのまま働きに出られたような、酷く傷ついた顔で人形の手に赦しを乞うあの人の顔と言ったら、とても美しい物でした。

もしかしたら、あれはあの人の最大の情念だったのかもしれません。

父を早くに亡くし、悲しむ弱き母の為に父の遺産と会社を守る母に報いる為に、心を亡くす程勉学、勉学に勤しんで、好きでもない良家の娘のわたくしと結婚して死んでいく未来を憂い、父の忘れ形見である人形に憧れも、恋も、性も、全てごっちゃにした末の凶行だったのでしょう。

 

ですが、あの人は最期に人形への恋が報われたのだと思っています。少なくともわたくしはあの人の人形への恋、いいえ、引き上げられた死体は二人でしたね。

彼女は、いいえ、彼は、最期まで夫の凶行に抵抗しなかったのですよ。その証拠に、夫の身体にも、彼の身体にも痣も傷も、まして強く掴んだ痕も無かったでしょう。

彼はおじい様の物でしたが、おじい様の面影を強く残し、自分の世話を甲斐甲斐しくする夫の事をさぞ気に行っていたのでしょう。夫は無骨で素朴な人でしたが、笑顔が素敵で、彼にいつも笑いかけてよく話しかけていましたから。人形として半生を生きた彼にとっても支えだったのでしょう。

 

…あぁ、引き上がった遺体ですか?そうね、二人とも同じ棺桶に入れて差し上げて頂戴な、その方が夫も、彼も報われるでしょうから。

わたくしの提案なのですけど、葬儀には身内のみの参加に致します、えぇ。

せめて、夫と彼には夫婦の着物を着せてやってください。

それが、わたくしの夫への愛着ですわ。


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