婚約破棄が国を亡ぼす ~「最強」の戦乙女を追放した愚かな王太子たちは、それに気づかなかったようで~   作:みやび(雅媛)

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第6話 偽聖女の焦げ付いた末路

 王太子ジェラールが野垂れ死に、王家が実質的に崩壊したという報せは、瞬く間に大陸中を駆け巡った。

 だが、まだ終わらない。

 この国を腐らせたもう一人の元凶――「自称・聖女」リリスの始末が残っている。

 

「……で、リリスはどうなったの?」

 

 執務室で地図を広げながら、私はルシアンに尋ねた。

 彼は淹れたての紅茶を差し出しながら、どこか楽しげに口を開く。

 

「彼女は王都脱出後、手引きした帝国軍と共に、彼女の実家であるノッテン領へ逃げ込みました 。そこは帝国と王都を結ぶ補給路の要所ですからね」

「実家に逃げ帰ったのね。……でも、あそこは確か、彼女のパトロンがいる場所でしょう?」

 

 リリスは男爵家の養女ということになっているが、実際はノッテン家当主の愛人だということは、社交界の公然の秘密だった 。

 王太子をたらし込み、帝国の皇太子に媚を売り、その上で元のパトロンの元へ戻る。

 節操がないにも程があるが、その生命力だけはゴキブリ並みだ。

 

「ええ。彼女はノッテン領で、帝国の皇太子殿下を『慰問』し、すっかり籠絡したようです。ですが……悪い癖が出たようですね」

 

 ルシアンが取り出したのは、南部方面から届いた詳細な報告書だった。

 

「彼女、帝国の皇太子という最大の盾を得て油断したのでしょう。皇太子の目を盗んで、元の愛人であるノッテン卿と密会を重ねていたようです 。『やっぱりあなたの愛が一番よ』などと嘯(うそぶ)いて」

 

 ……呆れた。

 二股どころか三股、四股。国を跨いでの不貞行為だ。

 

「で? それがバレて修羅場になったとか?」

「ふふ。バレた相手が悪かったのですよ。……私が少しばかり、帝国皇帝陛下に『ファンレター』を送っておきましたから」

 

 ルシアンは悪戯っぽくウィンクした。

 内容はこうだ。『あなたの愚息が、王家を滅ぼした魔女にたぶらかされ、前線で遊び呆けていますよ』と。

 激怒した皇帝は、お忍びでノッテン領へ急行。そして運悪く――いや、ルシアンの計算通り――リリスとノッテン卿が逢瀬を楽しんでいる現場に踏み込んだのだ 。

 

 ◇

 

 その後の展開は、喜劇と呼ぶにはあまりに残酷だったようだ。

 

 現場を押さえられたノッテン卿はその場で皇帝の親衛隊に斬り殺され、リリスは捕縛された。

 皇帝の怒りは凄まじく、即座に彼女への「火刑」を命じたという 。

 それも、一思いに殺すのではない。弱火でじわじわと炙り、苦しみ抜かせて殺すという残虐な刑だ。

 

 だが、物語はそこで終わらない。

 リリスが火に炙られ、その美貌が焼け爛れ始めたその瞬間――彼女を憎む「南部貴族連合」がノッテン領を強襲したのだ 。

 

 指揮を執っていたのは、私の親友クラウディアの婚約者、ジークフリート卿。そしてその後方には、冷徹な参謀役としてクラウディア自身もいた。

 

 突然の奇襲に加え、皇帝の訪問で警備が手薄になっていた帝国軍は壊滅。

 皇帝は命からがら逃げ出したが、置き去りにされたリリスは、南部連合軍に「保護」された 。

 

「保護されたなら、助かったんじゃないの?」

「いいえ。……南部の方々にとって、聖女アリス様の名を汚した彼女は、帝国兵以上に許しがたい存在ですから」

 

 報告書には、その時の様子が生々しく記されていた。

 

 火傷で顔が崩れ、もはや絶世の美女の面影もなくなったリリス。

 しかし彼女は、自身を救出したジークフリート卿に対し、懲りずに色仕掛けを試みたらしい 。

 

『ああ、ジーク……。私、怖かったの。あなたが助けに来てくれると信じていたわ』

 

 親しげに愛称を呼び、焼け残った体を見せつけて情を誘う。

 それが彼女の生存戦略だったのだろう。

 だが、ジークフリート卿は、私の知る限り「クラウディア一筋」の堅物であり、何より不義を嫌う武人だ。

 

 彼は「うるさい」と一言だけ告げると、剣を抜いた 。

 

 そして――彼女の舌を切り落としたのだ。

 

「……容赦ないわね」

「ええ。『聖女の名を騙るその汚らわしい口で、私の名を呼ぶな』ということでしょう 。その後、彼女は治療もされず、ノッテン家の地下牢に放置されたそうです」

 

 火傷の激痛。舌を失った苦痛。そして誰からも顧みられない孤独。

 水一杯与えられず、彼女は自らの傷が化膿する異臭の中で、誰にも知られず腐り落ちるように息絶えたという 。

 

 南部軍はその後、ノッテン領を焼き払って撤退した。

 彼女の遺体がどこにあるのか、もはや誰にもわからない。

 

「……哀れなものね。身の丈に合わない野心を抱いた末路か」

 

 私は冷めた紅茶を一口飲んだ。

 同情はしない。彼女の身勝手な振る舞いで、どれだけの人間が不幸になったか。

 

「これで南部の憂いは消えました。クラウディア様たち南部貴族は、復讐を果たして士気も最高潮。次は私たちと合流し、共に帝国軍を叩く手はずになっています」

「そう。いよいよ決戦ね」

 

 王家は滅び、裏切り者は死に絶えた。

 残る敵は、リリスに骨抜きにされ、指揮系統がガタガタになった帝国の皇太子軍のみ。

 

「ルシアン、準備は?」

「万全です、お嬢様。アーベルジュ騎士団の精鋭たちが、今か今かと『戦乙女』の号令を待っています」

 

 ルシアンがうやうやしく頭を下げる。

 私は窓の外を見た。

 昇る朝日が、戦場となる平原を赤く照らし始めていた。

 

「行きましょう。私の国を汚した不届き者たちを、掃除する時間よ」

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