婚約破棄が国を亡ぼす ~「最強」の戦乙女を追放した愚かな王太子たちは、それに気づかなかったようで~   作:みやび(雅媛)

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第2話 手を差し伸べる従兄弟もやはり敵でしかなく

 王城を脱出してからは、早馬を飛ばした。

 ドレスの裾を裂き、動きやすい格好になって馬に跨る私を、追っ手の近衛兵たちは呆気にとられて見送っていたようだ。

 途中で馬を乗り継ぎ、誰にも追いつかれることなく、私は愛する我が家――アーベルジュ公爵領の本邸へとたどり着いた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

 屋敷の門をくぐるなり、完璧な礼と共に迎えてくれたのは、私の自慢の執事、ルシアンだった。

 乱れ一つない黒髪、穏やかな笑みを浮かべた知的な美貌。

 私がどんなにボロボロの姿で帰ってきても、彼は眉一つ動かさず、まるでいつもの散歩から帰ってきたかのように優しく迎えてくれる。

 

「ただいま、ルシアン。……早かったわね、出迎えが」

「お嬢様が王城で『大立ち回り』を演じたという情報は、既に把握しておりましたので。お疲れでしょう、すぐに紅茶をご用意します」

「さすがね。助かるわ」

 

 本当に、彼は優秀だ。

 私が王都で何をしたか、もう情報が入っているらしい。

 乳兄弟として共に育った彼は、私の思考を私以上に理解している。彼がいる安心感に、張り詰めていた気がふっと緩んだ。

 

 ――だが、その安息を邪魔する不愉快な声が響いた。

 

「へえ、本当におめおめと帰ってきたのか。みっともない」

 

 玄関ホールの階段から見下ろすように立っていたのは、従兄弟のオスカーだった。

 亡き叔父上の息子でありながら、その武才を一切受け継がなかった男。

 王太子ジェラールの腰巾着として、王都でコソコソ嗅ぎ回っていたはずの彼が、なぜ我が家の領地にいるのか。

 

「オスカー、なぜここにいるの?」

「なぜって、僕はこの家の正統な後継者候補だからね。……お前みたいな『傷物』になった女の代わりに、僕が当主になる準備をしに来てやったんだよ」

 

 ニヤニヤと卑しい笑みを浮かべて、オスカーが階段を降りてくる。

 整った顔立ちはしているが、中身が薄っぺらいせいか、どうしても品がない。

 昔からそうだ。努力もせず、叔父上の威光を笠に着て、私に対して歪んだ劣等感をぶつけてくる。

 

「王太子殿下はお優しい方だ。お前との婚約破棄を祝って、僕にこの領地を任せると言ってくださった。……ついでに、行き場のないお前を僕がもらってやってもいい」

「……は?」

「口では強がっても、心細いんだろう? 王家にも見捨てられ、帝国にも売られかけた。今のお前を拾ってやるのは僕くらいさ。土下座して頼むなら、愛人として可愛がってやらなくもないぞ?」

 

 私の目の前まで来ると、オスカーは気安く私の肩に手を伸ばしてきた。

 その顔には、隠しきれない優越感と、ねっとりとした欲情が張り付いている。

 

 ああ、なるほど。

 こいつが、私の情報を王太子に歪んで伝えていたのね。

 私の悪評を流し、孤立させ、自分が公爵家のっとりをするために。

 

 (……不愉快極まりない)

 

 カッとなると同時に、私の体は思考より早く動いていた。

 

「触るな、三流」

「えっ……げふっ!!」

 

 私は彼の手を払い除けると同時に、がら空きの鳩尾(みぞおち)に拳を叩き込んでいた。

 ドゴォッ、という鈍い音がホールに響く。

 オスカーの体がくの字に折れて吹き飛んで壁に激突した。

 

「が、は……っ!?」

「お前の愛人? 寝言は寝て言いなさい。お前の相手をするくらいなら、私は死を選ぶわ」

 

 壁際で白目を剥いて痙攣する従兄弟を冷たく見下ろす。

 叔父上は、戦場を駆ける武神のような人だった。その息子が、こんなにも脆弱で性根が腐っているとは。

 こいつが裏で動いていたせいで、私がどれだけ面倒なことになったか。殺さなかっただけ感謝してほしいくらいだ。

 

「お嬢様……またそのように素手で……御手が汚れますよ」

 

 後ろから、困ったような、それでいてどこか楽しげな声が聞こえた。

 ルシアンだ。

 彼は倒れているオスカーには目もくれず、ハンカチを取り出して私の拳を丁寧に拭いてくれた。

 

「ごめんね、ルシアン。つい反射的に」

「いえ、素晴らしい踏み込みでした。ですが、ゴミ掃除は私の仕事です。お嬢様が手を下すまでもありません」

 

 ルシアンは優雅な仕草で指を鳴らすと、控えていた使用人たちに指示を出した。

 

「この不法侵入者を地下牢へ。……ああ、丁重にね。彼には聞きたいことが山ほどありますから」

 

 ルシアンの笑顔は、いつも通り穏やかで美しい。

 けれど、オスカーを見るその瞳の奥が、一瞬だけ凍てつくように暗く濁った気がした。

 ……気のせいかしら?

 

「ルシアン、尋問は任せていい?」

「もちろんです。彼が王太子に何を吹き込んだのか、帝国の動きをどこまで知っているのか……全て、余さず吐かせます。その後は、そうですね。二度と、お嬢様の視界に入らないよう『処理』しておきます」

「そう。適当に領外へ放り出しておいて」

「ええ、そのように」

 

 ルシアンが深く頭を下げる。

 彼に任せておけば安心だ。昔から彼は几帳面だから、きっと法的な手続きも含めて綺麗に片付けてくれるだろう。

 

 引きずられていくオスカーの情けない呻き声を背に、私は父上の待つ執務室へと足を向けた。

 障害物は排除した。

 次は、これからの反撃の狼煙(のろし)を上げなくてはならない。

 

「ルシアン、後で執務室に紅茶を持ってきて。濃いめのやつを」

「かしこまりました。最高の一杯をお持ちします」

 

 頼もしい相棒の返事を聞きながら、私は階段を駆け上がった。

 戦いはまだ、始まったばかりだ。

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