なんだかとってもヤバいけん~勇者の剣を棄てにいく~ 作:陸一じゅん
郵便番号569-1144、大阪府高築市
市立
父は由美《よしみ》、母は慎子《みつこ》、兄は万夫《みつお》、妹は裕子《ゆうこ》、弟は吾郎《ごろう》。犬の名前はヨッシー(ポメラニアン)。
――――の、久能《くのう》敏美《としみ》。
前世では、何度も何度も手が覚えるほど書いた我が家の住所や学歴。
戸籍、就労、年末調整、クレジットカードに保険……あらゆる契約において身分の証明に必須だった情報。
情報には記憶が宿る。わしの人格という記憶は、この『569-1144』の中にある、と考えてもよい。
パーソナルな情報《データ》は、この異世界転生において、まったく役に立たない。無駄である。しかし、しかしんやが、わしという人格を証明し、わしの自我を構成するのに、これほど重要なものもない。
これってかなり令和人っぽい価値観やと思うねんな。
自分のルーツを数字で置き換えられるって、なんかサイバーで未来的やん? こっちの世界にはない要素のひとつ。
わしが人生のほとんどを過ごした故郷《まち》は、大阪-京都間を結ぶ中継地として栄えた、いわゆるベッドタウンだった。
マスコットキャラの「はにたん」は、全国ゆるキャラグランプリ最高順位9位の大健闘。
古墳と将棋を推していて、大王と大名と殿とキングとローリーとマッキーとナポリの黄色いところの街であり、市民は歴史がめっちゃ浅い『うどんギョーザ』なる平成ローカルフードを食卓にふるまっている。
京セラドームに挑むさいは、おのおのパーソナルカラーを忘れ、『推し色コーデの差し色に、鮮やかなナスビ色を纏いて、光る棒を振る』……という。
ぽんぽん山なる『歩くとポンポン音がする』という怪奇現象が由来の名前をした山が京都境にそびえているが、このことからしても、摩天楼キラキラの大都会を目指す気は永劫なかろう。
住宅街の広がる、素朴な故郷《ふるさと》だ。
わしの記憶は、器物となって脆弱性のある肉体を喪ったからか、数千年のときを経ても鮮明に思い出せた。
でも、忘れんってことは、悪いこともあって。
わしって母国語が日本語なんよね。
どういうことかっていうとやね、日本語って便利なんよ。そもそも。
とくに自己表現するんに、こうも便利いい言語が他にあるとは思えへんくらいよ。
年末恒例の流行語大賞があるように、ミームやスラングは毎年更新されるし、細やかに、なんかしら状況を表現する言葉の組み合わせがある。それも無数にやろ。
本来やったら、わしの母国語は、こっちのお父ちゃん――――鍛冶神さまたちが使う言葉になったんやろけどな。ま、そっちは外国語の要領で第二言語どまりなんですわ。
で、今困っとることは、御察しの通りですねんな。
人間たちの言葉、なぁ~んもわからへ~ん問題。
あのな、わしかてバカやないで。
でも考えてみ。数千年あったら言葉って変わるねん。
バベルの塔のモデルですら、現代から数えて四千年くらい前やねんな。
あと世界って広いんやわ。土地ごとに発展してくんだわ。
地球に、ローマとアステカと秦が、それぞれあったように。
隣り合ったフランスとイギリスでも、ぜんぜん別の言葉使うやん。
つまり、神様は同じ言葉を何万年と使うとるらしいけど、人間たちはちゃうかってんな。現在進行形で進化中なんやわ。
わしはそれを分かっとるから、まあ、日本語は母国語やし? この記憶力グンバツの体やから、万が一、忘れるってこたあないやろうとは思うけど、って思いながら言葉でボヤいとったワケ。音楽もガンガンかけてね?
イメージは防音室よ。一畳半の趣味部屋ってかんじ。
ふつうと違うのは、わしはその部屋から勝手に出られんってこと。わしの体は誰かに動かされん限り勝手に動けんし、スゥパァなパァウワァなんかで、物を動かしたりなんかもできんのよな。
記憶の中にある名作漫画を読みながら思い出し笑いするとか、ひとりカラオケオールナイトフィーバーするとか、孤独を癒すんには、そういうのが必要だったワケ。
で、さ。
それが音漏れしとるなんて、誰が思う? っちゅう話ね。
はい、で、ここでカメラ戻ります。宝物殿ね。
そこに、わしを抜刀したサーラ姫。
『緋の森の国』の王女様で、伝令神マアヤ=サーラ(これは、『芽吹《マアヤ》きの祝福《サーラ》』という女神の異名なん)の、加護受けし、尊きお姫ちゃん。
おっちゃんが、わしをぺいっと
お姫ちゃんは「わたしが勇者です」と言うた。
そんときの、衝撃。ズドンときたね。
「ワタシガ ユウシャ デス」ってきこえたから。
「わたしが勇者です」ねんて!
え~~~~~っ!? お姫ちゃんの言葉、わし、わかるんやけどぉお~~~~!!!
ちゅーことは、ちゅーことはよ?
お姫ちゃんも,わしの言葉わかるってことなんちゃう?
えっ、ほんまに? マジ?
ねえそこんとこ!教えて教えてもっと喋って~!
言うたからか、お姫ちゃんはその後も喋る喋る。
これ、周囲の人に聞かせるていで、わしに説明してくれとるやんね?
「この剣を抜きしものが勇者の資格を得るならば、このわたくしが勇者」とか、「女神に与えられしお役目は、このわたくしが必ずや果たしてみせましょう」とか、「この邪剣を霊山の火口へ奉じ、滅します」と、か―――――。
ん?
なんて?
言うてみもっかい。
ワンモ~ア! ワンモアプリーズ! あふたみー!
「……禍いを祓うため、この身に変えてもお役目を果たさねばなりません。サーラは決めました。絶対にこの兄を殺した剣を神の炎で灰燼としてみせましょう」
しょっぱい水が一滴だけ、刀身をつるつる落ちてった。
「サーラは、シーダお兄さまの仇を討ちます」
めっちゃ怒った女の子の顔が、刀身に映っていた。
―――――え~~~~~っ! わしったら、どうなっちゃうのぉおお~~~~!?
は? 抜かしとんちゃうどコラ。
わしはキレた。
キレ味鋭いのが売りなので。
わし悪ないやんけ。どういうことやねん。わし武器やっぞ。まるで唆したみたいな言いぐさすんの、フェアちゃうやんけ。
こっちが言葉通じんことをいいことにか知らんけど、好き勝手やりおってからに。なに決めとんねん。
しゃあないやんけ。管理体制の問題やんけ。
わし持ったらああなんの、知っとるくせに、そこらのガキに使わせたんは、そっちやっちゅうねん。
説明を求めます!
責任者はどこか! 弁護士を呼べぇい!
「―――――うるさいっ! やかましっ! 」
それは、目の前の女の子から聞こえた。
「この、この……! 」
キレたお姫ちゃん。ぶぉん! と振られる。天高く。
「――――駄剣《だけん》っ! 」
そしてそのまま、ゴルフみたいに石畳へとフルスイング。
あっ! と思ったその瞬間。車もクノーもとつぜんには止まりません。そしてお姫ちゃんの細腕にかかる遠心力も。
ズルっと切れた石畳。つるっと滑ったお姫ちゃん。それを受け止める従者と、慌てるおっちゃん爺ちゃんなど、あいかわらずようわからん言葉で叫ぶその他の人々。
あーあ。知らんでほんま。
わしってば、折れず、曲がらず、よう切れただけ。あたりまえ体操やし。
だってわし神剣やもん。
わしはすねた。
だって駄剣ちゃうねんもん。