もしもグランドツアーの3人がキヴォトスに来たら 作:ガチタン雷電
スターゲートタウン
■英国議会・一度だけの議題
ロンドン。
木張りの議場。
午後の議題の最後に、その話は一度だけ出た。
「――アビドス砂漠前線基地について」
空気が、わずかに変わる。
騒がしくもならず、拍手も起きない。
ただ、“珍しい話題だな”という程度のざわめき。
若い議員が立ち上がる。
「当該基地は、当初“数週間の仮設”として設置されたものです。
しかし現在、10年以上駐留が継続されています。
撤収、もしくは縮小を検討すべきではありませんか」
理屈としては、正しかった。
予算。
人員。
海外駐留の前例。
どれも議会が好む言葉だ。
答弁席に立った国防担当大臣は、資料を一枚めくる。
「――現地の治安状況は、極めて安定しています」
それだけ言った。
質問者が続ける。
「しかし、それは本来の任務では――」
大臣は遮らず、ただ静かに言葉を足す。
「撤収した場合の代替案はありますか?
今現在安定した鉱物資源を得られているのに、それが無くなる事になっても?
今スターゲートを公表したのは輸入が安定したからに他ならない。」
沈黙。
誰も答えられなかった。
その議題は、それ以上続かなかった。
議事録にはこう残る。
「懸念が示されたが、現時点では現状維持が妥当と判断」
それが最初で、最後だった。
■若い英兵の話
基地の外れ。
日が落ちる直前。
まだ二十代前半の兵士が、上官とコンテナの影に腰を下ろしていた。
手にはマグカップ。中身は少し冷めたなのかぬるい紅茶。
上官が次の休みにイギリスに変えると聞かされ思わず彼が聞き返した。
「……帰るって、どこにです?」
隣に座った上官が眉をひそめる。
「何だ?」
兵士は砂漠の向こうを見たまま続ける。
「ロンドンですか? 実家ですか? それとも、前の駐屯地?」
少し間を置いて、正直に言った。
「ここ以外、もう分からないんです」
彼はこの基地で訓練し、
この基地で初任務をこなし、
この基地で仲間を作った。
地元の街のサッカーチームの活躍より、
砂嵐の発生を気にするほうが生活の基準になって数年。
上官は何も言わず、同じ方向を見た。
基地の灯りが、夜の砂漠に浮かんでいる。
■若い英兵2 ―― 帰る場所が分からなくなる
彼は二十五歳だった。
入隊して七年。
そのうち四年を、アビドス砂漠で過ごしていた。
夜勤明け。
基地の端にある簡易ベンチで、彼はヘルメットを外した。
砂漠の夜は静かだ。
遠くで発電機が低く唸り、
照明塔の光が、地平線を淡く切り取っている。
「……ここ、悪くないんだよな」
隣に座った同僚が、無言で缶コーヒーを差し出す。
「何が?」
「全部」
風が吹き、砂がわずかに舞った。
「ロンドンだとさ、どこに行っても“帰ってきた感”がないんだ」
彼は自嘲気味に笑った。
「ここだと、巡回ルートも、道も、屋台の人も目を閉じてても分かる」
同僚は黙って聞いていた。
「この前、俺…休暇で実家に戻っただろ?」
「ああ」
「……俺、迷った」
「何が?」
「帰り道」
同僚が顔を上げる。
「地図は分かる。駅も分かる。 でも“どこに戻るか”が、分からなくなった」
彼は足元の砂を一掴みし、指の隙間から落とした。
「基地に帰るって言うの、変だと思う?」
同僚は首を振った。
「俺もだ」
二人はそれ以上、言葉を交わさなかった。
ただ照明塔を見上げていた。
その夜、
彼は初めて思った。
――自分は、もう「派遣中」ではないのかもしれない。
■“仮設”が消えた日
それは、何かの式典でも、発表でもなかった。
単なる書式変更だった。
国防省内部文書。
施設分類欄。
旧:
Temporary Forward Operating Base
新:
Forward Operating Base
誰かが「Temporary」を削除した。
理由欄は空白。
誰も異議を唱えなかった。
誰も拍子抜けもしなかった。
ただ、
“仮設”という言葉だけが消えた。
それに気づいたのは、
現地に長くいる事務士官だった。
彼はモニターを見つめ、静かに呟いた。
「……ああ。そういうことか」
それ以上、何も言わなかった。
ナレーション(締め)
撤収は、検討された。
反対も、形式上は存在した。
だが――
帰る理由より、残る理由のほうが多かった。
いつの間にか、
基地は「あるもの」になり、
人は「戻る場所」を更新していた。
そして今日も、
アビドス砂漠の端で、
英国の前線基地は静かに稼働している。
仮設だったはずの場所で、
誰もが当たり前のように
明日の予定を立てながら。