空色少女と疲れ目憲兵さん   作:真冬の朝の炬燵

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 どうも、久方ぶりに書いてみました。
 長編にしていきたいね


1話 門前にて

 

 

 

 『お嬢さん。みんなと一緒に行かないのかい。置いていかれてしまったよ』

 

 週末の夕暮れ時、自分は少女に声をかけていた。

 

 『…遅れたのは君が話しかけてきたからじゃないか』

 

 『集団の一歩後ろを歩く最後尾に声を掛けたはずだったんだが』

 

 少女はバツの悪い顔を浮かべた

 

 『………そうだったかもしれないね。そんな事はどうでもいいんだ。何処でロシア語を?』

 

 『まあ、少し君の祖国に縁があってね』

 

 『へぇ…ロシア語はどの程度に?』

 

 栗色の髪をふわりと広げながら、空色のポンチョを羽織る黒いコサック帽の少女は、一拍子程間を空けて此方を向いた

 

 『日常会話程度なら』

 

 少女の問いかけに、やんわりと答える

 

 『それにしては随分と流暢に話すものだね』

 

 『あの当時は必要だった。ただそれだけの事さ』

 

 『そんなものなのか…』

 

 『そう。そんなもの、ただそれだけのもの』

 

 少女との会話を有耶無耶に、シュガレットとマッチ箱をポケットから取り出す。マッチ箱を左手で包み込むようにして持ち、人差し指で下に叩くようにして半分程引き出す。残り少ないマッチ棒から一本だけ取り出し、赤い火薬部分を手で覆いながらしゅぼりと音を立てて火を付ける。その仕草はまるで火を隠すかのように……

 

 「ふぅ…」

 

 煙草を離した口から紫煙が鼻腔を突き、香りと共に初夏の空に紛れていった。しかし紛れてしまったのはどうやら紫煙だけではなかったようだ

 

 『紫煙をくゆらせるなら、一言呟いてくれてもバチは当たらないと思うんだ…』

 

 膝を腕で抱きながら座り込み、遠方を眺める栗色の瞳は不満そうだ

 

 『すまない…人と隣り合って会話を楽しむなんて久方ぶりだったもので…いつもの癖なんだ』

 

 まだ一口しか吸っていないシガレットがどこか悲しげに灰を零した

 

 『まあいいさ、僕は煙草の匂いは嫌いではないんだよ』

 

 そう言いながら彼女はシガレットを、その白く可憐な手で包みこんだ

 

 『一本ためしてみるかい?』

 

 『んや、僕はこう見えても健康志向なんだ。艦娘は体が資本だからね』

 

 どうやらお誘いは断られてしまったようだった。彼女の意思は硬い

 

 『それは無理強いできないね』

 

 『そうでなくとも君は僕に無理強いできないでしょう?』

 

 何かを見抜いたようないたずらな、しかし何処か悲しげな笑みを此方に浮かばせた

 

 『…お嬢さんは洞察力が長けているようだね。恐れ入ったよ』

 

 『そうかな、君が分かりやすいだけさ。…ただまあそうでなくとも、僕の祖国ではこの程度できないと”人民の敵”になってしまうからね』

 

 『人民の敵…大テロルか』

 

 大テロル、いわゆる粛清だ

 

 彼女は続ける。顔は見えない

 

 『…第二次モスクワ裁判以降地方の党組織も刷新されたんだ、NKVDの息がかかった奴らにね。そこからだったんだ。階級闘争だ資本家の奉公者だと難癖をつけ…23時に奴らはやってきた』

 

 『もしかしてお嬢ちゃんの家族は…』

 

 『…』

 

 彼女は不意に寝そべる。そして空を仰いだ

 

 『僕の家族は聖職者だった…』

 

 声音は遠く、瞳は赦しを乞う。そして手を伸ばした。まるで何かを追いかけるように

 

 『もしイコンの”偶像”が本物だったなら、僕の家族は…何故ッ…』

 

 空に突き出した手は固く握られている。声は震え、瞳には怒りが写っているのだろう。そんな姿の少女を私は見ていられなくなった。その姿はまるで…

 

 『…お嬢ちゃん』

 

 またしても声をかけていた

 

 『…あ』

 

 取り憑かれていたのが解かれたように彼女は起き上がり

 

 『話しすぎた…申し訳ないね、急に重い話をしてしまった。困らせてしまったね』

 

 申し訳無さそうな笑みを浮かべた

 

 『心の内にしまい込んでいた過去を話すのはいいことだよ』

 

 『そうかな…』

 

 『何事も溜め込み過ぎると限界がくるものだよ』

 

 

  ・・・

  ・・

  ・

 

 

  ちかりちかりと街灯が港町を彩る。夕日は姿を水平線に隠し、西の空の雲を若干赤紫色に染めるのみ

 

 その雲も暫くしない内に空の暗闇に溶けていった

 

 夕食の時間なのだろうか、鎮守府の食堂から食欲をそそられる香りが辺りを包む

 

 艦娘達の楽しそうな声や、食器の奏でる甲高い音が窓越しに聞こえてくる

 

 白熱電球のぼんやりとした光は、記憶の底で生き続ける懐かしき故郷を思い起こさせる

 

 暫くすると、門限を告げる放送が響いた

 

 

 『…お嬢さん、あと少しで門限時間だ。食堂からはいい匂いがしてきた。この匂いはポトフかな。遅れない内にお帰り』

 

 『…うん、そうするよ』

 

 俯きがちに答える彼女は、少し切なそうだ

 

 『…どうしたんだいお嬢ちゃん。食事の時間は素晴らしいものだよ?』

 

 『実は…』

 

 彼女の口は一言一言、言葉を紡いでいった。どうやら日本語が話せないらしい。故に仲間とのコミュニケーションが上手くいかないとのことだった

 

 『道理で孤立していたわけだね』

 

 困り顔の彼女は、小さく頷いた

 

 『でね、君が良ければまた来ても良いかな。会話相手が欲しくてさ…』

 

 彼女はここに来て以来誰とも会話が出来なかったのだろう

 

 『右も左も分からない異国の地で一人孤立するのは心寂しいものだよ。自分であればいつでも相手になるさ』

 

 栗色の瞳が踊った。不安を纏わせていた先程の表情は何処行く風と年相応の笑顔が輝いた。彼女は少女だった

 

 『ほ、本当かい!?私はタシュケント!貴方は?』

 

 『憲兵の刑部だよ』

 

 『同志オサカベ!…またね!』

 

 左右に分けた栗色の髪をゆらりゆらりと揺らしながら、空色の少女タシュケントは鎮守府へと戻って行った

 

 「…同志かぁ」

 

 別れ際に彼女が言い放った一言が、何時までも頭の中で反響しているようだった

 

 タシュケントが鎮守府の中へと消えてから数分と少し、食堂のカーテンに照らされた人影が、一人分増えたような気がした。

 

 ふと、腹の虫が鳴いている事に気が付いた。自分も腹が減っていたのだ。空腹を忘れるとは…。

 

 チョコバーの存在を思い出す。売店に寄った時買ったのだ

 

 内ポケットに手を突っ込んで棒状のそいつを取り出し齧りついた。ビターチョコレートな筈だが心做しか甘く感じた

 

 

 





 さあ、どうでしたかね
 楽しめて貰えたなら本望です
 次話からはもう少し長く書いていきたいものですね…頑張ります
 感想、批評御座いましたら気兼ねなくコメント宜しくお願い致します
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