婚約破棄が国を亡ぼす ~「最強」の戦乙女を追放した愚かな王太子たちは、それに気づかなかったようで~ 作:みやび(雅媛)
季節が巡り、戦況はさらに悪化の一途をたどっていた。
王都からは毎日のように、悲鳴のような報告書が届く。
王太子ジェラール殿下の評判は、もはや地に落ちるどころか、地の底へとめり込んでいた。
無理もない。
彼が癇癪を起こして帝国皇太子を傷つけたことが開戦の理由であり、さらに頼みの綱だった「アーベルジュ援軍(オスカー隊)」は秒殺。
加えて、彼の心の支えであった「聖女」リリスが、実は帝国のスパイであり、戦火の最中に彼を捨てて敵国へ逃亡したことが露見したのだから。
「『俺は被害者だ!』『リリスに騙された!』と喚き散らしているそうですね」
ルシアンが冷ややかに報告書を読み上げる。
その声には軽蔑の色すら浮かんでいない。ただ、汚物を処理する事務的な響きだけがある。
「見苦しいわね。自分の見る目のなさを棚に上げて」
「ええ。ですが、その見苦しさこそが、民衆の怒りに火をつける最高の薪(まき)になるのです」
ルシアンはそう言って、新たな手紙を差し出した。
封蝋がない。緊急の早馬で届いた、潜伏中の配下からの知らせだ。
「……王都で、『事件』が起きました」
◇
その事件は、後に「血の舞踏会」と呼ばれることになった。
追い詰められたジェラール殿下は、ついに狂気に走った。
対帝国戦の軍議の最中、突然剣を抜き、実の父である国王陛下、弟である第二王子、そして諫言をした叔父のターボット公を次々と斬り殺したのだ 。
「……正気なの?」
「廃嫡されるという噂に耐えきれなかったのでしょう。……まあ、その噂を王城内で流したのは私ですが」
ルシアンがあっさりと白状した。
彼が流した「国王がジェラールを見限り、第二王子への譲位を考えている」という噂が、疑心暗鬼に陥っていたジェラールの背中を押してしまったらしい。
「国王陛下は即死。……王家は実質、滅びました」
報告によれば、ジェラールはそのまま側近たちと共に城を脱出したという。
王殺しの大罪人として、王都内のセーフハウスに逃げ込んだらしいが――そこからの転落は早かった。
側近たちは、親殺しの狂人についていく利はないと判断し、金目のものを全て持ち逃げして彼を見捨てた。
残されたのは、血で汚れた服と、わずかな銅貨のみ 。
「それで、彼はどうなったの?」
「空腹に耐えかねて街へ出たところを、暴徒と化した市民に見つかったそうです。彼は叫んだそうですよ。『俺は王太子だ、敬え!』と」
それが命取りだった。
今回の戦争の原因が彼にあることは、すでにルシアンの手によって民衆に知れ渡っていた。
怒り狂った市民たちは、彼を取り囲み、石を投げ、棒で打ち据えた。
顔の形が変わるほど殴られた彼は、そのままゴミのように帝国軍の陣営へと突き出された 。
「戦争の元凶を差し出すから、助けてくれ」と。
「……帝国軍の反応は?」
「受け取りを拒否しました。殴られすぎて顔の判別がつかず、声も潰れて本人確認ができないと。結局、ただの『不審な一般市民』として処理され、その日のうちに処刑されたそうです」
王太子として生まれ、次期国王であることを何よりの誇りとしていた男。
その最期は、名前も呼ばれず、墓も作られず、野に捨てられて鳥の餌になるという、あまりに惨めなものだった 。
「……そう」
私は窓の外に目を向けた。
かつて婚約者だった男の死に、涙一つ流れない自分に驚く。
ただ、王家の終焉という事実に、ひとつの時代の終わりを感じるだけだ。
「これで、王国の指揮系統は完全に消滅しました」
ルシアンが静かに告げる。
「王都は陥落寸前。帝国軍は勝利に酔いしれ、油断しきっています。……お膳立ては整いましたよ、お嬢様」
彼は私の前に跪き、恭しく手を差し出した。
「さあ、ご命令を。この腐りきった瓦礫の山から、新しい国を築く時です」
私は彼の手を取り、力強く立ち上がった。
障害物は全て消えた。
あとは、調子に乗っている帝国軍と、私を嵌めようとしたあの女狐――リリスに引導を渡すだけだ。
「行きましょう、ルシアン。私の国を取り戻しに」
最強の武力を誇る私と、最凶の知略を持つ彼。
私たちの本当の戦いが、ここから始まる。