婚約破棄が国を亡ぼす ~「最強」の戦乙女を追放した愚かな王太子たちは、それに気づかなかったようで~ 作:みやび(雅媛)
かくして、王国は一度滅びた。
正確には、腐敗しきっていた王家と、それに連なる無能な貴族たちが一掃されたのだ。
私がアーベルジュ騎士団を率いて王都の門をくぐった時、市民たちは枯れ果てた声で、しかし熱狂的に私たちを迎え入れた。
彼らにとって私は、戦争の原因を作った愚かな王太子を一掃し、侵略者である帝国軍を追い払った「救国の英雄」だったからだ。
城に残っていたのは、主を失った玉座のみ。
私は迷うことなく、その前に立った。
「……誰もいないなら、私が座るしかないわね」
異議を唱える者は誰もいなかった。
北部の王家派貴族は壊滅し、東部は戦火で疲弊。
生き残っている西部・南部の貴族たちは、私を旗頭として推してくれている。
何より、最強の武力を持つ私に逆らえる者など、この国にはもう存在しなかった。
◇
それから数ヶ月後。
戴冠式が行われ、私は正式にこの国の女王――初代「薔薇女王」ヴィクトリアとして即位した 。
そして私の隣には、王配としてルシアンが並び立った 。
元は一介の執事である彼との結婚に、一部から身分差を懸念する声もあったようだが、彼の実務能力が黙らせた。
戦後の混乱期、山積する問題を魔法のような手腕で片付けていく彼を、今や貴族も官僚も「影の王」として畏敬の念で見ている。
「……ふう。やっと落ち着いたわね」
式典を終え、二人きりになった私室。
重たい王冠を外し、ソファに身を沈めると、ルシアンが慣れた手つきで紅茶を淹れてくれた。
「お疲れ様でした、陛下。素晴らしい戴冠式でしたよ」
「よしてよ、その『陛下』って呼び方。二人きりの時はヴィーでいいわ」
「ふふ。では、ヴィー。……愛していますよ」
ルシアンが私の隣に座り、肩を抱き寄せる。
幼い頃からずっと傍にいた彼。
執事として、乳兄弟として、そして今は夫として。
彼がいなければ、私はあの婚約破棄の日に野垂れ死んでいたか、帝国に売られていただろう。
「ねえ、ルシアン」
「はい?」
「ふと思ったのだけれど……。今回の一連の騒動、どこまでがあなたの『手配』だったの?」
私は気になっていたことを尋ねてみた。
王太子の自滅、帝国の暴走、リリスの裏切り、そしてオスカーの死。
すべてがあまりに都合よく転がりすぎている。
優秀な彼のことだ。きっと、私の知らないところで色々と奔走してくれていたに違いない。
「策略だなんて、人聞きの悪い」
ルシアンはきょとんとした顔で、けれど瞳の奥で悪戯っぽく笑った。
「私はただ、背中を押しただけですよ。愚か者がより愚かな方へ進むように、少しだけ囁いただけです。彼らが平均以上に馬鹿でなければ、こうも上手くはいかなかったでしょう 」
「……やっぱり。あなた、性格悪いわよね」
「お褒めにあずかり光栄です。全ては、愛する貴女のためですから」
彼は私の手の甲に口づけた。
その言葉に嘘はないと知っている。彼はいつだって、私のためなら何でもする人だから。
ただ一つ、気にかかることがあった。
「じゃあ、工作のために色々な人と会ったでしょう? ……女性とも、親しくしたのかしら?」
つい、口をついて出た言葉。
嫉妬なんて女王らしくないけれど、彼が有能すぎてモテるのは事実だ。
ルシアンは少しだけ目を見開き、そして今までで一番嬉しそうな笑顔を見せた。
「もしかして、嫉妬してくださっていますか?」
「……悪い?」
「いいえ、最高です」
彼は私を抱きしめる腕に力を込めた。
「誓いますよ、我が女王陛下。私の心も体も、指先一つに至るまで、全て貴女だけのものです。他の有象無象になど、興味すら湧きません 」
その言葉の重みに、私は満たされた気持ちで胸を預けた。
彼が裏でどれほど手を汚したとしても、どれほど冷酷な策を巡らせたとしても、私に向けられるこの愛だけは真実だ。
「私もよ、ルシアン。大好きだわ」
「私もです、ヴィー」
私たちは口づけを交わす。
窓の外には、復興へと歩み出した新しい国の風景が広がっている。
その礎(いしずえ)に、かつての愚か者たちの屍が埋まっていようとも、私たちが知ったことではない。
最強の武力を持つ女王と、最凶の知略を持つ王配。
二人が治めるこの国は、これから長く「バラ色の時代」として繁栄を極めることになるのだが――それはまた、別のお話 。