なんだかとってもヤバいけん~勇者の剣を棄てにいく~   作:陸一じゅん

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●狂乱姫の旅じたく②

 

 『秋の賢者』とはどんな人物だろう。

 晩餐会にあらわれたその実態が、宮中の誰もが予想した姿とかけ離れていたことは間違いなかった。

 

 扉が開いたとき、最初にアビの抱いた印象は、(全身が明るい赤茶色で覆われている)だった。

 おどろくほど大きなつばの、円錐型の長い帽子の先が、頭の上から天井を指している。外套は重そうな革でできていて、この国では暑いだろうと思った。

 歩くたびに帽子のつばの飾りが『わさわさ』と揺れ、肩をこえた大きな影も連動して『わさわさ』と形を変える。近くで見てはじめて、帽子のつばの下に垂れ下がるその『わさわさ』が、本物の紅葉した無数の葉のように見えるので、まさか、と王妃ですら目を丸くしていた。

 

 つばには、赤いビーズのような飾りもついていたが、それだって木の実のような形をしている。

 賢者は国王の前で立ち止まると、その帽子に手をかけた。

 

「やや陛下! お招きと歓迎に感謝いたします! 」

 

 

 ――――頭から木が生えている!

 

 

 腕をうんと伸ばして、長い帽子を取ったその下にあったのは、髪の毛のように垂れさがる本物の枝葉と、いたずらが成功したような茶目っ気たっぷりの茶色い瞳だった。

 

「ここがわたしの席になりますかな? 」

 大食堂をどよめきが広がるようすに、まんぞくげに大きな鼻の先を赤くさせた賢者は、抑えきれないとばかりに「うふうふ」と上機嫌で、侍従に案内されるまでもなく席に座る。賢者どのの座高は、この場の誰より高く、しかし爪先の尖った靴の底は、床にまで届いていなかった。

 

 奇人――――アビは、短くもたどたどしい人生経験から、そんなふさわしい言葉を導き出した。

 春、夏、秋、冬、と存在するという賢者たちは、それぞれ神々の御加護があるという。実りを司る秋の賢者は、なんともはや身体に樹木を宿すことができるというのか!

 見た目は滑稽だが、およそ人の範疇からは外れていることは確かである。

 あらゆる魔術師の最上位、あらゆる王と同等の地位にあるというのも、この姿を持つのならば、説得力があるといえる。

 

 料理は、湖の魚に、森でとれた果実や収穫したばかりの麦をふんだんに使ったものが、所狭しと並べられた。

 貴き奇人は、この場では本題に入るつもりはないようだった。

 王妃と姫たちの美貌を褒め、王と王子のたたずまいを褒め、料理を褒め、侍従たちの心遣いを褒め、冗談を言い、ついにはその場にいくつもの笑い声が上がった。

 

(……ああ、よかった)

 

 弟妹たちは、とつぜん目覚めた姉に遠慮していたところがあった。

 兄を喪い、姉が戻ってきたといわれても、幼い王子たちには無理からぬことであった。

 当事者であるサーラ姫もまた、弟妹への扱いをどうすればいいか、困り果てているところがあり、王と王妃も塞ぎがちで、臣下たちもそんなようすに心を痛めるばかりで――――この城の誰もが途方に暮れていた。

 

 雲が晴れたように。あるいは、弱った植物がようやく蕾をつけたように。

 まわりを見渡せば、涙ぐむ者さえいる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、誰もが予感めいた不安を慰撫して、小さなため息を唇から零し、この光景を目に焼き付けていた。

 

「――――おや、もうこんなに夜が更けてしまった! 」

 王が苦笑交じりに、閉会を宣言する。とはいっても、外はようやく星が輝きはじめたころだ。「子供たちは、もう寝る支度をしないと」

 王子たちから不満の声が上がる。紅い鼻の下で髭を揺らしながら、秋の賢者が「また明日といたしましょう」と笑った。

 

「賢者様のおかげで、とても素敵な晩餐会でしたわ」

 

 サーラ姫が頬を明るくして言う。

 

 子供たちが乳母に連れられていなくなると、場は火が落とされたかのように、ゆっくりと熱が遠ざかっていった。

 

「さて……秋の賢者どの、我が国に参られた用向きを宣じていただきたく」

 

「まあ、そう焦りなさるな。そのように身構えなくとも、きっと良い向きの託宣となりましょう」

 

 秋の賢者は、励ますように明るく言った。

 

「蜜蜂の女神、伝令神マアヤからの託宣でございましてな。かの女神は、その恵みのように、働きに対して癒しと甘美なるねぎらいを与えてくださります。どうか、この試練を悪しきものと捉えないでいただきたい。この国の人々は優しく、御子達は健やか。民は純朴で働き者ばかり。悪いようにはなりませぬ。この儂がやってきたのが、そのあかし」

 

 果実水の入った器を手に取り、髭を濡らしながらにっこりと、世間話をするかのように。

 

 

「女神マアヤからのお告げはこうです。

 

『緋の森に封じられた邪剣とかした神剣クノー。かの剣がもたらす禍いの輪を断ち切らなければならぬ』

 どうすればよいのか、とお尋ねしました。

 

『緋の森、その近く、かの剣を抜くものがありけり。そのものこそ、まさしく勇者。剣を持ち、『灰の山脈』にある霊山『隠されし炉』へ、クノーをくべれば、その禍いは祓われる』と」

 

「……勇者。この国に勇者が」

 

 王妃が震える声で言った。嘆く目が姫を見つめている。姫は静かに王妃の視線を受け止め、わずかの間頷くようにうつむくと、次に賢者の視線を受けた。

 

「それはきっと、わたくしです」

 

「おや」

 賢者は瞠目した。

 

「声が聞こえるのがそのあかし。秋の賢者さま……あなたさまの声も聞こえていました。わたくしは勇者。その名に伝令神マアヤ=サーラの御加護を頂いたもの。女神にいただいたこの試練、踏破してごらんにいれましょう」

 

 

 ◇

 

 

 王宮の奥にあつらえられた宝物殿は、墓場のように静かだった。

 じっさい、堅牢な石造りの館は作られた時代も古く、王家の先祖の霊が宿っていてもおかしくはない。

 サーラ姫の車を引きながらアビは、どこか上の空で、車輪の回る音に耳を澄ませていた。

 

 王と賢者とサーラ姫。それだけの人数で宝物殿の扉が明けられる。

 想像していたような、金銀財宝が絨毯の上に山となっているわけではない。頑丈そうな棚と、古めかしい金庫が整然と並んでいる。

 部屋に火種はなく、外から持ち込むしかないその場所は、暗闇に満ちていた。

 しかし姫はまっすぐと『そこ』を示す。アビは彼女の足となり、闇の中に車輪を押し出した。

 

「……アビ、下がっていて」

 アビはわざと衣擦れの音を立てる。

(なぜ? )

「危険があるからです。この剣は、障りがある。わたくしは、わたくしだけは大丈夫」

 

 姫が振り向く。扉からの光を受け、姫の黒い瞳が懇願するように水色に濡れて揺れた。

 

「今だけは、わたくしではなくお父様たちの前に」

 

 今の今まで見えなかったものが、腰を上げて手を伸ばす姫の前に見えるようになる。

 暗闇に浮かび上がるように、古めいた革を巻かれた古びた鋼の剣。

 姫の細腕には分不相応なまでに大きな剣だ。

 黒々とした柄に、手垢に塗れた黒い布かざり。

 柄の先端についた禍々しく重い光を放つ赫(あか)い宝石だけが、きらきらと輝いている。

 

 ――――見られている。

 

 そのとき、姫の背中が遠ざかるように闇の中に沈み込んだ。踏み出そうとした足が出ない。

 姫の黒髪が闇に融け、白い肩がヴェールの奥に入り込んだように見失う。

 おそらく姫が蹴り上げた移動椅子が、アビの膝を打った。

 それを押し退けて前に出たそのときには、姫の手には―――――。

 

「……抜けた」

 

「抜けたのか」

 

「抜きました」

 

 姫の静かな宣言にかぶせるように、かがり火を持って立ち尽くす王の呆然とした声が、背後から聞こえた。

 

 

 賢者がアビを押し退けて姫の前に立つ。抜き身の剣を持つ姫の膝元に賢者はひざまずき、こうべを垂れた。

 

 

 

「わたくしが勇者なのです」

 

 

 姫は、アビを見て言った。

 

 

 

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