一般通過のクロスオーバー 作:ヤックルたんペロペロ
じゃあうーたんの……原罪……。
だからうーたんは三輪車に…?
────『首』は二つあったッ!!
というジョ術的な解決策が鍵となり、シシ神の暴走は終結した。
しかし首を戻した時にはすでに朝日が昇り、巨大な体が死地と化した大地を飲み込み、辺りに静寂をもたらしたのである。
○
今の時代は雰囲気的にもののけ姫の時代に近い。
天元は不死なため、まだこの世界のどこかで生きているだろう。あの暴食漢とその料理人は死んでいるはずだが、暴走してしまわないようにもう少し気をつけたいと思う。
スポーン地点は周囲が鬱蒼とした森に囲まれている場所で、近くに神社が建てられていた。
狛犬ならぬ狛鹿も置いてある。ちと不細工なお顔だがまあ、及第点といったところか。
(また人間に巻き込まれるのも嫌だしな…)
人間社会を観察したいが、呪術師があまりにも危険すぎる。
あの暴食漢然り、縫い目の人間然り。
天元の擁護下にいた方がよっぽど安全である。スマンネ、天元。だが吾輩もちょいと出かけただけであんな事になるとは思ってもみなかったんや…。
彼女が現在どこにいるか分からないため、向こうから接触して来るまでは大人しく山奥に引きこもることにする。
まあ天元ならそのうち見つけてくれるだろう。
(暇だ……)
食っちゃ寝しては生命の循環を行って、また食っちゃ寝の日々。
改めてコダマがいないことの退屈さを痛感する。
仮にも吾輩は神なのだから、眷属みたいなものが作れないだろうか? そうすればコダマを量産して遊べるのだが。
試しに念じながらブンブン角を振り回してみたが、何も起こらなかった。
やはり吾輩は生死を司るだけの神。グランマンマーレみたいな芸当はできないということか…。
だが、そんなある日である。
吾輩はなんと、この世界でコダマ1号を発見した!
大きさは中トトロくらいで、人型の白いフォルムをしている。
コダマ1号は早速母親である森を案内してくれた。木じゃなくて森なんか? と思ったが、確かにその森とコダマ1号には繋がりがあった。
というかその森は吾輩がリスポーンした場所だった。
なぜこんなところに狛鹿があるのかと思ったが、なるほど。前に吾輩が暴走して倒れた場所だったようである。人間たちがそれに影響されて建立したのだろう。
(一応じゃあ、この森を作った吾輩がこのコダマのおじいちゃんポジションになるのか)
1号は吾輩の前脚を引っ張って森の案内を買って出る。
久々のコダマとの交流で吾輩も嬉しくなり、背中に乗せて森を歩いたりした。
元の姿に戻って角を見せると、「おそろいだー!」と両手を広げて喜ぶ。
可愛いなあ。誘拐しちゃおうかな。
まあそいつは母親たちに悪いので、しばらく遊んだら別れを告げた。また遊びに来ることを約束して。
(しかしてこの世界のコダマは、元の世界のコダマと違う部分があるんだな)
まさか、目から鹿の角が生えてるなんて。
◇
『シシ神の森』と呼ばれる森で生まれたその呪霊は、本来の呪霊とは少し異なる生まれ方をした。
シシ神という神の力によって生まれた森が持つ
花御は自然と対話することもできる。それでかつて、母たちに彼らの生みの親について尋ねてみたことがあった。
この森を生んだのは『シシ神』という神らしい。
シシ神は呪霊ではなく、この世における
そしてシシ神にも花御と同じような立派な角があると知った彼女は、母の生みの親に会いたい情を募らせていった。
それから時が経ち、花御が遊びに出かけている間にまさかのシシ神が蘇ったという話を知った。
母たちから場所を聞いた花御は、シシ神が消えていった方角へ急いで向かった。
(この御方が…シシ神様)
その出会いはなかなかに衝撃的で、彼女の前にひょっこりと超巨大な生き物が通り過ぎた。
体は夜空の星々がはめ込まれていて、頭から背中にかけて生える無数の触手が緩慢とうごめく。
その圧倒的な迫力に花御は思わず息を飲んだ。
──が、それも束の間。硬直した体が風圧によって吹き飛ばされ、宙を舞った。
『?』
シシ神はその吹っ飛んできた小さな何かに気づき、手を伸ばしてつかみ上げた。
山のように巨大なデイダラボッチからすれば、幼児ほどの大きさしかない花御は米粒である。
吹っ飛んできたそれをじっと見つめたシシ神はそして、気づいたわけである。
この人型で白いフォルム。そしてデイダラボッチが通る度にワーキャアと騒ぎ、時には吹っ飛ばされたりする小さき者たち。
おかんが言わなくてもわかる。これは絶対に『コダマ』に間違いない!! ────と。
花御は正確には呪霊+精霊+神の眷属という構成なのだが、視野が固定化されてしまった神の認識が変わるはずもなく。
やがて花御が成長し2メートルを超える巨体になっても、この鹿は「トトロ的な成長をしてるんだなあ」と呑気に流していた。
トトロも約2メートルはあったので、謎にこの信ぴょう性を高めてしまった。
だが花御の大元は呪霊である。
それも呪術師からすれば『特級』に分類されるだろう力の持ち主。
ある時花御は、シシ神の森に迷い込んでしまった子どもを森の外へと送り返した。
はじめは恐怖に固まっていた子どもも、森の外へ出る頃にはすっかり心を開いていた。
ただこの件が呪術師たちに知れることとなり、討伐隊が組まれることになる。
呪術師側からすれば、それが『神』と呼ばれるものであっても呪霊なのだ。
そして呪霊とは例外なく人を害する存在である。
(やめ……っ、やめなさい……!!)
呪術師の攻撃が彼女の母たちを傷つけていく。森の呪霊と相性を考えてのことだろう、中には火を扱う呪術師もいた。
(────「やめろ」と言っているッ!!)
花御の懇願はしかし、受け入れられることはなかった。
森を守るには彼女が戦うしかなかった。だが花御は人と争ったことなどない。
(私がこの森を……母たちを守らなければ…)
花御ははじめて呪術師と相対した。植物を操り、次々と人間たちを捕らえていく。
その最中で彼女のうちに不思議な感覚もよぎった。今まで感じたことのない高揚感。充足感と言ってもいいだろう。
そこで彼女は理解する。
(ああ……これが、『
最後に残った炎を操る術師が巨大な炎を彼女めがけてぶつける。
呪霊の実感を得た花御は自分に向くその殺意ごと搾りとり、地面に紅い花を咲かせた。
いたるところにできあがった鮮血の花畑。
そして森の中に充満する植物が焼け死ぬ匂い。
すでに火は勢いを増し、彼女一人では消すことができなかった。
(木や花が死んで行く………私の、母たちも)
花御はその場で膝をつき、瞳から黒い涙をこぼした。
充満する『死』の気配は、さながら二酸化炭素に反応する蚊やノミのように『死』を吸い取る者を引きつける。
サクリと草木を踏みしめる音が徐々に花御の側に近づいてくる。
(シシ神……様)
シシ神は花御の横を通り過ぎ、地面に転がっている人間の骸に口を近づけた。
それから燃え盛る森を視界に映す。
『“シシ神様……母たちを救うことはできませんか?”』
シシ神は花御に視線を向ける。
『“私の命を吸い取っても構いません。どうか、この森を……私の、母を………”』
花御は自分の拳を握りしめる。その手にシシ神の口が触れ、甘噛みでもするようにパクパクと動いた。
『“……慰めてくれるのですね”』
花御は瞳を伏せる。
慰めてはくれるが、シシ神はこの森を救うことはない。それが分かってしまったがゆえに、苦しさや──シシ神への「なぜ?」という疑問、そして人間たちへの途方もない怒りや憎しみが沸々と湧いてくる。
『“私が……間違っていたのだ。人間の子など助けてしまったから…”』
人間の子など放っておけばよかった。そうすれば直に夜になり、獣たちの餌になっていただろう。
呪霊でない部分の彼女が人間を導き救いを与えた。
一方で『呪霊』の花御ははじめて人を殺し、水を得た魚になった。
血の味を知ってしまった獣のように、もう花御は清廉潔白な存在であり続けることができない。
この身は呪霊としての『生』を得た。
ならばあとは、呪霊として『死』ぬのみ。
『“私は……私の使命を果たします。これからも奪われていく自然の命を、人間たちから守るために…”』
シシ神は花御をじっと見つめ、角を下げる。
それに合わせるように、花御も自身の角を下げた。
呪霊『花御』の大航海の末に何が待ち受けているのか。
それは彼女だけでなく、神自身もまだ知らぬことである。