「さぁ~てと。もーええ時間みたいやし、そろそろ行こかな」
半荘戦終了後よりおおよそ三時間後。
膨大な数の同人曲を壁掛けのモニタに映し出して確認しつつ、めぼしい物を見つける度に視聴や雑談をした為にそれぞれが想定していた以上の時間が事務所内で過ぎた。
その事に最初に気が付いたのは洋榎だった。
窓から入り込む風に微かな冷たさを覚え、外を見遣れば暗闇を埋め尽くさんばかりの光が輝いている。
少しばかりの驚きと共に針時計を見上げれば二十一時過ぎ。
絹恵に伝え、二人の会話で淡が気が付き、彼女が照の頬に頭部を当てる事で情報を伝播する。
そうして彼女達全員が時間を把握した頃には、PC操作を受け持っていた幸雄もPCモニタに映し出されていた時計で時間を理解していた。
「そうだね。……けど、二人はこの後どうするの?」
事務所から移動し、再び教室に戻って来た五人は部屋の中央付近で一旦立ち止まる。
深い意味は無く口を吐いた照の疑問に、心配げに幸雄が首を傾げた。
「旅館は当然、ビジネスホテルにしてもこの辺には無いが……」
が、絹恵は焦る様子も無く答える。
「そこはだいじょぶです。ウチら、泊まるつもりで来とったんで。駅の方にホテル取ってます」
「……チェックインの時間は平気?」
「それも平気やで。雀荘巡りで打つ可能性もあったからな。夜の十時とか十一時に予約しとったんや。まさかホンマにそない掛かるとは思わんかったけどな!」
「なはなは」と笑う洋榎に冷たい視線を送る淡。
その理由は、自分ですら立てないほどのあんまりにも雑な計画を知ったから。
「……ここ寄らないで解散してたらどうするつもりだったんだか」
呆れに近い声の淡に、やはり笑う洋榎と絹恵。
二人とも計画の杜撰さをーー否、最早計画とすら言えない行動なのをーー理解しているのだろう。
「そらぁまぁ、普通に観光しとったやろな。試合ではちょこちょこ来とるけど、観て回る余裕があったかっちゅーと微妙やったからな」
「会場の周りとかはお昼ついでに見て回ったりは出来たんやけどね。ガッツリ観光ゆぅんは出来んかったんよ」
愛宕姉妹の言葉に一先ずの納得は得られた淡。
が、それとは別に今度は[そこまでするほど?]と言いたげな表情を見せた。
「観光の目玉みたいなのだとしてもさ~、基本全部ちょっと見たら充分じゃない?スカイツリーですら混んでるだけで面白く無かったし。星は綺麗に見えたけど」
「いやいや、そんなんは住んどるから言えるんや。他所から来るとなんもかんも割と見ごたえあるで」
「ふーん?大阪の方が観るの多そうだけどなー。食べ物も困らないし」
姉の言葉に何度も頷く絹恵を横目にそう答える淡。
それを聞いた洋榎は少し上機嫌になって、若干食い気味に淡いに言葉を掛けた。
「お?こっちに興味あるんか?せやったら今度は大阪に遊びに来ぃや!今日のお礼っちゅーわけや無いけど、案内したるで」
「ホント!?そしたらテルーとかスミレとか連れてってもいい!?」
「あったり前や!全員まとめて案内したるで!」
「やったー!そしたら美味しいたこ焼き食べたい!!」
「ほんならウチとおねぇちゃんの行きつけのお店行かへん?結構穴場輩空いてるし、何より美味しいんやで」
「行くー!」
洋榎の提案に淡は満面の笑みを見せる。
そのすぐ横で聞いていた照は言葉を挟むタイミングを見つけられず、気が付けば行く方向で話が落ち着いてしまっていた。
「……なんか、決まっちゃった。別にいいけど」
「君も大変だな。あの娘はいつもあんな感じなんだろう?」
「そうだね。けど、もう慣れた。……慣れ過ぎて、居ないと少し物足りない時もあるかな」
「そうか。仲が良いんだな」
「多分」
無表情の……いや、僅かに頬を上げて微笑んでいる照に、思わずつられて笑みを溢す幸雄。
大阪への旅行の話は(雑談を主にして)進み、二人は淡達の会話をどこか楽し気に見守る。
そんな会話が落ち着いた頃には二十一時半を過ぎていた。
「さて、そろそろ本当に帰らないとまずいんじゃないのか?」
「あん?……って、ほんまや!絹、そろそろ行こか!」
「そ、そうやね!間に合わんかったら笑えへんもん!」
幸雄の言葉に目を見開く洋榎と絹恵。
二人は対局の際に使った雀卓の上や自分の座っていた椅子の周りに視線をしっかり向け、忘れ物が無いかの確認を始める。
その少し離れた位置で淡と照は顔を見合わせた。
「……じゃあ私達も行こっか」
「だね~」
自分達は最悪忘れ物をしても取りに来れる。そういう考えがあるからか、淡と照はそれほど念入りに見たりはせず、精々、財布とスマフォがポケットに有るのかだけを確認する。
それが終わると同時、愛宕姉妹も忘れ物は無いと確認し終え、四人はそれとなく一列になりながら出入り口の自動ドアへと歩き出した。
「気を付けて帰れよ。この辺は比較的治安はいいが、それでも変なのはいるからな」
自動ドアのセンサが反応しないギリギリのラインに到達したタイミングで幸雄は最後の別れの言葉を投げ掛ける。
それを受けて四人が振り向く。
「おう、おおきにな、アカギのおっちゃん」
洋榎が片手を上げ、絹恵が少し深めのお辞儀をし、淡はあっかんべーをする。
照だけは目に見えて分かるような別れの仕草をしてはいないが、それでも表情は柔らかかった。
「テレビから応援、してるからな」
我ながららしく無い事言っているなと思いつつ、『ならばいっそ手を出して振ってみるか?』と湧いて来たよりらしく無い行動を内心の笑いで否定する。
そうして足早に駆け出した淡に続いて照や絹恵が自動ドアを潜ろうとした時だった。
「っと、忘れるところやった」
「ん?」
唐突に、洋榎が幸雄の方へと歩み寄り。
「おっちゃんはいつ来よる?今日はもう時間が無いからな、こっちに来てもろた時にウチらのサインは渡したるわ」
近寄りながら懐から取り出した名刺入れから一枚、名刺を取り出して幸雄に差し出した。
「あ、ああ。サインか。そう言えばすっかり忘れていた」
「なんやとぉ~?ウチら姉妹のサインやで??」
一瞬呆気にとられながらも幸雄は名刺を受け取り、冗談めかしく怒る洋榎に笑みを向けてから書かれている文字を見る。
そこには当然彼女のフルネームと所属団体が書かれており、流れで後ろを見るとメールアドレスが書かれていた。
「それ、仲良ぉなった相手に渡す用のなんや。いちいちスマフォ開くんも面倒やし、打ち込むまでお互い身動き取れへんのも鬱陶しいからな。とーぜん、照と大星にもや」
「ありがと」
「おう、これでウチらはメル友やな」
「…その言い方は流石に古いと思う」
そう言って更に二枚取り出した洋榎は、彼女の唐突な行動につられて止まってしまっていた照にその一枚を渡し、もう一枚を淡に渡そうとする。
しかし、彼女は思いの他先の方まで行っているらしく、様子を見ても戻って来る素振りは無い。寧ろ少し怒っているようだ。
「……アレには後で渡すか」
ほんの少しの静止の後、洋榎は若干顔を赤くして行き場の無い名刺をしまい入れる。
「ほなウチのも」
と、照と同様立ち止まってしまっていた絹恵も二人にメアドの書かれている名刺を渡す。
「……さっきの話、俺も入っていたんだな」
絹恵のも受け取りつつ、幸雄は不思議そうに言葉を漏らす。
途端、洋榎が少し怒ったように反応した。
「そらそうやろ。大星の奴はどうか知らんけど、少なくともウチと絹はそのつもりやったで。なんせ、一度とは言えウチが無警戒に振り込んだんやからな。勝ち逃げなんて絶対許さへん。リベンジせな気が済まんわ」
彼女の言葉に笑みを浮かべて同意する絹恵。
二人を見て、幸雄は少しだけ眼を見開くと、僅かに口端を上げて俯き気味に呟く。
「……そうか」
性別も年齢も、そもそもの付き合いも、全てが違う幸雄にしてみれば頭数に入っているとは露ほどにも思っていなかった。
それが……だが、同じ雀士としては入っていた。
であれば。無下にするはずも無い。
「なら、今度は二度三度と振り込んで貰えるように努力しておかないとな」
「言っとれ、アホ」
幸雄の軽口に満面の笑み浮かべる洋榎。二人の交わした冗談に、照と絹恵も笑みを浮かべる。
「ちょっと!何やってるのテルー!!」
洋榎が再び幸雄に背を向けて歩き出したところに現れる淡。
自動ドアを潜った彼女の頬はぷっくりと膨れており、ご立腹の様子だった。
「おう、すまんな。渡すモンがあったんや。後で大星にも渡したるからな」
「今更お土産?」
「ま、似たようなモンやな」
「ウチからもあるで!」
はっきりとしない洋榎と絹恵の返答に唇を尖らせながら首を傾げる淡。
その横で洋榎達は、今度こそ別れの言葉を幸雄に向けた。
「ほな、また雀卓の前で」
「次はウチも打ちますんで、よろしくお願いします!」
「……よく分かんないけどいいや。それより!今度はぜったい、ぜーーーったい負けないからね!!」
「……咲にはちゃんと連絡しておくから」
「ああ、みんなでまた打とう。次はもう少し楽に勝てるようになっておく。そして照さん、機会があればその時は嬢ちゃん……咲も入れて、雀卓を囲めるか?」
「どうして?」
「知りたいんだ。最強の姉妹を同時に相手取ったら、俺はどれだけ通用するのかを」
「………四人目の都合が付いたら、考えておく」
全員と。
幸雄は全員と再戦の約束を交わす。
その約束が確かとなった時、少しずつ夜風が教室内を満たす。
……そして。
「……大阪か」
夜風が完全に遮断されると、室内には幸雄とほんのり冷たくなった空気だけが残った。
「確か、一巡先を見れる奴もいるんだったか」
一度。
幸雄は柔らかな表情で呟くと、教室内の電源を落として事務所へと向かおうとした。
洋榎と絹恵の所属している団体が大阪のどの辺りに在るのかを調べる為に。
ーー時。
再び自動ドアが開く。
「……忘れ物か?」
四人の内の誰かが戻って来たのだろう。そう思って振り向く。
……だが。
「……お前は」
「呼んだんだろう、お前が」
そこに立っていたのは彼女達ではなかった。
まして女性でもない。
居たのはーー虎柄のワイシャツに若緑色のスーツを着た白髪の若い男。
二十代半ばほどの見た目とは真逆に、円熟して年輪を持った佇まい、雰囲気。まるで老齢のような男。
この世には既にいるはずの無い、死んだはずの男。
「若返っていた。どういう訳か。……それも、お前が墓前に添えた言葉のお陰かもな」
神域に至り、人間ならば誰もが成り得る病で死した男ーー。
「久しぶりじゃねぇか。騙ってるのか……?まだ。……俺の名を」
問われ、視線が刺さり、言葉を失う。
ーーだが。
「………ああ。最近は少し、物足りなくなってきたがな」
蘇り、経験した全てが。
幸雄の負い目を殺した。
「近く、打とう。俺が最高のメンツを揃えてやる」
幸雄の目に宿る閃光ーー。
薄い執着心からは決して生まれ得ない力強い勝負師としての鋭さ。それが男の視線に刻まれる。
「……どうやら上がって来たらしいな。やっと、俺達の土俵に」
「さてな。俺はもうギャンブルからは脚を洗ったんだ。今はただ……しがない一人の打ち手だ。……生徒を持った、な」
幸雄の言葉に男は一瞬目を見開き。
しかし、微笑む。
「面白そうじゃねぇか。そんな眼のカタギの男がどんな麻雀を打つのか、興味が湧いた」
そう言って白髪の男は踵を返す。
「来週のこの時間、もう一度来る」
「分かった。……ただ、俺が呼ぶ相手もカタギだ。そのまま打てるとは限らない」
「構わねぇよ。お前と打てるんなら」
「……そう言うな。ある意味では、鷲巣よりも恐ろしいかもしれない二人だ」
幸雄の言葉に男は大きく見開いた眼で振り向き、頬をつり上げて笑う。
そうして言葉も無く行く先に視線を戻すと、夜風に紛れ込むように去っていった。
「……思ったより早く用意出来たな。宮永 照」
独り言ち、部屋の明りが消える。
その顔もまた、大きく頬がつり上がり。
「嬢ちゃんと……咲と、話をつけてくれよ?」
笑っていた。
終局。
三十話近くお付き合いいただき有難う御座いました。
文章は拙く、麻雀の理解は浅く、キャラ崩壊もあったでしょう私の作品を読んで下さり、本当に有難う御座いました。
願わくば、別の二次創作で再びお会いできると嬉しいです。
その際もお楽しみいだだける内容になるよう努力いたします。
それではまた、何処かで。