婚約破棄が国を亡ぼす ~「最強」の戦乙女を追放した愚かな王太子たちは、それに気づかなかったようで~   作:みやび(雅媛)

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第3話 敵は多くけれど味方も案外いるもので

「おかえり。早かったね」

 

 父上の待つ執務室の扉を開けると、そこには書類の山に埋もれながらも、のんきに手を振る父、アーベルジュ公爵の姿があった。

 開口一番、心配の言葉よりも先にそれが出るあたり、やはりこの父親も肝が据わっている。

 

「ただいま戻りました、父上。……婚約の件、破綻させてしまい申し訳ありません」

「ああ、いいよいいよ。だってヴィー、あの王太子のこと、最初から好きじゃなかっただろう?」

 

 にこにこと笑いながら、父上は核心を突いてくる。

 私は小さくため息をついた。

 確かに、王太子ジェラールには政略的な価値以上のものは見出せなかった。それでも、公爵家の娘として義務は果たすつもりだったけれど。

 

「責めているわけじゃないさ。向こうに誠意も知性もなかった、それだけの話だ。……それに、ヴィーが本気で暴れる前に帰ってきたようで安心したよ」

「ええ。王城を半壊させる前に、ルシアンの顔が浮かんで踏みとどまりました」

「ははは! それはいい。あいつを悲しませると、国が傾くより面倒なことになるからね」

 

 父上は楽しそうに笑うと、真剣な眼差しに切り替えた。

 

「さて、ヴィクトリア。王家は敵に回った。帝国も手を出してくるだろう。……どうするつもりだ?」

「売られた喧嘩です。買います」

「よろしい。全権をお前に任せる。存分におやりなさい」

 

 父上は私の性格をよくわかっている。

 この状況で「守られていろ」と言われることこそが、私にとって一番の苦痛だと知っているのだ。

 

「ただし、一人で背負い込むなよ? お前には優秀な『参謀』たちがいるのだから」

「わかっています」

 

 父上に一礼し、私は執務室を後にした。

 向かう先は、客間として使っているサロンだ。そこには既に、頼もしい援軍が到着しているはずだった。

 

 ◇

 

「あらヴィー、お帰りなさい。随分と派手にやってきたみたいじゃない」

 

 サロンに入ると、優雅に紅茶を飲んでいた美女がカップを置いた。

 サンバルド伯爵令嬢、クラウディア。

 王城からの脱出を手助けしてくれた私の親友だ。彼女もまた、あの混乱に乗じてすぐに王都を離れ、ここまで来てくれていたのだ。

 

「クラウディア、助かったわ。あのタイミングで扉を開けてくれていなかったら、もう少し手荒な真似をするところだった」

「それは見なくて済んでよかったわね。……で、これからどうやってあの馬鹿たちを磨り潰すか、相談しましょうか」

 

 彼女は美しい顔に獰猛な笑みを浮かべる。彼女もまた、今の王政に不満を持つ西部貴族の筆頭格だ。

 私がソファに座ると、音もなくルシアンが現れ、新しいティーカップを置いた。

 

「お疲れのところ恐縮ですが、糖分補給を兼ねて作戦会議といきましょう。……お砂糖は3つでよろしいですね?」

「ええ、お願い。頭を使うには甘いものが必要よ」

 

 ルシアンは私の好みを完全に把握している。

 彼が用意した極上の紅茶と焼き菓子を口に運び、私はようやく人心地ついた。

 さて、現状整理だ。

 

「まずは敵の確認ね。王家、および北部貴族は確定。帝国軍も敵。あとは東部貴族も、地理的に帝国か王家になびくでしょうね」

「あとは、あの『自称・聖女』のリリスね」

「ええ。あの女も敵よ」

 

 私が頷くと、ルシアンが涼しい顔で地図を広げた。

 

「敵は多いですが、一枚岩ではありません。王家、帝国、東部……それぞれが仲違いするように仕向けるのが上策かと」

「そうね。正面から全部相手にするほど、私は慈悲深くも馬鹿でもないわ。……で、味方は?」

「西部の貴族たちは、クラウディア様のお声がけで概ねまとまっています。問題は南部ですが……」

 

 ルシアンが言葉を切ると、クラウディアが扇子を開いて口元を隠した。

 

「南部貴族は、間違いなくこちらに付くわよ。彼ら、今ものすごく『お冠』だから」

「どういうこと?」

「あのリリスとかいう小娘が『聖女』を名乗ったからよ」

 

 ああ、なるほど。私はポンと手を打った。

 王国において「聖女」といえば、歴史上ただ一人。かつての大戦で活躍し、非業の死を遂げた南部の英雄「聖女アリス」のことを指す。

 南部貴族にとってアリスは信仰の対象に近い。

 それを、どこの馬の骨とも知れない、しかも王太子と不貞を働いた小娘が軽々しく名乗ったのだ。

 

「南部の人たちは、『娼婦風情が聖女の名を汚した』って激怒しているわ。私たちが声をかければ、喜んで王家への反逆に参加するでしょうね」

「それは心強いわね。聖女の名を騙った報い、受けてもらいましょう」

 

 敵は多いが、味方もいる。

 そして何より、私にはルシアンがいる。

 彼は紅茶のおかわりを注ぎながら、まるで天気の話でもするように恐ろしいことを口にした。

 

「ではお嬢様。まずは帝国と王家をぶつけて消耗させましょう。幸い、帝国の皇太子には『王都を攻める絶好の口実』を与えておきましたし、王都に潜ませている私の配下たちも、市民の不安を煽る準備は万端です」

 

 ……いつの間に?

 私が帰ってくるまでの短時間で、彼は一体どれだけの手配を済ませていたのだろう。

 

「ルシアン、あなた本当に仕事が早いわね」

「お嬢様が快適に覇道を突き進めるよう整地するのが、執事の務めですから」

 

 にっこりと笑う彼に、一片の曇りもない。

 本当に頼りになる幼馴染だ。彼がいれば、国の一つや二つ、本当にひっくり返せる気がしてくる。

 

「わかったわ。じゃあ、まずは高みの見物といきましょうか」

「ええ。愚か者たちが自滅していく様を、特等席でご覧に入れましょう」

 

 甘い紅茶の香りと共に、私たちの反撃作戦は静かに、そして確実に動き出した。

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