婚約破棄が国を亡ぼす ~「最強」の戦乙女を追放した愚かな王太子たちは、それに気づかなかったようで~ 作:みやび(雅媛)
領地に戻って数日。
王都周辺からは、きな臭い報告が次々と届いていた。
帝国軍は破竹の勢いで進撃し、東部の防衛線を突破。王都を包囲する構えを見せているという。
一方、王太子ジェラール殿下が招いたこの戦争に対し、王国の足並みは乱れに乱れていた。
当然だ。私を追放したことで西部・南部貴族は非協力的。北部の王家派貴族だけで対応しているようだが、士気は低い。
そんな中、我がアーベルジュ公爵領でも小さな「事件」が起きていた。
「あら、静かね」
朝のティータイム。
私は窓の外を見下ろしながら、ふと漏らした。
地下牢に放り込んだはずの従兄弟、オスカーとその取り巻きたちの騒ぐ声が、今日は聞こえてこない。
「ええ。オスカー様たちは、王都へ向かわれましたよ」
私のカップに紅茶を注ぎながら、ルシアンが何でもないことのように言った。
「王都へ? 解放したの?」
「まさか。彼らが熱心に『王太子殿下をお救いするのだ!』と叫んでおられましたので、その忠誠心にお応えして差し上げたのです」
ルシアンの説明によると、こうだ。
地下牢で喚いていたオスカーに対し、ルシアンは「そんなに王家が大切なら、援軍として行ってきてはいかがですか?」と提案したらしい。
さらに、領内に残っていたオスカー派の騎士や兵士たち――つまり、私や父上に対して反抗的な不純分子たち――を彼の指揮下に付けて送り出したという。
「彼らには、我が家の紋章が入った予備の装備と、たっぷりの食料を持たせておきました。『公爵家の代表として、華々しく手柄を立ててきてください』と励し、送り出しました」
「……あなた、人が悪すぎない?」
私は呆れながらも、思わず笑ってしまった。
オスカーは単純だ。ルシアンの上辺だけの言葉を真に受けて、「ようやく自分が認められた」と勘違いしたのだろう。
厄介払いもできて、オスカーも満足。一石二鳥というわけか。
「でも、あのオスカーに指揮なんてできるのかしら?」
「さて。……まあ、精々『時間稼ぎ』くらいにはなるでしょう。それが彼らに与えられた、最初で最後の役目ですから」
ルシアンは涼やかな笑顔で目を伏せた。
彼がそう言うなら、そうなのだろう。私は興味を失い、焼き菓子に手を伸ばした。
◇
数日後。
オスカーたちの「結末」が報告書として届いた。
結果から言えば、それは悲惨かつ滑稽なものだった。
意気揚々と王都近郊に到着したオスカー率いる「アーベルジュ公国からの援軍」は、包囲網を敷いていた帝国軍の一隊を見つけるなり、無謀な突撃を敢行したらしい。
偵察もなし。陣形もなし。
ただ、「俺の力を見せてやる!」という功名心だけで突っ込んだのだ。
相手が悪かった。
そこにいたのは、帝国軍が誇る「長槍歩兵(パイク兵)」の部隊だったのだ。
騎兵殺しの長い槍がずらりと並ぶ壁に向かって、真正面から突っ込むなど自殺行為でしかない。
まともな指揮官なら側面を突くなり、弓で崩すなりするものを、オスカーは父である前アンドレア卿の「勇猛な突撃」の形だけを真似て、何も考えずに突っ込んだ。
報告書には、簡潔な事実のみが記されていた。
『オスカー卿、およびその指揮下部隊、壊滅。生存者なし』
『帝国兵の長槍によって串刺しにされ、落馬したところを捕縛されるも、即座に処刑された模様』
『その死に様があまりに無様であったため、王都守備兵の士気が劇的に低下』
「……馬鹿ね。本当に」
私は読み終えた報告書を机に放り投げた。
叔父上の「ランスチャージ」は、人馬一体となった芸術的な技術があって初めて成立するものだ。
それを、努力から逃げ回っていたオスカーが真似できるはずがない。
「敵にダメージを与えるどころか、味方の士気を下げて死ぬなんて。最後まで迷惑な男だわ」
「ですがお陰で、領内の裏切り者予備軍は一掃できました。領内の空気も清々しくなりましたよ」
ルシアンが新しい紅茶を淹れてくれる。
その香りに癒やされながら、私は思う。
オスカーが死んだことは自業自得だ。だが、これで王都の状況はさらに悪化するだろう。
「王太子はどうしているの?」
「錯乱しているようです。頼みの綱だったオスカー様が秒殺され、さらに『聖女』リリス嬢が王都から姿を消したことで、精神的に追い詰められているとか」
「リリスが消えた? 逃げたの?」
「ええ。どうやら、帝国軍の手引きで脱出したようです。……彼女、やはり帝国と繋がっていましたね」
やはり、あの女はスパイだったか。
王太子は今頃、自分が売国奴を抱え込んでいた事実に震えていることだろう。
国を売り、婚約者を捨て、そして最後に女にも裏切られた裸の王様。
「ざまあみろ、と言いたいところだけれど……。このままじゃ、王都の民が気の毒ね」
「ご安心を。民衆の怒りの矛先は、正しく『元凶』に向くよう手配しております」
ルシアンの声は、どこまでも優しい。
けれど、その優しさは私にだけ向けられたものだ。敵に対しては、彼はどこまでも冷徹になれる。
「もう少し待ちましょう、お嬢様。果実が熟して、腐り落ちるその時まで」
「そうね。……信じているわ、ルシアン」
私は彼を信頼している。
彼が「待て」と言うなら、それが最善のタイミングなのだ。
愚かな王太子と、調子に乗った帝国軍。両方が疲弊しきった時こそ、私が「最強」の武力を持って踏み潰す好機。
私は窓の外、遠く燃える王都の方角を眺めながら、静かにその時を待った。