婚約破棄が国を亡ぼす ~「最強」の戦乙女を追放した愚かな王太子たちは、それに気づかなかったようで~   作:みやび(雅媛)

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第7話 皇太子の誤算と戦乙女の神速

 王都へと続く街道の要所、広大な平原に私たちは陣を敷いていた。

 東の空を焦がす太陽の下、対峙するのは帝国軍の本隊。

 ノッテン領での失態を取り戻そうと必死な皇太子が率いる、およそ3000の軍勢だ。

 

「敵の布陣は、前方より長槍兵2000、後方に騎兵1000。……教科書通りの『対騎兵』シフトですね」

 

 私の横で、従者服の上に軽装の胸当てをつけたルシアンが淡々と告げる。

 彼の言う通りだ。

 長い槍を襖(ふすま)のように並べた密集陣形。馬で突っ込めば串刺しになる、騎兵殺しの構え。

 数日前に、従兄弟のオスカーが無策で突っ込み、ハエのように叩き落とされたのと同じ陣形である。

 

「舐められたものね。同じ手で防げると踏んでいるのかしら」

「ええ。彼らにとって『アーベルジュの騎兵』は、先日簡単に蹴散らした雑魚と同じ認識なのでしょう。加えて、指揮官が女性であるお嬢様と知って、完全に油断しています」

 

 ルシアンが渡してくれた愛槍を受け取る。

 叔父上から受け継いだ深紅の長柄、「ベルベット」。

 その重みが、手に馴染む。

 

「それに皇太子殿下は、ここで勝たねば後がありません。リリス嬢の一件で本国での求心力はガタ落ち。ここで華々しい勝利を持ち帰らねば、廃嫡はおろか命も危うい。……焦りは目を曇らせます」

 

 ルシアンの言う通り、敵陣からは浮足立った気配が漂っている。

 彼らは「勝ちたい」のではない。「早く終わらせて帰りたい」のだ。

 

「なら、望み通り終わらせてあげましょう。……一瞬でね」

 

 私は愛馬の腹を蹴った。

 アーベルジュ騎士団、2000騎。

 私の背中に続く彼らの殺気は、十分に研ぎ澄まされている。

 

 ◇

 

 風を切る音がする。

 敵の長槍兵たちが、迫りくる私たちを見て嘲笑うのが見えた。

 「また馬鹿が突っ込んできた」「槍を構えていれば勝手に死ぬぞ」と。

 

 ――甘い。

 

 衝突の瞬間、私は手綱をわずかに引き、馬の重心をずらした。

 叔父上が得意とした神業。人馬一体となり、針の穴を通すような精密機動。

 突き出された無数の槍の穂先、そのわずかな「隙間」を見切り、私はそこへ滑り込むように突入した 。

 

「え……?」

 

 最前列の兵士が間の抜けた声を上げる。

 彼が瞬きをした時には、私は既にその懐に入り込んでいた。

 深紅の槍を一閃。

 薙刀状の刃が円を描き、周囲の槍の柄をまとめて叩き折る 。

 

「こじ開けた! 続け!!」

 

 私が叫ぶと同時に、後続の精鋭たちが、私が切り開いた一点の突破口になだれ込んだ。

 強固な壁も、一点に亀裂が入れば脆いものだ。

 内側に入り込まれた長槍兵は、ただの棒を持った案山子(かかし)でしかない。

 

「う、嘘だろ!? 槍の間を抜けて……!?」

「あ、赤い槍……まさか、先の大戦の『悪魔』か!?」

 

 帝国兵たちが悲鳴を上げる。

 私の戦い方が、かつて彼らを恐怖のどん底に叩き落とした叔父上、前アンドレア卿と重なったのだ 。

 さらに、先陣を切って走る私の姿が、同じく彼らが恐れた「聖女アリス」の姿とも重なる。

 

 悪夢の再来。

 その恐怖は伝染病のように広がり、帝国軍は一瞬でパニックに陥った 。

 

「ひ、退け! 勝てるわけがない!」

「化け物だ! 逃げろ!!」

 

 前線が崩壊した。

 こうなれば、あとは一方的な蹂躙(じゅうりん)だ。

 私たちは止まることなく敵陣を食い破り、本陣にいる皇太子の元へと迫る。

 

「ま、待て! 逃げるな! 戦え!!」

 

 本陣では、皇太子が裏返った声で叫んでいた。

 彼は自ら剣を抜き、逃げようとする味方の兵を斬り捨てて督戦しようとした。

 

「貴様ら、俺の命令が聞けないのか! 戻れ!!」

 

 だが、恐怖と絶望に支配された兵士たちにとって、目の前のヒステリックな皇太子よりも、迫りくる私の方が遥かに恐ろしい「死」そのものだった。

 

 皇太子が、一人の兵卒の胸倉を掴んだ時だ。

 

「離せぇっ!!」

 

 極限状態の兵士が、反射的に突き出した短剣が、皇太子の喉元に深々と突き刺さった 。

 

「が、ぁ……?」

 

 皇太子は信じられないものを見る目で、自分の首から溢れる血を見下ろした。

 武術など嗜(たしな)み程度の彼が、実戦で鍛えられた兵士の渾身の一撃に勝てるはずもなかった 。

 彼は膝から崩れ落ち、泥の中に倒れ伏した。

 

 ――あっけない幕切れだった。

 総大将の死を確認した帝国軍は、もはや軍隊の体を成していなかった。

 我先にと武器を捨て、蜘蛛の子を散らすように逃走していく。

 勝負あった、だ。

 

「……終わりましたね、お嬢様」

 

 返り血一つ浴びていない涼しい顔で、ルシアンが馬を寄せてくる。

 彼は懐から清潔なタオルを取り出し、私の頬についた煤(すす)を優しく拭った。

 

「ええ。想像以上に脆かったわ」

「お嬢様の『神速』の突撃がお見事すぎたのですよ。……さて、これで邪魔者は全て消えました」

 

 ルシアンは、遥か彼方に見える王都の城壁へと視線を向けた。

 かつて私を追放した門が、今は主を失って静まり返っている。

 

「王都への道は開かれました。行きましょう、お嬢様。……いえ、これからは『陛下』とお呼びすべきでしょうか?」

 

 彼が茶目っ気たっぷりに微笑む。

 私は苦笑しながら、愛槍を天に掲げた。

 

「気が早いわ、ルシアン。でも……悪くない響きね」

 

 風が吹き抜ける。

 瓦礫の山となった王国。けれど、ここからなら何でも作れる。

 私の、私による、私のための新しい国が。

 

 勝利の凱歌が響く中、私たちはゆっくりと王都への凱旋を開始した。

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