なんだかとってもヤバいけん~勇者の剣を棄てにいく~   作:陸一じゅん

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これがいわゆるハートスランプ③

 あっ、できとるできとる。

 

「これであってるの……? 」

 

 あってるあってる。たぶんおそらくめいびー。

 

「たぶん……」

 

 ま、いちおう後ろクルってして。

 

「? くる……」

 

 その場で回って、背中側みしてってこと。

 

「ああ、はい」

 

 おっ、いけとるいけとる。ばっちぐー完成。

 

「よ、よかった」

 

 

 お姫ちゃんが半泣きでわしにお礼をいう。

 えー、何があったかって?

 前回まで口もきいてくれへんかったやん、って?

 

 ふふふ。教えてしんぜよう! ことは二日目の朝に動いた……!

 

 

(ど、どうしましょう……)

 

 そこには、途方に暮れる乙女がひとり……。

 

 

 ◇

 

 

 船旅は順調だった。

 ときどきスコールが降る以外、天候が荒れることもなく、船は流れに従ってどんぶらこどんぶらこと進むだけ。

 船室はお姫ちゃんだけが個室を割り当てられていて、男たちは船員と合同で寝起きしている。

 っていっても、お姫ちゃんの護衛にアビとおっちゃんが交代で扉の前を陣取っている。船員たちも基本的には寝るとき以外、甲板で働いてはシフト制で休んでいるみたいなので、とくにこれといったトラブルの材料じたいが無いっぽかった。

 

 お姫ちゃんは、基本的には船室にひきこもり。

 男所帯の船内で出歩くのは気を使わせるし、あんまり顔を覚えられてものちのち困るかもしれない。これはお忍びの旅なのだ。

 

 お姫ちゃんは、賢者のおっちゃんが護衛のときは、やっぱり緊張するみたいだった。

 

 身分的には、『賢者』ってお姫ちゃんより上なんよな。賢者は『あらゆる王と同等の地位』らしいから。

 まあ、理由はそれだけじゃなく、よう知らん男の人っていうのもあると思うけど。

 

 アビとはもう、空気みたいな感じやもんね。ツーカーっていうか、お気に入りの毛布っていうか? お姫ちゃんにとっては、安心材料しかない。

 

 でも、だからといって、やっぱり異性よ。気になる男の子ってこともあるから、部屋には入れられない。

 

 そうして二日目の朝、事件は起こった……。

 

(ど、どうしましょう……うまくできない)

 

 お姫ちゃんは静かにピンチになっていた。

 着付けが上手にできなかったのである。

 

 んな馬鹿なって? いやいやあ、これがなかなかこの世界における、服飾文化の難しさというやつでして。

 

 まずね、服装って身分が出るんよね。簡単にいうと、下に行くほど布が少なくて、上に行くほど布が多いと。

 で、お姫ちゃんはもちろんこの国における最上位の貴婦人なわけ。今回は豪商の娘さんって設定でいってるし、旅先だからだいぶ省略がされている。

 でもそれって、『ふつうの健康な十四歳のお嬢さんにしてみれば』、「いつもの服にくらべたら簡単ね」ってこと。

 

 お姫ちゃんは去年起きたばかり。

 自分でお着換えする練習を始めたのは、なんと旅立ち一か月前のことである。

 

 『マジか! 』ってなる?

 でもたぶん、高貴な人々ってそんなもんなんやろな。

 

 基本的な構造として、この国の女性服は四枚から成る。

 上下の下着、ワンピース、腰巻、帯。これが最大限に引き算したかたち。

 

 上になると、ワンピースが上下に分かれて重ね着したり、帯以外にも巻く飾り紐みたいなものが増えたり、色や素材が違うガウンを重ね着したり、さらにその上にタスキみたいな帯もあったり、アクセサリーも各種数が必須だったりする。

 

 で、で、で、よ。

 この腰巻と帯ってのが問題なんよな。

 

 これ、ようするにただの長い布なんよね。これをうま~く体に巻き付けながら、綺麗な襞《ドレープ》にしつつ、紐と帯で止めなきゃあならない。女性の着物のおはしょりみてーな感覚ね。

 

 起きて毎日着替えてりゃあ、要領も手順も頭と体に染みつくもんやろ。暗闇でも、なんとなく前後ろ上下を手触りで確認して、ってできる。やけど、そういう経験が足りないお姫ちゃんは、すご~く苦労してた。

 

 そもそもが、自分の体の使い方を知ってまだ二年も経ってないわけやねん。

 歩くこと以前に、首が座るところから始めた感じやし。

 

 ふつうに人生送ってきた人からみれば、「そんなことも!? 」ってことを、お姫ちゃんは経験したことがない。それが無数に、本人も把握しきれないくらいにある。

 

 それでも着付けは、練習のときはうまくできててん。完璧やった。わしも太鼓判。

 

 でもなあ、船って暗いんよなぁ……。そんで揺れる。

 船、思ってたよりもかなり暗い。

 灯りって基本的に火ィやから、節約とか、二酸化炭素中毒的なリスクとか、そもそも人を呼ばなあかんとかで、女性が身支度する前にささっと取り出せるものじゃあないんよね。

 

 お姫ちゃんは、薄明りの中で手探りで服を着るっていう練習はしとらへん。

 八方塞がりの気持ちやったんやろ。お姫ちゃん、寝乱れた格好のまま途方にくれた。

 なんせ貴人やから。こういうみっともない状況に慣れとらんのよな。

 

 そこでわし、思いついた。

 

「わしを鏡がわりにしたらええんとちゃう? 」

 

 つまりわしが、お姫ちゃんの一挙一動を指示して着付けを終える。

 わしは眼球でモノ見とるわけちゃうからな。暗闇でも何があるか分かんで。

 どや? すごいやろ。

 

「できるんですか」

 まかせとき~!

 

 お姫ちゃんは王族やからか、この体やからか、人に頼る判断が早い。

 

 シャッとしてピャッ! と『お願いします』と返ってきた。

 

 そんでもって今。

 よしよし、会心の出来。

 お姫ちゃん、手先はあんま器用ちゃうねんけど、何より根気と素直さがある。ええ生徒やねん。

 

 

 

 

 

 

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