それは、花の匂いが香る国の戦士の話。

(カクヨム、小説家になろう にも投稿しています)

1 / 1
この話と実質的なセットになってる【魔剣蒐集録】って小説があったんですけど、文字数制限に引っ掛かって、ハーメルンだと投稿できませんでした(少ないって意味です)

ごめんなさい。

小説家になろう、カクヨムだと投稿できましたので、興味があればどうぞ。


第1話

 一太刀、刃を合わせることもなく、戦士の魔剣は黒騎士を切り裂いていた。

 

 切り裂かれた黒騎士は倒れ込み、背負っていた無数の魔剣が大通りに散らばる。

 戦士はそれを見下ろした。

 そして何も語らず、何も抗わず、ただ倒れているその男を。

 

 黒騎士は「お前を殺す理由がない」などと言っていたが、魔剣を見せれば目の色を変えた。

 しかし伝説とまで謳われた実力など全くなく、行き場のない感情が魔剣に向いた。

 そして彼は怒りとも義務ともつかない衝動に身を任せ、一本の魔剣に剣閃を振り下ろした。

 

 ――バキンッ、と。

 

 大通りに乾いた音が響く。

 何度も、何度も。

 誰にも語られることのなかった小さな歴史が、声を上げることもなく砕けていく。

 横たわる黒騎士の血の匂いを覆い隠すように、甘い花の香りが風に混じり、どこかへ流れていった。

 

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 その日、彼は通り道を少し外れただけだった。

 

 街道沿いの小さな集落で、争いが起きている気配があった。

 怒鳴り声と、悲鳴と、金属が打ち合わされる乾いた音。

 立ち止まったのは、ただそれだけの理由だ。

 

 集落の中央で、三人の男が一人の商人を囲んでいる。

 逃げ場はない。

 荷は散らばり、商人は尻もちをついたまま、声も出せずにいる。

 

 彼は、剣に手をかけた。

 抜くつもりはなかった。

 ただ、いつでも動けるように。そのつもりだった。

 

 ――その瞬間だった。

 

「来たぞ」

 

 誰かが、そう言った。

 声は低く短く、しかし確信に満ちている。

 

「……来てくれたんだ」

 

 別の声が重なる。

 その言葉に含まれていたのは、安堵だった。

 

 囲んでいた男たちが、こちらを見た。

 あらゆる彼らの視線が、一斉に彼の背へと向く。

 

 背負っていた無数の剣が、視線を集めていた。

 用途も、形も、由来も違う剣が、無秩序に括りつけられている。

 どれも長く使われた痕跡があり、どれも手放された理由を持っている。

 

 彼はそれを説明する気はなかった。

 説明する必要も、理由も、なかったからだ。

 

 ――だが、誰も聞かなかった。

 

「……黒騎士か」

 

 誰かが呟いた。

 服の色を指したのか、雰囲気を指したのかは分からない。

 しかしその言葉が浸透したのは、皆に伝わった。

 

「強そうだ」

「大丈夫だ、もう終わる」

 

 ――終わる、と言われた。

 

 彼はまだ何もしていない。

 剣を抜いてもいない。

 声も、上げていない。

 

 ――だが、終わることになっていた。少なくとも、彼らの中では。

 

 囲んでいた男の一人が、舌打ちをして後ずさる。

 もう一人が、武器を下ろした。

 最後の一人は、彼を睨んだまま唾を吐き捨てる。

 

「……ちっ」

 

 三人は、走り去った。

 拍子抜けするほど、あっさりと。

 残されたのは、震える商人と、集まってきた人々だった。

 

「助かった……」

「ありがとう」

「やっぱり来てくれたんだ」

 

 彼は口を開こうとした。

 しかし、口を開きかけたところで止まる。

 人々は彼を囲み、剣を見上げ、顔を見て、納得したように頷いた。

 こうなってしまっては、何を言っても無駄である。

 

「黒騎士様、ですよね?」

 

 言葉の形こそ疑問形ではあるが、確信が滲んでいる。

 その言葉を彼が否定するには、少しばかり遅かった。

 

 否定すれば、この空気を壊すことになる。

 否定すれば、救われたという感情を否定することになる。

 

 ――彼は、黙るしかなかった。

 

 ただ、場の空気を壊さないだけの選択。

 しかし彼の沈黙は、この場では受諾として扱われた。

 

「黒騎士が来てくれた」

「この辺りは、もう大丈夫だ」

「噂は本当だったんだな」

 

 何の噂だというのか。

 心当たりのある行為をした自覚は、彼にはない。

 しかし噂の内容だけは、聞いた事があった。

 

 ――黒騎士と呼ばれる、彼が斬った男の噂だ。

 

 その夜、集落に明かりが灯り、彼の前に食事が置かれた。

 誰も理由を聞かなかった。

 誰も名前を尋ねなかった。

 

 ――この場に必要なのは、役割だけだった。

 

 彼は剣を外そうとしたが、やめた。

 それを外す理由を、誰にも説明できなかったからだ。

 

 そしてそのまま、夜が更けた。

 

 翌朝、彼は「黒騎士」として街道を進むことになる。

 

 まだ一度も、自分がそうだと言ったことはなかったのに。

 

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 彼が集落を発とうとした時だった。

 

「黒騎士様!」

 

 呼び止める声は、若かった。

 振り返ると、昨夜食事を運んできた娘が立っている。

 その後ろには、武器を持った男たちが数人、控えていた。

 

「近くの林に……魔剣を持った盗賊がいます」

 

 魔剣という言葉に、彼の背の剣がわずかに軋んだ。

 そしてその言葉は、彼の心の琴線にも触る言葉だった。

 

「もう何人もやられていて……」

 

 男を窺う娘は、淀みなく続ける。

 涙は出ていない。怯えてもいない。

 ただ伝えるのが当然で、続く言葉を知っているような口調だった。

 

「黒騎士様なら、きっと」

 

 きっと。

 そんな言葉で、彼女の会話は終わる。

 それ以上の説明は、必要なかった。

 少なくとも、彼女たちには。

 

「場所は、分かっています」

 

 ――彼女たちの中では、もう決まっていることだった。

 

 彼は一瞬だけ断る理由を探したが、それは見つからなかった。

 断れば、代わりに誰かが行く。

 行って、死ぬかもしれない。

 

 ――それは、いつかの過去に彼が選ばなかった未来だ。

 

 

 分かり切った返事をした彼は、教えられた林の中にいた。

 

 足元はぬかるみ、空気は重い。

 しかし本当に重いと感じるものは、それではなかった。

 

 ――盗賊は、一人だった。

 

 焚き火の前で剣を膝に置き、酒を飲んでいる。

 剣は異様だった。

 刃は歪な形状で、持ち主と会話する様に脈打っている。

 

「あ……?」

 

 盗賊も、彼に気づいた。

 

「なんだ、あんた」

 

 盗賊は立ち上がり、剣を取る。

 体の動きも、構える動きも速い。明らかに手練れである。

 だが同時に、彼の背中を見て焦っているようでもあった。

 

「チッ……噂の黒いのか」

 

 盗賊は構え、魔剣が唸る。

 しかし――黒いのと呼ばれた彼は、剣を抜かなかった。

 魔剣を構える盗賊を全く恐れておらず、それが余計に恐怖を煽る。

 

「いや待て…… ほんとに黒騎士か?」

 

 ――じりっ、と。

 何も言わず、距離を詰めるように踏み出した。

 踏み出した分だけ、彼と盗賊の距離が詰まる。

 

 ――盗賊の魔剣が、振り下ろされる。

 

 どのような異能を備えていたのだろうか。

 しかし盗賊の魔剣が何かを披露する事は無い。

 

 黒いのと呼ばれた彼の動きは、盗賊の動きを上回っていたから。

 彼が背中に携えた剣の一本が、意志を持つように滑り落ちた。

 そして音もなく、彼の手に収まる。

 

 ――一閃。

 

 盗賊が持つ魔剣は折れ、盗賊の体は地面に崩れ落ちる。

 

 血は、少なかった。

 盗賊は息をしていない。

 しかし同時に、彼の背中が重たくなった気がした。

 

 静寂が戻る。

 彼は、剣を見た。

 自分が抜いた剣ではない。

 選んだ覚えもない。

 

 ただ、そこにあった。

 

 ――そして彼の背後で、枝を踏む音がした。

 

「……すごい」

 

 集落の男たちだった。

 目を輝かせている。

 

「一瞬だったな」

 

「やっぱり黒騎士様だ」

 

 誰も、盗賊の顔を見なかった。

 誰も、魔剣の由来を気にしなかった。

 

 ――黒騎士様が魔剣を折った。

 

 それだけが、彼らの記憶に事実として残ったらしい。

 

「もう終わりだ」

 

 言葉通りの意味だ。

 少なくとも黒騎士と呼ばれた彼は、そう言ったつもりだった。

 だが男たちは、違う意味で受け取った。

 

「次はどこに行かれるんです?」

「他にも噂がありますよ」

「来てください、案内しますので」

 

 どうやら、これが終わりではないらしい。

 いつかの最初に、自ら宣言してしまった時のように。

 もうその選択は、彼自身の意思とは、関係なくなっているにも拘らず。

 

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 ――【事案:王都第三区での殺傷事件】

 王都第三区にて死者一名。

 武器は刃物。現場に魔剣の痕跡なし。

 ただし目撃証言により、黒騎士の名が挙がる。

 

 

 ――【事案:北嶺街道における集団殺傷事件】

  遺体は計六体。

 すべて付近で活動していた盗賊団の構成員と確認。

 争った形跡はなく、犯人は最小限の動作で殺害を完遂したと推測される。

 単独犯による犯行の可能性が極めて高い。

 

 

 ――あ、あの話かい。

 羊飼いの老人が、森の入り口で見つけたんだと。

 喉元をスッと一本、綺麗な切り口でやられていたんだって話だ。

 村の衆は『冬の風が喉を裂いたんだ』なんて震えてるよ。

 まあ、ありゃ魔剣の仕業だろうさ。

 

 

 ――黒騎士の話?

 なんだ、あんたも腕が一本しか要らない口か?

 まあ……目は冷たかったな。

 何にしても、挑んだのは俺からで……

 正直、なんで自分が生きてるのか不思議だって話だよ。

 

 

 ――変な客だったね。

 隅の席に座って、エールをちびちび飲んでるのさ。

 背中に背負った重そうな得物は…… 相当あったな。

 全部変な形をしてて…… まあ、魔剣だろうな。

 店の連中も、あいつには近寄らなかったよ。当然、俺もな。

 

 

 ――ええ、すれ違いましたとも。

 夕暮れ時、西への峠道でしたか。

 背の高い男で、幾つも魔剣を背負っていました。

 すれ違いざまは、恐季節外れの霜でも降ったのかと思いましたよ。

 

 

 ――【事案:市場における不審者拘束と騒乱】

 西門市場にて「黒騎士が現れた」との通報。

 現場に急行し、複数の刃物を背負った男を発見した。

 男は、戦場跡で錆びた剣を拾い集めていた老いた回収屋と断定。

 しかし通報した女は「あの中に魔剣が混ざっていた」と供述している。

 

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 その日、彼はいつものように酒場で酒を飲んでいた。

 いつもと違っていたのは、彼の背後から声がかかったこと。

 

 酒に酔っていたから、そいつが何を言っているのかイマイチ聞き取れない。

 しかしその剣幕や眼光から、何かしらの敵討ちなのだろうとは理解できた。

 だから彼は、一言だけを口にした。

 

「お前を殺す理由がない」

 

 彼はそう言って、立ち去ろうとした。

 しかし、戦士が引き抜いた一振りの輝きを見た瞬間に、彼の心の奥にある何かが軋みを上げた。

 

「……それを、抜いたのか」

 

 呟かれるような彼の声に、初めて色が混じった。

 戦士が手にしているのは、かつて彼が抜いたのと全く同じ形の魔剣だった。

 

「この魔剣を賭ける。勝負だ」

 

 彼は、魔剣を抜かなかった。

 そして、彼以外の皆は知っている。

 それが黒騎士の、無形の構えなのだと。

 

 

 ――そして、いつかに訪れたその日がやって来る。

 

 

 優秀な戦士の剣が、黒騎士と呼ばれた男の胸元を捉えた。

 

 伝説とまで謳われた男の防御は、あまりに脆く。

 いや。あるいは戦士にだけは、彼が最初から、この刃を待っていたよう見えた。

 

 剣閃が走り、黒騎士の身体が宙を舞う。

 同時に辺りに満ちたのは、むせ返るような「花の香り」だった。

 

 夥しい血が流れているはずだ。

 なのに戦士の鼻腔を突くのは、故郷に咲き乱れていた花のような、懐かしさすら感じる甘い香り。

 

「……ああ」

 

 黒騎士の掠れた声が漏れた。

 それは、呪詛ではない。

 重荷を降ろした者が漏らすような、深い溜息のような意味のない言葉だった。

 大通りに散らばる無数の魔剣の一本一本が、月明かりを浴びて怪しく輝いている。

 

 戦士は、取り憑かれたようにそれらを拾い上げ、叩き折った。

 一本、また一本と。

 乾いた破壊音が響く横で、黒騎士と呼ばれた男の死体が冷たくなっていく。

 魔剣を失った彼のことを気にする者は、誰も居ない。

 

 そして、戦士の背中が少し落ちた。

 魔剣を砕くたびに、己の背中に誰にも見えない何かが積み重なっていくように。

 

 

 

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 その町の無縁墓地には、何時からか戦士の墓場がある。

 

 戦士が眠る墓には、無数の魔剣が墓標のように立てられている。

 その周りには、甘い香りのする花が咲いている。

 

 魔剣は誰でも自由に持ち出す事ができ、しかし魔剣は黒騎士と共に帰ってくるそうだ。

 

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。